【出モグ×結界】はっきり言って、僕は自分を邪魔者だと思う。   作:駒由李

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【出モグ×結界】はっきり言って、僕は自分を邪魔者だと思う。

 いつ、この善き人々と離れるべきか。利守はこのところ、そればかりを考えている。

 

 ゼミの会議と言う名の飲み会の帰りのことだ。

「飲みすぎた……」

「大丈夫?」

「アハーハーハーハー」

 入学以来の友人の真木は今にも吐きそうで、ゼミに入って以来の友人の八重子はご機嫌そうだ。利守はと言うと、その中間と言うべきか。つまりほぼ素面である。自身が酒に強い方だと知ったのはハタチになってからだ。一浪しているために1歳上の友人の真木は、利守が20歳の誕生日を迎えたときに一緒に飲んでくれた。以降、彼とは飲み仲間としても友誼を築いている。

 しかし、それも潮時か。このところ、利守はそればかりを考えている。

 ゼミで知り合った八重子。真木が彼女と親しくなっていくのにつれ、利守はどうにも居心地の悪さを感じている。

 利守は、空気を読めない男ではなかった。寧ろ読み過ぎるきらいがあるからこそ、烏森を出て上京したと言っても過言ではない。次兄と隣家の幼馴染の女性の関係をわかっていたからこそ、利守は2人の邪魔はすまい……と東京に出て来たのだった。

 しかし、進学先でこんなことになるとは。利守は思う。別に真木がモテなさそうだからという理由で友人に選んだのではない。彼と親しくなったのは偶々同じ講義が重なっただけのことだ。いいやつだ、と利守は知っている。知っているからこそ、八重子との関係を応援したい。

 このところ、そればかりを考えて、利守はどん詰まりだった。それでも表面上は「いつも通り」を装えるのが、墨村家にて「理解のある末っ子」を演じてきたことに由来する弊害だった。

 だから、常の彼ならば気づけたはずなのだ。通りすがりの通行人にぶち当たるそれに──

 

「わかった一回話し合おう! 警察だけはやめてくれ!!!」

 

 ──推定加害者藤村による被害者は、そう言って奪った真木のスマートフォンを片手に宣うのだった。

 

「……」

「どうした利守」

「いや、大丈夫。ちょっと酔ってるだけだから」

 男に連れられてやって来た先は「抽斗通り」というらしい。この時点で、利守は男が只者でないことに気付いてしまった。勿論、真木たちが気付いたようにあの出血量で動き回っていたこともそうだが……。

(異界……いや、認識阻害? なんにせよまともなもんじゃない)

 しかし表面上は普通の通りだったので、真木たちを怯えさせるのも気が引けたので、利守は酒のせいにしてやりすごした。

 通されたのは銭湯らしき建物。「もぐら湯」というらしい。真木たちがそのイラストが描かれた看板をまじまじと眺めながら屋内へと入っていく。

 散らかった家屋。その中の棚に広辞苑を置いた男は言う。

「いやー……もう…、最近の子っていい子だな!!」

 男は救急箱を探りながら言う。

「ジジィとババァなんざもっと図太くてひでェぜ? この先の雑貨屋のジジィなんぞこの前……」

「なんの話だよこっちは心配してんのに!!」

 真木の言うことも尤もだった。しかし男は気にした様子もなく傷痕にガーゼを当て、包帯を巻いていく。手当はそれで終わった。消毒した様子もない。真木が呆れる。

「……そんな雑な…」

「コーヒー?」

 男はやはり気にした様子もなく尋ねて来る。

「お茶? 悪いけど酒はねぇぞ。俺下戸なんだ」

「いやそんなのいいですけど……」

「ていうか君らいくつ? こんな時間まで大丈夫か?」

「21……」

「20……」

「20歳」

 彼らの歳を訊くと、男は意外そうに言った。

「21と20!? あれごめん! お嬢ちゃんの方は中学生くらいかと思ってた」

「今『酒はねぇぞ』って言った癖に……」

「未成年に飲ませる気だったの?」

「いやまァお前さんらもその年にしちゃえらい幼く見えるけどな。この中だとそこのロン毛の兄ちゃんが1番年長っぽいな」

「それはどうも」

 利守は、母に似た髪質の黒髪を長く伸ばしてひとつに括っていた。ざらりとした重い黒髪は、ゼミの女子などに羨ましがられている。尤も、就職活動に入ったら切るつもりだが。

 髪を伸ばしていたことに特に意味はない。ただ、母の「死亡」が確定してから、なんとなく伸ばしていただけだった。

 そんな利守の内心の横で真木と八重子が囁き合っていた。不安そうな彼らをいざとなれば守ろうと心に決めていると、男は感心した様子で言う。

「いやでも21か~若!!! いいよなぁ体力あるだろ」

「アンタいくつなんだ…」

「君らから見たらおっさんと思え」

 男は頭を掻いてから、湯呑を持つ。

「その格好だと学生か? 親御さん心配してねぇか?」

「あー…大丈夫、俺一人暮らしです」

「私も」

「……問題はないです」

「アラじゃあこの後よろしくやる予定だった? ごめんねぇ」

 そう言ってから、利守をちらりと見た男は眉を顰める。

「ていうか君ら、人がいいな。質問が『親御さん心配してねぇか?』だったら『いや大丈夫です』でいいんだよ。現にそっちのロン毛のお兄さんはそう言ってただろ。ダメだよ、こんな得体のしれない奴に必要以上の情報を言っちゃあ。特にお嬢ちゃんダメだよ、彼氏お前がしっかりしろよ」

「…………彼氏じゃないです…」

 利守は、そのとき自分が彼氏だと言われなかったことに複雑な胸中になる。

 やはり、彼らは似合の男女なのだ。だから、「離れなければ」という胸中になる。しかし、それはおくびにも出さず茶を啜った。安い味がした。

 男は謝る。

「あ、いやごめん。こういう言い方って今セクハラなんだっけ? すまんね、おっさん時代についていけてなくてよ」

 それに、真木は八重子らに耳打ちする。

「…八重ちゃん、利守、帰ろう。この人大丈夫そうだ」

「あのさお前は『真木』って名字なんだろ? そっちの兄ちゃんの『利守』は名前か名字かわかんないけど。で、この娘はなんで『八重ちゃん』呼びなの? 下の名前? その辺どーなの、おっさんそーいうの興味あるわ。サークル? ゼミ?」

「マジで帰ろう。この人おそらくスゲー面倒な人だ」

 利守は、そのとき不意に感じる。

(この人、わざとウザ絡みしたな。僕らを帰させるために)

 それがこの不審者の優しさのようなものだと気付きつつも、これ以上この「界隈」に首を突っ込みたくなかったので利守も立ち上がることにした。

「帰る? あ、じゃあはい携帯返すわ。ごめんな取って」

「あ…そうだ…一応俺の連絡先を…」

「あの私も…」

「八重ちゃんはやめとこ」

 スマートフォンを取り出しかけた八重子を真木と利守で庇う。それで利守も仕方なく連絡先を渡すかと考える。真木ひとりに害を及ばせるわけにいかない。

 真木が心配して言う。

「事情は知らないけど、実際病院は行った方がいいと思うから……アンタも教えてよ」

「あー俺携帯持ってない。つかうちネットもない。免許証もない。電話自体なくてねぇ」

 ──それは、利守にある確信を抱かせる。

 恐らく、世間から隠れている異能者の類だ。裏会の者ならばネット環境なども整っているが、それを嫌う異能者もいる。長生きのものであればあるほどそうだ。

 それならば関わる必要もあるまい。……と、利守は考えるのだが、一般人の真木と八重子には通用しないだろう。現に真木は彼に名前を問うている。

「アンタ名前は?」

「モグラ」

「モグラ?」

「モグラはモグラだよ。忘れてもいいぞ」

「……?」

 真木は片眉を跳ね上げた。

「…アンタ、今時どうやって仕事してんの……?」

 真木は辺りをじっと見まわした。それから、尋ねる。

「だって銭湯兼何かの職人……とかなん……ですよね?」

 男は頭を掻いた。

 ニイタァ……

 男は笑った。

 思わず背筋を寒くさせる3人に、男──モグラは言う。

「…さあねぇ……どうだかねぇ……あぁ忘れてた」

 モグラは言った。

「ここまで親切にしてもらってお礼をしねぇってのは申し訳ねぇから。今後何か『どうにもできない』困ったことが怒ったらおいで。まァ本当に忘れてくれていいけどな。大分関わらせちまったからなぁ……ちょっと心配なんだ」

「……」

「?」

 利守はその得体の知れなさを薄気味悪く思いながらも、気づく。

 元々「こちら」に身を置いている自分はいい。しかし真木たちは……。

 利守の憂慮に構わず、真木は鞄を背負い直してから言う。

「じゃあ…まァ帰ります」

「……」

 そして、モグラもまた利守を見ていた。何かに気付いた様子で。

「俺、八目大学文芸学科3年の真木です。何かあれば本当に…後遺症とか……やっぱマズいし」

「……同じく3年の墨村です。同じく」

「君たちはあれだな、律義すぎて損するタイプだな。三人とも気をつけて帰れよ」

 そう言って、モグラは頭を掻く。扉の向こうに身を引っ込めながら彼は言った。

「あの……まぁ、なんだ。信じなくともいいけどよ。俺、あの世から出禁くらってるからしなねぇんだ。そういうこと。だからまァ『そういう系』の困ったことが起こったら話は聞くよってこと」

 モグラは扉をほとんど閉めながら言う。

「人に喋ってもいいぜ。誰も信じないからな。身分証がねぇし戸籍も住民票もねぇからな。つまり俺は存在しない。だから事情聴取とかで警察がお宅らのところに行くこともないよ。それは本当に心配すんなよ。道の血も夜のうちにざっと洗って泥でもまいとくから」

 扉がほぼ閉まる。

「じゃあ、ありがとう。青春の若者達。オッペケペー」

 閉まった。

 真木が呟く。

「……………おっぺけぺ……?」

 八重子がスマートフォンで検索した。

「…『オッペケペー節』…明治時代に流行った風刺曲……だって…」

 静まり返る場。その中で、利守はパンと手を打った。

「よし! 帰ろう!」

「お、おう?」

「利守くん元気だね?」

「帰ろう帰ろう、もう遅いしね!」

 利守は真木と八重子のリュックを掴むと、ずるずると引っ張っていった。

 このときの利守は、これで終わると思っていたのだ。

 

 しかし彼らの人の好さは、利守の想定外だった。

 

(今日もイケブクロさんは絶好調だな)

 猫附の講義を受けていた利守は、そんなことを思う。

 利守は、上京して八目大学に進学する際、「同じキャンパスにいる」異能者の家柄に挨拶を済ませている。それが猫附家だ。その際にイケブクロや杏子、梗史郎やナベシマとも交流した。現在も時折訪ねる。藤史郎には「院に進んで私の助手にならないか?」と誘われているほどだ。恐らく最初から「こちら」の界隈にいる利守が助手として扱いやすいからだろう。とりあえずそれは保留にさせてもらっている。

 その利守の隣で、真木が眼鏡を拭いていた。それからじっと藤史郎を見つめる。利守はそれを見て、嫌な予感に襲われていた。

(まさか……視えるようになってる……?)

 そのとき、鐘がなった。

『では、本日は以上』

 その声を受けて、タブレットPCを畳む利守。同様の動きをする真木。彼らに、後ろの席から声がかけられた。

「真木君。利守君。あのちょっと」

 八重子だった。

 

「あの……これね……」

 廊下で八重子が見せたのは、紙袋いっぱいの救急セットだった。

 利守は衝撃を受ける。──あの怪しい男に自ら関わりに行く気か、この子は。

 しかも真木も、リュックの中に同様のものを見せる。

「ああ…うん。俺も一応さあ…ちょっと…バイト代入れてもこれが現界なんだけど。薬って高いな…」

「……!」

「うん…やっぱりちょっとさ…様子見に行った方がいいよね」

「いやいやいや待って2人とも! 一旦落ち着こう!」

 利守は慌てて止めに入る。

「あんな不審人物にまた自ら関わりに行く気!? 正気!?」

「うん、いやだってあの人……」

 真木と八重子は言う。

「放っておいて死んだらマジでどうすんの? って話だよね」

「そんなトラウマ20代で背負いたくない……」

「……!」

 そう言われてしまっては、利守も何も言えなかった。

「…あと…藤村君に言う…? この件…」

「いや言っても仕方ないつーか広辞苑自体はあの人が持ってっちゃったし確証もないし…」

「絶対藤村だろうけどね……」

 真木は言った。

「とりあえず行こう。大通りと商店街抜けてもっと先の奥の方だったよね」

「……そうだね……」

 利守はそう頷き合う2人を放ってはおけない。そう思い、保護者の気持ちでついていくことにした。

 

 商店街は人通りがそれなりにある。その辺りを見渡しながら、真木が言う。

「あ、花……は逆に縁起でもねーか……なんか他に必要なものあるかな」

「うーん……輸血パックなんて売ってないしね…」

「売血は大分昔に禁じられたからね。……」

「どうしたの利守君」

 彼が見ていたのは、肉屋だった。

 3人は目線を交わした。

「……僕が出すよ。この中でひとりだけ金出してなかったしね」

 そう言ってレバーを購入した。

「レバー…好きだといいけど…」

「…いらんと言われたら月末まで僕それ食べて生活するよ」

 大特価、とは言えレバーはそれなりに財布に打撃だった。利守はこれで少しでも友人たちへの負い目を減らせたかと思った。

 

 さて。抽斗通りを探す。

「この辺だったはず……」

 利守たちは辺りをうろつく。きょろきょろと辺りを見回していたときに、利守は「抽斗通り」の看板を見つけた。通りが見えたので、先んじて歩いていく。真木たちはあとからついてくるだろうと判断してのことだった。

「明るい中でもやっぱりあるなぁ、この銭湯」

 もぐら湯の前で呟く利守。──ふと、気配がないので振り返る。

 真木たちがいない。

 置いて行ってしまっただろうか。利守は慌てて引き返す。

 通りの前で、何やら真木がしゃがみ込んで八重子に慰められている。何があったのだろう。利守が駆けつけようとすると、──あの男が彼らの前に現れた。利守は声をかけに行く。

「おーい、どうしたのお前ら」

「…………あれ?」

 真木たちが、不思議そうな顔で通りとモグラと利守を見ていた。

 利守が歩調を緩めて近寄ると、真木たちと利守を交互に見ながら何かを察した顔をする。それから彼らに言った。

「捜してたのは俺じゃなかったか? ならいいけども」

「いや…あの」

「?」

「? ? これ届けに来たんです…」

「あ、待って僕も」

「えっ!?」

 モグラは心底驚いた顔をした。

「なんだ本当に律義だな!? くれんの!? うわーありがてえいいのかよ!? 有難う!! レバーじゃん!! 栄養取れる!! フオオオオオオオウ」

「…はい……というか頭の傷、平気なんですか」

(よかった…予想以上にレバー喜んでくれた……)

 利守は出資した甲斐があった……と思いながら、向こうに見える幽霊に気付いた。

「大丈夫大丈夫、それより見てくれメット。買ってみたんだ、中古だけどな。これで頭は守れる。んで君らの方はどうだ、何か『見えたり』とかは……」

 モグラもそれに気付いた様子で、じっと見つめる。

 真木は冷や汗をかいていた。

「『見えたり』?」

 彼らは、じわりじわりと背後を振り返った。

 ──彼らの背後に立っていたのは、ステテコ姿の中年男性だった。

「ん!?」

「やっぱり見えるようになったな」

 モグラが言う。

 真木は思わず掴みかかった。

「え、待って、数々のアンタの言動から薄々予想はしてたけど、もしかして今見えてるのって霊!? 絶妙に怖くねぇ!!! いやよかったけど! なんかこう…ジャンプの漫画みたいなもっとかっこいい劇的な体験を想像してた!! というか利守、お前なんでそんな冷静なんだよ!? クール&スーパードライがお前の売りなのは知ってるけど!!」

 利守は頭を掻く。

「えー……幽霊なんてあんなもんじゃない? だって元は人間だよ?」

「そりゃそうかもだけどさ……!」

 それに対して構う様子のないモグラ。彼は腰に下げていたカンテラを掲げる。

「墨村利守と言ったか。いいことを言うな。──若者よ、現実ってのは常に想像の斜め上をいくものだ」

「?」

 幽霊はきょとんとしている。利守も何をするのかさすがにわからず見守っていると──

 モグラは、持っていたカンテラを幽霊の頭にぶつけた。

「これがお前らの初・心霊体験だ!!!」

「…えぇ……」

 残念そうな声を上げる真木と八重子。利守は初めて見る霊への攻撃方法に目を瞠った。モグラは名乗る。

「『百暗 桃弓木』。『百に暗い』『桃の弓の木』。縁起がいいんだか悪いんだかな名前で恐縮だが、ここまできたらもうお見知り置きをだな」

 モグラは言った。

「改めてどうも。世にも珍しい仙人です。知り合ってご愁傷さん!」

(なるほど、仙人か)

 利守は頷いた。

 よもや、この男との関係が、関係を断とうとしていた真木と八重子共々巻き添えに深くなっていくとは、このときの彼は思いもしなかったのだ。

 

 

 

 

 

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