純潔の菩薩姫   作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね

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暫しの別れ

 

 

 

 

 私たちは、しばし見つめ合った。

 

 差し出された手に、自分の手を重ねる。

 いつの間にか、殺生丸のほうがずっと手が大きくなっている。

 

 ぎゅ、と手が包み込まれるように握られた。

 

 門の前へと、殺生丸は一歩踏み出す。

 私は半ば引きずられるように、遅れて足を運んだ。

 

 

 門を挟むように、牛頭馬頭が立っている。

 物言わぬ石像が命を帯びたように色づき、瞬いた。

 

 生者と死者、その境を司る門番は私の腰に差した叢雲牙に目を向ける。

 

 そして、宙へと目を転じる。

 私もまた、そちらへ視線を向けた。

 

 ――ふわふわと天生牙が浮いている。

 

 殺生丸に投げ捨てられた天生牙が浮遊し、定位置である腰元へと戻る時期を伺っているようだった。

 

 あ、結構物理的に戻ってたんだ……。

 あの世属性の刀というやつは、叢雲牙もそうだが……

 ……何と言うか、ちょっとキモい。

 

 私はなんとも言えない顔で天生牙を見る。

 

 殺生丸はその方向へ視線すらやらない。一貫して無視をしている。

 

「通行の資格を確認した」

 

 牛頭馬頭は私たちにはすっかり興味をなくしたように真っ直ぐ前方を見据えて、トン、と巨大な鉾で地を鳴らす。

 

 すると、がらがらと重い音を立てて扉の鎖が落ちていった。

 

 さらに一歩進もうとする殺生丸に、私は続かない。

 ぎゅ、と腕に負荷が掛かる。

 

 意を決して、口を開いた。

 

「私は、ここまでだ」

 

 未だ手は繋がっている。

 

 このまま手を繋いでゆけば、私はこの門を共に越えることが出来るだろう。

 

 だがそれは結局、時間の先延ばしにしかならない。

 

 現世へ戻ったとて、冥界は私を強く呼び寄せる。

 再び殺生丸を危険に晒してしまうかもしれない。

 

 殺生丸だけではない。

 自分の周りにいる者までも冥界への道連れにしてしまいかねない。

 

 私は、己の身体が冥界に呼ばれていることを如実に感じはじめていた。

 

 

「……やはり、そうか」

 

 短く、殺生丸はそう言った。

 

 ゆっくりと振り返った殺生丸。

 

 ぐ、と握られた手に力が籠る。

 握手よりも、少しだけ強いその力加減。

 ――その後、手が放された。

 

 私に負けず劣らずの無表情で、殺生丸は低く問う。

 

「ひとつだけ、聞きたいことがあった」

 

 先ほど、何でも聞いていいと言ったときは何もないと答えていたのに。

 

 私との別離を悟っていたかのように、現世へ戻ってから聞くと言っていたのに。

 

 

 ――殺生丸は確かに、私のいない未来へ足を向けはじめているのだ。

 

 

 せっかく問うてくれたのだ。

 

 なんだって答えよう。

 私が知っていることならば、なんだって。

 

 私が深く頷くと、それを待っていたように殺生丸は口を開いた。

 

()を、教えてくれ」

「…………怜悧だよ、殺生丸」

 

 今までずっと、名前を持たぬまま隣に在った。

 

 これから先も、私の名を呼ぶ機会などないだろう。

 名を聞いて、なんになる。

 

 それなのに。

 

 無意味なことを嫌う殺生丸が、私の名を知ることを望んでくれたこと。

 どうしてそれが、こんなにも嬉しく、物悲しい。

 

 殺生丸は私の答えを聞き、くるりと背を向けた。

 

「……怜悧。いつか、また」

 

 そして、迷いなく歩き始めた。

 

 一歩また一歩と、私たちの距離は離れていく。

 

 ギイイィィ、と重苦しい音を立てて扉が開く。

 眩しいほどの光のなかへと、殺生丸の背中が消えてゆく。

 

 

 再び軋んだ音が響き、扉が閉じる。

 ジャラジャラと鎖が扉に巻き付いた。

 

 

 しん、と静まったあの世。

 私はぴったりと閉じた扉を見つめていた。

 

 

 瞼の裏に、立派な背中が焼き付いている。

 

 すっかりその背中が見えなくなって。

 戻ってくる気配などまるでなくって。

 

 そのことを実感してからようやく、私は膝から崩れ落ちた。

 

 俯き、拝んだ。

 

 ――どうか、彼の生きる道(じんせい)が素晴らしいものでありますように。

 

 

 可愛い弟のために祈った後、もう一人の弟と、愛らしい家来のことを想った。

 

 暫しの別れだと、そう告げた。

 きっと、私のことを信じて待ち続けてくれるのだろう。

 

 ずしん、と心が重くなる。

 

 今こうして私は在るというのに、現世へ堂々と戻ることは叶わないのだ。

 

 

 膝を上げ、立ち上がった私は、考えを整理するためにも、歩き出した。

 

 

 

 冥界が私を招んでいる。

 

 重力に引き寄せられるが如く、気を抜けば冥界へと引き摺り込まれることを感覚で悟っている。

 

 試しにもう片方の腕や足を落としたならば、落とすや否や、ばくりと闇に呑み込まれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ叢雲牙。

 冥界に呼ばれたあと。私は、どうなるのだ」

『時間をかけて、冥界の者として定着いたします』

「冥界の者とは、いまと何が違う」

『冥界の者は、ひたすらに世の理、摂理を守る存在です。

 冥道を司る犬や龍は、死者を冥界の主のもとへ連れてくる。

 そして冥界の主は、死を積み重ねる(確定する)

 ただひたすらに、その作業を行う存在が冥界に所属するものなのです』

「そこで、私は何をするのだ?」

『役割を振られていない主人がどうなるのか、この叢雲牙もわかりません』

「ほう……お前でも分からぬか」

 

 私はなんとはなしに、父の遺骨まで戻ってきた。

 

「これはただの世間話だが。

 殺生丸や犬夜叉、それに美尾はどんな人生を歩むのだろうか」

『それこそ、当の本人にしか分からぬことです。

 ただ、主人(ひめさま)と現世の妖怪達との縁は確かに結ばれました。

 良き縁は、人生の段階を一段高いところへ引き上げてくれるものです。

 ですから、より良き人生を歩むかと』

「なんだお前、世辞まで言えるようになったのか。

 初めからその態度を取っていれば、もう少し付き合い方も変えたのに」

『我のなかの悪しき部分の大半が、主人の鞘に封じられておりますゆえ、これくらいは初めから言えました。

 ……が、我は主人(ひめさま)を真の主人(持ち主)と定めました。

 長い付き合いになる主人とわざわざ諍いなど起こしますまい』

「長い付き合い、か」

『半ば現世の身でありながら、冥界に道を刻んだ主人なれば、()()()()()()へ還っただけでどうこうなるとは考えられませぬ』

「還る場所……とな」

『はい。冥界が主人を招ぶのは、まだ不安定ゆえのことです。均衡が保たれれば引き摺り込まれることもなくなりましょう』

「そうなのか。

 ――ならば。また現世に行くことは、叶うだろうか」

『冥道石なる宝玉がございます。

 その力で()ばれることがあれば、もしかしたら』

 

 

 そうか。

 

 ……そうか。

 

 

 これは、()()の別れだ。

 

 なればこそ私は、希望を胸にあの空間でひたすら自我を保つとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は最後に父の遺骨を見上げた。

 ゆっくりと目を瞑り、そのまま背後に倒れてゆく。

 闇にもたれかかるように身体を委ねた。

 

 ――――とぷん。

 

 途端、冥界の裂け目へと背中から呑み込まれてゆく。

 そこはまるで生温い口のなかのような――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母上、随分とご機嫌でいらっしゃいますね。

 あの犬妖怪の来訪が、母上にそれほどまでによい報せをもたらしましたか?

 そんな殊勝なことをする男にはまるで見えませんでしたが」

「あの倅、あの世とつながる妖怪である私に冥界への行き方を尋ねてきたのだ」

「あの世ではなく、冥界に……?

 我らと同じくあの世の存在の知り合いでもいるのでしょうか。

 なんにせよ、変わったことを望みますね」

「ああ。

 彼奴が下げる二振りの刀のうちの一つから、冥界の気配がした」

「はあ……。それの、なにがそんなに嬉しいのです?」

「ああ、すまぬ。

 喜ばしいのは行方知れずだった友の所在が判明した事実だ。

 私のただ一人の友だ。

 話したことがあるだろう?

 お前の命を救った、妖怪らしくない清い心根の娘のことを」

「大犬の姫の!!

 めっきり話を聞かぬので、死んだのかと」

「私もそう思っていたゆえ、予期せぬ吉報に気分が高揚しておる」

「ああ、なるほど。合点しました。

 菩薩姫は冥界にいるのですね?

 では母上は冥界まで迎えに行かれるので?」

「いいや。あそこは難儀な場所だ。

 いることが分かっているのならば、下手に迎えに行くよりも、喚び出すほうがいい。

 私の旧い知り合い――彼奴の父が死んだ時、冥道石を誰かに託したはずなんだ」

「なるほど……冥界に魂があるならば、冥道石にて喚び出すことが可能ですね」

「ああ。

 ゆえ、会える日も近いかもしれぬぞ。阿毘」

「それは本当に楽しみです。

 あの、純潔の菩薩姫に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【完】










たくさんの感想、ここ好き、お気に入り、評価等々
本当にありがとうございました。

まだまだ書きたいシーンは山ほどありますが
継続的な更新ができなくなるので
(私はノープロットなので、時間が空くと話の流れを完璧に忘れるので続きが書けなくなります…)
本作はこれにて、ひとまず完結とさせていただきます。

それではみなさま。
また、いつか!



さーて、ライシュウのレイリさんは

・桔梗さま、義姉に甘える
・雲母が妙に懐いてくる
・犬夜叉、恋バナをする
・阿毘のツンデレ話
・殺生丸の光源氏計画
 の5本です。(嘘)

ライシュウもまた見てくださいね。
じゃーんけーんぽん! ✌︎('ω')✌︎ うふふふふふふ
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