「そんなに魔王魔王言うんだったら、もういいの! 本当に魔王みたいになっちゃうからね! こうなったら、ぐれてやるんだから!」
時空管理局教導隊所属、高町なのは一等空尉は非常に苛立っていた。その理由は、自身の異名である。
異名と言っても、「不屈のエース・オブ・エース」のような表のものではない。裏の異名として広まっている、「時空管理局の白き魔王」の方である。
誰が最初に言い始めたのかもはや知る由もないが、20代前半の乙女(尚、子持ち)に対してこの言いようはあんまりではないか。娘や親友たちからは自身がとても強いからこのように言われるのだとポジティブな意見をもらっているものの、どう考えてもネガティブな印象の強い呼び名である。
そもそも、自分は魔王と呼ばれるほど悪辣なつもりも暴力的なつもりもない。訓練は確かにスパルタ方式かもしれないとは思うが、武装局員は命がけの仕事である。だからこそ強くなってほしいという想いから愛の鞭を振るっているつもりなので、このように評されるのははっきり言って悲しい。魔導士としてどれだけ強くなろうと、なのはの根っこの部分は寂しがりなのだ。
何より納得がいかないのは、自身の周囲の人々がこの呼び方に対して慰めの言葉をくれることはあっても、呼び名自体は誰も否定しないことである。かつて自分のことを悪魔と呼んだ赤毛の友人などは「妥当な評価だろ」などと言う始末だった。
もしや、皆自分のことを魔王だと思っているのだろうか。そう考えた時、堪忍袋の緒がとうとう切れた。
「……ああ、そうなんだ。いいよ、わかったの。そんなに魔王って呼びたいなら……」
<Standby ready setup>
瞳に危険な色を宿しながら、なのはは相棒たるレイジングハートを起動させる。
「魔王らしくなってやるから! ぐれちゃうんだからね!」
誰に言うでもなく高らかに宣言しながら、バリアジャケットを展開する。その外見は普段のものとはまるで違っていた。白く裾の長い上着にややだぼついた同じく白い脚衣、上着の下は素肌がさらされ、胸回りにさらしが巻かれるその様は、さながら特攻服だった。
「昨日までのいい子ちゃんな私とは、もうさよなら! この不良さんスタイルで、素行不良にふるまっちゃうんだから! というわけで……」
言いながら、なのはは玄関のドアノブを握る。
「不良の第一歩として、夜遊びに行っちゃうんだから!」
そして、意気揚々と夜の街に繰り出すなのはだった。
夜遊びと言うなら、かつてジュエルシードを探していた際に10歳にも満たない年齢で夜間に出歩いていたことの方がよほど不良じみているのだが、なのはとしては遊んでいたわけではないのでセーフ判定らしい。
そして、いざ夜の繁華街に着いてみれば――
「(こ、この時間でも結構人が多いんだ……うう、見られてる……)」
夜遊びなどは基本しないなのはの予想していたよりも人通りは多く、普段から身えば激しく露出した上半身、特にさらしが巻かれた胸に通行人の視線が刺さる。不良と言えばこんな格好だろうというなんとなくのイメージだけで形から入ってみたことを、なのはは少し後悔していた。
「(うう、恥ずかしがってばかりいたらだめだよ! 地球にいた頃、レディースっていうんだっけ? そういう人たちがこんな格好で堂々と歩いてるのを見たことあるじゃない! 不良さんになるって決めたんだから、負けてられないよ!)」
しかし、そこで簡単に引き下がらないのが不屈の魔法少女なのはである。羞恥の想いをねじ伏せて、胸を張って歩き出した。
しかし――
「あっ!?」
やはり羞恥の念が魔力運用の集中力を乱したかバリアジャケットのさらしがはだけ、なのはの豊かな胸が露になりそうになる。
「にゃ、にゃああぁぁっ!」
そして、たまらず胸を抑えてその場を逃げ出すなのはだった。
それから駆け続けること約3分、脚を止めた時にはいつの間にか路地に入り込んでいた。人影もなく、街灯の明かりもろくに届かない暗い雰囲気に不気味さを感じるが、今更その程度で怖気づくほどなのははか弱くない。
「うん、不良さんだったら表通りよりむしろこういう雰囲気の方がそれっぽいよね!」
気を取り直し、ついでにはだけた胸元も直して、なのははポケットからあるものを取り出す。
「ふっふっふ、やっぱり不良さんといえばこれだよね」
その手にあるのは、煙草の箱。繁華街へ繰り出す前にコンビニで買ったものである。既に成人済みのため喫煙が法律違反というわけではないが、どちらかといえばアウトローチックな印象のアイテムだ。更に言えば、大人の女性が恰好よく煙草を吸う姿に密かな憧れがあったりもする。なのはは内心背徳的な胸の高鳴りを感じながら指先に高熱の魔力を灯し、口にくわえた煙草に火を点けてみた。
「っ!?」
そして、次の瞬間こんこんとせき込みながら煙草を口から放すのだった。
「うええぇぇ……なにこれぇ、喫煙者の人って、なんでこんなの喜んで吸うのぉ?」
げんなりしながら、携帯灰皿代わりに防火ばっちりなバリアジャケットのポケットへと吸殻を捨てる。憧憬が幻と消えた瞬間だった。
それにしても、となのはは周りを見回す。
「(この辺り、怪しい落書きでいっぱいだなあ)」
本物の不良たちによるものだろう、路地の壁のあちこちに骸骨やら武器やら雑言やら様々な落書きがされていた。その中には酷く卑猥なものもあり、思わずなのはは赤面する。
「一児のお母さんとして、こんなのはちょっとほっとけないよね。レイジングハート!」
<Mode change sweeping mode>
レイジングハートをデッキブラシ型に変形させると、なのはは壁の掃除を始めた。しかし、落書きの量は一人の手作業で消しきれるようなものではなく――
「あの辺りを綺麗にするボランティアを主導してみようと思うんだけど、どうかなフェイトちゃん」
翌日、自身の考えた清掃活動について親友に相談してみるのだった。
「なのは、ぐれてやるとか言ってなかったっけ?」
~終幕~
というわけで、なのはがぐれようとして見事失敗したお話でした。
すっかり定着しているなのはの魔王呼びですが、本気でなのはが魔王ムーブというか悪いことしようとしたらどうなるか、と思い書いてみたネタ作品です。
お楽しみいただけたのでしたら幸いです。