※登場するウマ娘の実装時にガチャ祈願で書いた小説の、別プラットフォーム再掲です。見覚えがある方は詮索しないで下さい(懇願)
※無知だった頃に勢いで書いたため、史実に準拠しておりません。キャラクター性を損ないかねない大幅改変を含むオリジナル時空であることをご了承ください
青空に響き渡る、子どもたちの笑い声。
幸せそうな笑顔を見ていると、少しだけ元気を貰えるから。
だから僕は、時々ここに来る。
今年高校に上がったばかりの僕は、未だ新しい生活に慣れず、クラスにも上手く馴染めないまま、淡々と日々を送っていた。
別に、不幸自慢をするつもりは無い。成績は決して悪くないし、馴染めないとは言っても話し掛けてくれる物好きなクラスメイトは居る。……仲が良いかと聞かれると、困る程度の関係だけど。
そんな感じで不幸な訳ではないが、かと言って手放しに幸せとも言えない。そもそも人間、誰でもちょっと元気が足りないときくらいあると思う。
そんなちょっと足りない元気を貰うため、今日もこの公園に来ていた。
少し広めの土地に、どこにでもあるような安っぽい遊具が並ぶだけの、簡素だが何処か落ち着く公園。近所の子どもたちには人気があるようで、休日はいつ来ても明るい声が響いている。
その一角にあるベンチに座って何もせず子どもたちを眺める時間が、僕の元気の源の1つだ。
今日もいつもと変わらず、僕は呆けた顔をして、駆け回る子どもたちを見守っていた。たまに、目の前に来た子どもに愛想笑いで手を振るほかは、ひたすらじっと座っているだけだ。
ふと時計を見ると、ここに来たときから長針が半周しようとしていた。そろそろ帰ろうかと、そっと息を吐いてから視線を前に戻し……
──刹那、目の前を白い稲妻が走った。
いや、もちろん本当の稲妻ではない。横に走る稲妻など聞いたことも無いし。
しかし、目の前を横切った白い「何か」は、まるで稲妻のように疾く……そして僕には、眩く閃いて見えた。
呆気に取られてその行く先を見てみると、そこには1人のウマ娘が居た。
先程の閃きには及ばないが、日の光を受けて輝く白い長髪。耳には赤いカバーをしていて、何だか……言ってはいけないのだろうが、小さい。
公園に居るくらいだし、まだ小学生くらいの子どもなのだろうか。その割にさっきの走りは、ウマ娘であることを抜きにしてもとても速かった気がするけど……。
考えているうちに、そのウマ娘の周りに他の子どもたちが集まってきた。
「凄いよタマねぇね!めっちゃ速かった!」
「せやろ?……これが“白い稲妻”、タマモクロス様や!!」
子どもたちの歓声に、彼女は意外にも関西弁で返した。その口調にも驚いたが……“白い稲妻”。先程僕がイメージしたその単語が、そのまま登場したことにはもっと驚いた。
……タマモクロス、と言うのか。
年齢に関してはよく分からないが、“白い稲妻”の走りは本当に凄かった。僕は敬意を込めて、心の中でこっそり「タマモ先輩」と呼ぶことにした。
それからも何度か、公園でタマモ先輩を見掛けた。初めは普通に子どもたちの相手をしているのだが、いつも決まって何処かのタイミングで走りを見せるようにせがまれては、変わらぬ“白い稲妻”を閃かせる。その度に、僕は見惚れていた。
いつしか僕は、公園に来ると、定位置のベンチに座る前にタマモ先輩を探すようになっていた。
時には学校でも、ふとした瞬間にあの“白い稲妻”がフラッシュバックするほどに……僕はタマモ先輩に、その走りに魅了されていたのだ。
タマモ先輩はいつも楽しそうに走る。子どもたちを喜ばせたいからなのか、それともウマ娘として純粋に走ることを楽しんでいるのか……どちらでもあるのだろう、と僕は勝手に想像していた。
ある日、いつものようにタマモ先輩の走りを見ていると……心做しか、以前より更に速くなっているように感じた。
素人目に見ても、フォームが変わっているのが分かる。元からとても速かったのに、更に上の次元に到達したような……何か核心的な変化があったのだと、感じさせる走りだった。
その変化の理由が分かったのは、その年の末の事だった。
タマモ先輩の走りが忘れられなくなった僕は、他のウマ娘の走りも見てみたくなり、何かウマ娘のレースを観戦できないかと考えた。「一度だけだから」と親にねだって、ついにそれが叶ったのが12月だった。
「ホープフルステークス」。どうせ見るなら規模の大きなレースが良いだろうと親が選んでくれた、年末のGIレースだ。
どんなウマ娘が出走するのか気になり、ネットで調べてみると……
そこには、「タマモクロス」の名前があった。
見間違いではないか。何度も目を擦り、頬をつねり見返したが、やはりそこにあるのは「タマモクロス」の6文字。
後から調べて分かったが、ホープフルステークスはジュニア級のウマ娘のみが出走するGIであり、当然ながら、GI実績の無い比較的無名なウマ娘も多く出走する。
「無名」とは言っても、流石にデビュー戦を経験していない未出走のウマ娘では参加できない。公園での走りが格段に速くなったあの頃は、デビューのため、そしてその後に待ち受ける様々なレースに出走するため、専属のトレーナーとのトレーニングを始めた時期だったのだろう。
……デビューを済ませているということは、少なくとも中等部以上か。勝手に小学生くらいだと思っていたのが申し訳無いな。
このレースを選んだ親には、タマモ先輩の話はしていない。この偶然には、運命を感じずにはいられなかった。
それだけ有名になっているのなら、タマモ先輩の素性もある程度分かるのではないか。これもネットで調べてみた。
年代としては高等部──まさかの同い年。本当に、本当に失礼な勘違いをしていたらしい。ただ、そう勘違いするほど小柄だったことは弁明したい。
流石にジュニア級のウマ娘で実績も少ないため、有名なウマ娘たちに比べると情報はとても少なかったが、とあるブログサイトにこんな投稿があった。
「タマモクロスというウマ娘は、貧しい家庭で育ち、家族に楽をさせるためにレースに出走しているらしい。」
……正直に言うと、その内容に驚きこそしたものの、深く同情したり感動したりすることは、できなかった。
所詮は他人の家庭事情。憧れのウマ娘と言えど、知っていたのは公園での走りと名前くらいであって、感情移入するほど彼女の事を知ってはいなかったのだ。
そう、僕はそれしか知らない。公園でタマモ先輩が見せる、あの──楽しそうな走りしか、知らない。
モヤモヤとした感情を抱えながら迎えた、ホープフルステークス当日。
スタンドは満員。大勢のファンが生み出す熱気は、否応無く僕を飲み込み、少しはレース前の雰囲気に乗ることができた。
そして、パドックにウマ娘たちが登場する。
……見紛うはずも無い、赤い耳カバーと白い長髪。芦毛のウマ娘・タマモクロスは、青が基調の勝負服に身を包んで現れた。
両袖には、左右合わせて「疾風迅雷」の文字。そして胸には……白い、稲妻のマーク。
普段見るタマモ先輩とはまるで違う。観客席のやや後方で見ていた僕にも十分に伝わってくる、獲物を狩る獣のようなその気迫は、1人のウマ娘としてのプライドや覚悟を感じさせた。
ファンファーレが鳴り響くまでの時間が、あっと言う間のように感じられた。
ゲートに入ったタマモクロスを見詰めながら、スタートの時を待つ。
緊張の数秒間。
──ゲートが開いた。
ウマ娘たちが一斉に走り出し、タマモクロスも勢い良くゲートを飛び出す。スタート直後は、最後尾に近い後方に着いた。
ウマ娘のレースについてよく知らない僕は、出遅れたのかとも思った。やはりランクの高いGIレース、タマモクロスでは届かないのか……そんな諦念さえ、心の何処かにあった。
前方では順序が前後する中、後方集団はなかなか動かない。焦りを感じながら、食い入るように展開を見守っていた。
そしてそのまま……最終コーナーに差し掛かった頃。
タマモクロスがついに動いた。1人、2人、3人4人、……次々に他のウマ娘たちを抜き去っていく。
……会場が、どっと沸いた。
タマモクロスは出遅れたのではない。序盤で体力を温存して、ラストスパートで一気に追い込む──そういう作戦だったのだと、遅まきながら気付いた。
これは行けるかも知れない、と僕も拳を握り締めたが、やはり先頭を走るのは正しくGI級の強者ばかり。先行していた1人が根性の再スパートを掛け、タマモクロスに先頭を譲らない。
やはり体躯の小さなタマモクロスには厳しいのか。このまま力押しに打ち負けて、勝利を逃してしまうのか。
……ふと、タマモクロスを初めて見た日を思い出す。
あの衝撃は偽物だったか?こんな所で終わるほど、彼女は弱かったか?
僕は彼女の事をあまり知らない。その走りしか知らない。
……それでも、その走り“だけは”知っている。
誰よりも速く、誰よりも鋭く、誰よりも眩く……そんな走りを見せてくれる。彼女なら、きっと。
「負けるな、タマモクロス!!」
叫びは、完全に無意識のうちに放たれていた。
その祈りが通じたのかどうか……
──刹那、コースを白い稲妻が走った。
年が明けて、再びあの公園に行った。
毎回タマモ先輩に会えるわけではないので不安だったが、幸いにもそこには彼女の姿があった。
声を掛けるべきだろうか。今更何をと思うかも知れないが、僕は彼女に直接感謝と激励の言葉を送りたかったのだ。
少し距離を置いたままもじもじと悩んでいると、ふとこちらを向いたタマモ先輩と目が合ってしまった。
もうこうなっては仕方無い。そう自分に言い聞かせ、タマモ先輩の方へとゆっくり歩いていく。
「……な、何や?」
タマモ先輩は引き攣った愛想笑いでそう尋ねる。案の定、こちらの顔は一切覚えられていないらしい。ほんの少しだけショックだが、気を取り直してしっかりとタマモ先輩の目を見る。
「……実は、僕……」
貴女のファンなんです。そう言おうとしたが、タマモ先輩の後ろにいつもの子どもたちが居るのが見えた。いつもタマモ先輩に走りを見せて欲しいとせがむ、子どもたちが。
「──貴女の走る姿が見たいんです」
予想外のリクエストを受けたタマモ先輩のキョトンとした顔は、もしかしたら一生忘れられないかもしれない。
「……ほっ、ほら、たまにこの公園で走ってらっしゃるじゃないですか。たまたま、たまたま見掛けたことがあって、えと、それで、もっと近くで見たいなぁ、とか……」
しどろもどろになりながら弁明すると、タマモ先輩の後ろの子どもたちも口を開いた。
「……僕も。僕もタマねぇねが走るの、また見たい」
「私も!」
タマモ先輩は驚いたように振り返ると、子どもたちが輝かせる期待の眼差しに気圧されたのか、諦めたような表情で再びこちらを向いた。
「……チビたちが言うんならしゃあないわ。ほら、アンタもちょい離れや。近くで見たいから〜言うて、怪我でもしたらあかんで」
「……は、はい!!」
タマモ先輩の言う通りに、子どもたちと一緒に下がると、タマモ先輩は軽く準備運動を始めた。
「何や、レースでもあらへんのに知らん奴に走り見せるん恥ずかしいわ……1回こっきりの出血大サービスやで、よう見ときや」
そう言いながら、タマモ先輩はスタンディングスタートの構えを取る。言われなくても、見逃したりするつもりは無い。
何度も見た彼女の走り。でも、今回だけは特別だ。何せ、僕のために見せてくれるのだから。
……空気が震えるような、一瞬の緊張。
彼女の顔に、走りを楽しむ純粋な笑みが浮かぶ。その顔を見て、僕は確信めいた予感を覚えた。
きっとこれからも、タマモ先輩は勝ち続けて……日本中に名を轟かせる。そんなタマモ先輩を、僕は応援し続ける……と。
──冬の公園に、白い稲妻が放たれた。