クー・フーリンのスペックで転生した僕がヒロアカ世界で理想の兄貴になる話   作:佐久間2525

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インフルから無事帰還しました。デスノの方も年内に一話くらいあげたいですが、予定は未定です。


第七話 すれ違いと確信犯と

 

 

[聖杯の行方──Aチームと空風]

 

◇SIDE: 狂信者 宣道という男

 

ハァ、ハァ…。ヒーロー社会が崩壊しますように…ヒーロー共が不幸になりますように…」

 

一人の男が息を切らしながら街を駆けている。痩せぎすの神経質そうな男だ。運動は苦手なのだろう。如何にも動き慣れない様子で、必死に足を動かしている。

その腕の中では、金色の器が街灯からの光を鈍く反射していた。一見、ただの飾り物だ。しかし無機物であるはずのそれは、不定期にチカチカと点滅し、()()()()()()。10人が見れば9人は不気味だと投げ捨てそうな様子であったが、宣道という男は恍惚とした様子でその聖杯をしっかり抱きしめていた。

 

ゴポリ、ゴポリと音を立てて泥のようなものがその淵からあふれていく。

重力に従って地面に滴ったそれは蠢いて、やがて獣の形へと変質していった。

 

「キャー!!何このバケモノ!!」

「ヒーローを呼べ!!」

「ひぅ…こわいよぉ、お母さん…ッ」

 

ふ、ふふふふ。背後から聞こえる悲鳴に、男の喉から歓喜の声が溢れた。

 

「(あぁ、なんて素晴らしい日だ)」

聖杯から溢れた泥で、仮初の平和が壊れていく。言峰様、やはり貴方は私たちを裏切ってなどいなかった。

 

 

 

『任せたぞ、宣道』

 

およそ10年前のあの日まで、貴方はよく私にそう仰って下さった。お前なら言わなくても()()()だろうと。私を信頼して全てを語らず任せて下さる貴方。その信頼に、かつて砕かれた私の自尊心がどれほど満たされたことか。

 

今回もきっとそうなのだ。

言峰様はこの社会を壊すことを諦めてなどいなかった。私に何も声をかけて下さらなかったが、それも恐らくヒーロー共の監視のせいで身動きが取れなかったからだろう。

 

「(お任せください言峰様…!何も言われずとも、宣道は分かっております。貴方の計画通り、この聖杯を用いてヒーロー共を混乱の坩堝に叩き入れてみせましょう…!)」

 

 

「ヒーロー社会に暗闇あれ…言峰様に栄光あれ…ハァ、ハァ」

 

願いを叶える代償として災厄を振りまく、聖なる器。ヒーロー社会の終焉にこれほど相応しい物はない。こんな素晴らしいものをお創りになるとは、流石は言峰様だ。

 

私が推測した言峰様の計画は以下の通り。

まず、コツコツと増やしていた信者を動員してデモを起こす。デモと魔獣でヒーロー共の目をそらしている隙に、聖杯を雄英高校に設置。そのうえで、対価の大きな願い──人知を超えた神の御業──例えば()()()() ()などを願う事によって大いなる災いを呼ぶ。

 

雄英付近で大量に発生するであろう死傷者。対応しきれないヒーロー。デモ活動はそれを機にますます激化。ヒーロー社会の象徴が崩壊したとなれば、さらに世論はヒーロー不要論に傾く。

ゆくゆくはヒーローどもが甘い蜜を吸う時代が終わりを告げる。

 

貴方様の計画はこうでしょう言峰様。言われずとも分かりますとも。

 

「(さぁ、どんどん生まれろ獣ども!ヒーロー社会を破壊するために暴れまわれ!!)」

 

また一体と生まれる化け物を街に解き放ち、そのまま雄英を目指して駆け抜ける。

 

「ヒーロー共が痛い目を見ますように。

 …ん?なんだこれ??…スリッパ?????

 

一瞬、足を止める。視線の先では足つぼマッサージのついた健康スリッパ(片方のみ)が転がっていた。謎に300円と言う値札つき。…見間違いでなければ聖杯から出てきたように見えるのだが。

 

先ほど転がり落ちてきたアイマスク(ヒーロー社会に暗闇あれ)といい、豆電球(言峰様に栄光あれ)といい、たまに聖杯から輩出される小物は一体何だ。聖杯の誤作動だろうか。

 

首を捻りつつ、再度足を進める。言峰様のされることに間違いなどない筈。つまりこれも何か必要なものに違いない。念のため、大事に持っておこう。

 

謎のスリッパを懐にしまい込んだところで、ようやく雄英高校が見えてきた。あそこに辿り着きさえすれば──

 

「待て!!そこのお前、止まれ!!!」

「…ッチ、もう来たか、ヒーローめが…!!!」

 

あと一歩というところで、見覚えのあるヒーローが複数名立ち塞がる。どうやら待ち伏せされていたらしい。

 

「お前がこの騒ぎを起こしている元凶…言峰の手の者だな。大人しく投降して聖杯を渡せ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で怒りが弾けた。

 

「貴様らごときが軽々しくあのお方の名前を口にするなあッ!!」

 

怒号と同時に踏み出そうとした刹那、足首に異様な感触が絡みつく。

視線を落とすと、白いテープ状の何かが、蛇のように脚を締め上げていた。

 

「よっしゃ、捕まえた!」

「っ!?」

「でかしたセロファン!追加でくらえオイラのもぎもぎを!!」

 

脚が地面に縫い止められる。

動かない。引き剥がそうとしても、びくともしない。

 

──なんだ、この紫の物体は……!足が……!

 

忌々しいヒーローどもめ。

焦りに任せて腕を振った拍子に、手の中の重みが失われた。

 

聖杯が、宙を舞う。

 

カラカラと乾いた音を立ててそれは地面を転がった。

指先一本あれば届く距離。だがその一本分が、果てしなく遠い。

 

あぁ…雄英の目の前まで来て私はまた失敗するのか?言峰様の信頼を裏切って?

 

「あれが聖杯だな!?」

 

視界が絶望に染まっていく中、聖杯へと手を伸ばすヒーローの姿が、はっきりと映った。

 

何もかも、これでおしまいだ──

 

「おわッ!?」

 

──そう思った瞬間、ヒーローと聖杯の間に、轟音を立てて()()が突き刺さった。地面を抉り、土砂を吹き飛ばすほどの衝撃に、ヒーローは思わず後方へと跳ね退く。

 

土煙はゆっくりと宙を舞ってその姿を覆い隠していた。風が吹くにつれて地面へと深く突き立ったソレが正体を表していく。

 

紅く、禍々しい槍。

見る者の視線を拒むかのような異様な存在感──間違いない。あれは、言峰様の傍らに侍っていたあの男の持ち物だ。

 

胸の奥に熱いものが込み上げる。

 

あぁ……(言峰様)は、まだ私を見放してはおられなかった。

 

「御使い様……!」

 

震える声が、無意識のうちに漏れる。

 

そのお方は、地に転がっていた聖杯を拾い上げると埃を払うこともなく静かに手に収めた。そして、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。

 

冴え冴えとした、氷のように冷たい瞳。

慈悲も怒りも読み取れない、その眼差しが、まっすぐに私を射抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆SIDE : オリ主

 

 

あっっっっぶねぇぇええ!!!!

 

あとコンマ1秒遅かったら瀬呂が聖杯に触ってたんだが!?!?!?

ヒーローが触ったら爆発するって、どの規模の爆発なんだよクソマスター!

そもそもなんでそんな機能つけた!!バカか!?バカだったな!!

 

「あぁ、御使い様…!今こそ聖杯に願いを託し、ヒーロー社会に裁きの鉄槌を!」

 

…んでコイツは何言ってんの?状況からして言峰が言ってた宣道ってやつなんだろうが、いい年して中二病か??

黒歴史がうずくから俺を巻き込まないで欲しいんだけど。

 

「みんな、遅れてごめん!状況は!」

「おう緑谷。ちょうど、家出ボーイがお出ましになったとこだぜ」

「…!…空風くん」

 

あーー緑谷まで早くも来ちゃったよどーしよーーーー

 

地面に縫い付けられた男を背に立つ俺と、対峙するヒーローという構図。完全に俺が悪役ポジション。俺も渡せるものならこんなゴミ、早くヒーローに押し付けたい。

どこぞのマスターが変な魔改造さえしてなかったらなぁ!

 

では、素直に事情を打ち明けるという作戦はどうだろう。

「ヒーローが触ったらコレ爆発するんだよ、アハハ」って言ったところで信じられるか??

今の俺の見た目(オルタ)で???かつ一ヶ月あまり家出をして、あの神父と一緒にいた身分で??

 

…どう考えても無理だ。嘘つけって言われて終わりだろう。

 

ここは聖杯を確保したまま撤退し、人気のないところでキメラが湧かなくなるまで一人で耐久戦が最適解。

 

「その腕…ボロボロじゃないか」

「あァ?…こんなもの、すぐに治る」

 

緑谷の視線を追って、自分の腕を見る。

思いっきり槍投げたから右腕がイカレちまってるな…痛覚切ってたから気づかなかった。オルタ化してからというものパワーが格段に上がったからたまにこういう事になる。

 

まぁ、ルーン魔術を治療に特化させれば、すぐに元に戻るから問題はないんだが。

捻じれた腕が元の方向に戻り、裂けた血管が閉じていく様子を、緑谷は痛々しいものを見る目で見つめていた。グロいもの見せてごめんて。

 

 

「…君がどうして そんな無茶をしてまで言峰に従っているのか、どうして僕たちの前からいなくなったのか。聞きたいことはたくさんあるけど…今は時間がない。だからお願いだ、その聖杯を渡して。空風くん」

 

 

主人公 (緑谷)の真っ直ぐな目が突き刺さる。思わず素直に頷きかけるが、途中で首を横に振った。危ない。

 

「これをお前たちには渡せない」

 

爆発しちゃうからなぁ…。

 

こうしている間にも次々とヒーローがこの場に駆けつけている。悠長に説明している時間はない。さっさとズラかろう。

 

地面に突き刺さっていた槍を引き抜き構えると、緑谷が哀しそうに唇を噛み締めた。

罪悪感が胸を突き刺す。しかし聖杯を爆発させて被害を出すのも、このまま放置して魔獣の被害出し続けるのも本意じゃない。となれば押し通る他ないだろう。

 

「さっきの続きといこうや槍バカ野郎ォ…!」

「空風この野郎ー!!イメチェンしてもイケメンなの腹立つお前!!くらえ、もぎもぎ!!」

「無差別放電130万V!!」

「アーマードギア展開!!特殊硬質繊維『黒鞭』!!」

 

前方から襲い来るヒーロー達の一斉攻撃。後ろに下がろうにも地面に転がる荷物 (宣道)が邪魔だ。正面突破と行くか──

 

と、前だけに集中していたのが悪かったのか。

 

「レシプロ…バーストォッ!!!!!

 

背後から亜音速で接近する飯田と、その背中にいる存在に俺は気が付いていなかった。

 

爆豪の攻撃をはじき、上鳴の雷撃を切り裂いた次の瞬間。

背中にドン!!という衝撃が走り、首に白い腕が巻き付けられる。

 

「──つかまえた」

 

驚きに目を見張る俺の背後にいたのは、角の生えた女の子。

雄英の制服を着ている、白い髪と赤い目が可愛らしい美少女だった。

 

…え、だれ????

 

「空風さんを、1か月半前に 『巻き戻し』 !」

 

大混乱の俺を置き去りに、その子が個性を発動し──

次の瞬間には、俺の体は馴染みのあるクー・フーリン(ランサーの姿)へと変貌していた。

 

 

…どういうこと!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇SIDE : 緑谷

 

 

 

「壊理ちゃん!?」

「デクせんせー!やったよ!!」

「ちょっ…何してるの危ないでしょ!!」

 

仮免許を持っているとはいえ学生の身分でなんて危険なことを…!飛び込んできた教え子の姿に冷や汗が垂れる。

 

そんな場合ではないことを百も承知で、危ないでしょ、学生なのに!!と叫ぶと、空風くんの背中に抱き着いたままの壊理ちゃんがニッコリと笑った。

 

「あら、デクせんせーがそれ言っちゃうの?」

「なっ…!」

「あー…まぁ俺らの世代は人のこと言えねぇわな」

 

私を助けてくれた時も先生、学生だったよね?と、言外に滲ませる壊理ちゃんに、二の句を継げなくなる。隣に立つかっちゃんも明後日の方向を向いて黙り込んだ。瀬呂くんからも援護射撃どころか追い打ちを食らう。

 

確かに僕らも、昔は相当無茶してた自覚があるから怒れるような立場じゃないけど。それにしたって交戦中の只中に飛び込んでくるだなんて!

 

飛びつかれた空風くんの姿を、緊張のままにソロリと見やる。

 

あの黒と赤の色彩で構成されていた禍々しい外装は、ほどけるように空気中に消えた。体に刻まれていた魔術的な文様も姿を消し、見慣れた蒼いヒーロースーツを着ている。

 

僕らが良く知る、空風くんの姿。

 

さっきまでの空風くんは、まるで獣のように見えた。自分自身が傷つくことすら厭わない、攻撃的な人格。空風くんが反転させられた姿だというが、確かに普段とは正反対の様子だった。

 

それが果たしてどこまで元に戻っているのか。

 

飛びつかれた空風くんはといえば、顔を俯かせて肩を震わせている。

 

「壊理ちゃん、とにかく一旦離れて──」

 

もしかしたら、まだ攻撃の意思があるのかもしれない。まずは生徒の安全を確保しないと…と動きかけた瞬間、はじけるような笑い声があたりに響いた。

 

あははは!!!一本取られてんじゃねェか緑谷ァ!!どの口がお前危ないって言ってんだよ…!!あははは!!」

 

そ、らかぜくん…。そんなに笑う事ないじゃないか」

「ふ、ふはっ…いや、悪ィ、昔の相澤先生とお前がダブって見えたのが面白すぎたわ。あーー笑いすぎて腹痛ェ」

 

けたけたと大声で笑う空風くんに、あぁいつもの君だ、と肩の力が抜ける。

背中に壊理ちゃんをおんぶしたままの彼は、ゆっくりとしゃがんで地面に下ろしてあげていた。

 

「おら、嬢ちゃん。降りな。ンな可愛い(ナリ)で男に飛びつくんじゃねぇよ」

 

「…やっぱりデク先生たちが言ってたみたいに、女の人には一際優しいのね。空風さん」

「ハァ…?おい、お前ら生徒に俺のことなんて伝えてんだよ。俺がただの女好きみたいじゃねェか」

「お前が女好きなのは事実だろ」

「そうだぞ空風。顔の良さで誤魔化されてたけど、オイラとどっこいどっこいだわ」

「あぁん?」

 

「ふ、ふふ。それに、優しすぎる人だって聞いてたから、私のこともきっと傷つけないって知ってたの。だから今回のことは無茶じゃないんだよ。いい仕事したでしょ?」

「なっ」

 

自慢げに胸を張る壊理ちゃんに、頭を抱えたくなる。僕が空風くんのこと伝えたせいか…!責任感でギリギリと痛む胸を押さえていると、空風くんが苦笑いしながら壊理ちゃんを撫でている。

 

「オイオイ。とんだじゃじゃ馬だな。あんまり先生を心配させるものじゃねェぞ」

 

そうだよ、もっと言ってやってよ!

いつもクラスの子たちが無茶ばっかりするから、僕の胃に穴が開く一歩手前なんだよ!!?

…というより、空風くんはソレを言える立場じゃないんだけどな!!!誰だろうな僕らに散々心配かけさせてるの!!!!

 

けど、良かった。やっぱりさっきまでの空風くんは、言峰に操られてたんだ。

だから、こうして元に戻った今、何の心配もない。この騒ぎも彼と一緒ならすぐに解決できるはずだ。

 

「壊理ちゃんはあとで説教だからね!じゃあ、空風くん。僕がその聖杯預かるから、まずオールマイトに無事な姿を見せてあげてよ。すごく心配してるんだから」

 

空風くんが姿を消してから体重が10キロも減ったって言ってたし、最近は睡眠もとれていないみたいだし…!なにをさしおいても、まずはオールマイトを安心させてあげて欲しい。

 

そう思って、手を伸ばした瞬間。

 

ふい、と避けるように空風くんが聖杯を掲げ持った。そしてそのまま、懐に抱え込む。まるで誰にも奪われたくないような、そんな持ち方。

 

「あー…や、聖杯は俺が持っとくわ。ほら、魔獣も出てきた端から俺がぶっ殺しとくからさ、緑谷たちはもうすでに街で暴れてる分を頼むよ」

 

言葉の通り、聖杯から湧き出てきたキメラを一瞬のうちに倒して見せた空風くん。けど、視線は誤魔化すように明後日の方向を向いていて、僕と目を合わせようとしない。近くにいた壊理ちゃんからそっと距離を取りつつ、いつでも走り出せるように軽く膝も曲げている。

 

端的に言って、とても怪しい。

 

ねぇ、どうして、空風くん。

 

どうして()()()()()はずの君から、後ろめたい感情が伝わってくるの…?

 

 

「…オイ、槍バカ野郎。テメェ、別に操られてた訳じゃねェな?」

 

思わず固まる僕を横目に、舌打ちをしたかっちゃんが、構えながらそう言った。

操られてたわけじゃない、ってそんな筈はない。

 

だってそうでなければ──空風くんは()()()()言峰に従ってたということになるじゃないか。

 

「かっちゃん、一体なにを…」

 

「口調こそ変わっちゃいたが、俺たちが良く知るコイツ(ランサー)も、さっきまで俺が戦ってたコイツ(オルタ)も根底にある望みは一緒だった。

…なァ、空風。山頂の展望台での死にたい(言葉)、アレは間違いなく本心からだろ?」

 

「はは、一体何のことやら…記憶がチョーっと怪しくて…アハハ」

「違うって言うんならその聖杯、こっちに渡せる筈だよなァ?」

「いやーそれもちょっと…」

 

どうして。違うって言うなら目を見て否定してよ。

聖杯を僕らに絶対に渡そうとしないのは、なんのため?

 

「あ~…実は、こいつは、お前らが触ると爆発しちまう仕組みでな。やむを得ず、俺が回収してるってワケだ!()のいう事なら信じてくれるよな、緑谷!」

 

…あぁ。

君は本当に真っ直ぐな人だね、空風くん。

だって、嘘をつくのがこんなに下手なんだもの。

 

「流石に、その嘘じゃ誰も騙されないと思うよ空風くん」

「つくならもうちょいマシな嘘にしとけや槍バカ野郎ォ!!」

「えっ」

 

驚く様子からして、君にしては渾身の嘘だったのかな。

 

あまりに下手な嘘に、その場に満ちていた緊張が少しだけほどける。やっぱり、聖杯を渡そうとしないのはただのポーズなんじゃないかな、とか。ちょっと僕らを驚かせようとしてるだけなんじゃないかな、とか。いろんな楽観的な可能性が脳裏をよぎった。

 

その時、空風くんの足元で影がモゾりと身じろぎした。

 

「御使い様!!ヒーロー共が油断してる隙に、死者蘇生の願いを!!」

「!!?」

「はァ!?」

「なッ…!?」

 

唐突に。空風くんを見上げてそう叫んだのは、先ほどまで地面で沈黙していた信者、宣道だった。

その眼には相変わらず狂気が渦巻いていて、とても正気とは思えない。血を吐くような必死な言い方も気になったけど、何よりも耳に残ったのはその内容だ。

 

死者の蘇生…死んだ人を蘇らせる…。

 

──空風くん、まさか君の願いって…!!

 

「ハァ…。余計なこと言うなよ。黙ってろ」

「ガッ!」

 

「な、にをしてるんだ空風くん…」

 

槍の柄の部分で、宣道の後頭部を小突いて気絶させた空風くんは、面倒そうにため息を吐いた。

 

「今回の件の主犯を気絶させただけだぜ?あとでタルタロスにでも放りこんでくれや」

 

いつもの彼らしい、軽い調子の声だった。

けれども僕らに対する警戒が、まだ日常に戻ることを許してくれない。

 

空風くんは聖杯を大事に抱え持ったまま、油断なく僕らのことを、あの赤い目で見渡している。

 

まるで敵でも見るかのように。

 

『帰る場所がないって、役割が終わったって言ってた!』

 

会議室で泣きながら叫んでいた葉隠さんの言葉が、不意に思い出された。

 

「──聖杯を使っても、死んだ人は…君の家族は蘇らないよ」

 

誰よりもヒーローらしい君が、あの言峰綺礼に従う理由(願い)があるとすれば、それはきっと彼のオリジンにかかわる話。つまり…AFOに殺害された家族の蘇生に、他ならないだろう。

 

あぁ、なんて無謀で、切実で…哀しい願いなんだ。大切な人を亡くした人間なら誰もが抱く望み。

 

僕らが今からやろうとすることは、まぎれもなく空風君の希望を打ち砕くことに違いない。他のみんなも、僕と同じことに気が付いたのか、哀しげな表情をグッとこらえて、身構えた。

 

 

「この聖杯(ガラクタ)にンな大層な力ねェことくらい、俺が一番良く知ってるよ」

「じゃあ、なんでッ…」

「さっき言ったろ?コレがお前たちの手に渡ると大変なことになる。俺はそれを回避したい。それだけだ」

 

どうしても、話し合いは平行線をたどるらしい。

戦う気はないようなそぶりを見せていた空風くんだったけど、臨戦態勢を取る僕らの姿を見渡して、諦めたようにため息をついた。

 

「(…ごめんね、君に騙されてあげられなくて)」

 

でも、願いの大きさによって産み落とすキメラの数が変わるという心操くんの報告を頼りにするならば、このままでは大変なことになる。だから──

 

「──僕は君の願いを砕くよ。空風くん」

「今回ばかりは負けてやらねェぞ、緑谷」

 

戦いが、また火蓋をきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ オリ主の内心

 

 

「…オイ、槍バカ野郎。テメェ、別に操られてた訳じゃねェな?」

「(この際、すべてを言峰のせいにして有耶無耶にしようとしてたのに爆豪おまえ~~~!!!)」

 

「口調こそ変わっちゃいたが、俺たちが良く知るコイツ (ランサー)も、さっきまで俺が戦ってたコイツ(オルタ)も根底にある望みは一緒だった。

…なァ、空風。山頂の展望台での死にたい(言葉)、アレは間違いなく本心からだろ?」

 

「(…え、何の話???山頂での出来事って言えば…まさか爆豪おまえ…さっきの『俺が夜中に黒歴史思い出して死にたくなった』話してる!?!?嘘だろ、俺を社会的に殺す気か!?

…ここは忘れたふり!!さっきまでの(オルタ)は俺じゃありませんので!!ぜーんぶ言峰が悪い!!俺は何も知らない!!!!)」

「はは、一体何のことやら…記憶がチョーっと怪しくて…アハハ」

 

「違うって言うんならその聖杯、こっちに渡せる筈だよなァ?」

「いやーそれもちょっと…(爆発するし…)」

 

「(待てよ?この姿(ランサー)に戻れたなら、どんなにばかげた内容でも信用されるんじゃないか?だって俺ら友達だもんな、緑谷!)」

 

「あ~…実は、こいつは、お前らが触ると爆発しちまう仕組みでな。やむを得ず、俺が回収してるってワケだ!()のいう事なら信じてくれるよな、緑谷!(頼む!信じてくれ)」

 

「流石に、その嘘じゃ誰も騙されないと思うよ空風くん」

「つくならもうちょいマシな嘘にしとけや槍バカ野郎ォ!!」

「えっ(嘘じゃないが…!?)」

 

「御使い様!!ヒーロー共が油断してる隙に、死者蘇生の願いを!!」

「!!?(何言ってるんだおまえ!?!?事態がよりややこしくなるだろうが!!!なんだよ死者蘇生って、中二病引きずってんなよ!!!?)」

 

「ハァ…余計なこと言うなよ。黙ってろ(マジで。これ以上事態を悪化させるな)」

 

「──聖杯を使っても、死んだ人は…君の家族は蘇らないよ」

 

「(ん…??そりゃそうだろ、なんで急に俺の家族の話が…???)」

 

「この聖杯 (ガラクタ)にンな大層な力ねェことくらい、俺が一番良く知ってるよ(言峰が魔改造したただのポンコツがそんな大層なことできるわけがないし)」

 

「じゃあ、なんでッ…」

「さっき言ったろ?コレがお前たちの手に渡ると大変なことになる。俺はそれを回避したい。それだけだ(爆発!!するんだってば!!!)」

 

「──みんなのために、僕は君の願いを砕く」

「今回ばかりは負けてやらねェぞ、緑谷(なんでこんなことに…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

[バタフライエフェクト──Bチームと言峰]

 

◇SIDE : others

 

 

 

「ヒーローを排除しろー!!」

「「「「「排除しろ!排除しろ!!」」」」」

 

うぇぇぇん、痛いよ~おがあ゛ざん~っ

「いったい何なのこの人たち!!」

「痛い!!ちょっと、押さないでちょうだい!」

「そういったって、俺も向こうから押されてるんだよ!!」

 

『救急隊です!道路を封鎖している方々、お願いです、通してください!このままでは急病の子どもが…!』

 

夜も更けた街の中。

普段であれば酔っ払いの浮かれた声か、残業帰りのサラリーマンの呻き声しかない時間帯に、大きな怒号と悲鳴が飛び交っていた。平和な街で突如として発生したデモ行進によるものである。

 

デモ隊は、何の関係のない通行人もその群衆に取り込みつつ、行進を続ける。

声高にヒーロー排斥を叫ぶ信者の眼は暗く淀み、とても正気の様子ではなかった。

 

はじめは五十名ほどで始まったそのデモ活動も、時間が経つにつれてどこからともなく合流者が現れ、今では千人を超える大規模なものと化している。今も尚、その数を増やし続けるデモ隊は、もはや歩道では収まり切らない。その結果、人の壁が車道を封鎖することとなり、交通を麻痺させていた。

 

「クソっ!!」

 

身動きを取れなくなった救急車の中で、ある救急隊員は必死の処置を行いながらも項垂れていた。目の前に横たわる子どもは、15分以内に大きな病院に辿り着けなければ命を落とすだろうという確信がある。なのに、前も後ろもデモ隊に囲まれて、少しも動くことができない。

 

「頑張ってくれ…!すぐに助けてやるからな…!」

 

弱弱しい息を吐く子供を懸命に励ましながらも、状況は変わらない。

 

『子どもが死ぬかもしれねえんだ!!道開けろ!!…道開けろっつってんだろ!?!?いいのか、轢くぞ!?!?』

 

短気な同僚の救急隊員がスピーカーでそう叫んだ。大きな怒声は、声高にヒーロー排斥を叫ぶ声にかき消されていく。このまま、消えていく命をただ見ていることしかできないのか──そう思った瞬間 (とき)

 

「いやー、轢くのはやめとこっか」

 

ひょっこり、と。そんな擬音が付きそうな様子で、一人のヒーローがフロントガラスの上から顔を出した。

赤い羽根に、特徴的なゴーグル。金色の髪を無造作に搔き上げた速すぎる男が、逆さまに浮かびながら首を傾げる。

 

あぁ、ヒーローだ!ヒーローがきてくれた!

 

「ホークス!!!」

「どーも。助けにきました。急病人はどちらに搬送予定ですか」

「相模大学病院へ向かう予定です!」

「了解。救急車、ちょっとでも揺れるとまずいですか?」

「いえ、大きな揺れでなければ大丈夫です」

「なるほど。…ショート、シュガーマン、テンタコル。そういう事でよろしくね」

 

無線に向かって彼が話すと、『了解』と重なった声が聞こえてきた。

 

「穿天氷壁──『万里』」

「シュガードープ、糖分200g」

「複製腕、3対」

 

キィン──空気が冷え、軋む音がしたのと同時に、歩道と道路が果て無く続く氷で分断される。いつの間にか、救急車の周囲にいた人は、赤い羽根に服を掬われ遠ざけられていた。

 

「救急隊のみなさん、ショートが作ってくれた氷の道を進んでください。スリップする危険もあるかと思いますので、道中はシュガーマンとテンタコルが付き添います」

「おう、任せてください!」

「…無事に送り届けます、ので」

 

「~ッ!ありがとうッ、ありがとうヒーロー…!!!」

 

これでこの子を助けられる!

涙ぐむ救急隊員に、ホークス達は微笑みで応えた。どれだけヒーローを罵倒する声が響こうとも、一つの感謝の声よりは大きく聞こえない。人を助けることが出来たのなら、それだけで本懐は果たせているのだから。

 

「…さ、次はデモに関係のない一般人を保護するよ」

「はい」

 

今晩は眠れない夜になるな。

未だに増え続けるデモ隊を眺めながら、ホークスは内心で小さくぼやいた。

 

・・・・・・

 

「個性発動させるわ!ヒーローのみんなは鼻と口塞ぐように!…スリーピーホロウ!!」

 

大きな声と同時に、ふわりと眠り香があたりに漂う。風を操れるヒーローが横からアシストし、その香りを遠くに行き渡るようにまき散らし始めた。デモ行進をしていた市民が、一人、また一人と眠りに落ちていく。ほんの一部とはいえ落ち着きを取り戻した街並みに、集まっていたヒーローは息を吐いた。

 

「ミッドナイト !!助かりました!!」

「相手を傷つけずに行動不能にするのにはアタシの十八番♡ じゃんじゃん頼ってちょーだい!」

 

18禁ヒーロー、ミッドナイト。かつてより活動の頻度は下がるものの、未だに第一線で活躍するヒーローの到着に、現場は俄かに活気づく。

 

「…ミッドナイト先生、捕縛するのにそんな複雑な縛り方をする意味はあるんですか?」

「アラ、轟クンお久しぶり!卒業してずいぶん経つのにまだ先生って呼んでくれるのね…!縛り方は単なる趣味だから真似しちゃダメよ♡」

「なるほど」

 

亀甲縛りされているデモ隊の人間を横目に見ながら、焦凍は頷いた。わざわざ手間をかける必要はないだろう、と簡易な縛り方で眠っている人を捕縛していく。

 

デモの開始から半時間以上が経過し、管轄外のヒーローもどんどん応援に駆けつけてきた。交通の麻痺や関係のない通行人への被害は食い止められるようになったが、未だに事態は落ち着きを見せていない。ミッドナイトのおかげで少し落ち着きを取り戻したが、それも一過性のものだろう。

 

現在、デモ活動はまるで乾いた野原に火が付いたように広がっている。それはヴィランの個性「伝播」の効果が、厄介なことに人から人へと遷っていくからだ。付近の人全員にではなく、少しでもヒーローに不信感をもつ人だったり、今の生活に不安をもつ人だけが対象のようだが、それでも多い。

 

デモ活動とヒーローによる鎮圧活動は一進一退の攻防を繰り広げている。

 

「緊急事態につき、公安は引退したヒーローにも声をかけ始めてるわ。ホラ、ちょうどあなたのお父さんも来たわよ、轟クン」

「は?親父も呼ばれてるのか??」

 

「ショートぉぉぉぉ!!応援に来たぞおおお」

「うるっせぇ…来るならこっちじゃなくて、キメラ退治班の方行けよ。親父、民間人の鎮圧に向いてないだろ」

「ム、そういった仕事もヒーローな重要な職務だ。できんことはない」

「まぁまぁ、焦凍くん。エンデヴァーさんも息子の活躍を見たくて、引退した身で来てくれてるんだから。そういうこと言わんで」

「…授業参観気分でこられても迷惑なんで」

「そんなつもりはなくてだな…ただ助けになれればと」

 

かつてNo1にまで上り詰めたヒーロー、エンデヴァーが息子の前でたじろいでいるのを、年かさのヒーローほど驚いた眼で見ていた。敵には一切容赦ない苛烈なヒーローだった男が、子どもの前ではああも丸くなるのか。それとも引退してからの年月が彼をそうさせるのか。

 

十年前の大戦で大きな怪我を負ってからは引退していたはずの彼は、杖を使えば出歩ける程度には回復しているらしい。周囲で鎮圧にあたっていたヒーローがそう思いながら、彼らを眺めていたその時──静かに一団に近づく影があった。

 

暗闇に溶け込むような真っ黒なカソック。光を吸収して一切外に逃がさないような、濁り切った瞳。まるで夜の薄暗い部分を煮詰めたような妖しい男が、コツン、コツンと足音を響かせて近寄っていく。

 

その音がひときわ大きく響いて、ホークス達は勢いよく振り返った。

 

「おやおや…羽の捥がれていない鷹 (ホークス)に、生き残った教師 (ミッドナイト)。それにまだ真実を知らない父親 (エンデヴァー)までいるとは。

    ──勢ぞろいじゃないか」

 

「言峰綺礼──ッ!!」

 

暗闇から歩み出た男は、愉しげに嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆SIDE : 言峰

 

 

別に今、ヒーローと敵対する必要はないのだが、仕方ない、これはもう性分だ。

チャンスが目の前にあれば誰だって飛びつくだろう。

 

昔から温め続けていた愉悦の芽がようやく芽吹く、絶好の機会が目の前に転がっているのだから、口の端が吊り上がるのを抑えられそうになかった。

 

「こんばんは、ヒーローのみなさん」

「元凶がのこのこやってくるとは…!わざわざ捕まりに来てくれたんですか?」

 

姿を現しただけでこの警戒のされよう。

まぁ、昔は少々やんちゃした身であるし、最近もオルタを使ってずいぶん遊んでいたからな。仕方ないだろう。

 

「おや、何のことだか。私は街が大変なことになっているときいて、少しでもヒーローの皆さんの助けになれればと思って来たのですが…」

「いけしゃあしゃあと!」

 

対峙するヒーローの面々を眺める。一様に嫌悪感をあらわに身構えていた。

ホークス、ミッドナイト、エンデヴァー。

本来であればこの場には存在しえない、あるいはヒーローとしては活躍できないであろう筈の一部のメンバー。

 

やはりこの世界の筋書きは、大きく変わっている。

 

「このデモは貴様の指示だろう言峰!!何が目的だ!!」

「一体何の証拠があってそんなことを?」

「宣道というお前の部下が影で動いていたという証拠はあるんだ、大人しく関与を認めろ」

「はて、そんな知り合いが私にいましたかな」

 

こうして私を責め立てているホークスはAFOとの戦いで個性をなくしてはいないし、後ろで静かに個性を発動させようとしているミッドナイトも大戦で死亡していない。

 

そして何よりも。今にもこちらに飛び掛かってきそうな形相のエンデヴァーは、まだ、とある真実を知らないままだ。

 

・・・・・・・・・・

 

バタフライエフェクトという言葉がある。

一匹の蝶のたった一回の羽ばたきが、いつか遠い場所で竜巻を起こす。

元は力学的な用語らしいが、些細な出来事であっても、さまざまの要因が複雑に絡み合って、世の中を揺り動かす可能性があることを比喩的に表した言葉としてよく用いられる。

 

この世界における蝶の羽ばたきが何を指すか。

もちろん空風凛によるオール・フォー・ワンの殺害である。

 

本来死ぬべきでなかったAFOがあの時点で死んだことによる影響は、彼本人が関わるエピソード以外にも大きな影響を及ぼした。

 

主人公(緑谷)が死柄木弔と対決し、最終的には個性を失いながらも、大勢の協力を得て決着、という大まかな流れは変わっていない。世界の修正力というか、そこだけはブレさせようとおもっても変えられない運命だったのだろう。

 

だが、そこに至るまでの経緯には大きな狂いが生じていた。

死の運命にあったヒーローが生き延びていたり、あるいは個性を失っていなかったり。

 

そして──とある一人の男が、ひっそりと(ヴィラン)連合から姿を消していたり。

 

突然だが、私がヒロアカのエピソードの中で一番好きなのは「地獄の轟さんち」にまつわるエピソード全てだ。

あれほど良質な愉悦は中々ない。

狂った家族。

連鎖する絶望。

あの美しいほど計算され尽くしたダビダンス。

 

特に轟家を取り巻く全ての絶望こそが、私の心を癒してくれた。

 

十年前、神野の悪夢で記憶を取り戻して以来のこと。私は、彼らの絶望を同じ世界で見られることをこの上ない楽しみにしていた。

 

テレビで見ようか、危険を承知で現場に行こうか。思いがけない幸運に舞い上がり、あらゆる手段を考えた。

 

そんな浮かれた気分でいた私は、ある日、路地裏で一人の青年を見つけることになる。ほぼ死にかけの、焼死体のような男だった。

 

どんな運命の狂いがあったのか、父親への執念で生き延びさせていた筈の()()()()の命は、誰にも見られることのない薄暗い路地裏で尽きようとしていた。ひゅー、ひゅー、と細い息を吐いて、血まみれの指で地面を掻き撫でる。どう見ても、あと数分で尽きる命。

 

世界の筋書きに影響を及ぼしてしまうことを承知で、私はその男に手を差し伸べた。彼が、そのまま死んでいくにはあまりにも惜しい人材だと知っていたから。

 

私の個性をもってしても、死にかけの男を救うのは至難の業であった。

長い時間と、信者たちの様々な個性。

それらを用いてようやく男が一命をとりとめた時には…ヒロアカ原作が終了してしまっていた。

 

私は苦悩した。

あの美しい物語も自らが壊してしまったのではないかと。

手を出さずとも彼は執念で生き延びて、原作通り素晴らしい炎を魅せてくれたのではないかと。

 

散々悩んだ後に──開き直った。

 

チャンスを待とう。

新たなる愉悦のチャンスを。

 

その時はいつかきっと来るはずだ。

来なかったとしても、それは仕方ない。救った責任をもって、ただ彼と平穏に過ごしていればいいだけの話だ。

 

そうして十年の時が経ち…思いがけない形でチャンスは訪れた。

 

 

・・・・・・

 

 

「コイツに話をしても埒があかねェ!取り敢えず捕縛する!」

 

私という存在を警戒し、慎重な姿勢をとっている経験豊富なヒーローとは真逆に、血気はやった轟焦凍が動いた。素晴らしい、いいタイミングだ。視界の端に、黒いコートが横切るのを確認して、私は微笑んだ。

 

「待て、焦凍!!早まるなッ!!」

「穿天氷壁ッ!!!」

 

迫りくる氷の壁。

食らったらひとたまりも無いだろう。食らった攻撃を「反転」させて返すことも可能だが…今は、彼がいるから必要ない。何もせずに突っ立っていれば、それで。

 

目の前に一人の男が黒いコートを靡かせながら降り立った。氷の前に立ちふさがった男は、両手を重ね、呟く。

 

「赫灼熱拳──『プロミネンスバーン』」

 

どぉおぉおん!!!!

 

氷と、大きな炎がぶつかり合った衝撃で一帯が揺れる。

 

ふ、ふふふふふ。遂にこの時が来てしまったようだな…!あまりの興奮に身震いしてきた。

 

録画設備を抱えているだろう信者にアイコンタクトを交わしつつ、攻撃を防がれて愕然としている轟焦凍を見やる。

 

「俺の氷が防がれた、だと…!」

「なっ、今の技は…ッ」

 

既に何かを察し始めたエンデヴァー達が、目を見開いて驚いている。まだ驚くには早いんじゃないか?これからがいい所なのに。

 

「おい、怪我ないか。綺礼」

「あぁ、ありがとう。おかげで無傷だ」

「ならいいけど…。何でヒーローに襲われてんの」

「さぁ、何故だろうな」

「心当たりあるくせに」

「今回ばっかりは本当に違うんだがな」

「ふぅん…まぁ、どうでもいいけど」

 

心配するようにこちらにチラリと視線を送ってくる男の髪色は、今は黒色。その肌に継ぎはぎの部分は全くなく、つるりとした綺麗な皮膚が全身を覆っていた。

 

多少の変化はあったとしても、見覚えのあるその姿にヒーロー達は一斉に身構える。

 

「お前は──敵連合の荼毘か!?」

「突然姿を消したと聞いていたが…言峰の下についていたのかっ!」

 

荼毘。そうだとも。あの日路地裏で死にかけていたのは、紛れもなく荼毘という男だった。

警戒をあらわにヒーローに叫ばれた当の本人とは言えば、ケロリとした顔で突っ立っている。

 

「ふは、懐かしい名前だな。アンタが急に髪染めろって言ってきたの、こういうこと?」

「まぁな。 …さぁ、荼毘。私のために踊ってくれるか?」

 

染髪剤を落とす液体を手に、そう問いかける。

あまりの高揚感で自分の顔がどんなことになっているのかは知りたくもない。

きっと悍ましい顔で嗤っているのだろうな。

 

荼毘は、蕩けるような顔で笑って、ボトルを手に取る。

 

「あァ、いいぜ。あんたの為だけに踊ってやる」

 

ひゅん、と死角から赤い羽根が飛来する。かつての敵連合を一番よく知るホークスなりの警戒が表れた一撃であったが、瞬く間に蒼い炎に蹂躙された。

 

「荼毘!お前の罪はまだ時効にはなってないぞ!大人しく縄に就け!」

 

個性を燃え上がらせながら叫ぶエンデヴァーの声に、くつくつと、荼毘が肩を震わせた。

手に持ったボトルを頭上に振りかぶり──おもむろに中身をぶちまける。

 

「ひでェな…そんな名前で呼ばないでよ」

 

黒い髪が、段々と白へと変えていく様子に、興奮を隠せない。あぁ、いよいよ。この時が来た…!!!

 

「俺には、 『燈矢』って立派な名前があるんだから」

 

 

 

 

 

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