悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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ヒーロー

白い冷気がまだ地面を這っている。

凍りついた敵の群れの向こう側で、オーロラカーテンから現れた二つの影は、まるで最初からそこへ立つことが決まっていたみたいに、静かに足を止めた。

 

片方は、深い緑の髪を夜気へ揺らしながら、周囲の状況を一瞬で見渡している。

昔と同じそばかすは残っているのに、目つきだけは見間違えようがないほど大人びていた。

もう片方は、赤と白に分かれた髪を乱さないまま、凍結した戦場の真ん中へ当然のように立っている。

無駄のない姿勢も、静かなくせに妙に重い気配も、知っている。

知っているが、今の姿でそこへ立たれると、さすがにすぐには飲み込めない。

 

「……おい」

 

思わず漏れた声は、自分でも驚くくらい間の抜けたものだった。

目の前の二人がこちらへ視線を向ける。

それだけで、記憶の中の輪郭と、今そこにいる現実が繋がってしまう。

 

「まさか、本当にお前達か」

 

緑谷が、少しだけ気まずそうに、それでもどこか安堵したように息を吐いた。

 

「はい。どうにか間に合いました」

 

落ち着いた声だった。

昔みたいに焦って早口になる感じは薄れている。

それでも、相手の無事を先に確かめるような柔らかさだけは、そのまま残っていた。

 

その隣で、轟が短く俺を見る。

昔よりも背が伸びたとか、肩が広くなったとか、そういうことも確かにある。

だが、一番変わったのは、迷いの消え方だった。

静かなくせに、もう揺れていない。

 

「師匠」

 

その一言だけで十分だった。

こいつが誰で、何年ぶりにこうして目の前へ来たのか、全部そこへ詰まっていた。

 

「……本当に、轟か」

 

「そうです」

 

短い返答だったが、それで足りる。

足りるからこそ、余計に現実味がない。

別世界の、しかも時間の流れまでずれた場所から、知っている奴らがこうして平然と立っている。

世界を渡るのが俺の役目だとしても、毎回これに慣れろというのは無茶な話だった。

 

「緑谷まで来るとは思わなかったぞ」

 

俺がそう言うと、緑谷は苦笑いしながら、腰の装備へ軽く手を触れた。

そこにあるのは、俺の知っているヒーロー世界の装備とも、ライダーの変身機構とも少し違う、異質なドライバーだった。

 

「オール・フォー・ワンの反応を拾ったのは、こっちです」

 

緑谷がそう言いかけた瞬間、ドライバーの中心部が淡く光る。

次に流れた声は、若いものではない。

よく整った、落ち着いた、そしてどこか理知的な響きだった。

 

「訂正します、緑谷君。正確には、私とゼインドライバーが感知し、彼へ進言しました」

 

その声音へ、俺は思わず目を細めた。

丁寧で、隙がなく、相手を冷静に観察したうえで言葉を選んでいる。

聞き覚えがある、というより、こういう声を持つ男を俺は別世界で何人か知っていた。

だが、その中でも、この理知的な空気は妙に完成されている。

 

「お前もこっちに来ていたのか、ナイトアイ。あれ、オールマイトは」

「彼は既にかなりの高齢ですし、さすがに限界ですよ」

 

その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。

なるほど。

この場へ来るまでの経緯も、オーロラカーテンの座標調整も、妙に無駄がなかった理由がようやく分かる。

感情より先に状況を整理し、最短で動くことを選ぶ人格なら、こういう強引な救援も成立する。

 

ドライバーから、再び落ち着いた声が流れる。

 

「旧敵性個体、オール・フォー・ワンの異常反応を確認した時点で、こちらも即応を選びました」

「即応にしては、ずいぶん派手な登場だな」

 

俺がそう返すと、ナイトアイの声は少しだけ間を置いた。

 

「すいません、さすがに世界を越えるというのは初めてでしたので」

「いや、おかげで助かった。何よりも、これ以上ない助っ人だからな」

 

おそらく、今の緑谷はゼインに変身する事が出来、そして、轟の個性もまた、多数では大きな力を持つ。

その間にも、凍りついていた敵集団に異変が起き始めていた。

最初に揺らいだのは、先頭へ立っていたミラージュ・アギトだった。

赤い目をこちらへ向けたまま、その輪郭が不自然に薄れていく。

続いて、整列していたアルファ達の装甲が、煙にでも変わるみたいに端から崩れ始めた。

ギル・アギトの群れも、凍りついた獣の姿勢のまま輪郭だけを曖昧にし、最後方のヘキサオーズでさえ、六本の触手から順に黒い霞になってほどけていく。

 

「……何だ?」

 

俺が低く呟くと、緑谷がすぐに周囲へ視線を走らせた。

昔よりずっと無駄がない。

見て、考えて、理解するまでが早い。

 

「存在の固定が切れてる……?」

 

轟は、消え始めた敵の列を静かに見たあと、短く断じた。

 

「違う」

「退いてる」

 

その通りだった。

これは崩壊じゃない。

ここで戦いを続ける価値がなくなったと判断して、引き剥がされている。

ミラージュ・アギトの赤い目が最後に一度だけこちらを睨み、次の瞬間には、全身が黒い煙へ変わって霧散した。

アルファ達も、ギル・アギトの群れも、ヘキサオーズも、まるで最初から幻だったみたいに、氷だけをその場へ残して消えていく。

 

「撤退、か」

 

俺がそう吐き捨てると、緑谷がわずかに眉を寄せた。

 

「僕達が来たから、でしょうか」

 

「それもあるだろうが、それだけじゃない」

 

凍りついたまま消えていく敵の残滓を見ながら、俺はそう答えた。

この流れには、別の意志が混ざっている。

イリスの判断というより、もっと外側から盤面を動かしている何かの都合だ。

そう考えた方が自然だった。

 

そのイリス自身も、目の前の消失へ戸惑いを隠せていなかった。

 

「そんな……まだ、終わってないのに……」

 

声が震えている。

少なくとも、こいつの意思ひとつで消している顔じゃない。

 

「お前の判断じゃないのか」

 

俺が問うても、イリスは答えない。

ただ揺れる視線だけが、今起きたことすら掌握し切れていないと告げていた。

 

やがて最後の煙が夜気へ溶け、戦場には巨大な氷塊と、壊れかけた高架下の空間だけが残った。

静かになりすぎたせいで、逆に遠くから近づいてくる複数の足音がよく響く。

なのは達だ。

なのは、フェイト、はやて、それにアミタ。

駆けつけた四人は、まず凍りついた広場の惨状に足を止め、その次に俺の無事を確認して、最後に俺の左右へ立つ二人へ視線を向けた。

 

「ツカサ先生!」

 

なのはの声に、俺は軽く手を上げるだけで応じる。

フェイトとはやても続けて息を吐いたが、その安心は長く続かなかった。

俺の隣に立つ緑谷と轟を見た瞬間、三人揃って表情の意味が少しずつ変わる。

 

「……えっと」

 

なのはが最初に首を傾げる。

フェイトも視線を二人の間で行き来させ、はやてに至っては分かりやすく困惑を顔へ出していた。

 

「先生、この人達は……?」

 

「知り合いだ」

 

俺が緑谷を軽く顎で示す。

 

「こっちは緑谷出久」

 

次に、轟へ視線を向ける。

 

「それで、こっちは轟焦凍」

「俺の弟子だ」

 

「弟子!?」

 

一番大きく反応したのは、案の定はやてだった。

なのはもフェイトも、今の説明で納得するどころか、余計に首を傾げている。

当然だ。

突然現れた正体不明の二人が、片方は知り合いで、もう片方は弟子だと言われても、話が飛びすぎている。

 

緑谷が困ったように小さく笑い、軽く頭を下げた。

 

「初めまして、でいいんですよね」

「緑谷出久です」

 

轟も、短く会釈する。

 

「轟焦凍です」

 

その簡潔さに、なのは達の困惑はむしろ深まったらしい。

はやては俺と轟を見比べてから、どうしても飲み込めないと言いたげな顔で口を開いた。

 

「いや、ちょっと待ってください」

「先生に弟子がおるんですか……?」

 

「いる」

 

「即答なんや!?」

 

「そこに立ってるだろ」

 

俺がそう返すと、轟は何も言わないまま、少しだけ視線を逸らした。

昔と変わらない。

こういう時に自分から説明しようとしない辺りが、余計にこいつらしい。

 

緑谷の腰のゼインドライバーが、そこで再び淡く光った。

 

「状況説明を優先すべきだと判断します」

 

サー・ナイトアイの落ち着いた声に、なのは達がまとめてそちらを見る。

当然だ。

知らない二人の次は、知らないドライバーから知らない人格の声が聞こえたんだから、混乱しない方が無理がある。

 

「……また増えた」

 

フェイトが、正直すぎる感想を小さく漏らす。

俺は軽く額を押さえたくなった。

説明することが多すぎる。

しかも全部、一言で済むような代物じゃない。

 

「話は後だ」

 

結局、俺はいつもの結論に落とした。

面倒な説明は、状況が落ち着いてからでいい。

今はそれどころじゃない。

 

「消えた連中の行き先と、イリスの動きを追う方が先だ」

 

轟が短く頷く。

 

「分かった」

 

緑谷も真顔へ戻る。

 

「はい。僕もそう思います」

 

ナイトアイも、即座に補足した。

 

「同意します。敵性反応は消失ではなく移動です。追跡を優先すべきでしょう」

 

なのは達はまだ戸惑いを完全には消せていない。

それでも、今は説明より先に次の戦いが来ると分かっているからこそ、誰もそれ以上は食い下がらなかった。

はやてだけが最後にもう一度、緑谷と轟を見て、まだ納得し切れない顔のまま小さく息を吐く。

 

「……先生の知り合いと弟子、ほんまに情報量が多すぎるわ」

 

その言葉に、緑谷が苦笑いし、轟は無言のまま視線を前へ戻した。

俺はそれを横目で見ながら、冷え切った戦場の奥へ視線を向ける。

 

最悪の流れは断ち切られた。

だが、それで終わるはずがない。

オール・フォー・ワンが残したものも、イリスが開いた扉も、まだ何一つ回収し切れていない。

その現実だけが、凍りついた空気の中で、はっきりと残っていた。

 

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