悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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イリスの裏にいるのは

氷の残滓がまだ地面へ白く貼りつき、さっきまで高架下を埋めていた悪意の熱だけが、妙に嘘みたいに引いていた。

敵の群れは煙のように消えたものの、消えたから終わりだと思えるほど、今の盤面は単純じゃない。

むしろ、見えていた駒だけが一度引いたせいで、ようやく本当に考えるべき相手が誰なのか、そこを整理しなければならなくなった。

 

なのは達も、緑谷と轟も、そしてゼインドライバーの中にいるサー・ナイトアイも、全員が次の言葉を待つように息を潜めている。

その空気を最初に破ったのは、白いマントを翻したディアーチェだった。

王としての威圧は崩していないくせに、その眼差しの奥には、苛立ちよりも焦燥の色が濃く残っている。

 

「貴様らも理解しておろうが、今の状況は目の前の敵だけを斬って済む話ではない。」

 

いつものように高圧的な口調ではあるが、無駄に衝突するための声音じゃない。

話をしに来たと分かるだけ、まだましだ。

俺は崩れた氷塊へ背を預けるように立ちながら、短く答えた。

 

「だったら、回りくどい言い方はやめろ。

今の敵が誰で、何を利用してるのか、それだけ先に言え。」

 

その瞬間、レヴィが面白そうに俺を見た。

こいつは本当に、張り詰めた場面ほど妙なところで楽しそうな顔をする。

 

「やっぱりあんた、変なやつだよね。

でも、こういう時でも話が早いところは、ボク結構嫌いじゃないよ。」

 

その軽さへ、なのは達が一瞬だけ反応に困る。

だが、シュテルはすぐにレヴィの言葉へ冷静に蓋をした。

 

「レヴィ、感想を先に出して空気を乱さないでください。

彼は現時点で有用な戦力ですが、観察対象でもあります。」

 

「観察対象、か。」

 

俺がそう返すと、シュテルは表情をほとんど崩さないまま、真っ直ぐこちらを見返した。

 

「少なくとも、現時点で敵ではない可能性は高いです。

ですが、即座に全面的な信用へ値するとも、私はまだ判断していません。」

 

「なるほどな。

お前はそういう役目らしい。」

 

レヴィが面白がり、シュテルが線を引き、最後に判断を下すのはやはり王だ。

ディアーチェは二人の反応を聞いたうえで、俺へ向けて短く結論を落とした。

 

「使えるなら使う。

今の貴様に対する余の判断は、それで十分だ。」

 

「それで十分だ。

こっちも、最初から好かれたい訳じゃない。」

 

余計な探り合いを長引かせる気はない。

今は感情の整頓より、盤面の切り分けの方が先だ。

俺が視線で続きを促すと、ディアーチェはわずかに息を飲み、ようやく本題へ踏み込んだ。

 

「まず言っておく。

ユーリは、今この場で倒すべき敵として扱ってよい存在ではない。」

 

その一言に、なのはがすぐ反応した。

助けられる可能性があると示された瞬間、この手の話へ一番早く食いつくのはやはりこいつだ。

 

「それって、助けられるってことなの。」

 

ディアーチェは、そこでほんの一拍だけ間を置いた。

たぶん迷ったんじゃない。

言葉の順番を、王として整えただけだ。

 

「助けられる余地がある、ではない。

最初から、そのつもりで我はここへ来ておる。」

 

フェイトが静かに目を細める。

はやてもまた、さっきまでの困惑を少し引っ込め、真面目な顔でディアーチェの続きを待った。

しかし、その説明役を引き取ったのはシュテルだった。

 

「現状のユーリは、自律的に敵対しているとは考えにくいです。

少なくとも、完全に自分の意思だけでこちらへ刃を向けている状態ではありません。」

 

「つまり、イリスに操られとるってことなんか。」

 

はやての問いに、シュテルは即座に頷いた。

 

「はい。

公式に確認できる情報と現場の感触を合わせるなら、イリスのウィルスコードによる支配下と見るのが妥当でしょう。」

 

その補足へ、緑谷がすぐ反応する。

こいつは昔から、状況整理に必要な言葉を拾い上げるのがうまい。

 

「支配されているなら、まだ届く余地はあるはずです。

少なくとも、最初から敵だと決めつけるのは早いと思います。」

 

「うん、私もそう思う。」

 

なのはがすぐに続けた。

その真っ直ぐさは、こういう時に迷わないから厄介で、同時に頼れる。

 

「助けられるなら、助けたい。

イリスさんに利用されてるだけなら、なおさら見捨てたくない。」

 

その意見へ、轟が短く重ねる。

 

「利用されてるなら、なおさら放っておけない。

今斬るべき相手は、別だ。」

 

「イリスだな。」

 

俺がそう切ると、場の空気が少しだけ固まった。

誰もが同じ結論へ近づいていたが、実際にその名を中心へ置くと、戦うべき相手の輪郭が一気にはっきりする。

 

アミタが、そこで苦い顔のまま口を開いた。

 

「じゃあ、キリエも……やっぱり利用されてるだけなの。」

 

「可能性は高い。」

 

今度は俺が答えた。

イリスがキリエを前へ出し、自分は奥で盤面を回す。

今まで見てきた流れを思い返せば、それ以外の解釈を選ぶ方が難しい。

 

「キリエは願いを利用されてる。

あいつが全部を知って、納得して動いてた顔には見えなかった。」

 

アミタは唇を噛み、はっきりと悔しそうな顔をした。

だが、その悔しさは妹への怒りというより、利用されている現実へのものだった。

 

そこで、ゼインドライバーが静かに光を灯す。

サー・ナイトアイの理知的な声が、会話の流れを切らずに割り込んだ。

 

「補足します。

現時点で、断定できない謎が三つあります。」

 

なのはが、少しだけ身を乗り出す。

 

「三つって、何ですか。」

 

「第一に、ユーリがどこまで自我を残しているか。

第二に、イリスの復讐が本当にユーリ個人だけへ向いているのか。

第三に、先ほど撤退した敵群の制御権が、現在誰の手にあるのかです。」

 

フェイトがその言葉を聞いて、小さく息を吐いた。

 

「つまり、見えてる敵だけで全部じゃない。」

 

「はい。

よって、次の戦闘は排除だけを目的にすべきではありません。

救出と情報回収を同時に達成する必要があります。」

 

レヴィが腕を組みながら、少しだけ顔をしかめる。

軽いようでいて、こいつなりに話はちゃんと追っている。

 

「つまりさ、今の敵ってイリスだけ見とけばいい訳じゃないんだ。

その後ろで引っ張ってる手が、まだあるかもしれないってことだよね。」

 

「そういうことだ。」

 

俺が短く返すと、レヴィは肩を竦めた。

 

「やっぱり面倒じゃん。

でも、あんたがそういう面倒ごと込みで動くやつだってのは、さっきので分かった。」

 

「さっきから妙に評価が軽いな。」

 

「軽くないって。

ちゃんと見てたから言ってるんだよ。」

 

そこでレヴィは、少しだけ真面目な顔になった。

 

「敵を前にしても、あんたはただ壊す方には行かなかった。

守るもんがある顔してた。

そういうやつなら、あたしは嫌いじゃない。」

 

その横で、シュテルがいつも通りの冷静さで締めに入る。

 

「感覚的な評価には依拠しません。

ですが、現時点で協力関係を結ぶことには賛成です。」

 

そして、最後にディアーチェが王としての結論を落とした。

 

「記憶が曖昧でも、なすべきことは変わらぬ。

イリスは止める。

ユーリは取り戻す。

その過程でまだ見えぬ外道がいるなら、そちらも引きずり出す。」

 

王としての宣言だった。

複雑な話を短く切り捨てる、その乱暴なくらいの真っ直ぐさは、今の場ではむしろありがたい。

 

なのはが最初に頷く。

 

「私は、それでいい。

ユーリさんを助ける。

でも、イリスさんは止める。」

 

フェイトも続く。

 

「私も同じ考え。

キリエも含めて、これ以上利用されるままにはさせたくない。」

 

はやても、深く息を吐いてから肩を竦めた。

 

「ほな決まりやな。

敵はイリス側で、ユーリはまだ切り捨てへん。」

 

轟は短く言う。

 

「次は、迷わず動ける。」

 

緑谷も、静かだがはっきりした声で続けた。

 

「はい。

救う相手と止める相手が分かったなら、やるべきことはもう見えています。」

 

全員の言葉が出揃ったところで、俺は最後にまとめるように口を開いた。

 

「要するに、今斬るべきはイリスだ。

ユーリは助ける対象で、キリエもまだ切るには早い。

ただし、その裏で動いてる奴がいるなら、そっちもまとめて叩く。」

 

短い沈黙のあと、誰も異論を挟まなかった。

それで十分だ。

完璧な答えじゃなくても、次の戦いへ進むには足りる。

 

「なら動くぞ。

思い出話も、曖昧な記憶の整理も、取り戻してからにしろ。」

 

ディアーチェが静かに頷き、シュテルは即座に周囲の確認へ移り、レヴィは楽しそうに笑いながら拳を軽く打ち合わせた。

なのは達も、緑谷も、轟も、それぞれ戦う側の顔へ戻っていく。

 

凍った戦場の白さはまだ消えていない。

だが、その冷たさの奥で、次に来る厄介事の気配だけが、まるでこちらの結論を待っていたみたいにじっと息を潜めていた。

 

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