悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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暗雲

月が雲に隠れた。

 

リビングに戻った俺の耳に、島中に設置された警報が一斉に鳴り響く。高く低く、波のように重なるサイレン。続いて、録音された女性の声が避難を呼びかけた。

 

「――島内の各所で侵略種を確認。住民の方は速やかに最寄りの避難所へ――」

 

放送が終わる前に、屋根を何かが削る音がした。爪だ。補強された屋根材を、金属的な爪が引っかいている。一匹じゃない。複数だ。

 

「シイナ」

 

俺は振り返らずに言った。

 

「お前はセツナのそばを離れるな」

 

「でも、外は――」

 

「わかってる」

 

窓の外を見る。暗い路地に、無数の瞳が浮かんでいた。二つ、四つ、八つ。光を反射して、じわりじわりと数を増やしている。あの奥に、まだ控えているのか。これだけの数が、なぜ今になって同時に。

 

いや、数が多いことよりも、引っかかることがある。

 

出現位置だ。

 

さっき男が現れた庭を囲むように、家から放射状に広がっている。自然な湧出方じゃない。家から何かを遠ざける。あるいは、中の誰かを閉じ込めるための配置だ。

 

「ツカサ」

 

イータが端末を差し出した。画面には島の簡易地図が表示され、赤い点が次々と増えていく。出現ポイントは、やはりこの家を中心に広がっていた。

 

「読めたか」

 

「誘導されてる。私たちを、家から引き離す形」

 

「だろうな」

 

俺は腰のネオディケイドライバーに手をかけた。

 

「デルタ、ゼータ、イータ。外に出るぞ。住民の避難路に群がってる連中を叩く」

 

「了解!」

 

デルタが嬉しそうに尾を振る。ゼータは無言で頷き、イータは端末を閉じて立ち上がった。

 

「シイナ、セツナを頼む。いいな」

 

「…わかった。でも、無理はしないでよ」

 

「無理はしない。ただの掃除だ」

 

俺はカードを抜き、ドライバーに装填した。バックルを閉じる。

 

『KAMEN RIDE DECADE!』

 

マゼンタの装甲が全身を覆う。視界がクリアになり、外にいる侵略種の数と位置がより正確に把握できる。十、いや十二か。路地の奥にもまだ潛んでいる。

 

玄関を出ると同時に、先頭の個体が飛びかかってきた。

 

蜥蜴に似た体型だが、四肢は異常に長く、関節が人間とは逆方向に曲がっている。濡れた外皮が街灯の光を反射し、ぬらりと光った。

 

俺はライドブッカーを剣形態で抜き、振り抜く。

 

一閃。先頭の個体が胴を両断され、路地のアスファルトに崩れ落ちる。体液が黒く広がり、独特の臭気が鼻をついた。

 

「デルタ、左の路地だ。二匹、物陰に隠れてる」

 

「任せて!」

 

デルタが地面を蹴り、壁を蹴って跳躍する。物陰に潛んでいた個体の頭上を取り、両足で踏みつけた。続けざまに爪を振るい、もう一匹の喉を裂く。相変わらず無駄のない動きだ。

 

「ゼータ、イータは避難所へ向かう住民の護衛を。ここは俺とデルタで片づける」

 

「了解」

 

「データ取る。あとで分析」

 

二人が路地の奥へ走り去る。

 

俺はライドブッカーを銃形態に切り替え、物陰から飛び出してきた別の個体の足を撃ち抜いた。転倒したところへ踏み込み、剣に戻して止めを刺す。

 

三匹。まだ九匹以上いる。

 

街灯の光が、侵略種の濡れた外皮を照らし出す。暗い路地の奥で、無数の瞳がじっとこちらを見つめていた。動かない。ただ、待っている。

 

やはり、これは誘導だ。

 

俺たちを家から離すための囮にしては、数が多い。数を揃えすぎている。なら、目的は別にあるのか。あるいは、これだけの数を集めておきながら、まだ何かを待っているのか。

 

屋根の上で、爪が補強板を削る音が続いている。警報と避難放送が島中に重なり、夜の静けさはもう欠片も残っていなかった。

 

デルタが、笑っている。

 

群れのど真ん中で、尾を大きく揺らしながら。

 

「遅い遅い!」

 

爪が一閃するたびに、侵略種の一体が黒い粒子となって散る。デルタは止まらない。避けるより先に敵の体勢を崩し、二体目の攻撃を三体目にぶつけさせ、空いた横腹へ蹴りを叩き込む。理論じゃない。理屈じゃない。あれはもう、戦いそのものを楽しんでいる動きだ。

 

「右の路地から二匹、迂回してる」

 

ゼータの声が頭上から降ってきた。電柱の上だ。いつの間に登ったのか、金色の尾だけが街灯の光を受けて揺れている。

 

「任せる」

 

俺が言い終わる前に、ゼータの姿が消えた。残像だけが電柱の上に残って、次の瞬間には路地の奥で短い悲鳴が上がる。二匹、同時だ。喉を裂かれた侵略種が、黒い粒子になって消えていく。

 

ゼータはもう、次の位置へ移動している。無駄な動きは一切ない。倒した敵を確認することすらしない。あれは、倒せると確信しているからだ。

 

「ツカサ」

 

イータの声。振り返ると、彼女の端末から伸びた光のラインが、一匹の侵略種の四肢を拘束していた。もがく個体の外皮は濡れていて、街灯の光をぬらぬらと反射している。

 

「拘束、維持できるのはあと九秒」

 

「十分だ」

 

俺はライドブッカーを銃形態に切り替え、拘束された個体の頭部へ狙いを定める。引き金を引く。一発。侵略種の頭が砕け、胴体ごと黒い粒子へ変わる。粒子は夜風に流されて、すぐに見えなくなった。

 

『ATTACK RIDE SLASH!』

 

音声と同時にライドブッカーを剣形態へ戻し、背後から迫っていた別の個体を振り返らずに斬り伏せる。手応えは軽い。外皮は硬くない。最初に現れた蜥蜴型より、ずっと脆弱だ。

 

『ATTACK RIDE BLAST!』

 

今度は銃形態に切り替え、路地の奥に潛んでいた三体へ連続射撃。一発、二発、三発。すべて頭部へ命中し、三体同時に粒子化する。

 

戦況は、明らかに優勢だった。

 

倒した数は、もう十を超えている。デルタは群れの中央で好き放題に暴れ、ゼータは高所から一方的に急所を狙い、イータは俺が仕留めやすいように敵の動きを止める。三人の連携は、もはや言葉すら必要としていない。

 

これで、残りはあと四匹。

 

「ツカサ、奥の物陰。三匹固まってる」

 

イータの端末が、路地の最奥を示す。画面には三つの赤い点が、ぴたりと動かずに留まっていた。

 

「待ち伏せか。賢いのか、怖がってるのか」

 

「データ不足。でも、動かない」

 

「なら、こっちから行く」

 

俺はライドブッカーを剣形態で構え、路地の奥へ踏み込んだ。デルタが横から追い越そうとするのを、手で制する。

 

「デルタ、お前は右の壁を登れ。上から叩く」

 

「了解!」

 

デルタが壁を蹴って跳躍する。同時に、俺は正面から走り込んだ。

 

物陰から三体が飛び出す。やはり待ち伏せだった。だが、動きは単調だ。左右へ散るでもなく、縦に並んで突っ込んでくる。これなら。

 

俺は手前の一体を斬り伏せ、二体目の噛みつきを半身でかわす。そこへ、上からデルタが降ってきた。両足で三体目を踏みつけ、そのまま二体目の頭を爪で引き裂く。

 

三体同時に、黒い粒子が舞った。

 

「終わったな」

 

俺はライドブッカーを下ろす。通りにはもう、侵略種の姿はない。倒された個体の粒子が、街灯の光に照らされてゆっくりと沈んでいく。

 

静かになった。

 

警報はまだ鳴っている。避難放送も、録音された声が繰り返し住民へ避難を呼びかけている。けれど、戦闘の音は消えた。

 

「ツカサ、周辺の反応、消えた。全部倒した」

 

イータが端末を確認しながら言う。

 

「こっちも、気配はない」

 

ゼータが電柱から飛び降り、音もなく着地した。

 

「もっと強いのかと思った!」

 

デルタはまだ物足りなさそうに尾を振っている。

 

俺は、指に挟んだままだったカードを、もう一度強く握った。

 

簡単すぎる。

 

この数だ。最初に現れた時は、これだけの群れを家から遠ざけるための配置に見えた。実際、出現位置は家を中心に放射状だった。誘導か、足止めか。どちらにせよ、何かをさせるための時間稼ぎのはずだ。

 

それにしては、個体が脆すぎる。

 

最初の蜥蜴型はそれなりに硬かった。外皮も、動きも、獲物を狩るための生物としての機能を持っていた。けれど、後半の個体は違う。動きは単調で、外皮は薄く、攻撃も直線的だった。

 

数だけを揃えた、粗製濫造の群れだ。

 

これが、誰かの手で作られたものだとしたら。

 

「……ツカサ?」

 

ゼータが、俺の顔を覗き込んでいた。いつの間にか、俺はライドブッカーを握ったまま動きを止めていたらしい。

 

「いや、なんでもない」

 

俺はライドブッカーを腰に戻す。カードをホルダーへ収めながら、視線だけは通りの先へ向けていた。

 

遠くに、シイナの家の明かりが見える。

 

リビングの灯りだ。窓には補強板が下りていて、光はその隙間から細く漏れている。周囲の家々はみんな避難して暗くなっているのに、あそこだけは、まだ明かりがついている。

 

侵略種の群れは、あの家の周囲を避けるように配置されていた。あの家に近づく個体は一匹もいなかった。まるで、最初からあそこだけが安全地帯だと知っているかのように。

 

「イータ」

 

「なに」

 

「さっきの出現マップ、もう一度見せろ」

 

イータが端末を差し出す。画面には、赤い点の出現位置が記録されている。やはり、シイナの家を中心に放射状だ。そして、家の周囲だけがぽっかりと空白になっている。

 

俺たちが外へ出て、群れを迎撃したことで、家の周囲からはさらに敵がいなくなった。結果として、シイナとセツナは今、誰にも守られていない家の中に二人きりで残っている。

 

「……そういうことか」

 

俺は端末をイータに返しながら、家の方角をもう一度見た。明かりは、まだついている。変わった様子はない。

 

「戻るぞ。シイナたちと合流する」

 

「何かあった?」

 

ゼータが耳を立てる。

 

「まだわからない。ただ、気になることがある」

 

俺は歩き出した。デルタとゼータとイータが、無言で後ろに続く。三人とも、もう戦闘の興奮は冷めている。俺の声で、何かを感じ取ったのだろう。

 

通りのアスファルトには、侵略種が消えた後の黒い粒子がまだ残っている。警報と避難放送が、いつまでも夜の島に鳴り響いていた。

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