悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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貫かれた姉妹

俺はイータの端末を覗き込んだまま、動けなかった。

 

画面に表示された侵略種の出現マップ。赤い点が、シイナの家を中心にきれいな円を描いている。自然発生なら、こんな分布にはならない。道路沿いに広がるとか、水辺に集中するとか、何かしらの偏りが出るはずだ。

 

なのに、これはどうだ。

 

コンパスで描いたみたいに均等な円。家から一定の距離を保って、ぽっかりと空白地帯ができている。まるで、最初からそう決められていたみたいに。

 

「イータ、このデータは」

 

「リアルタイム。さっき倒した個体の出現位置も、全部この円の上」

 

イータの声はいつも通り眠そうだったが、端末を操作する指だけは速い。画面が切り替わり、出現時刻の推移が表示される。最初に庭に現れた男、次に路地から出てきた群れ、その後、俺たちが誘導されるように移動した先で次々と湧いて出た連中。全部、この円の上だ。

 

「誘導されてたんじゃない。最初から、俺たちをここに配置させられてたんだ」

 

俺は顔を上げた。

 

通りの先、シイナの家の明かりだけが、ぽつんと闇に浮かんでいる。侵略種の群れは、あの家に一匹も近づかなかった。近づけなかったんじゃない。近づく必要がなかったんだ。

 

俺たちを家から遠ざけるのが目的なら、家の中にいるのは誰だ。

 

「シイナと、セツナだけだ」

 

俺の声は、自分でも驚くほど平坦だった。

 

「二人きりにしてきた」

 

「ツカサ」

 

ゼータが耳を立てる。金色の尾が、警戒するように一度だけ揺れた。こいつはもう、俺が何を言うかわかっている。

 

「残敵は」

 

「あと少し。でも、ここからじゃ家まで距離がある」

 

「走っても、間に合うかどうか」

 

俺は答えなかった。代わりに、ライドブッカーを握り直す。指が、無意識にカードを探している。今のフォームで走るより、もっと速く移動できるライダーはいる。カブト、ファイズ、あるいは――。

 

「ツカサ、行って」

 

ゼータが、短く言った。

 

振り返ると、金色の瞳がまっすぐ俺を見ていた。

 

「こっちはあたしとデルタとイータで片づける。ツカサは家に戻って」

 

「でも――」

 

「シイナたちが危ないんだろ。なら、ツカサが行くべき」

 

ゼータはもう、俺の返事を待っていなかった。背を向け、路地の奥に潛んでいる残敵の方へ歩き出す。デルタがその横に並び、イータが端末を構えて続く。

 

「早く!」

 

デルタが振り返らずに叫んだ。

 

俺は地面を蹴った。

 

変身は解かない。ディケイドのまま、近くの建物の壁を蹴って屋根へ跳び上がる。視界が開け、島の全景が見渡せた。海、山、住宅地。そして、ぽっかりと浮かび上がる一軒の明かり。

 

シイナの家までは、直線距離で数百メートル。道路を走れば遠回りになる。だが、屋根伝いなら一直線だ。

 

俺は走り出した。

 

屋根から屋根へ跳び移りながら、頭の隅で計算する。家に着くまで、あと何秒。侵略種の残党はゼータたちに任せた。問題は、家の中だ。

 

あの時、庭に現れた男は言った。「確認だ」と。シイナの中にあるものを確認すると。そして、あの触手でセツナを攫おうとした別の男。二人とも、目的は家の中にいる誰かだった。

 

俺たちが外に出た後、家に残ったのはシイナとセツナだけだ。

 

二人とも、今は無事なのか。

 

いや、考えるな。今はただ、足を動かせ。

 

呼吸が荒くなる。屋根瓦を蹴るたびに、膝に衝撃が走る。変身していても、全力で跳び続ければ負荷はかかる。けれど、足は止められない。

 

雲の切れ間から、月明かりが落ちてきた。

 

シイナの家へ続く一本道だけを、白く照らしている。まるで、そこだけが切り取られたみたいに。家の窓からは、まだ明かりが漏れている。補強板の隙間から、細く、けれど確かに。

 

俺は最後の屋根を蹴り、シイナの家の庭へ飛び降りた。

 

着地と同時に、空気の違和感に気づく。静かすぎる。さっきまで戦っていた通りの方からは、まだ警報と避難放送が聞こえている。なのに、この家の周りだけは、音が遠い。まるで、薄い膜に包まれているみたいだ。

 

玄関の扉は閉まっている。窓には補強板が下りていて、中は見えない。けれど、明かりはついている。リビングの灯りだ。

 

俺はライドブッカーを構え、ゆっくりと玄関に近づいた。

 

「シイナ。セツナ」

 

返事はない。

 

代わりに、家の中から、かすかな物音が聞こえた。何かが倒れるような、小さな音。

 

俺はドアノブに手をかけた。鍵はかかっていない。ゆっくりと、音を立てずに扉を開く。

 

廊下の奥、リビングの明かりが揺れている。

 

「――シイナ?」

 

もう一度、呼んだ。

 

やはり、返事はなかった。

俺が庭に着いた時、すべてはもう終わっていた。

 

月明かりの下、シイナが立っていた。

背中をこちらに向けて。両腕を後ろへ回し、セツナを胸元に抱き込んで。自分の身体を盾にするみたいに。

セツナの顔は見えない。シイナの肩越しに、淡い桃色の髪がわずかに覗いているだけだ。二人の影が、月明かりに照らされた地面でぴたりと一つに重なっている。

 

その影を、黒い刃が貫いていた。

 

男の腕から伸びた、細くて鋭い何か。最初に飛ばしてきた杭とは違う。もっと直接的で、殺すためだけに作られた刃だ。

シイナの背中から入って、胸の前で抱いたセツナまで。二人をまとめて、まるで縫い針みたいに。

 

音が、消えた。

 

警報も、避難放送も、風の音も、何もかも。

俺の耳には、何も届かない。

ただ、自分の指がライドブッカーを握りしめる感覚だけが、やけに遠くで感じられた。

 

右手が、ひとりでに伸びていた。

届くはずがない。この距離じゃ、もう間に合わない。わかってる。わかってるのに、指はまだ、何かを掴もうとしていた。

 

シイナの膝が、折れた。

 

セツナを抱いたまま、ゆっくりと、崩れるように。肩が傾き、腰が落ち、地面へ倒れていく。セツナの手が、力なくシイナの背中から滑り落ちた。

 

赤い雫が、月明かりの下を落ちていく。

 

一滴、また一滴。

セツナが育てていた鉢植えの白い花の花弁に、ぽたりと落ちて染み込んだ。昼間、セツナが自慢げに見せてくれた花だ。シイナが「うちの妹はすごいんだよ」と笑っていた、あの花だ。

 

男が、ゆっくりと振り返った。

外套の奥の闇が、俺を捉える。声は、最初に庭で聞いた時と同じ、感情のない平坦な響きだった。

 

「遅かったな」

 

俺は地面を蹴っていた。

叫び声が、自分の喉から出ているのか、まだ出ていないのか、わからない。ライドブッカーを握ったまま、ただ走る。距離を詰める。男の腕から伸びた黒い刃が、まだ濡れたまま月光を反射している。

 

シイナとセツナは、もう動かない。

抱き合ったまま、地面に横たわっている。シイナの腕は、最後までセツナを離していなかった。セツナの手は、最後までシイナの背中にしがみついていた。

 

姉妹の影が、月明かりの下で一つに溶けている。

 

赤い雫が、白い花を染めていく。

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