悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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姉妹の絆

俺は地面を蹴っていた。

 

考えるより先に、身体が動く。ライドブッカーは構えていない。武器を抜く時間すら惜しい。ただ、あの男と、倒れている二人の間に、自分の身体を割り込ませることだけを考えた。

 

男の腕が、伸びる。

 

黒い外套の袖口から、また別の何かが溢れ出ようとしている。刃でも杭でもない。もっとおぞましい、捕食者の口吻のようなものだ。狙いはセツナ。シイナに抱かれたまま動かない、小さな身体。

 

「させるかッ!」

 

俺は右足を振り抜いた。脛の装甲が、男の腕ごとその口吻を弾き飛ばす。嫌な感触が足に残った。骨でも肉でもない、もっと脆くて湿った何か。

 

男が半歩、後ろへ下がる。外套の奥の闇が、初めて揺らいだ。想定していなかった動きをした相手を見るような、そんな間合いの取り方だ。

 

「…貴様、何者だ」

 

「通りすがりの仮面ライダーだ」

 

俺は言い放ちながら、視界の隅で二人の容態を測っていた。

 

シイナは、まだ息がある。背中から腹までを貫かれて、なのにまだ心臓が動いている。普通の人間なら、とっくに死んでいる傷だ。セツナは、傷の深さはシイナより浅い。シイナが庇ったからだ。けれど、出血が多い。小さな身体に、この出血量は――。

 

二人とも、危険だ。

 

すぐに手当てをしなければ、どちらも助からない。

 

「…ツカサ、さん」

 

声がした。

 

かすれて、今にも消えそうな、小さな声。

 

セツナだった。

 

シイナの腕の中で、わずかに目を開けている。琥珀色の瞳が、ぼんやりと俺を見上げていた。唇が動く。声を出そうとして、出ない。血の気の失せた顔で、それでも何かを伝えようとしている。

 

「喋るな。今、助ける」

 

「…わたし、は…いい、から」

 

セツナは、笑った。

 

こんな時に、なぜ笑える。

 

「しーちゃんを…お願い…」

 

声が、消えた。

 

琥珀色の瞳が、ゆっくりと閉じられる。まだ死んではいない。けれど、意識を手放した。最後の力を振り絞って、自分じゃなく姉の名前を呼んで。

 

俺は、セツナの手を見た。シイナの背中にしがみついたままの、小さな手だ。指はもう、動いていない。

 

「…お前ら、そういうとこだぞ」

 

俺の声は、自分でも驚くほど低かった。

 

自分はいいから、誰かを助けろ。自分が消えても、誰かが残ればいい。そんなことを言うのは、いつだって俺の方だった。俺が言う側で、誰かに言われる側じゃなかった。

 

なのに、なんでだ。

 

なんでお前が、それを俺に言う。

 

俺は腰のネオディケイドライバーからカードを抜き取った。手が震えている。怒りか、焦りか、どちらでもない。これは、ただの。

 

この怪我は、ゼッツのリカバリーでも、無理だ。

だけど、なぜ、俺はこの選択肢をしたのか。

 

俺はカードを抜き取った。

 

指が、勝手に動いたと言ってもいい。考えるより先に、手がホルダーの中の一枚を選んでいた。マゼンタでも赤でもない。魔法使いの力が封じられたカードだ。

 

『KAMEN RIDE WIZARD!』

 

変身音声が夜の庭に響く。装甲が黒と赤に塗り替わり、胸部に魔法陣を模した意匠が浮かぶ。右手には、いつの間にかウィザーソードガンが握られていた。いいや、握ったのは俺だ。今はただ、目の前の二人を助ける手段だけを探している。

 

シイナはまだ息がある。セツナは意識を失っている。出血は止まらない。このままだと、どちらも助からない。時間がない。救急を呼ぶ余裕も、手当てをする余裕もない。

 

なのに、指はまだ次のカードを探していた。

 

『ATTACK RIDE ENGAGE!』

 

音声が響くと同時に、俺の手の中に一つの指輪が現れた。銀色の台座に、小さな宝石が埋め込まれている。エンゲージウィザードリング。これは、契約の指輪だ。俺はためらわずにシイナの元へ歩み寄り、彼女の左手を取った。指がまだ温かい。脈が、かすかに触れる。

 

「シイナ」

 

返事はない。けれど、まぶたがわずかに動いた。意識はまだ、ここにある。

 

俺はエンゲージリングを彼女の指に通した。ぴたりと収まる。まるで最初からそこにあるべきだったみたいに、指輪はシイナの薬指で静かに光った。

 

その時、セツナの身体が淡く輝き始めた。

 

彼女はまだ目を閉じている。なのに、その唇がかすかに動いた気がした。言葉は聞こえない。けれど、その口の形は確かに「しーちゃん」と呼んでいた。

 

次の瞬間、セツナの身体が炎に包まれた。

 

燃えているのではない。赤と橙の炎が、彼女の全身を優しく覆っていく。傷口が、火の中に溶けるように消えていく。血で濡れた服も、青ざめていた肌も、すべてが炎に浄化されるみたいに。

 

俺は何も言わず、ただそれを見ていた。

 

セツナは、自分が何者かを知っている。知っていて、ずっと隠してきた。シイナと離れたくないから。普通の妹でいたいから。なのに今、彼女はその秘密を自分から手放した。シイナを助けるために。

 

炎は、セツナの全身を包み込んだあと、ゆっくりと形を変え始めた。人の姿から、揺らめく光の塊へ。そして、シイナの左手――エンゲージリングをはめた指へ、吸い込まれるように流れ込んでいく。

 

シイナの指で、リングが一度だけ強く光った。

 

セツナの身体は、もうどこにもない。ただ、シイナの左手の指輪だけが、先ほどよりもはっきりと輝きを増している。

 

俺はシイナの傷を見た。背中を貫いていた黒い刃は、いつの間にか消えている。傷口も、血も、すべてが塞がっていた。呼吸が安定していく。心臓の鼓動が、さっきよりも力強くなっている。

 

シイナはまだ目を覚まさない。けれど、もう危険は去った。

 

「お前は、そういうやつだよ」

 

俺は誰に言うともなく呟いた。

 

自分が消えてでも、姉を助ける。人間じゃないと知られてでも、家族を守る。そんなことを、ためらいもせずに選ぶ。あの小さな身体のどこに、そんな覚悟が入っていたんだ。

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