銀河超特急999号が、断末魔を上げる惑星大アンドロメダの地表を蹴り、漆黒の宇宙へとその身を躍らせた。
しかし、その足取りはかつてないほどに重い。
「999、離脱を開始しました! 客車に多数の生体反応検知。というか、定員オーバーで生き足が鈍っています!」
オペレーターの悲鳴に近い報告が、ネオアルカディア号の艦橋に響く。
有明のハーロックは、その報告を聞き、右頬の傷を隠すことなく不敵に口元を歪めた。
「遂げたか、ミャウダー」
客車には、死の工場から略奪し尽くした「命の火」が詰め込まれている。本来ならば、戦闘衛星がその脱走を許さぬはずであったが、メーテルがプロメシュームという絶対的な心臓を撃ち抜いたことで、鉄の軍勢は統率を失い、沈黙していた。
だが、真の脅威は背後から迫っていた。
大アンドロメダを餌に、次元の彼方から現れた「サイレンの魔女」が、その巨大な質量を以て、全てを飲み込もうとしていたのである。
「キャプテン! サイレンの魔女が大アンドロメダに近付きつつあります! このままでは船団も引力圏に捕まります!!」
警報が赤く点滅し、150隻のヱルトリウム級が誇る超重力センサーが、絶望的な数値を叩き出す。
有明は、ミーメが静かに淹れたワインを一口で飲み干すと、次の指示を出した。
「ヱクセリヲン、ヱルトリウム全艦隊に打電。……光子魚雷、発射準備」
その一言に、艦橋の空気が凍りついた。
「使うんですか、アレを……」
光子魚雷──縮退兵器。それは高密度のエネルギーを爆縮させ、局所的な「人工ブラックホール」さえ現出させる禁断の牙。無秩序に放てば、この宙域の物理法則そのものを崩壊させかねない劇薬であった。
「時を稼がねばならん。あの魔女がエネルギーを喰らう貪欲な獣ならば、俺たちの意志を込めた『特上の毒』を、その喉元に詰まらせてやれ!」
有明の号令一下、34万隻の船団が、その全ての砲門を魔女の深淵へと向けた。
9万5700隻のヱクセリヲン、150隻のヱルトリウム。
それら全てから放たれた光子魚雷の群れは、漆黒の宇宙に白銀の河を形成し、魔女の中心核へと突き刺さった。
無音の衝撃が、次元の壁を揺らした。
縮退の光は美しくも、一つの星を軽々と無に帰すほどのエネルギーを放出し、サイレンの魔女という不条理な概念を、物理的な質量と熱量の奔流によって、内側から激しく苦悶させたのである。
人工ブラックホールが魔女の引力と干渉し、時空が歪み、悲鳴のような高周波が宇宙を震わせる。
魔女がその「獲物」を食い千切ろうとする動きが、数分、数十分という永遠に近い刹那の間、確実に停止した。
「……今だ。全艦、後退しつつ弾幕を維持! 999の退路を拓け!」
有明のハーロックは、怒号と共に舵輪を叩いた。
自らの手で宿命を略奪し、神の理に泥を塗る。
若葉色の巨艦は、魔女の胃を食い破らんとする光の嵐を背に、友を逃がすための絶対的な「殿」として、暗黒の深淵にその勇姿を刻み続けていた。
◇◇◇
惑星大アンドロメダを包囲する虚無の深淵に、今、人類が数千年の歴史の中で磨き上げた「意志」の最終形態が顕現しようとしていた。
「全艦、エネルギー充填120%! 総員対衝撃、閃光防御!」
有明のハーロックの声が、三十四万隻の全回路、そして一三億の民の心臓へと直接叩き込まれる。
最後の仕上げは、もはや略奪された物語の再現ではない。それは、この星の海で生き抜くと決めた者たちが自らの手で完成させた、物理法則をねじ伏せるための絶対的な暴力であった。
第一、第三方面軍の先頭に立つ二隻のヤマト。その艦首にある巨大な射出口が、白銀の燐光を放ち始める。同時に、地球連邦軍の波動砲搭載艦たちが、次々とエネルギーの余剰次元を解放していく。ガミラス艦隊の中央に鎮座するデスラー艦もまた、総統の誇りを込めたデスラー砲を、魔女の深淵へと指向した。
そして、その背後で沈座する有明船団製50隻の超弩級都市艦『ヱルトリウム』級。
かつて巨匠のパロディとして描かれた、けれど今や現実の質量となった「ヱルトリウム光線」の荷電粒子が、全長70キロメートルの巨体から漏れ出し、空間を焼き切っていく。
「……放てッ!!」
有明の絶叫とともに、宇宙の全方位から光の奔流が溢れ出した。
青白い波動エネルギーの濁流、鮮烈なデスラー砲の光芒、そして50隻の都市艦から放たれたヱルトリウム光線。
それらは一点に収束し、サイレンの魔女という不条理な概念を、正面から物理的に「殴り飛ばした」のである。
それは、魔女がこれまで喰らってきたどの星の命よりも熱く、重く、そして不遜なエネルギーであった。
あまりにも巨大な「意志の火」を強制的に注ぎ込まれた魔女は、物理的な「胃もたれ」とも言うべき干渉波を発生させ、その肥大化した引力圏が一時的に崩壊した。
船団を縛り付けていた目に見えぬ鎖が、今、完全に断ち切られたのである。
「……引力圏脱出しました!」
「船団、急速離脱!!」
有明は、自由を確信した瞬間に号令を下した。
若葉色の旗艦ネオ・アルカディア号を先頭に、三十四万隻の艦隊が一斉に反転、加速する。背後では、光の奔流に悶えるサイレンの魔女が、再びその獲物を求めて動き出していた。
だが、魔女が次にその牙を立てたのは、去りゆく海賊たちではない。
眼下に横たわる、崩壊した惑星大アンドロメダ。
そこに取り残され、逃げ場を失った機械化人たちという、動かぬ「食事場」へと、魔女はその巨大な口をゆっくりと、そして確実に閉ざしていった。
「……さらばだ、永遠の眠りに憑かれた亡者ども」
有明は、窓の外を流れていく星屑の彼方、魔女の闇に消えていく大アンドロメダの断末魔を、隻眼に焼き付けた。
救い出せた命がある。
救えなかった命がある。
だが、その全ての重みを背負って、船団は往く。
銀河の深淵に、ヤマトの汽笛と999の咆哮が重なり合って響く。
海賊国家船団・有明。
彼らは今、宇宙の摂理さえも略奪し、書き換えた。
地獄の釜から這い上がった42億の魂は、若葉色の光を旗印に、誰も見たことのない真の星の海へと、その舵を切ったのである。
◇◇◇
ヘビーメルダーの重力圏に停泊するネオ・アルカディア号。
その奥深くにある艦長室は、戦いの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
テーブルを囲むのは三人の男。
この船団の主、有明。
伝説の海賊、キャプテン・ハーロック。
そして、鉄郎との決闘を経て、奇妙な運命の悪戯で生き残った黒騎士ファウスト。
グラスに注がれた年代物のワインが、僅かな照明を浴びて血のような色を放っている。
「……大アンドロメダは消えた。だが、それは地獄の蓋が開いたに過ぎん」
有明が、感情の読めない声で口火を切った。
モニターには、銀河の各地で散発的に始まりつつある小競り合いのデータが流れている。
機械化帝国の崩壊。それは即ち、「カプセルエネルギー」という統一規格の供給停止を意味する。
銀河中に散らばる何億、何兆という機械化人たちにとって、それは餓死へのカウントダウンであり、残された僅かな備蓄を巡る、醜く、悲惨な共食いの合図でもあった。
「……有明。貴様の船団には、有機転換技術があるはずだ。食事を摂り、メンテナンスで延命する技術が」
ファウストが、静かに問うた。そこには懇願の色はない。ただ、事実確認としての冷徹な響きがあった。
「ああ、ある。現に俺の船団の機械化人たちは、そうやって生きている」
有明は肯定し、そして即座に、氷のような冷たさで切り捨てた。
「だが、勘違いするな。……俺はそれを銀河中に配るつもりはない」
一瞬の沈黙。
ハーロックは無言でグラスを傾け、ファウストは仮面の奥で目を細めた。
「俺の船団だけで、全宇宙の難民を支える? ……笑わせるな。そんなことをすれば、有明という船は重さに耐えきれず、一瞬で沈む。俺は慈善事業家じゃない。……海賊だ」
有明は立ち上がり、窓の外に広がる34万隻の「家族」の灯りを見つめた。
「俺が守るのは、俺の旗の下に集まり、共に血と汗を流した『仲間』だけだ。……それ以外の連中が、エネルギー切れで錆びつき、動かなくなろうと、俺の知ったことじゃない」
それはあまりにも非情な宣告だった。
だが、その言葉の裏には、この男が掲げ続ける「自由」という概念の、最も厳しく、最も重い哲学が横たわっていた。
「……彼らは選んだのだ。人間としての寿命、老い、死……それら生物としての『苦しみ』から逃れ、機械の身体という『永遠の自由』を」
有明の声が、部屋の空気を圧する。
「そのエネルギー源が他人の魂だとは知らなかった? ……だから何だ。知らなかったとしても、彼らはその甘い蜜を啜り、死の恐怖から逃げ出し、永遠を享受した。……その対価を払う時が来ただけだ」
「……責任という名の、痛みか」
ハーロックが、短く呟いた。
「そうだ。自由には責任が伴う。……寿命という枷を外したのなら、その先に待つ『エネルギー枯渇』という絶望もまた、彼らが背負うべき自由の結果だ」
有明は振り返り、二人の男を真っ直ぐに見据えた。
「俺たちは、奪われた夢を取り戻すために戦った。だが、彼らの『生活』まで保証してやる義理はない。……生き延びたければ、彼ら自身が剣を取り、錆びつく足で立ち上がり、自らの明日を略奪するしかないのだ」
ファウストは、ふっと息を吐き、口元に自嘲めいた笑みを浮かべた。
「……厳しいな、有明。……だが、正しい。帝国が崩壊した今、私のような亡霊が彼らに施しを与え続ければ、彼らは永遠に『自立』できないだろう」
かつての指導者として、民を見捨てる苦渋。
しかし、それ以上に「個」としての強さを問う海賊の理屈に、黒騎士は深く同意していた。
「……乾杯しよう。残酷で、冷たくて、けれど何よりも公平な『自由』のために」
有明がグラスを掲げる。
ハーロックとファウストもまた、無言でそれに唱和した。
カチン、と硬質な音が響く。
外の世界では、これから長い冬の時代が始まるだろう。
だが、有明海賊船団は揺るがない。
彼らは「救世主」になるために来たのではない。
自分たちの「誇り」を守るために、ただそこに在るだけなのだから。
◇◇◇
テーブルの上を、一枚のメモリーチップが乾いた音を立てて滑り、ファウストの手元で止まった。
その小さなチップの中に込められているのは、有明船団が独自に確立した「生存の技術体系」のすべてだ。
波動エネルギーを擬似的なカプセルへと変換するプラントの設計図。
有機食材から微細なエネルギーを摂取し、錆びつきを防ぐためのメンテナンス理論。
そして、メタルメナやクレアが選んだように、機械の身体を捨ててバイオの肉体へと回帰する「生体転換」の医療データ。
「……餞別だ、持って行け」
有明は、まるで吸い殻でも捨てるような手つきで顎をしゃくった。
「道具は渡す。種もやる。耕し方も教えてやる。……だが、畑を耕すのも、水をやるのも、収穫するのも、お前と、お前が率いる連中の仕事だ」
ファウストは、手元のチップを見つめた。
それは希望の光であると同時に、とてつもなく重い「王冠」でもあった。
これを使えば、飢える機械化人たちを救えるかもしれない。
だが、それはかつてのように「座っていれば配給される」ような安易な救済ではない。
プラントを建設し、大地を耕し、食物を育て、自らのメンテナンスを行う。
永遠の命にかまけて怠惰を貪っていた彼らに、汗をかかせ、泥に塗れさせ、労働の苦しみと喜びを叩き込む。
それは、機械化帝国を再建するよりも遥かに困難な、魂の更生プログラムだ。
「……有明。貴様は私に、彼らの『保護者』ではなく、厳しい『教師』になれと言うのか」
「教師? 違うな」
有明はニヤリと笑い、ワインを煽った。
「『隣人』だよ。……俺は、俺の家の庭を守るだけで手一杯だ。隣の家の庭がどうなろうと知ったこっちゃない。……だが、隣人が庭で一生懸命に汗を流して、美味い野菜を作ってるなら、たまには柵越しに酒くらい差し入れしてやるさ」
それは、突き放しているようでいて、対等な「個」としての敬意を払う、有明流の外交だった。
お前の庭で何をするかは、お前の自由だ。
独裁を敷いてまた腐らせるのも、民主的に運営して餓死するのも、あるいは泥臭く生きて再起するのも。
全てはお前の裁量であり、お前の責任だ。
「……隣人、か」
ファウストは、チップを強く握りしめた。
かつて全宇宙を支配しようとした黒騎士が、今は辺境の一惑星で、難民たちの世話焼きおじさんとして泥に塗れる。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。
息子・鉄郎が乗り越えていった背中として、恥じぬ生き様を見せるには、これ以上の舞台はない。
「……良かろう。この技術、ありがたく頂戴する。……私の庭が、貴様の庭よりも美しい花を咲かせたとしても、嫉妬するなよ?」
「ハッ! 望むところだ。その時は、その花を見ながら美味い酒を飲ませてもらおう」
二人の男は、視線だけで深く頷き合った。
傍らで聞いていたハーロックが、ふっと口元を緩めた。
「……いい引き際だ、有明。そして、いい門出だ、友よ」
ヘビーメルダーの空の下。
有明海賊船団と、新生・機械化人自治区。
二つの勢力は、互いに干渉せず、けれど互いに認め合う「良き隣人」として、それぞれの道を歩み始めた。
有明は、自由の海へ。
ファウストは、再生の大地へ。
物語はここで分岐し、それぞれの旗のもとへ続いていく。