完璧な僕の嘘を、嫌われ者の君だけが「正論」で壊した   作:テレサ二号

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みなさん、こんばんはテレサ2号です!
いつも御愛読いただきありがとうございます!
そして、前回から期間が空いちゃってホントスミマセン!!

そして、今日はミコちゃんの誕生日!!
ミコちゃん誕生日おめでとう( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

ミコちゃんの誕生日に耀の誕生日回を投稿するという、なにか縁を感じますね笑

では、早速本編です!!
今回もそこそこボリュームあるので、ゆっくりご覧ください( * . .)"




第十四話:杉原耀と藤原千花は語りたい

 

耀の誕生日である11月11日の当日。

 

授業を終え、耀は生徒会準備室で奉心祭に向けての事前準備としてPCと向き合っていた。

 

そんな耀のもとに通知音と共に一通のLINEが届く。

送り主は白銀御行である。

 

『少しだけ生徒会室に来てくれないか? すぐに終わる』

 

耀はその画面を見つめたまま、数秒間指を止めた。

 

白銀からの要件を察してはいる。

 

今朝、靴箱で会った石上はあからさまに視線を泳がせていて、廊下ですれ違ったミコは挨拶もそこそこに顔を赤らめて逃げ去った事を思い出していた。

 

(2人にはポーカーフェイスと上手な嘘のつき方でも教えようかな...。いや、2人が嘘をつくことが上手くなるのは僕にとって不都合しか生まないから止めておこう...)

 

2人のような分かりやすい人間がこれほどまでに挙動を乱す理由はカレンダーを見るまでもなく明白である。

 

(やはり来るのか...)

 

かつての耀なら、ここで相手が最も満足する完璧なリアクションをいくつかシミュレーションし、その中から最適解を選んで演じていただろう。

 

だが、今の彼は自分の思考が妙に非効率的なループに陥っていることに気づく。

 

『耀は良くも悪くも自分を特別扱いし過ぎ』

 

『祝って貰えたらありがとう、嬉しかったら嬉しいって伝えればいい』

 

先日、眞妃から貰った言葉が脳裏をよぎる。

しかし耀にとって『素直になる』ということは、どんな感情を表に出すことより難しい。

 

耀は準備室を出て、静まり返った廊下を生徒会室へと向かった。

 

扉の前で耀は一度立ち止まり、ポケットのハンカチをそっと握りしめた。

 

(……演技はしない。杉原家の跡継ぎとして振る舞わない。……ただ一人の人間として言葉を選べ...)

 

眞妃から授かった言の葉を、自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。

 

「……祝って貰えたら、ありがとう。……嬉しかったら、嬉しい。……申し訳ないなんて思わない……」

 

それは完璧であることを求められてきた耀にとって、最も不完全で、そして最も贅沢な挑戦である。

 

耀は短く息を吐き、覚悟を決めた。

 

相手が自分のために用意してくれた善意を、そのまま受け止めるために。

 

耀は扉に手をかけ、ゆっくりとそのカオスな祝祭の場へと足を踏み入れた。

 

 

 

「失礼します……」

 

耀が室内に入ると生徒会役員が勢揃いしていた。

 

そして石上とミコが妙に『待っていました』という顔でこちらを見ている。

 

「……何か、急ぎの案件がありましたか?」

 

あえて察していないふりをする。

 

相手が切り出してくれるまでの溜めを作る、耀なりの最小限の礼儀である。

 

すると、白銀が待ってましたと言わんばかりに他の役員に目配せをする。

 

その瞬間、かぐや・石上・ミコがクラッカーを鳴らす。

 

「「「誕生日おめでとう(ございます)!!!」」」

 

生徒会室にクラッカー独特の匂いが充満していく。

 

「さぁさぁ、そんなすみっこに立ってないでコッチに座ってくださいよ」

 

石上は耀に『本日の主役』と書かれたタスキをかけてからソファのあるテーブルに座らせた。

 

テーブルには特別な誕生日ケーキなどではなく、ポッキーなどのチョコレート菓子が多めに並んでいる。

 

「そういえば会長。なんでチョコレート菓子多めなんですか?せっかくの誕生日なのにケーキが無いのは寂しくないです?」

 

誕生日のお祝いのピースとしてとても重要であるケーキが無いことに石上は疑問を持つ。

 

「あぁ、それはだな...とある筋からのタレコミなんだが、杉原はあまりケーキは得意じゃないらしい。だから安価な物で申し訳ないが、ポッキーのようなチョコレート菓子にさせて貰った」

 

「ありがとうございます。実は僕、あまり食べられる固形物が少ないので助かります」

 

耀は少しだけ笑みを零す。

その耀の笑顔を見て、生徒会役員は『耀に嫌がられないか』という第一条件をクリアした事に少しだけ安堵した。

 

「ゴホンゴホン...ではここで、プレゼントタイムと参りますか...」

 

朝から耀の顔を見るなり視線を泳がせていた石上から、各役員へ合図を送る。

 

耀は朝から石上の挙動に違和感を覚えたのは、プレゼントを喜んで貰えるかの不安から来ていると察した。

 

「で、では僕から...」

 

石上からプレゼント包装されたギフトボックスが渡される。

 

「開けてもいい?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

耀は包み紙を丁寧に開けてから、プレゼントを取り出す。

 

プレゼントは各々が独自で用意したため、他の役員も中身は知らない。

故に皆、興味津々でプレゼントの中身を覗いた。

プレゼントはまさかの2つ入っていた。

 

「2つも貰っていいの?」

 

「うん、杉原くんにどっちを渡そうか選びきれなかったからせっかくだし2個とも買っちゃいました」

 

石上の説明を聞いてから耀は1つ目のプレゼントを取り出す。

薄いプラスチックの板のような物が出てきた。

 

「PCスタンドです。杉原くんってノーパソ使ってるけど、いつも姿勢が辛そうなので...。それを裏に貼ってもらうだけで自分に合う角度にカスタマイズできますよ?」

 

「最近、ノートパソコン使う頻度が凄く上がってるから助かるよ。ありがとう、石上くん」

 

耀は丁寧にスタンドをテーブルに置いてから、2個目のプレゼントを取り出す。

 

中身はメガネケースだった。

メガネケースの中には細縁のシルバーフレームのメガネが入っていた。

 

「メガネ?」

 

「ブルーライトカットのメガネです。眼精疲労対策で...。フレームは杉原くんの顔立ちの良さを活かすようにシンプルなのにしました」

 

耀はメガネケースからメガネを取り出すと、そのまま装着した。

そして少しだけ戯けるように知的なポーズをとった。

 

「似合う?ドヤァ」

 

「はいはい、かっこいいかっこいい」

 

「「...っつ、ハハッ!!」」

 

耀の言葉を石上が雑に受け流す。

石上の雑な返しに耀が子供のように吹き出す。

 

二人の間に流れる、計算も演技もない対等な友達としての笑顔。

 

それを間近で見たミコは、胸の奥がチクリと痛むのと同時に温かいものが広がるのを感じていた。

 

(……石上には、あんな風に笑うんだ。……ずるい。……でも、すごく……いい笑顔……)

 

「ありがとう、石上くん。大事にするね?」

 

「そう言って貰えて嬉しいです。...じゃあ次は...」

 

メンバー全員の視線がミコに集まる。

1年生である石上の次と来れば、同じく1年生であるミコに向かうのは自然な流れである。

 

「わ、私ですか!?」

 

「それじゃあ伊井野、頼む」

 

白銀から指名され、かぐやから背中を押されて耀の前に立つ。

ミコは心臓が口から飛び出しそうなのを必死に抑えながら、耀の前に立った。

 

石上から貰ったシルバーフレームのメガネをかけたまま、耀はソファから少し身を乗り出し、柔らかい表情でミコを見上げている。

 

(……っ! む、無理……!!)

 

『至近距離』

 

シルバーの細いフレームが、耀の陶器のような肌の白さと長く伏せられた睫毛の影を残酷なまでに強調している。

 

普段から中性的で整った顔立ちだとは思っていたが、メガネをかけた今の耀はまるで冷徹な美貌を隠すための仮面を外したような、あるいはよりいっそう知的なオーラを纏ったような、形容しがたい破壊力があった。

 

(……なんで石上はこんな……彼に完璧に似合うものを……!? ……これじゃあ、まるで私の方が、彼のことを何も分かってないみたいじゃない……!)

 

ミコは背後に隠していた小さな紙袋を握りしめる指に力が入る。

 

石上が贈った『仕事の効率』と『見た目』という完璧な布陣。

それに対し、自分が選んだものは……という不安がミコに押し寄せて来た。

 

「伊井野さん? どうかした?」

 

「……っつ、なんでもない! はい、これっ!」

 

半ば突き出すように差し出されたのは、落ち着いたネイビーのラッピングが施された小さな箱だった。

 

「開けてみて、いいかな?」

 

「うん……。……あのっ、杉原くんいつも一人で集中して作業してるから……」

 

耀が丁寧に包みを解くと、中から出てきたのは最新モデルの『完全ワイヤレス・ノイズキャンセリングイヤホン』だった。

 

「生徒会室ってたまに騒がしいじゃない?石上がゲームの音を出したり、先輩方が騒いだり……。杉原くんは優しいから文句言わないけど、本当はもっと静かなところで作業したいんじゃないかって……それにたまに、昼休み音楽も聴いてるでしょ?少しでもその時間の質を上げれたらなって...」

 

ミコは俯きながら消え入りそうな声で続ける。

 

「だから、図書室みたいにあなただけの静かな場所を……持ち歩けたらいいなと思って。……変だったかな? 結構高い買い物だったし、私、機械のことよく分からないから店員さんに一番性能が良い物を聞いて……」

 

「……変なんかじゃないよ。今の僕に一番必要なものかもしれない」

 

耀はそう言って、イヤホンを装着してみる。

 

お気に入りのクラシックをかけるとスッと周囲の喧騒が遠のき、1人きりのコンサートホールにいるような感覚に包まれる。

 

「うん、凄くいい。ありがとう、大切に使うね」

 

「う、うん、そうしてくれたら嬉しい」

 

ミコは次の人に順番を譲るように1番奥に移動する。

そして手応えを感じて、誰にも見えない位置で小さくガッツポーズをする。

 

そして自身のポケットに忍ばせている、耀に贈ったイヤホンの色違いを握って更に笑顔を増した。

 

 

 

「それでは次は私から」

 

いよいよ2年生の番になり、先陣を切るようにかぐやが前に出る。

 

「私は3つ用意させていただきました」

 

「3つもいただいていいんですか!?」

 

「いいのよ。メインは1つだから」

 

耀がかぐやから2つの箱を受け取る。

 

明らかに重みのある方の箱を後にして、まずは軽い方の箱から開ける。

中には紅茶の茶葉が入った缶とメモ書きが入っていた。

 

「杉原くん、以前から私が淹れる紅茶が美味しいと仰ってくれていましたし、普段から紅茶を携帯されているようなので、私のお気に入りの茶葉と淹れ方などを記したメモを入れさせていただきました」

 

耀はメモを開く。

紅茶に使用する水の種類や温度、お湯の注ぎ方や蒸らし方まで丁寧に記載されている。

 

耀は元々紅茶が好きだったわけではない。

 

以前、耀が自殺未遂を計ったあとにかぐやが自分の為に淹れてくれた紅茶が美味しく感じたからである。

元々、食べ物や飲み物に関して拒否反応を起こしがちな耀の身体が珍しく受け入れたのである。

 

そんな耀にとって大切な味である紅茶の淹れ方を教わると言うのはかぐやが思っている以上に、耀にとっては嬉しかった。

 

「...ありがとうございます、四宮先輩」

 

「茶葉が切れたら言ってください。給仕の者に用意させますので」

 

「はい、助かります。ありがとうございます」

 

耀は続けて重い方の箱を開く。

その中にはいかにも高そうなティーカップが入っていた。

 

「ティーカップが2つ?...ですか?」

 

「伊井野さん、少しこちらに来ていただいてもいいですか?杉原くんの隣に立ってください」

 

「は、はいっ!分かりました!」

 

かぐやに促されるまま、ミコは耀の隣に立った。

 

「このティーカップは私からお二人にプレゼントです。伊井野さんと杉原くんだけ、ずっと来客用のマグカップだったので。伊井野さんには生徒会会計監査への就任祝いということにさせてください」

 

耀とミコは同時にお互いの顔を見る。

そしてお互いに微笑んでからかぐやに礼を言う。

 

「「ありがとうございます」」

 

自分専用のティーカップと言うのは、物としての価値もそうであるが、それ以上に生徒会室に自分の居場所を認められたようなものである。

 

2人はかぐやからのその気持ちが嬉しくなった。

 

そしてかぐやが選んだティーカップがペアの物であると気づいたミコは、少しだけ顔を赤らめた。

 

 

「それじゃあ、次は俺だな」

 

満を持して、真打ち登場というオーラを醸し出しながら白銀が自身のプレゼントが入ってるプレゼントボックスを耀に手渡す。

 

「開けてみろ」

 

耀は白銀からの指示を受け、プレゼントボックスを開いた。

 

その中には可愛いと気持ち悪いの最大公約数を体現したようなガイコツの人形が置かれていた。

 

「これはソーラーで光って踊る『ダンシングスカルマン』だ!」

 

白銀がスイッチを入れると、生徒会室の光を受けて、スカルマンは不気味に発光しながら踊り出した。

 

「・・・」

 

「どうだ杉原?なかなかいいセンスだろ?」

 

嬉しそうに耀に尋ねる白銀をよそに、耀を含む役員はリアクションに困っていた。

 

しばらくリアクションを熟考した耀だったが、おもむろに口を開いた。

 

「会長...」

 

全員が耀のリアクションに注目する。

 

「ハッキリ言って気持ち悪いです、このガイコツ」

 

(((バッサリだー!!!)))

 

耀のあまりにも単刀直入な言葉に全員が心の中でツッコんだ。

 

「ふふっ……あははははは! はははっ、あはははは!!」

 

耀が声を出して涙が出るほど笑う。

そんな事、今まで一度も見た事が無かった役員全員が驚きと共に自身の胸の内が暖かくなるのを感じた。

 

「もっと他にあると思いますが、こういった発想は僕にはありませんでした。会長が僕のために考えてくれた事を含めて、全てが嬉しいです」

 

耀が初めてと言っていいほどの無邪気な笑顔を見せた。

普段、冷静沈着・明鏡止水といった言葉が似合う耀でも、本質は普通の高校生なのかもしれない。

 

耀は涙を拭きながら白銀のプレゼントを大切に抱きしめた。

 

「あのー...」

 

それまで沈黙を貫いていた藤原が手を上げる。

 

こういったお祭りごとが誰より大好きな彼女がここまで静かであった事をメンバーは心の片隅で疑問に思っていた。

そして、藤原の口から真実が告げられる。

 

「今日って...杉原くんの誕生日なんですか?」

 

『傍観者効果!!』

 

自分以外に傍観者がいる場合、進んで行動を起こさなくなる心理である。

今回の場合、「誰かが連絡するだろう」といった第三者に連絡を委ねた結果、誰も藤原に耀の誕生日について伝えていなかった。

 

「なんで私だけ除け者扱いなんですか!?これじゃーまるで、私が杉原くんの誕生日を祝いたくないみたいじゃないですかっ!!」

 

藤原が涙を浮かべて抗議を始める。

 

耀は数瞬脳を回転させ、代替案を提示する。

 

「藤原先輩、僕から藤原先輩に誕生日プレゼントをお願いするのは厚かましいかもしれませんが、先輩の気が済むのであれば、僕からのお願いを聞いて欲しいです」

 

「お願いですか?」

 

「明日の放課後、第三音楽室に来てくれませんか?」

 

白銀と石上、ミコの頬が少しだけ赤く染まる。

どうやらいかがわしい事を考えているようだ。

 

「良かったら皆さんも、来てください。些細ではありますが僕から今日のお礼をさせてください」

 

耀は『それでは作業に戻ります』と残して生徒会準備室に戻った。

 

 

 

準備室に戻るとそこには生徒会室に向かう前には置いて無かった、見慣れぬプレゼントボックスが2つあった。

 

耀は首を傾げながらプレゼントボックスに刺さっているメッセージカードを読む。

 

『誕生日おめでとう。ちゃんとありがとうって言えたかしら?素敵な一年にしなさい。四条眞妃』

 

耀は眞妃からのプレゼントを開ける。

中にはシルバーのティースプーンとティーストレーナーが入っていた。

 

「四宮先輩と眞妃さん、お互い家の問題でいがみ合っているけど、2人のプレゼントを使えば完璧な紅茶が淹れられる。2人のシンクロ率って凄いな」

 

耀は2つ目のプレゼントのメッセージカードを読む。

 

『誕生日おめでとうございます。最近頑張りすぎなのでリフレッシュできる物を贈ります。早坂愛』

 

プレゼントボックスを開けると、充電式のホットアイマスクが入っていた。

フレグランスを付けて、好きな匂いと温もりでリフレッシュできるアイテムである。

 

プレゼントの中には付属でフレグランスも入っており、『私が気に入っているフレグランスです。良かったら一緒に使ってください』と追加でメッセージが収められていた。

 

「早坂さんまで僕の誕生日を祝ってくれるなんて。本当に今日は人生で一番幸せな日かもしれないな」

 

耀は机に並べたプレゼントを写真におさめると、再び満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

次の日の放課後、生徒会役員は耀に呼ばれた通り第三音楽室を訪れた。

白銀たちが第三音楽室の重い扉を開けると、そこには既に耀が待っていた。

 

西陽が長く差し込む教室内には、いつもの生徒会室で嗅ぐのとは違う、高く澄んだ紅茶の香りが満ちている。

 

「お呼び立てして申し訳ありません。……冷めないうちにこちらへどうぞ」

 

耀は静かにそう言って、人数分のカップに紅茶を注ぎ分ける。

 

傍らには、チョコレート菓子が几帳面に小皿に盛り付けられている。

 

「うわぁ、凄い……。杉原くん、これ全部一人で準備したんですか?」

 

藤原が感嘆の声を漏らしながら近づこうとしたその時、藤原の足がピアノの傍らでぴたりと止まった。

 

そこには、一脚の椅子の隣に漆黒のバイオリンケースが鎮座していた。

 

あえて自分たちと茶卓を囲まず、少し離れた位置に置かれたそのケースからは、持ち主以外が触れることを拒絶するかのような研ぎ澄まされた威圧感が放たれている。

 

「杉原くん...これは?」

 

耀は藤原以外のメンバーの給仕をこなしてから、藤原のそばに歩み寄りバイオリンケースを開く。

 

「皆さんから昨日いただいた誕生日プレゼント以外に、僕が宝物と呼べるものは少ないですがその中でもこれは本当に価値がある宝物です」

 

『パチン、パチン、パチン』

 

静まり返った音楽室に、三度の金属音が、何かの封印を解く合図のように響く。

 

蓋が開かれ、夕闇を吸い込んだ琥珀色のバイオリン、ジョヴァンニ・バッティスタ・グァダニーニがその姿を現した。

 

 

「……えっ? 嘘、うそっ……!?」

 

ただ吸い寄せられるように、耀がケースから取り出したそのバイオリンへと歩み寄った。

 

「 ……杉原くん、それ、見せてもらってもいいですか!? いえ、触りません! 近くで拝ませてください!!」

 

藤原のただならぬ気迫に、白銀やミコ、そしてかぐやまでもが言葉を失い、二人の様子を固唾を飲んで見守る。

 

藤原はまるで神聖な儀式の最中の巫女のように、バイオリンのスクロールの彫刻や、裏板の燃えるような美しい杢目を食い入るように見つめた。

 

「……間違いないです。この琥珀色のニス……そして、この独特のf字孔の形状。これ、ジョヴァンニ・バッティスタ・グァダニーニですか?」

 

「さすが藤原先輩ですね。一目で見抜いてしまうとわ」

 

「高校生が持っていいバイオリンじゃないですよ!!」

 

「ふ、藤原書記? 一体何なんだ、その『グァダ……なんとか』っていうのは……」

 

混乱する白銀に、藤原は震える指先でバイオリンを指しながら、まくしたてるように説明を始めた。

 

「会長! 何なんですかじゃないですよ! バイオリンの世界には三つの頂点があるんです! ストラディバリウス、ガルネリ・デル・ジェズ……そして、このグァダニーニです!!」

 

「ほ、ほぅ……つまり貴重なものということだな?」

 

「貴重なんてもんじゃないですよ!18世紀イタリアの現存するバイオリンの中で最も価値があると言われる名器の一つですよ!? このバイオリン一本で、港区の超高級タワマンの最上階のお部屋が、お釣り付きで買えちゃうんですよ!?」

 

「なっ……タ、タワマンの最上階だと……!?」

 

白銀の脳内に、以前パンフレットで見た「1戸・5億円〜」という絶望的な数字がフラッシュバックした。

 

白銀にとっての『一生かけても届かない聖域』が、今、目の前で耀の顎の下に挟まっている。

 

「……正確にはオークションの履歴や状態にもよりますが。以前、同作者のものが数億円で落札された例もありますね。ただこれは、僕が中学時代にコンサルした会社の会長さんから譲り受けた物なので、僕が落札した訳ではありません」

 

耀が事も無げに補足するが、その数億という言葉の重みが、先ほどとは全く違って聞こえる。

 

「数億……おい石上、計算しろ。俺がこれから一生、時給1200円でバイトし続けて、一体何年働けばそれに届く……?」

 

「仮に時価2億として、1日8時間働き、365日1日も休まず1円も使わずに全額貯めると計算しても約57年です...。もちろん生活しなきゃなので、バイトで買うのはかなり厳しいと思います」

 

「触ってみるかい?」

 

耀は石上に笑顔でバイオリンを差し出す。

 

「ひぇぇぇ!!もし壊したりしたら、僕は死ぬまで杉原くんの奴隷になりそうなので止めておきますっ!!」

 

石上は耀から慌てて距離を取る。

そしてバイオリンを構える耀をなぞる様に上から下へと視線を向ける。

 

「しっかし、バイオリンが似合いますね。さすが1年B組の貴公子ですね」

 

「止めてよ、そんな大層なもんじゃないから」

 

(でもホントにバイオリンを構えてる姿が絵になるなぁ)

 

ミコは無意識に耀に見とれていた。

 

「伊井野さん?」

 

「......ふぇ?」

 

「ボーッとして、どうかした?」

 

「っつ!?なっ、なんでもないっ!!」

 

そんな2人のやり取りをかぐやと藤原はニヤニヤしながら見つめている。

 

「それで?今日はなぜ私たちをこの場に招待してくれ...」

 

かぐやが今日の本題を耀に問おうとした瞬間、耀のバイオリンがその声をかき消した。

 

耀が一番太い弦、G線に弓を深く沈めた。

 

鳴り響いたのは地響きにも似た重厚な咆哮だった。

 

『G線上のアリア』

 

誰もが知るその旋律が始まった瞬間、音楽室の空気は物理的な熱を帯びた。

 

プロの演奏と比較しても遜色が無いレベルの耀の指先が、バイオリンを震わせるたび、その音は鼓膜を通り越して聴く者の心臓を直接鷲掴みにする。

 

ピアニストとして同世代の頂点に立った事がある藤原や、普段から演奏会などに招かれることが多いかぐや、ピアノ経験があるミコですら、その演奏に言葉を失っていた。

 

耀が演奏している間、誰1人視線を離すことができず、耀はその視線を受けながら、バイオリンと会話するように演奏を続ける。

 

夕陽が沈みかけ、音楽室が濃いオレンジ色から深い紫へと溶けていくなか、最後の一音が、祈りの余韻を残して消えた。

 

沈黙

 

窓の外から聞こえる遠くの部活動の声だけが、自分たちが日常にいることを思い出させた。

 

「……お粗末様でした。ざっとこんな感じです」

 

耀の声に我を取り戻した役員は耀に拍手を贈る。

 

「さすが杉原くんね。プロ並みの腕前で感動しちゃいました。これもお得意のトレース能力ですか?」

 

「違いますっ!!」

 

耀が返事をするより先に藤原が答えた。

 

「もしこれが誰かのコピーなら、音楽を愛する私が気づかないはずありません! プロの技術をなぞるだけなら、あんなに『暖かい』音は出ないんです……!」

 

藤原は耀の胸元、ちょうどバイオリンを構えていた場所を指さした。

 

「今のG線は、杉原くんの心臓が震えて出た音でした。一音一音に、迷いや照れ、それでも伝えたいっていう……剥き出しの意志が乗っかっていたんです。誰かの真似なんかじゃない、世界にたった一つしかない、今の等身大の杉原くんの『言葉』でした!」

 

藤原はそこまで一気にまくしたてると、ふっと表情を和らげ、少しだけ潤んだ瞳で耀を見つめた。

 

「バイオリン……心の底からお好きなんですね」

 

藤原の真っ直ぐな言葉に、耀は手に持ったバイオリンを愛おしそうに見つめ、それから少しだけ困ったように眉を下げて笑った。

 

「……好きですが、僕はもうバイオリンは辞めさせられているので。今は趣味レベルで続けているだけですよ」

 

耀の口から淡々と語られた『辞めさせられている』という言葉。

 

その背後にある、抗いがたい『杉原家』の重圧を感じ取り、音楽室に一瞬の静寂が訪れる。

 

しかし、その沈黙を切り裂いたのは、やはり音楽の申し子である藤原だった。

 

「……辞めさせられた? これだけの音を奏でる人を、誰が、どんな権利で……っ...」

 

藤原が珍しく声を震わせ、悔しそうに拳を握りしめる。

 

「趣味レベルでこれなら、プロは廃業ですよ! 杉原くん……もっと胸を張っていいんです。あなたがこのバイオリンを愛していることは、今の音が何よりの証拠でしたから!それにっ!!」

 

続けて耀の胸にある、宝石のように輝いているバイオリンを指さす。

 

「このグァダニーニは、先程中学の頃に譲り受けたって言ってましたよね? でもメンテナンスは完璧に行き届いているし、音だって、信じられないほど艶やかで健康的な音色でした! そこまで心血を注いでメンテナンスを続けている人が、バイオリンを愛していない訳ありませんっ!!」

 

「...ありがとうございます」

 

耀は少しだけ複雑そうな表情を浮かべてから、藤原に感謝の言葉を述べた。

 

耀からはとても言えなかった。

耀がバイオリンを辞めさせられた理由が藤原千花にあるという事を。

 

耀の父親は政財界での自身の立場を大事にしており、その嫡男である耀には常に何かしらでトップである事を求めている。

 

そして耀が小さい頃から続けていたバイオリンは、初めて藤原千花の演奏を父が見た日に辞めさせられた。

 

『藤原家の娘は神の寵愛を受けているかの如く天才。お前はあのレベルの音楽の才能は無い。いくら努力したところで、あの娘に勝てる訳が無いのだから、これ以上は続けるだけ時間の無駄だ』

 

自分のバイオリンを肯定してくれる人物が、直接的にバイオリンを辞めさせられる理由になっていたなど、口に出したところで藤原を傷つけるだけだと耀は理解している。

だからそんな無粋なことは言わない。

 

その代わりに耀は一人のバイオリニストとして、ずっと叶えたかったことを口にした。

 

「藤原先輩、先日の誕生日プレゼントとして、僕とセッションしてくれませんか?」

 

「私とセッションですか?」

 

耀は第三音楽室の備品である、グランドピアノを指さす。

 

音楽室の奥に鎮座する黒い巨躯『スタインウェイ・アンド・サンズのフルコンサート・ピアノ』の蓋を儀式のようにゆっくりと持ち上げた。

 

「……わざわざ、第三音楽室に皆さんを呼んだのは、ここにあるスタインウェイが、学園で唯一、このバイオリンと対等に話ができる相手だと思ったからです」

 

耀は、ピアノの鍵盤を見つめる藤原を真っ直ぐに見つめた。

 

「藤原先輩。僕のワガママに、付き合っていただけませんか? ……この最高の一台で、僕とセッションしてほしいんです」

 

「……っ、スタインウェイのフルコン……! いいんですか、私が弾いちゃって!?」

 

藤原の瞳に、ピアニストとしての火が灯る。

 

そして、耀の瞳にも火が灯った。

 

「曲は……『チャルダッシュ』。先輩なら、説明は不要ですよね?」

 

「望むところです! 杉原くんのその挑戦、受けて立ちますよ!」

 

藤原が鍵盤に指を構えたのを確認し、耀はグァダニーニを深く、顎へと沈めた。

 

今の耀の心にあるのは、父への恨みでも藤原への劣等感でもない。

 

ただ、自分の音が彼女のピアノとどこまで響き合えるかを知りたいという純粋な好奇心と、父が認めた天才の心に自分の音を刻み込みたいという、1人のバイオリニストとしてのエゴである。

 

耀が、右手の弓を鋭く振り下ろす。

冒頭、重厚なラッセン(遅い導入部)の旋律が音楽室を支配した。

 

『G線上のアリア』の時よりもさらに深く、粘り気のある、それでいて気高さを失わない音色。

 

耀の出す一音一音が、スタインウェイの圧倒的な共鳴に一歩も引かず、むしろその巨大な音の奔流を御していく。

 

(……この音。杉原くん、あなたって人はっ!)

 

伴奏を弾き始めた藤原の指先が、驚きに跳ねた。

耀の音は、ただ正確なだけではない。

 

『辞めさせられた』という絶望を、誰にも言えなかった孤独を、そして今ここで仲間と出会えた喜びを、すべて薪にして燃やしているような、凄まじい熱量を持っていた。

 

やがて、曲はラッセンを抜け、狂熱のフリスカ(速い主部)へと雪崩れ込む。

※気になる人はチャルダッシュで検索してみてください

 

そこからは、まさに二人の対決であり、対話てもあった。

 

耀の左手は、目にも止まらぬ速さで指板を駆け巡り、プロ並みの超絶技巧が藤原の打鍵と火花を散らす。

 

藤原もまた、耀の熱に当てられたように、その才能を全開にして応戦する。

 

見る者を魅力する、天才と秀才の技術によるせめぎ合い。

 

しかし、ミコだけは違う感情を持って2人を見つめていた。

 

(……凄い。あんな杉原くん、見たことない……でも.....)

 

普段の穏やかな耀からは想像もつかない、猛々しく、それでいて誰よりも自由な姿。

 

(なんで隣でピアノを弾いているのが、私じゃないんだろ.....)

 

ミコは形容しがたい嫉妬ともいえる感情を表には出さず、自身の胸にしまい込んだ。

 

そんなミコを置き去りにするように、耀の運指が加速する。

 

最後の一閃。

 

耀の弓が力強く振り抜かれ、藤原のピアノの重厚な和音が重なり、旋律が最高潮で弾け飛んだ。

 

静寂。

 

ピアノの長い余韻が消えるまでの数秒間、誰もが息をすることさえ忘れていた。

 

耀は、肩で大きく息をしながら、真っ直ぐに藤原を見つめる。

 

「……はぁ、はぁ……藤原先輩。……僕の音、届きましたか?」

 

耀が、汗の滲んだ顔で少しだけ誇らしげに笑う。

 

藤原は、鍵盤の上に置いた手を震わせたまま、顔を上げて耀を凝視した。

 

「……届きました。届きすぎて、私……今、指が痺れて動けません……!...初めてですよ、こんな伴奏にケンカを売るように演奏するバイオリニストは!」

 

藤原は立ち上がると、耀へと握手を求め、左手を差し出した。

 

耀は藤原から認められた事が嬉しくて、たまらなく笑顔になって、その手を握り返した。

 

 

 

 

 

帰宅した耀はバイオリンの手入れをしながら、今日の出来事を思い出していた。

 

「今日はいい思い出になったな。それに...」

 

耀のデスクに置かれている、誕生日プレゼントに視線を向ける。

 

「沢山、宝物が増えちゃったな」

 

耀は少しだけ嬉しそうに微笑んでから、続いて少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。

 

「さぁ、僕もそろそろ準備を進めないと」

 

耀の瞳が少しだけ冷たく、鋭く光った。





いかがでしょうか?

聖人君子や高潔という言葉が似合う耀が、少しずつ人間味が出てきて高校生らしさが出ています!
これから、耀が生徒会役員と関わる中で変わっていっている箇所でもあります。

そして物語は、ウルトラロマンティックこと奉心祭に向かいます!!
奉心祭では、色々と物語が大きく動きます!
ですが、物語の主軸は耀視点で動きますので、かぐやや白銀の動向が気になる方は原作読んでくださいね?( *´艸`)

では、引きつづき高評価・感想・お気に入り登録お待ちしてます!!
また、次回!!(。・ω・)ノ゙
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