ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第15話(最終回) 変わらない匂い

 

 朝の店内は、静かだった。

 

 シャッターを上げ、灯りをつける。

 藤丸はいつも通りの手順で準備を進めながら、外の様子を一度だけ確認した。

 

 朝の空気は澄んでいる。

 この時間帯に来る客は、そう多くない。

 

 だから、ベルの音が鳴った時、すぐに分かった。

 

「いらっしゃい」

 

 顔を上げると、そこにいたのは小狼だった。

 

「……おはようございます」

 

「おはよう。通学前?」

 

 藤丸が声をかけると、小狼は短く頷く。

 

「通学前に来ました」

 

「そっか。偉いね、朝ちゃんと食べるの」

 

 軽く笑って言うと、小狼はほんの少しだけ視線を逸らした。

 否定もしないところが、小狼らしい。

 

「いつものでいい?」

 

「……はい」

 

 ローマの暁ミルクパン。

 朝に食べやすいように、少しだけ柔らかく焼いてある。

 

 会計を済ませ、袋を渡す。

 

「いってらっしゃい」

 

「……いってきます」

 

 小狼はそれだけ言って、店を出ていった。

 朝の光の中に、制服の背中が溶けていく。

 

「今日も頑張りましょう、先輩」

 

 マシュがそう言って、トレーを整える。

 

「うん。いい一日にしよう」

 

 藤丸は軽く頷いた。

 それだけで十分だった。

 

 ――――

 

 学校が終わる時間帯になると、店の空気が少しだけ変わる。

 人の気配が増え、声が入り混じる。

 

 ベルが鳴り、聞き慣れた声がした。

 

「こんにちはー!」

「こんにちは〜」

 

「いらっしゃい」

 

 さくらとともよが並んで入ってくる。

 二人は入ってすぐ棚を見渡し、楽しそうに顔を寄せ合った。

 

「今日は、どれにします?」

 

「えっと……今日は、これ!」

 

 さくらが選んだパンを見て、ともよが嬉しそうに頷く。

 

「そちらも美味しそうですわ」

 

 厨房からマシュが顔を出す。

 

「こんにちは。今日はここで食べていかれますか?」

 

「はい。少しだけ」

 

 二人分のパンがトレーに並ぶ。

 奥の小さな飲食スペースで、さくらたちは並んで座った。

 

 いつもと変わらない光景。

 笑い声は大きすぎず、でも確かに明るい。

 

 藤丸はそれを横目に、次のトレーを整えながら思う。

 こういう時間のために、パンを焼いているんだと。

 

 ――――

 

 夕方。

 

 外の光が柔らかくなり始めた頃、またベルが鳴る。

 

「こんにちは」

 

 穏やかな声。

 

「いらっしゃい」

 

 雪兎だった。

 

「今日は、まだパンありますか?」

 

「うん。まだあるよ」

 

 雪兎が選んだのは、甘いパン。

 迷いはない。

 

 紙袋を受け取り、軽く会釈をしてから、雪兎は店を出た。

 

 その背中を見送って、マシュが小さく息をつく。

 

「いつも、たくさん買っていかれますね」

 

「うん。あの人、意外と食べるよね」

 

 藤丸は笑って返す。

 そんな雑談が、店の空気をやわらかくする。

 

 ――――

 

 空が暗くなり始め、街灯が灯る。

 店の中も、昼とは違う静けさに包まれる。

 

 ベルを鳴らしたのは、桃矢だった。

 

「……まだやってるか」

 

「うん。どうぞ」

 

 迷わず選ばれる、カレーパン。

 

「今日も、これで」

 

「はい、どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 それだけ言って、桃矢は紙袋を受け取り、店を出ていく。

 背中は相変わらず、まっすぐだった。

 

 ――――

 

 シャッターを下ろし、片付けを始める。

 

「今日も、一日終わりましたね」

 

 マシュの言葉に、藤丸は頷いた。

 

「うん。いつも通り」

 

 朝に来る人がいて、

 放課後に笑う人がいて、

 夕方に立ち寄る人がいて、

 夜に持ち帰る人がいる。

 

 特別なことは、何もない。

 

 でも、それでいい。

 

 灯りを落とす前、藤丸は一度だけ店内を見渡した。

 

 壁の一角に、小さな写真が飾ってある。

 ともよが撮ってくれたものだ。

 

 藤丸とマシュ。

 さくらとともよ。

 そして、小狼――少しだけ照れた顔で、ちゃんとそこに写っている。

 

 藤丸は写真から視線を外し、マシュに言った。

 

「マシュ、ありがとう」

 

「……はい?」

 

 マシュはお礼を言われた理由が分からず、首を傾げる。

 

「マシュのおかげで、夢が叶ったから」

 

 マシュは一拍おいて、それから少しだけ目を細めた。

 

「はい。ですが……私だけの功績ではありません」

 

 言葉は柔らかいのに、芯がある。

 

「ここまで来たのも、新しい縁ができたのも――先輩が、掴み取ったものです」

 

 藤丸は小さく笑った。

 反論はしない。否定もしない。

 

「ありがとう。……じゃあ」

 

 言いながら、店の灯りを最後に確認する。

 

「また明日からも、一緒に夢を叶えてくれる?」

 

「はい。いつまでも、お供します」

 

 マシュは迷いなく頷いた。

 

 藤丸はシャッターの鍵を回し、夜の空気に一歩踏み出す。

 

 パンの匂いは、今日も変わらなかった。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

初めての小説で、行き当たりばったりなところもあり、読みづらい部分もあったかもしれません。
それでも最後まで読んでいただけて、とても嬉しいです。本当にありがとうございます。

また書き直すことがあるかもしれませんし、別の世界でパン屋を開くかもしれません。
そのときは――また、次のパン屋でお会いしましょう。


追記:FGO終章でオルガマリー所長に脳を焼かれました。
オルガマリー所長とパン屋を開きたい人生でした。
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