ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」 作:rikka
「フリーレンさん、ちょっと道外れるんでしっかり捕まっててください!!!」
ここ数日ずっと自分の前衛を務めていた女剣士が、自分を前に抱き抱えるような姿勢のまま『イーグル』という馬を走らせる。
少し前まで「カッポカッポ」とゆっくり馬を走らせていた彼女は、今では「ダガッ! ダガッ!」と蹄が地面を蹴る振動が伝わってくるくらい全力で走らせている。
「さっきから急にどうしたの、モニカ」
のんびりとこの後どこで食事を取るかみたいな話をダラダラ続けていた所、突然彼女が馬の速度を上げ始めたのだ。
いつでも双剣――コダチという短いカタナ二本をいつでも引き抜けるようにして、周囲を戦闘中ばりに警戒しながら。
「臭いがしました」
「……臭い?」
「はい」
「私は感じないけど……なんの?」
そして、先生が抜けて二人での活動になってからは一度も抜いていない彼女本来の武器――変な魔力のする刀も用意している。
先生曰く本命の武器で――かつ全力を出した事が一度もないという。
確かに、一緒に戦っていても彼女からはそんなに圧を感じなかった。
戦闘中もまるで作業の一環というくらい淡々としていた。
「戦場の臭いです」
今、この時までは。
「……わかんない」
「すいません、感覚的な物ですね。ですが……」
片手で後ろから私のお腹に手を回して支えながら、片方の手で馬の手綱を握り器用に走らせる。
かなり危ないような気がするのだが、剣術同様馬術もかなり叩き込まれているのだろう。
「……やっぱり……っ!」
私達が宿を取っている城壁に囲まれた街の方から、剣戟と怒号がかすかにする。
先の戦い以降、大きな戦闘はほとんどなかったハズの城塞都市で、何かが起こっている。
「すいません、フリーレンさん! 本気で飛ばします!!」
モニカの馬捌きや馬そのものの力は大したもので、いつもなら日が沈む少し前にようやく到着する距離をもう突破してみせた。
「……なんだ……これ……」
だが、いつもの門番達が審査を行っている城門まではたどり着けなかった。
北の戦場を目指す輜重隊や、仕事目当ての傭兵もいない。
皆恐らく、城壁の中に閉じこもっている。
この少し離れた小高い丘から、まるで餌に群がる蟻のように見えるとんでもない量の
「なんで……魔物がこんなに……」
「おかしいとは薄々思っていたんです」
ついに本命の武器である『カタナ』を抜いて、
普通の人間ならばとっくに馬を転回させて逃げるために全力で走らせている所なのに。
「戦線が北上して、街道周りはただの魔物の脅威だけが残り安全になった。それはいい」
魔法使いでもどうしようもない状況なのに。
「なのに、だったらどうして私達は連日こんなにも戦闘していたんでしょう。強い魔物はいなくて雑魚ばかりだったので最初は気にならなかったのですが、今思うとあまりに
明らかに斬りこむために、状況を俯瞰できるこの場所に陣取って、様子を見ている。
「それに、街の警備隊の動きも変です」
「? 戦っているよ?」
「だけど倒そうとしている動きじゃない。避難している人達の壁になるのは当然だけど、それにしたって防戦一方過ぎる」
彼女の愛馬が、一度強めに地面を蹴る。
騎手であり相棒であるモニカの意思を汲んでいるのだろうか。
いつでもいけるぞ、と。
そう言っているように思えた。
「……ともあれ、攻撃・防御どちらを援護するにせよ、突破しないと駄目か」
正気じゃない。
自殺に等しい行動を取ると言っているのに、何も気負う物がない。
「フリーレンさん、私はこのまま群れを突破します。なので――」
「いくらモニカでも危険なだけだよ。いざという時の逃げ場がない」
「いえ、あります」
「?」
「薔薇園です」
一瞬何のことか分からなくて、思い出すのに少しだけ時間がかかった。
そうだ、あった。
赤の勇者が、魔族の手から助け出した領主の娘のために作った薔薇園。
『赤の庭園』
一見普通の綺麗な薔薇園だけど、その実強力な結界が施されている魔力で構成された要塞。
「あぁ。そういえば結界があったけど……これだけの数相手に持つ? 壁はまだ出来ていないよ?」
「お師様の結界は改良に改良を重ねられています。見た感じ、この魔物の群れは肉体的な強度よりも魔力強度によるもの。攻勢防壁に触れれば耐えられないでしょう。……ほら」
そういうとモニカは懐から白い箱みたいなものを取り出す。
なにかと思っていると、その中の小さなボタンを「カチッ」と音がするまで押し込むと、箱みたいなものが「パカリ」と一人でに開く。
いや、箱だと思っていた物は、折り畳み式の双眼鏡という初めて目にする物だった。
モニカは私にそれを手渡し、見るべき方向を指さしている。
それに目を付けて、示された場所を見ると――
「……へぇ……」
自警団や傭兵連中は、外に逃げ遅れていた商隊や民間人を薔薇園へ避難させている。
その後を追って肉を喰らおうとする魔物は、次々に薔薇園に侵入しようとしてその結界に身を焼かれている。
小柄な物はもちろん、ちょっとした熊くらいの大きさはある魔物ですら触れた瞬間に焼き尽くしている。
大型はさすがに一瞬とは言わないが、複数に張られた結界によって体が焼き尽く瞬間まで完全に防いで中には入らないようにその巨体を拘束している。
恐らく、進めば進むほど複数に重ねた結界の層が絡みつき、完全に動けなくするのだろう。
大した物だ。
そう考えた瞬間、ふと、先ほどのモニカの言葉が引っ掛かった。
――
「……モニ――」
双眼鏡を返しながら、あの発言の真意を確かめようとした。
が、する必要すらなかった。
「ここに魔物がいて、おそらく魔族もいて、その暴虐に晒されている人達がたくさんいる」
剣士が、カタナを鞘から抜いた。
とんでもない量と質の魔力を帯びた、どこか聖典の回復魔法を思わせる淡い緑色の輝きと共に。
「だったら、お師様は必ずここに駆け付けます」
首元のチョーカーに触れた瞬間、金色の髪がどこにでもありそうな栗色の髪へと変わる。
「だから、まぁ――」
伝え聞く『赤の勇者』に同行する剣士のように、清らかな風を纏わせて。
「弟子の私が一太刀も交えず、何の一手も打たずに尻尾巻いて逃げる事は出来ませんよね」
勇者と共に数々の伝説を残している女がそこにいた。
「フリーレンさん」
思わず、双眼鏡を返す腕が跳ねた。
もう間違いない。
この女は、赤の勇者の一行。
あの
「状況は確認しました。私はこれから斬り込むので、貴女は『イーグル』に乗って逃げてください」
「……え」
私にとって、『赤の勇者』とは極めて不快な存在だった。
だって、魔族だ。
村を燃やし、仲間を殺した奴らと同じ魔族だ。
なのに奴は、皆を守った。
人を騙して人を食べる奴が、人間のように弱い仲間を守って、逃がして、戦った。
それも、七崩賢に数えられるような奴を相手に。
「フリーレンさんと一緒にここまで来たのは、別動隊の可能性を考えたからです。だけどこの無限に思える数の魔物の『輪』は全て城壁を越える事に専念している」
「つまり?」
「お師様風に言えば、戦術的な意図すら感じないんです。敵は単純にここを陥落させたいだけなんでしょう」
「……だから、輪の外にいる私達は安全に逃げられる?」
「馬の足なら猶更。大丈夫、この子は頭がいいから、乗り慣れてない人でも
「でも――」
「私はお師様が来るまで近衛の兵隊を援護します」
あの魔族が怖い。
どうしようもなく怖い。
先生は仕事もあって足跡を追っていたけど、正直会う事すら億劫だった。
だって――強い。
どうあがいても歯が立たないんじゃないかと思う程に。
あの日からずっと考えていて、未だに勝ち筋どころか対応策すら見つけられない『女神の裁き』の如き魔法を容易く扱う魔族。
なのに、アイツはなぜかエルフや人間と共にいる。
ミリアルデ達と一緒にいて、する必要もない人助けをして、わざわざ人間の弟子を取って、だけど経路からして魔王軍と正面切って戦うわけでもない。
目的が分からない。
何を考えているのか分からない。
分からないから――怖い。
「ねぇ」
「なんです?」
「モニカの師匠は……魔族なの?」
私の問いかけに、モニカは驚いて振り向いた。
「……知ってるんですか?」
「私と、先生は」
赤の勇者の関係者と知られるのは問題ないが、その正体を知っているとは思わなかったのだろう。
「あの、さ」
「ええ」
「……モニカの師匠は……師匠なら」
「?」
まごついている暇はない。
目の前の剣士は、見ず知らずの多くの人間のために戦おうとしている。
「モニカが今からしようとしている事は、あの魔族の影響なの?」
「……そう、かもしれません。実際、剣を教えてもらった事で、出来る事が増えたというのもあります。ええ、つまり――」
「お師様なら、きっとそうするからです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
まるで砂の詰まった袋を棍棒でぶん殴ったような鈍い音が、深い森の中に響く。
同時に、一人の人間の女が巨木に叩きつけられ、苦悶の声を零す。
「ぐ……ぁ……っ!」
「ふむ。ヘイレンの奴が失敗した件の尻ぬぐいなど命じられた時は面倒な話だと思ったが……」
咄嗟に女は
魔族や魔物が扱う、禁忌とされる術を。
「これほど良質な餌にありつけるとは運がいい」
「クソ……ここでこんな大物が御出ますとは……っ」
吹き飛ばされた
敵は角の生えた背の高い女。――魔族。
その巨体を包み込むような白い爆発が起こり、魔族の全てを包みこむ。
「……人間にしては強い。が、温いな」
だが、輝きの中から平然と角ある女はその姿を現す。
身体を守っていた防御魔法を解除して、焦げ一つない姿を現す。
「……七……崩賢……」
「『獣牙』のベスティア」
女魔族は名乗りを上げて、息を荒げている女を見下ろす。
「魔王様の命により、あの城塞を我ら魔王軍の物とするために来た。お前はその前の腹ごなしになってもらおう」
「――っ、喰ら――」
「『
再度攻撃を撃ち込もうとするフランメの動きが、ピタリと止まる。
否、まるで死んだように力なく、目を見開いたままその場に倒れる。
「ソリテールはおろか、あのリヴァーレまでもが数百年は戦闘が不可能な致命傷を負い、さらには先の作戦も失敗しヘイレンが討ち取られた」
淡々とした、欠片も人間味のない言葉が紡がれる。
「そろそろ目に見える敗北を叩きつけてやらなければ、人間どもが無駄に活気づく」
それはフランメにとって最も馴染みのある魔族の姿そのものだった。
彼女とは真逆。
彼女との対極。
立つ事どころか言葉すら発する事が出来ない中、身体を引き裂き、その肉を、臓腑を喰らおうとする魔族が近づき、
――charge complete。
聞き慣れない言語らしきものを発する女らしき声と。
――私がその行いを目にして許すと思うか? ベスティア。
ずっと脳裏に焼き付いている、声がした。
「! 貴様、名無――」
「AMG-78*1」
「吹き飛べ」
フランメが蹴り飛ばされた時以上の轟音が、魔族の女の腹から響く。
赤い外套で身を隠した女の左腕に嵌められた、所々が緑に輝く奇妙なガントレットに込められた魔法による補助を受けて、絶大な脅威であるその存在は数々の樹をその体でへし折りながらはるか彼方へと吹き飛ぶ。
一方で何も身に着けていない右の腕は、女を力強く抱きしめていた。
「遠目に君が見えた時はまさかとは思ったが……」
反射的に、腕の中にいる女は声を上げようとしていた。
同時に、反射的に顔を背けようとしていた。
そこにいるのは、女が半年の間一緒に住んでいて、
その生活がずっと続いていくのだとなんとなく思っていて、
そのあってはならない『慣れ』に気付き、恐怖して、自分から手放してしまった――
「ともあれ、間に合って良かった。もう大丈夫。もう、大丈夫だよ……フランメ」
「私が来た」