鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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パン!

乾いた音が、山奥の道場に響き渡る。私が懐から取り出した手ぬぐいを畳み、即席の扇子として自らの膝を叩いた音だ。場所は、地図にも載っていない鬼殺隊の隠れ里から、さらに奥へ入った修験の山。観客は、壁に掛けられた『不動心』の掛け軸と、私のあまりの才能(?)に常識を粉砕されかけている育手の爺様、そして私を盲目的に愛する若き剣士だけ。

「さあさあ、語って聞かせましょう、愛と食欲と破壊の風音奮闘記!吉原の泥沼から這い上がり、大名屋敷の奥方様を経て、現在は未亡人兼・鬼殺隊の事務員兼・剣士見習いという、肩書きが大渋滞を起こしている私、葛城颯こと風音!
 愛するさっくんを守るため、そして組織を内部から乗っ取る……じゃなくて、改革するために、私は剣の道を志しました!
 紹介された師匠は、その名も美味しそうな『鰹田』様!名前だけで白飯三杯はいけるわね!でもでも、私の心も体もさっくん一筋!!私の股ぐらは、さっくんのためだけに開けてます~♡そんな清純派乙女の私が挑む、地獄の修行編!呼吸とは何か!剣とは何か!そして今日の晩御飯は何か!風音の明日はどっちだ!!」

パン!

もう一度膝を叩き、満足げに頷く。完璧な導入だ。これぞ講談師も裸足で逃げ出す名調子。朝の澄んだ空気に、私の美声が吸い込まれていく。気持ちがいい。今日も私は絶好調だ。

「……颯。その『股ぐら』云々というのは、大声で言うことではないぞ。師匠が固まっているではないか」

隣で正座している鱗滝左近次くん、通称さっくんが、顔を真っ赤にして小声で注意してくる。可愛い。この純情さがたまらない。昨晩あんなに激しく求めてきたくせに、昼間になるとこの堅物ぶり。このギャップだけで、加須底羅三本はいけるわね。

「あら、事実でしょう?私は嘘が嫌いなの。ねえ、鰹田師匠?」

上座に座る師匠にニッコリと微笑みかける。

鰹田様は、石像のように固まっている。口が半開きで、目は遠くを見つめている。私の導入口上があまりにも衝撃的すぎて、思考回路がショートしてしまったのかもしれない。可哀想に。天才の感性についてこれない凡人の悲哀を感じるわ。

「……こほん。まあよい」


呼吸音痴の破壊神と、幻の最強剣士勧誘計画

「颯。貴様の腕力と体力、それは認める。だが、鬼殺隊の剣士として最も重要なのは、力ではない。『呼吸』だ」

 

「呼吸、ですか。毎日してますけど?」

 

「当たり前だ!誰でもしておるわ!わしが言っているのは『全集中の呼吸』のことだ!」

 

真っ赤にして怒鳴る。血圧が上がりそうで心配だ。血管が切れたら、美味しい出汁が出ちゃうかもしれない。

 

「よいか。全集中の呼吸とは、肺を極限まで大きくし、血中に大量の空気を取り込むことだ。それにより、骨と筋肉が慌てて熱くなり、身体能力を飛躍的に向上させる。人間が鬼と対等に戦うための、唯一の技術なのだ」

 

なるほど。理屈は分かる。要するに、酸素ドーピングだ。私の場合は、元々鬼だから身体能力は高いけれど、今は血鬼術で人間に擬態している。この状態でさらに強くなるには、この呼吸法をマスターするのが手っ取り早い。

 

「分かりました!吸って吸って吸いまくればいいんですね!私、吸引力には自信があります!加須底羅の匂いなら、三里先(約十二キロ)からでも嗅ぎつけますから!」

 

「……方向性が違う気がするが、まあやる気があるならよい」

 

後ろの棚から何かを取り出す。それは、大きな瓢箪だった。普通の瓢箪ではない。表面が妙にツヤツヤしていて、硬そうだ。叩くとコンコンと高い音がする。

 

「これを吹いてみろ」

 

その瓢箪を私に放り投げる。

 

「はい?これをですか?楽器か何か?」

 

「違う。その瓢箪が破裂するまで、息を吹き込むのだ。それが出来て初めて、呼吸の入り口に立ったと言える」

 

「破裂!?瓢箪って破裂するんですか?スイカ割りじゃなくて?」

 

「口答えをするな!やれと言ったらやるのだ!まあ、常人には数ヶ月、いや一年はかかる難行だがな……」

 

なるほど。これは新人いびり……じゃなくて、高い壁を見せることで、弟子の根性を試そうという魂胆ね。受けて立とうじゃないの。

 

瓢箪の口を咥える。少しカビ臭い。あとで洗って、お酒を入れる徳利にしたら美味しそうだ。

 

「すぅーっ……」

 

大きく息を吸い込む。胸が膨らむ。着物の帯が悲鳴を上げるくらい膨らむ。

 

「ふぅーーーーっ!!」

 

息を吐き出す。全力で。肺の中の空気を、全て瓢箪の中に叩き込むイメージで。

 

……ん?硬い。なんだこれ。風船を膨らませる感覚とはわけが違う。空気が入っていかない。逆流してきそうだ。

 

「んぐぐぐぐ……!!」

 

額に血管が浮き出る。耳の奥で心臓がドクドクと言っている。

 

「颯、無理をするな。最初は少しずつでいいんだ。肺が慣れるまでは……」

 

さっくんが心配そうに声をかけてくる。彼は優しい。でも、私は天才だ。「少しずつ」なんて凡人のやり方は似合わない。やるなら一撃必殺、短期決戦だ。

 

(ふんぬううううう!!負けるもんか!たかが野菜の干物でしょう!?私の肺活量を舐めるんじゃないわよ!昨夜だって、さっくんのアレを……ゴホン、なんでもないわ!)

 

さらに力を込める。肺だけじゃない。腹筋、背筋、そして顎の力。全身の筋肉を総動員して、空気を押し込む。いや、もう空気圧とか関係ない。物理的にねじ伏せる!

 

ミシミシッ……。

 

嫌な音がする。瓢箪からではない。私の歯が、瓢箪の口を噛み砕こうとしている音だ。いけない、噛んじゃ駄目だ。吹くんだ。

 

「ふんがぁぁぁぁぁッ!!」

 

バギィッ!!

 

破裂音ではない。何かが「ひしゃげる」ような、金属が引きちぎられるような、耳障りな音が道場に響き渡る。

 

「……え?」

 

手の中で、瓢箪が粉々に砕け散る。パンッ!と弾けたのではない。グシャッ!と潰れたのだ。握りつぶしたわけではない。内圧と外圧と、私の殺意が混ざり合って、瓢箪の構造限界を超えたのだ。

 

そして。砕けた瓢箪の中から、何かが転がり落ちる。

 

カラン、コロン。

 

それは、種ではない。ひん曲がった、分厚い鉄板だった。瓢箪の内側に、びっしりと張り巡らされていた補強用の鉄板だ。それが、飴細工のようにねじ切れている。

 

「はぁ、はぁ……」

 

肩で息をする。酸欠で目がチカチカする。

 

「割れました!やりましたよ!木っ端微塵です!どうです、私の肺活量!」

 

鉄くずと化した瓢箪の残骸を掲げる。

 

「…………は?」

 

ポカンと口を開けている。さっくんも、目を白黒させている。

 

「さっくん!なんでこんなに難しいの?鉄板入りなんて聞いてないわよ!これ、瓢箪じゃなくて装甲車じゃない!」

 

文句を言う。詐欺だ。誇大広告だ。

 

「(震え声)……いや、それは……」

 

ガタガタと震え出す。

 

「新人に……『まだお前には無理だ』と教えるために……。絶対に割れないように……鉄板を二重に仕込んでおいたのだが……」

 

「え?嫌がらせですか?性格悪いですねえ、出汁が出きった後の鰹節みたいにスカスカな根性してますね」

 

呆れる。大人気ない。

 

「まあいいわ。割れたんだから、呼吸は会得できたってことね!合格!次行きましょう、次!」

 

鉄くずをゴミ箱に放り投げる。

 

(肺活量で割ったんじゃない……)

 

(肺の圧力で鉄ごとねじ切ったんだ……。空気を吹き込んだというより、衝撃波を流し込んだのか……?人間業ではない……。こやつ、本当に人間か……?)

 

失礼な。人間ですよ。今はね。中身は限りなくブラックに近いグレーだけど、戸籍上は人間です。

 

「すごいぞ、颯。鉄入りの瓢箪を破壊するとは。やはり君の才能は底知れない」

 

さっくんが、キラキラした目で私を褒めてくれる。彼には、私の異常性が「才能」として美化されて見えているらしい。愛は盲目と言うけれど、彼はそろそろ眼科に行った方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……次は、型だ。呼吸ができても、それを剣技に乗せられなければ意味がない」

 

鰹田様が、震える声で指示する。

 

「水の呼吸には、拾の型まである。まずは基本中の基本、壱ノ型・水面斬りをやってみろ。腕を交差させ、水平に勢いよく薙ぐ技だ。水面を叩くように、鋭く、そして滑らかに……」

 

「はいはい、分かりました!要するに、横にブンッ!ってやればいいんですね!簡単です!お茶漬けをすするより簡単です!」

 

自信満々に木刀を拾い上げる。片手で。重さを感じない。私の筋肉が喜んでいる。

 

「型をやらされましたが、私は天才!何でもできる!見てなさい!鰹田さん直伝の奥義を、一発でマスターしてみせます!」

 

足を開く。腰を落とす。呼吸を整える……。

 

全集中……。肺に酸素を……とか面倒くさいわね。要は、爆発的な力を出せばいいんでしょ?なら、足腰に力を込めて、地面の反発を利用すればいいのよ!

 

地面を踏みしめる。グッ!

 

メキメキメキッ……。

 

地面が悲鳴を上げる。私の足元から、亀裂が走る。土が盛り上がり、小石が弾け飛ぶ。地震か?いいえ、私の踏ん張りだ。

 

「颯、地面が……!」

 

さっくんが叫ぶが、もう遅い。私は止まらない。私の体の中で、エネルギーが渦を巻く。天性の運動神経と、そして「早く終わらせておやつを食べたい」という強欲が融合する。

 

「いきますよー!水の呼吸!壱ノ型!」

 

木刀を横に構える。

 

「水面斬りィィィッ!!」

 

ブンッ!!!!

 

木刀を振り抜く。水平に。音速を超えて。

 

その瞬間。視界が歪んだ。

 

水のエフェクトは出ない。アニメや漫画のように、美しい水流が渦巻くことはない。私は水属性の魔法使いではないからだ。

 

代わりに現れたのは。

 

ドォォォォォン!!

 

衝撃波だ。純粋な、暴力的なまでの風圧。空気が圧縮され、固形物となって前方へ射出される。不可視の刃となって、空間を切り裂く。

 

ザザザザザザッ!!

 

一直線上の地面が裂ける。土砂が噴水のように舞い上がる。まるで、見えない巨大な鋤で大地を耕したかのようだ。

 

そして。その衝撃波の先。約五十間(約九十メートル)先にある、庭石として置いてあった巨大な岩。大人が三人くらい隠れられそうな巨岩だ。

 

それが。

 

ドッカァァァァァン!!

 

爆発した。木っ端微塵に。ダイナマイトを仕掛けたわけではない。私の木刀から放たれた風圧が、岩の硬度を上回り、原子レベルで分解(物理)したのだ。粉塵が舞い、パラパラと小石の雨が降ってくる。

 

静寂。鳥の声も消えた。風の音も止んだ。

 

木刀を下ろす。残心を決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

額の汗(かいてないけど)を拭う仕草をする。そして、ニッコリと振り返る。

 

「どうですか、師匠!完璧でしょう?水のように滑らかに、岩を粉砕しました!これぞ『水の呼吸・壱ノ型』の極意ですよね!」

 

同意を求める。さあ、褒めて。「見事だ」と言って。そして「免許皆伝だ、もう教えることはない」と言って、美味しい晩御飯を出して。

 

しかし。鰹田様は、固まっている。口を半開きにして、目は虚空を見つめている。魂が抜けている。さっくんも、驚愕の表情で口を開けている。二人して、まるで珍獣を見たような顔だ。

 

しばらくして。鰹田様が、ギギギ……と錆びついた機械のような動きで首をこちらに向ける。

 

「……いや」

 

乾いた声が出る。

 

「……できてない」

 

「えっ」

 

「できてない?なぜですか?岩、なくなりましたよ?邪魔な岩を排除するという目的は達成されましたよ?」

 

指差す。そこには更地があるのみだ。結果は出ている。

 

「違う……。そうではない……」

 

足が震えている。彼はよろよろと私の方へ歩み寄り、私の手にある木刀を見る。特注の極太木刀は、先端がささら状に裂け、摩擦熱で少し焦げている。

 

「呼吸の音が……聞こえなかった」

 

「水の呼吸というのは……。体内の水を巡らせ、水流のような滑らかさと重さを剣に乗せる技だ。その時、達人の耳には、清らかな水の流れる音が聞こえるものなのだ。『コォォォ……』という、静謐な呼吸音が」

 

「はあ」

 

「だが、今のはなんだ」

 

「呼吸音じゃない!聞こえたのは『ゴォォォォ!!』という暴風の音と、『ドッギャァァン!!』という爆発音だけだ!今のは呼吸じゃない!ただの……『腕力』と『殺意』の衝撃波だ!!」

 

断言された。呼吸ですらない。ただの暴力だと。

 

「えー?でも、結果オーライでは?岩が切れても、岩が爆発しても、岩がなくなることに変わりはありませんよね?過程よりも結果を重視するのが、私のビジネススタイルなんですけど」

 

細かく切る手間が省けて、一瞬で粉末にできるなら、そっちの方がお得ではないか。砂利として再利用もしやすいし。

 

「……ビジネスとか知らんが……」

 

頭を抱える。

 

「……だが、威力は……。認めたくはないが、本家……現在の『水柱』より高いかもしれん……」

 

「えっ!本当ですか!?柱より強い!?」

 

私の目が輝く。やった。柱超えだ。入隊前なのに、すでにトップランカーだ。

 

「……岩が切れたんじゃなくて、爆散したぞ……。あんな芸当、人間には不可能だ。いや、そもそも剣術の範疇を超えている。あれは……大砲だ。歩く人間大砲だ……」

 

ブツブツと呟いている。どうやら、私の才能が彼の理解の許容量を超えてしまったらしい。常識という枠組みが崩壊し、彼の剣士としてのアイデンティティが危機に瀕しているようだ。

 

「すごいぞ、颯!」

 

さっくんが駆け寄ってくる。彼は私の手を取り、キラキラした目で見つめる。唯一の理解者(?)だ。

 

「岩を粉砕するなんて!やはり君は、天賦の才を持っている!型とか呼吸とか、細かいことはどうでもいい!その力があれば、鬼など一撃だ!近づく前に吹き飛ばせる!」

 

「でしょ?さっくんだけは分かってくれると思ってたわ!愛してる!」

 

彼に抱きつく。鰹田様が「ここでいちゃつくな、バカップル」という顔をしているが、無視だ。

 

「でもね、さっくん。褒めてくれるのは嬉しいけど、私なんてまだまだよ」

 

いや、本心だ。今の岩砕きは、私にとっては準備運動レベル。鬼の力(怪力)をほんの少し解放しただけだ。本気を出せば山ごと更地にできる自信がある。

 

「えー、でも私、まだまだですよ。上には上がいますからね。私の『ししょー』は、こんなもんじゃありませんでしたから」

 

「ししょー?」

 

さっくんが首を傾げる。そういえば、詳しく話したことはなかったかもしれない。

 

「ええ。私が剣の手ほどきを受けた、最初のお師匠様です。私の『ししょー』は、私を簡単に叩きのめしてましたけど……(人間形態の時は)」

 

遠い目をする。あの深夜の山奥での、地獄のような日々を思い出す。素振り一万回。理不尽な達磨落とし。そして、次元の違う剣技。

 

【回想】

 

月明かりの下。六つの目を持つ侍、黒死牟殿が立っている。私は人間状態で、必死に木の枝を振り回している。

 

(……何故だ……何故当たらぬ……)

 

彼は困惑していた。私の動きが、あまりにもデタラメで、予測不能だったからだ。右に行くと見せかけて転び、左に行くと見せかけてお菓子を食べる。そんな私の動きに、最強の剣士が翻弄されていた。

 

(ええい、面倒だ、月の呼吸!)

 

ししょーがキレた。刀を振るう。無数の三日月が、嵐のように私に降り注ぐ。不規則な軌道を描く、死の刃。触れれば即死。掠れば切断。

 

『わーっ!ししょーの剣、花火みたいで綺麗!キラキラしてるー!』

 

悲鳴を上げながらも、その美しさに目を奪われていた。そして、持ち前の悪運と反射神経だけで、その三日月の隙間を縫うように逃げ回った。

 

(こいつ……遊んでいるのか……!?)

 

ししょーの顔に青筋が浮かぶ。彼は本気だった。殺す気だった。でも、私は死ななかった。なぜなら、ししょーが私の才能(?)に呆れつつも、どこか楽しんでいた(と私は解釈している)からだ。

 

「私なんて、赤子同然に扱われましたからね。手も足も出ませんでした。本気を出されたら、私なんて瞬殺ですよ。達磨にされるどころか、千切りキャベツにされちゃいます」

 

事実だ。人間状態の私では、黒死牟殿には勝てない。鬼状態でも怪しいものだ。彼は四百年以上生きている、化け物中の化け物なのだから。

 

「なんと……!!」

 

さっくんが息を呑む。彼の目が見開かれる。その瞳には、驚愕と、そしてそれ以上の興奮が宿っている。

 

「あの……岩を粉砕する颯を、いとも簡単に……!?赤子扱いだと!?」

 

「ええ。もう、手首とか足首とか、ポロポロ落とされましたから。再生……じゃなくて、治療が大変でした」

 

「それは……!!」

 

さっくんが身を乗り出す。私の方へ詰め寄ってくる。熱い。鼻息が荒い。

 

「それは、稀代の剣豪ではないか!今の颯の実力は、柱に匹敵するか、それ以上だ。その颯を子供扱いする剣士など……想像もつかない!剣聖か!?あるいは、神の域に達した武人か!?」

 

さっくんの妄想が膨らんでいく。まずい。話が大きくなっている。

 

「埋もれさせておくには惜しい!鬼殺隊は今、人材不足に悩んでいる。強力な鬼に対抗するためには、そのような達人の力が不可欠なのだ!ぜひ鬼殺隊に招きたい!いや、教えを請いたい!場所はどこだ!?名前は!?私が説得に行く!」

 

さっくんが立ち上がる。今すぐにでも山を駆け下りそうな勢いだ。彼の正義感と、強さを求める純粋な心が、暴走している。

 

やばい

 

さっくんがししょーに会ったら……。殺されるわね。確実に。『鬼狩りか……死ね……』って言われて、一瞬でバラバラにされちゃう。私が止める間もないわ。それは困る。私の大事な愛人が減ってしまう。

 

必死に脳を回転させる。なんとかして、さっくんを止めなければ。ししょーへの興味を失わせなければ。嘘をつけ。もっともらしい嘘を。

 

「えー、やめた方がいいですよ?無理です、無理無理」

 

手を振って否定する。

 

「なぜだ!?隠棲しているとしても、誠意を持って頼めば……」

 

「いえ、そういう問題じゃなくて。ししょーはね……。おじいちゃんだから体力ないんですよ」

 

「体力がない?」

 

さっくんがキョトンとする。先ほどまでの「稀代の剣豪」というイメージと、「体力のない老人」という言葉が結びつかないようだ。

 

「うん。もうね、ヨボヨボなんです。ちょっと動くとすぐ息切れするし」

 

(※注:黒死牟殿が『……ふう……』とため息をついていただけです。呆れていたので)

 

「顔色も悪いし。いつも土気色というか、青白い顔をしていて。貧血気味なんですかねえ」

 

(※注:鬼だからです)

 

「目も充血してるし。全部真っ赤なんですよ。眼精疲労が酷いみたいで。老眼も入ってるのかしら」

 

(※注:鬼の目だから赤く光っているだけです)

 

「それに、もうお歳だから、夜は早く寝ちゃうし。朝も起きるのが遅いというか、昼間はずっと寝てるんです。お日様が出ている間は、布団から出てきません。完全に隠居生活を楽しんでるんですよ」

 

(※注:鬼だから昼間は動けないだけです)

 

ペラペラと嘘を並べる。いや、嘘ではない。私の主観的な解釈を加えた事実だ。

 

「……そうか」

 

さっくんの勢いが少し削がれる。「神のような剣聖」のイメージが、「縁側で日向ぼっこをしているおじいちゃん」に書き換えられていく。

 

「達人は、ひっそりと暮らしたいものなのだな。老いてなお、その剣技を維持しているとは凄まじいが……。無理に戦場に引きずり出すのは、酷というものか」

 

さっくんが納得しかけている。いいぞ。その調子だ。

 

「しかし、それほどの技……。一度手合わせ願いたいものだ。話を聞くだけでも、学びになるはずだ」

 

まだ諦めていない。この男、剣のことになるとしつこい。武道家の性か。

 

ししょーの「威厳」をさらに削ぎ落とし、かつ「会いに行っても無駄だ」と思わせるような設定を。あるいは、逆に「会いに行けば喜ぶかも」と思わせて、時間を稼ぐか。

 

「あ、でも!手合わせは無理でも、お茶飲み友達にはなれるかもしれませんよ!」

 

「ししょー、甘いものが大好きなんです。特に加須底羅を持っていくと喜びますよ!甘いものに目がない、可愛いおじいちゃんなんです!『うむ……これは長崎の味……』とか言って、目を細めて喜ぶんです!」

 

(※注:大嘘です。鬼は人間の食べ物は食べられません。食べたら吐きます。黒死牟殿が加須底羅を食べて喜ぶ図など、想像するだけでホラーです)

 

「そうなのか?凄腕の剣士が、甘党……?」

 

さっくんが目を丸くする。ギャップ萌えを感じているようだ。

 

「ええ。だから、もし会いに行くなら、最高級の加須底羅を用意してからじゃないと、門前払いですよ。あと、羊羹も好きだし、お団子も好き。とにかく甘味にうるさいんです」

 

私は適当なことを言う。これで、さっくんは「まずは美味しいお菓子を探さねば」というミッションに縛られることになる。時間稼ぎにはなるだろう。

 

「分かった。では、私が任務で街へ行った際には、評判の菓子を探してみよう。いつか、そのお師匠様に会える日を楽しみにして」

 

さっくんが穏やかに笑う。よかった。殺意に満ちた訪問ではなく、お土産を持った孫の訪問みたいなノリになった。これなら、もし万が一遭遇しても、ししょーも(困惑して)即座には殺さないかもしれない。「……何だ……貴様は……」と戸惑っている間に、私が連れて逃げればいい。

 

「ふふっ。そうね。いつか、三人でお茶会しましょうね。ししょーも、さっくんみたいな真面目な子なら、きっと気に入るわ」

 

笑顔で嘘を重ねる。心の中では冷や汗が滝のように流れているけれど。

 

「さて、休憩は終わりだ!颯、次は弐ノ型だ!岩を爆破するのではなく、ちゃんと『切る』ことを意識しろ!」

 

修行再開だ。

 

「はーい!任せてください!次は優しくします!岩を撫でるように粉砕します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふん」

 

自信満々に、自分の掌を見つめる。白く、滑らかで、豆一つない綺麗な手だ。爪も伸びていない。血管も黒く浮き出ていない。

 

さっくんたちは驚いているけど、勘違いしないでほしいわ。

 

心の中で、観衆(誰?)に向かって語りかける。

 

今、血鬼術『封鬼化生』によって、完全に人間の肉体構造になっている。鬼の再生能力も、怪力も、術も、すべて封印している状態よ。つまり、さっきの岩砕きは、私の鬼としての力なんて一つも使っていない。これは私の、純粋な人間の体としての力!

 

私の脳内理論は完璧だ。術で人間になっている=今の出力は人間レベル。したがって、岩が爆発したのは「人間でも頑張ればできること」なのだ。決して、私の基本スペックが生物としてバグっているわけではない。……多分。

 

つまり私は、生まれついての『才能の塊』なのである!鬼になる前から、私は最強だったのよ!吉原の頂点に立ったのも、美貌だけじゃなくて、このフィジカルがあったからこそ!やっぱり天才ね、私

 

自己肯定感の高さこそが、私の最大の武器だ。

 

「よし!」

 

木刀を担ぐ。重さ五十斤(約三十キログラム)の鉄木刀が、小枝のように軽く感じる。

 

鬼殺隊の剣士になれば、もっと強い鬼と戦える。上弦の鬼とか、下弦の鬼とか、ランクの高い強敵たちと。そうすれば、懸賞金も弾むし、地位も上がる。地位が上がれば、もっと美味しいご飯にありつけるかもしれない!

 

私の思考は、常に食へと繋がる。強くなること。それはすなわち、生存競争に勝ち残り、より良い餌を確保することだ。これは生物としての真理だ。

 

それに……

 

茜色の空に、亡き旦那様の笑顔が浮かぶ気がする。

 

待っててね、旦那様。私、貴方の分まで強く生きて、貴方の分まで美味しいものをたくさん食べるから!貴方が食べられなかった分も、私が代わりに咀嚼して、消化して、血肉に変えてあげる!それが、残された妻としての供養であり、愛の形よ!

 

「よーし!やる気が出てきました!師匠!さっくん!私、最強の剣士になります!そして、世の中の美味しいものを片っ端から食べ尽くします!」

 

高らかに宣言する。決意の叫びだ。

 

「……ん?」

 

ピクリと眉を動かす。その顔には、恐怖と困惑が入り混じっている。

 

(……こいつ、今『食べ尽くす』って言わなかったか?)

 

(鬼を斬る、ではなく……食べる?いや、比喩だろう。『敵を食らう』という、武人としての気概を表した言葉に違いない。……そう思わないと、わしの精神が持たん)

 

師匠が必死に自分を納得させている。正解です、師匠。私は物理的に食べる気満々です。もちろん、鬼ではなく、美味しい料理をね。(たまに美味しそうな人間も含むけど)

 

「颯、素晴らしい決意だ!」

 

さっくんが感涙にむせんでいる。

 

「食欲旺盛なのは健康な証拠!強い剣士はよく食べるものだ!君のその生命力こそが、闇を払う光になるんだ!」

 

「でしょ!?さっくん大好き!じゃあ、今日の晩御飯は私が捕まえてきた猪鍋で決定ね!」

 

「ああ!楽しみだ!」

 

私たちは手を取り合って喜ぶ。背景には、粉砕された岩の残骸。そして、頭を抱えて座り込む老剣士。

 

「師匠ー!猪の解体、手伝ってくださいー!内臓の処理が面倒なんですー!」

 

「……わしは育手だぞ……。なぜ料理人の手伝いをせねばならんのだ……」

 

山奥の道場に、平和で野蛮な夜が訪れるのだった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
今回は「颯のヤバさがさらに露わになる回」でしたが、
みなさんのお気に入りのシーンはありましたでしょうか?

・鉄入り瓢箪の惨殺
・衝撃波で岩が爆散
・黒死牟ししょー老人(という風評被害)
・さっくんの愛と盲信
・育手の精神崩壊

気に入った場面や、「ここ笑った」「ここ好き」など、
一言でもコメントいただけると、作者の励みになります。
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