鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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パン!

乾いた音が、雷雲の立ち込める岩山に響き渡る。私が懐から取り出した手ぬぐいを畳み、即席の扇子として自らの膝を叩いた音だ。 場所は、鰹田道場から二つ山を越えた先、雷の育手・栄螺様の管理する修練場。観客は、煎餅をバリボリと齧る豪快な師匠と、私の奇行に胃薬が手放せなくなっている愛しのさっくんだけ。

「さあさあ、語って聞かせましょう、天才・風音の華麗なる転身記・雷鳴編!吉原の泥沼から大名屋敷の奥方様へ、そして未亡人となり、今は鬼殺隊の剣士を目指して修行中の私、葛城颯こと風音!水の呼吸は『繊細すぎる』という理由(本当はただの破壊活動)で破門となり、紹介されたのは雷の呼吸!師匠は、その名も美味しそうな栄螺様!鰹の次は栄螺!まるで海鮮居酒屋のお品書きのような師匠リレーですが、私の食欲と才能は留まることを知りません!未亡人同士の熱い友情!そして感覚派師匠による、擬音だらけの地獄の特訓!果たして私は、雷の如き速さを手に入れ、さっくんを守る最強の剣士になれるのか!風音の明日はどっちだ!!」

パン!

今日も絶好調だ。岩山の乾いた風が、私の髪を揺らす。ここには、鰹田道場のような湿っぽい空気はない。あるのは、肌を焦がすような日差しと、時折遠くで鳴る雷鳴、そして焦げ臭い岩の匂いだけ。

「……うるさいよ、颯。休憩中くらい、口を休めたらどうだい」

隣で、バリッ!ボリッ!と凄まじい音を立てて煎餅を咀嚼している女性がいる。雷の育手・栄螺様だ。相変わらず、髪はチリチリで、体格は良く、そして醤油の焦げたようないい匂いがする。

「あら、口は災いの元と言いますが、私にとっては活力の源なんですよ。喋っていないと、口が寂しくて何か食べたくなってしまうんです。例えば、目の前にある美味しそうな壺焼き……じゃなくて、師匠とか」

ニッコリと微笑む。栄螺様は、呆れたように鼻を鳴らす。

「あんた、本当に食い意地が張ってるねえ。まあいい。食えるうちは元気な証拠だ。ほら、茶だ。飲みな」

栄螺様が、無造作に湯呑みを差し出す。中には、茶柱ならぬ、茶茎が一本、垂直に立っている。縁起が良いのか悪いのか分からない豪快さだ。

「ありがとうございます」

お茶を受け取る。熱い。この人、猫舌じゃないのかしら。


未亡人同盟の結成と、暴走する雷娘

岩場に腰を下ろし、二人並んでお茶を啜る。さっくんは少し離れた場所で、私のために団子を買い出しに行ってくれている(使いっ走りではない、愛の奉仕だ)。なので、ここは女同士、未亡人同士の秘密の会話時間だ。

 

サザエさんは、煎餅をまた一枚、袋から取り出す。硬そうだ。瓦煎餅だろうか。それを、彼女は前歯でバキンッ!とへし折る。顎の力が強い。さすがは雷の呼吸の使い手だ。噛む力も一撃必殺ということか。

 

「……ふん」

 

口の中のものを飲み込んでから、ぽつりと呟く。

 

「あんたも、連れ合いを亡くしたのかい」

 

唐突な問いかけだ。手紙に書いてあったのだろう。『夫を亡くしたばかりの、可哀想な未亡人』と。まあ、私がそう吹聴して回っているのだけれど。

 

「ええ。鳥羽伏見の戦で、流れ弾に当たって。お医者様だったんです。人を救うために戦場へ行って……そのまま」

 

演技ではない。旦那様のことを思い出すと、胸の奥がチクリと痛むのは本当だ。鬼の心臓には毛が生えているかもしれないけれど、痛みを感じる機能は残っているらしい。

 

「そうかい」

 

サザエさんは、短く返す。湿っぽい同情の言葉はない。ただ、事実を受け止めるだけの、乾いた反応だ。それが、かえって心地よい。

 

「サザエさんも?」

 

この人も、一人でこんな山奥に住んでいる。独身なのか、それとも私と同じなのか。

 

遠くの雷雲を見つめる。その横顔は、岩のように厳めしいけれど、どこか寂しげな影を帯びている。

 

「ああ。うちは、鬼にやられたよ」

 

「鬼……」

 

「もう十年も前だけどね。……いい男だったよ。喧嘩っ早くて、酒飲みで、口より先に手が出るような暴れん坊だったがね。私とは似た者夫婦で、毎日怒鳴り合いながらも、まあ、それなりに仲良くやってたさ」

 

少しだけ口元を緩める。懐かしむような、愛おしむような顔だ。雷のような激しい女性が、こんな顔をするなんて。やはり、愛の力は偉大だ。

 

「ある夜、任務から帰ったら、家が血の海さ。旦那は私がいない間に押し入った鬼と刺し違えて、死んでたよ。馬鹿な男さ。私がいれば、二人で蹴散らしてやったものを」

 

彼女は湯呑みを強く握る。陶器がミシッ、と音を立てる。

 

「それからだ。私が育手になったのは。もう二度と、あんな思いをする奴を出したくなくてね。……まあ、結果として、育てた子供たちが鬼殺隊に入って、死んでいくのを見送る羽目になっちまったが」

 

彼女の声が沈む。育手の業だ。強く育てれば育てるほど、弟子たちは危険な戦場へ送られ、そして帰ってこない。

 

「……颯。あんたの旦那は、どんな男だったんだい?」

 

彼女が話題を戻す。

 

「うちの旦那様ですか?」

 

空を見上げる。旦那様の笑顔が浮かぶ。困ったような、優しい、日向のような笑顔。

 

「優しくて、お人好しで……。学者のくせに世間知らずで、私がいないと何もできないような人でした。でも、芯は強くて。そして何より……」

 

「美味しかったわ」

 

「……あ?」

 

サザエさんが眉をひそめる。

 

「い、いえ!雰囲気的な意味で!一緒にいると、心が満たされるというか、人生の味わいが深くなるというか!決して、物理的に美味しかったわけではありませんよ!齧ったり吸ったりしたわけじゃありません!」

 

慌てて訂正する。危ない。つい本音が漏れるところだった。旦那様は、本当に美味しそうな匂いがしたのだ。人間の良心が凝縮されたような、極上の香りが。

 

「……そうかい。まあ、惚け話はほどほどにしときな。胸焼けがする」

 

「女一人で生きるのは大変だろうが。まあ、腹が減っては戦ができん。食いな」

 

彼女は、残りの煎餅を袋ごと私に押し付ける。無造作な優しさだ。言葉で慰めるのではなく、食料を与えることで元気づける。この人、やっぱり好きだわ。

 

どうやらサザエさんも未亡人らしい。親近感が湧いてきた……。この人も、私と同じ『喪失』を抱えて、それでも強く生きているのね。旦那様を失った穴を、弟子を育てることで埋めている。私は……どうかしら。穴を埋めるために、さっくんを食べ……じゃなくて、愛しているけれど。

 

煎餅を齧る。硬い。でも、香ばしくて美味しい。涙の味がしないのは、私が鬼だからか、それともこの人の強さに触れたからか。

 

……まあ、私は鬼だから百年でも生きるけど。この人が老いて死ぬまで、せいぜい長生きして、美味しいものでも差し入れしてあげようかしら。

 

そんなことを思う。未亡人同盟、結成の瞬間である。

 

「おーい!颯ー!師匠ー!団子買ってきたぞー!」

 

下の方から、さっくんの声がする。彼は両手に大量の団子の包みを抱えて、岩場を駆け上がってくる。汗だくだ。忠犬だ。

 

「あら、噂をすれば。私の新しい『美味しい人』が帰ってきたわ」

 

「さあ、休憩は終わりだよ!食ったら動く!それが雷の流儀さ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかい、颯!全集中の呼吸ってのは、難しく考えるんじゃないよ!」

 

サザエさんが仁王立ちで叫ぶ。休憩が終わり、午後の修行が始まった。場所は、落雷の跡が残る岩盤の上。

 

「前の育手……あの理屈っぽい弟は、肺の大きさだの、横隔膜の収縮だの、血中の酸素濃度だのと、御託を並べただろうが!雷は違う!」

 

頼もしい。私も理屈は苦手だ。「なぜ美味しいのか」を考えるより、「美味しいから食べる」方が性に合っている。

 

「はい!では、どうすれば?」

 

木刀を構える。さっくんは団子を食べながら(私が無理やり口に突っ込んだ)、少し離れた場所で見学している。

 

「へそに力を入れて!空気をこう……頭のてっぺんから爪先まで、一気に巡らせるんだ!」

 

サザエさんが、身振り手振りで説明する。両手を頭から足へ、バッと下ろす。

 

「巡らせる?血液みたいにですか?」

 

「違う!もっと速く!雷が落ちる速度だよ!体の中に雷雲を作る心像さ!で、その雷雲から稲妻を、血管という導線を通して全身に叩き込むんだ!」

 

心像が暴力的だ。自分の体に落雷させるなんて、自殺行為ではないか。

 

「頑張らないで、適当に……。こう、感覚で掴むんだよ!『しぃぃぃぃぃぃっ!』とやってみな!」

 

「しぃぃぃぃぃぃ……?」

 

首をかしげる。なんだその音は。空気が漏れる音か?それとも、猫が威嚇する音か?

 

「そう!もっと鋭く!鼻から吸って、歯の間から空気を圧縮して吐き出す音だ!血管の中を雷が走るように!しぃぃぃぃっ!」

 

サザエさんがお手本を見せる。

 

「しぃぃぃぃぃっ!!」

 

彼女の体から、目に見えないけれど、確かにビリビリとした気迫が放たれる。髪の毛が少し逆立つ。筋肉が膨張し、血管が浮き上がる。

 

「なるほど……。理屈じゃないんですね。音と感覚。律動と衝動。……それなら、私にも分かるかも!」

 

私は天才だ。そして、鬼だ。鬼は本能で生きる生き物。「どう動くか」を考える前に、体が動いている。「どう食べるか」を考える前に、口が開いている。つまり、感覚派の塊なのだ。

 

「やってみます!お腹の底から……!」

 

足を広げ、腰を落とす。へそに意識を集中する。そこにあるのは、消化を待つ煎餅と、無限の空腹感。

 

空気を吸う。鼻から鋭く。冷たい山の空気が、肺を通り越し、全身の血管へと染み渡っていく心像。

 

「しぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

音を出す。歯を食い縛り、その隙間から、圧縮された呼気を吐き出す。高周波のような音が響く。

 

その瞬間。

 

ドクンッ!!

 

心臓が跳ねた。いや、爆発したかと思った。血液が沸騰するような熱さが、体の中を駆け巡る。

 

バチバチッ!!

 

音がした。幻聴ではない。私の体から、目に見える青白い火花が散ったのだ。静電気?いいえ、これは闘気だ。私の生命力が、電気活力へと変換され、外部へ漏れ出しているのだ。

 

「う、うおおおっ……!?」

 

自分の手を見る。皮膚の下で、筋肉が波打っている。血管がミミズのようにのたうち回り、限界まで膨張している。肺が酸素で満たされ、肋骨がきしむ音がする。限界突破の音だ。

 

体が……軽い。さっきまで重かった木刀が、羽毛のように軽い。足が、地面から浮いているような感覚。今なら空も飛べる気がする。いや、飛べる。物理的に。

 

「……あれ?できた。なんか体が軽いです!羽根が生えたみたい!天使になっちゃったかしら!」

 

あんなに苦労した(というか岩を砕いただけの)呼吸が、一発でできた。しかも、これはただの怪力ではない。全身のバネが、極限まで引き絞られた弓のような状態になっている。

 

「ほう……」

 

サザエさんが、目を見開く。

 

「一発かい……。あんた、やっぱり化け物だね。考えない方が伸びる型だね」

 

「私、天才!!」

 

バチッ!と火花が散り、近くの草が焦げる。

 

「鰹田さんの理屈より、お義姉さんの『しぃぃぃ』の方が分かりやすいです!やっぱり、料理と剣術は感覚ですね!調理法を見るより、味見しながら適当に塩を入れる方が美味しくなるのと同じです!」

 

「……まあ、あいつは頭でっかちだからねえ。雷は本能の呼吸さ。考える前に体が動く。雷光を見た瞬間には、もう雷鳴が響いているようにね」

 

「よし!感覚は掴んだね。なら、次は実戦だ!その『しぃぃぃ』の状態を維持したまま、あの岩山を駆け登ってきな!一番上にある松の木に触れて、戻ってくるんだ!制限時間は、私がこの煎餅を食い終わるまでだ!」

 

サザエさんが、新しい煎餅の袋を開ける。

 

「ええっ!?そんなの無理です!煎餅一枚なんて、数秒じゃないですか!」

 

「文句言ってる暇があったら走るんだよ!遅れたら、晩飯抜きだ!」

 

「晩飯抜き!?」

 

その言葉が、私の導火線に火をつけた。食事を抜く。それは死刑宣告に等しい。私の辞書に「断食」という文字はない。

 

「行きます!光速で!晩御飯のために!」

 

「しぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

バチヂヂヂッ!!

 

爆発音。私の姿が消える。いや、速すぎて目に見えないのだ。

 

次の瞬間には、私は岩山の中腹にいた。一歩で十メートルは跳んだだろうか。重力?何それ、美味しいの?

 

「はーっはっは!速い!速いわ私!これなら、限定販売の団子も並ばずに買えるわ!店ごと強奪できるわ!」

 

笑いながら、垂直の岩壁を駆け上がる。雷の呼吸と、身体能力の融合。それはまさに、災害級の機動力だった。

 

下で見ているさっくんが、口を開けて空を見上げているのが見える。「颯が……光になった……」と呟いている気がする。

 

 

「触れてきました!ついでに松ぼっくりもお土産に!」

 

ドォォォン!!

 

音速を超えて着地する。衝撃波で、サザエさんの持っていた煎餅が粉々になった。

 

「……あんた、加減ってものを知らないのかい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気に入った!」

 

 

「雷の呼吸は六つの型があるが、基本はこれだ」

 

サザエさんが、短い木刀を構える。腰を落とし、前傾姿勢をとる。蹲踞の姿勢のような、今にも飛び出しそうな姿勢だ。

 

「『壱ノ型・霹靂一閃』。ただ一歩踏み込み、敵を斬る。それだけだ」

 

「それだけ?」

 

「ああ。他の型は、この一歩を応用したものや、回転を加えたものに過ぎない。この『一歩』さえ極めれば、他の型はいらないと言っても過言じゃない」

 

サザエさんが断言する。なんて男らしい……いや、女らしい潔さだろう。鰹田様の水の呼吸は、やれ「水面斬り」だの「流流舞」だの、くねくねとした動きが多かったが、こちらは直線一気だ。

 

「おおっ!単純でいい!こねくり回すより、一撃必殺!私の性分に合ってます!回りくどい口説き文句より、『好きだ、結婚しよう、今すぐ脱げ』と言われる方が好きなタイプです!」

 

目を輝かせる。さっくんが隣で「そんな求婚はしていないが……」と呟いているが、彼には後で実践してもらおう。

 

「ただし、速さが命だ。音より速く踏み込め!雷光が見えた時には、もう首が飛んでいる。それくらいの神速を目指すんだ!」

 

「任せてください!食事時の私は音速です!『いただきます』の号令と共に、一番大きなおかずを確保する速度には自信があります!」

 

五十斤の特注木刀を構える。重さを感じない。今の私は、全集中の呼吸によって全身がバネのようになっているからだ。

 

「いくよ!全集中・雷の呼吸……!」

 

意識を集中させる。へその下、丹田に。そこに雷雲を作る。黒く、重く、活力に満ちた雲を。

 

……しぃぃぃぃぃぃ……

 

鼻から鋭く息を吸う。酸素が血液に溶け込み、全身を巡る。血管が綱となり、電流が走り抜ける心像。

 

バリバリバリバリ!!

 

音がした。空気が爆ぜる音だ。私の周囲に、青白い火花が散る。パチパチと弾ける静電気ではない。もっと凶暴な、触れれば黒焦げになりそうな本物の放電現象だ。

 

「痛っ!?」

 

近くで見ていたさっくんが、悲鳴を上げて飛び退く。彼の髪の毛が、逆立っている。まるでウニのようだ。

 

「なんだ、静電気が……!?いや、これは……感電したぞ!?」

 

さっくんが自分の手をさする。赤くなっている。

 

「おいおい、颯!」

 

「幻影じゃなくて、本物の雷を出してどうするんだい!痺れるだろうが!剣士の闘気は、普通は視覚的な演出として見えるものだが……。あんたのは物理攻撃になってるよ!」

 

「えっ?これ演出じゃないんですか?てっきり、雷の呼吸って雷獣みたいに電気を纏って戦うものだと思ってました!」

 

自分の体を見る。バチバチと火花が散っている。綺麗だ。電飾みたいだ。

 

「まあいいわ、威力重視!感電死させるのもアリよね!そりゃーー!!」

 

細かいことを気にしない。大事なのは、目の前の敵(仮想敵としての岩)を倒すことだ。

 

五十間先にある、巨大な岩。あれが標的だ。鰹田道場で粉砕した岩よりも、さらに大きく、硬そうだ。

 

「いきます!雷の呼吸……壱ノ型……!」

 

前傾姿勢をとる。足の指で、岩盤を鷲掴みにする。

 

溜めて、溜めて……。爆発させる!

 

ドンッ!!

 

爆発音が響く。私の足元の地面が、文字通り爆発した。火薬ではない。私の脚力が、岩盤を蹴り砕いた衝撃音だ。

 

その推進力で、私は飛び出す。いや、射出される。大砲の弾丸のように。

 

「霹靂一閃んんんんんん!!」

 

私の視界が、黄色い線になる。景色が流れるのではない。止まって見える。あまりにも速すぎて、周囲の世界が遅回しになったようだ。さっくんの驚いた顔も、サザエさんの呆れた顔も、空を飛ぶ鳥も、すべてが静止画のように見える。

 

速い!すごい速さ!これが雷の呼吸……!風を切る音さえ置き去りにしているわ!これなら斬れる!巨岩を一刀両断……!!

 

この速度と質量があれば、どんな硬いものでも斬れるはずだ。豆腐のようにスパンといけるはずだ。

 

大岩が、目の前に迫る。グングン大きくなる。衝突まで、刹那。

 

さあ、抜刀!……あれ?

 

腕が、動かない。いや、動かそうとしているのだが、体が前に進む速度が速すぎて、腕の動作が追いつかないのだ。慣性の法則だか何だか知らないが、私の腕力よりも、私の突進力の方が勝ってしまっている。

 

あ、速すぎて腕が追いつかない。剣が振れない。このままだと……

 

ぶつかる。顔面から。

 

まあいいか。頭突きも立派な攻撃よね!

 

止まれないなら、突き進むのみ。それがイノシシ……じゃなくて、雷の生き様だ。

 

「どけぇぇぇぇッ!!」

 

大岩に向かって、頭から突っ込む。

 

ズドォォォォォォォン!!

 

凄まじい音が、山全体を揺らす。落雷が直撃したような轟音。衝撃波が広がり、周囲の木々が薙ぎ倒される。

 

もうもうと立ち込める砂煙。岩の破片がパラパラと降ってくる。

 

「……颯ーッ!!」

 

さっくんの絶叫が聞こえる。

 

砂煙が少しずつ晴れていく。そこに現れたのは。

 

真っ二つに割れた岩……ではない。砕け散った岩……でもない。

 

巨大な岩の中央に、綺麗に「人型の穴」が空いている。絵物語のように。活動写真のように。私の影法師そのままの穴が、岩の深くまで貫通している。

 

そして。その奥深くに。私がめり込んでいた。

 

「…………ひでぶ!」

 

生きている。さすがは鬼の肉体だ。人間形態とはいえ、頑丈さは健在らしい。でも、痛い。全身が痛い。特に鼻が痛い。

 

「あちゃー……」

 

サザエさんの声が聞こえる。

 

「止まり方を教えるのを忘れてたよ。というか、あんな速度で突っ込んだら、止まれるわけがないんだがね」

 

教えろよ。止まり方、大事だよ。制動装置のない車に乗せるようなものじゃないか。

 

「颯!大丈夫か!?」

 

さっくんが駆け寄ってくる。彼は岩の穴に手を入れ、私を引っ張り出そうとする。

 

「くっ、抜けない……!なんて深くめり込んでいるんだ……!まるで化石の発掘作業だ……!」

 

さっくんが踏ん張る。私もモガモガと抵抗する。

 

スポォン!!

 

いい音がして、私は岩から引き抜かれた。白目を剥いている。星が飛んでいる。ピヨピヨと小鳥のさえずりが聞こえる。

 

「……あべし」

 

フラフラと立ち上がる。額に大きなたんこぶができているが、みるみるうちに引っ込んでいく。

 

「……ししょー。岩が硬いです。斬れませんでした。私の頭突きでも割れないなんて、あの岩、神話の金属か何かですか?」

 

文句を言う。斬るつもりだったのに、ただの特攻になってしまった。

 

「当たり前だよ!」

 

サザエさんが、私の頭(たんこぶがあった場所)を拳骨で殴る。ゴチンッ!痛い。岩より痛い。

 

「斬る前に体当たりしてどうする!あんたは雷じゃなくて、『砲弾』だよ!大砲の弾になってどうするんだ!刀を使え、刀を!」

 

「使おうとしたんです!でも、手が追いつかなくて!私の足が速すぎるのが罪なんです!」

 

「……まあ、速さだけは認めてやるよ。音より速かった。そこだけは合格だ」

 

サザエさんが呆れつつも、少し感心したように言う。

 

……怪我はないようだが。この破壊力……。人間技ではない……。岩に穴を開けて生還するとは。やはり彼女は、天賦の才の持ち主か。あるいは、人を超えた何か……。

 

さっくんがブツブツと呟いている。彼の中で、私の評価が「守るべきか弱い女性」から「絶対に怒らせてはいけない生物兵器」へと書き換わっていく音がする。

 

「でも、速さは完璧でしたよね?」

 

「これなら、無惨様から逃げる時……じゃなくて、鬼を追いかける時に役立ちます!逃げる敵の背中にドーン!ですよ!交通事故攻撃です!」

 

「……剣士としての矜持はないのか、お前には」

 

サザエさんがため息をつく。

 

こうして。私は、雷の呼吸の才能(主に突進力)を開花させた。ただし、「曲がれない」「止まれない」「刀を振る暇がない」という致命的な欠陥を抱えたままだ。これでは剣士というより、ただの飛翔体だ。

 

「まあいいわ!次は曲がる練習ね!横滑り走行を極めるわよ!さっくん、車輪持ってきて!」

 

「車輪などないぞ、颯」

 

私の修行は続く。目指すは最終選別。鬼殺隊への正式入隊を賭けた試験だ。そこで、私は伝説を作るのだ。走る災害として。

 

「今日の晩御飯は、サザエの壺焼きがいいです!」

 

「……私を焼くな!」

 

岩山に、私たちの騒がしい声が響き渡るのだった。




今回も読んでくださり、ありがとうございました!

・颯 vs 岩
・光速頭突き
・岩の人型穴
・サザエさんの夫の話
・颯の感覚だけで雷を出す天才っぷり

印象に残ったシーンや、好きな掛け合いがあれば、
ぜひ感想で教えていただけると嬉しいです。
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