鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

23 / 40
明治コソコソ噂話


颯「明治コソコソ噂話~!」

颯「今回から原作に倣って、こんなハイカラな感じにしてみたわ!どう?モダンでしょ?」

さっくん「ふむ。まあ、前の講談調も捨てがたかったのだがな。あれはあれで味があった」

颯 「もう、さっくんったら古風なんだから!でも、そんな頑固なところも素敵!愛してる!!(ガバッ)」

さっくん「ぐっ……!苦しい、離れんか颯。収録中だぞ」

颯「えへへ、いいじゃない。しばらくこのままで~♡」

(~~しばらくイチャイチャ~~)

さっくん「……うむ。相変わらず熱心だな、お前は」

颯「えへへ~♡さて、愛を確認したところで……さあここで明治コソコソ噂話!」

颯「今回のテーマは『最終選別』ですが……。あそこに放たれている鬼って、だいたい人を1~2人食べた鬼を、剣士たちが生け捕りにして連れ帰ってるんですって」

さっくん「うむ。強すぎず、弱すぎず、選別に適した鬼を選んでいるからな」

颯「でもね、ここだけの話……その『何人食べたか』っていう内容、実は鬼の自己申告らしいですよ?」

さっくん「……ほう」

颯「『俺、まだ一人しか食べてないっすよ~』って嘘をつかれたら、とんでもない怪物が紛れ込んでるかもしれないじゃない? 危険ですね~、セキュリティガバガバですね~」

さっくん「うむ、その通り。だが甘いぞ、颯。私は嘘をつけば匂いで分かるぞ!」

颯「ッ!?」

さっくん「邪悪な嘘をつく奴は、腐ったような奇妙な匂いがするものだ。私の鼻をごまかすことはできん」

颯「(……冷や汗ダラダラ)さ、さっすがさっくん!すごーい!頼りになるー!」

さっくん「どうした?急に焦ったような匂いがするが」

颯「き、気のせいよ!さっくんへの愛が燃え上がってる匂いよ!チュッ♡」


藤の花の移動要塞と、手鬼への離乳食

ズズズズズズ……。

 

地響きのような音が、藤襲山の麓に鳴り響く。地震ではない。火山の噴火でもない。これは、私の引く荷車の車輪が、砂利道を悲鳴を上げながら転がる音だ。

 

「どっこいしょー!いち、に!いち、に!重い!でも愛しい!これぞ我が命綱!」

 

掛け声を上げながら、牛馬のごとく荷車を引く。今日の私は、いつもの着物姿ではない。動きやすい野良着に、頭には手ぬぐいをキリリと巻き、足元は地下足袋で固めている。見た目は完全に「夜逃げ中の農家の嫁」か「築城現場の作業員」だが、その表情は希望に満ち溢れている。

 

私の周りには、同じように最終選別を受ける候補生たちが集まっている。彼らは皆、真剣な顔つきで刀を握りしめ、緊張で顔を青くしている。中には震えている子もいるし、念仏を唱えている子もいる。まあ、これから人食い鬼の巣窟に放り込まれるのだから、無理もない。

 

だが。そんな彼らの視線が、一点に集中する。私だ。いや、正確には、私が引いている「物体」にだ。

 

「……なんだあれ?」

 

誰かが呟く。

 

「夜逃げか?それとも、ここで店でも開くつもりか?」

 

「おい、見ろよ。あれ……藤の花だぞ……。何考えてんだ、あの女……」

 

ざわざわと広がる困惑の波。無理もない。凡人には、天才の発想は理解できないものだ。

 

荷車を「ドン!」と地面に置く。車輪が地面にめり込む。積載量は、優に百貫を超えているだろう。

 

荷台の上には、山のように盛られた土。そして、そこに植えられた十本もの立派な藤の木。満開だ。紫色の花房が、シャンデリアのように揺れている。甘く、そして鬼が嫌う強烈な香りが漂っている。

 

「ふふん。よくぞ聞いてくれました!聞こえてますよ、そこの少年たち!」

 

汗を拭いながら、候補生たちに向かって演説をぶつ。

 

「君たちは不思議に思うでしょう。なぜ、この美少女が、こんな大荷物を背負って試験会場に来たのかと。それはね、これが最強の『盾』だからよ!」

 

藤の木をバシバシと叩く。

 

「鬼は藤の花が苦手!嫌いな匂いには近寄れない!これは常識ですね?テストに出ますよ?この山の麓に鬼が降りてこられないのも、藤の花が結界のように咲いているからです」

 

「ならば!その結界を、自分と一緒に移動させればいいのです!ここに咲いている藤の花を根こそぎ引っこ抜いて、土ごと植え替えて、山の中に持っていけば良いのです!!名付けて『移動式対鬼絶対防御要塞・藤の里一号』!どうです、この画期的なアイデア!コロンブスの卵もびっくりでしょう!」

 

周囲の空気が凍りつく。感嘆のため息……ではなく、ドン引きの沈黙が流れる。

 

(……その発想はなかった……)

 

候補生Aの心の声が聞こえる。

 

(……というか、重すぎて持てないだろ……。あんなの引いて山登りするなんて、正気の沙汰じゃない……)

 

候補生Bが目を白黒させている。

 

フフフ。甘い。甘いわね、ひよっこ共。私はただの人間ではない。中身は鬼、外見は人間、頭脳は天才というハイブリッドな存在なのだ。この程度の重量、朝飯前の運動に過ぎない。さっき食べた団子十本分のカロリー消費にもならないわ。

 

(私は天才だから大丈夫だけど、念には念を。これで私の周りは常に聖域!鬼が近づこうとしても、この強烈な匂いに阻まれて手出しできないはず。生き残りは確実だし、何ならこの木の下で優雅にお茶を飲んで、七日間を安楽に過ごせるわ!これぞ、頭脳勝利!力任せに鬼を斬るなんて野蛮なことは、野蛮な男たちに任せておけばいいのよ)

 

完璧な作戦だ。穴があるとすれば、この藤の花が枯れた時くらいだが、肥料も水もたっぷり持ってきたから大丈夫だ。

 

「さあ、出発の準備は万端よ!あとは許可をもらうだけね!」

 

荷車の取っ手を握り直す。そこへ、この試験の案内役と思われる二人の子供が、音もなく近づいてくる。

 

おかっぱ頭の、白髪と黒髪の子供。同じ顔をしている。双子だろうか。提灯を持ち、無表情で私を見上げている。不気味だ。子供特有の無邪気さが欠落している。まるで、精巧に作られた市松人形のようだ。

 

「……あの」

 

黒髪の子が口を開く。鈴を転がすような、しかし抑揚のない声だ。

 

「それは……」

 

「試験に……そのような大荷物は……」

 

白髪の子が続く。二人の視線は、私の背後の「藤の木満載の荷車」に釘付けだ。困惑している。マニュアルにない事態に直面して、処理落ちしかけているようだ。

 

「あら?何か問題でも?」

 

屈み込み、子供たちと目線を合わせる。ニッコリと、営業用の「優しいお姉さんスマイル」を浮かべる。

 

「禁止されていますか?『武器以外の持ち込み禁止』とは言われませんでしたが?刀は持っていますよ?ほら」

 

腰に差した日輪刀を見せる。さっくんから借りた予備の刀だ。

 

「それに、これは武器ではありません。私の精神安定剤です。お守りみたいなものです。お母さんの形見の手鏡を持っていくのと、何が違うんですか?」

 

屁理屈だ。規模が違いすぎる。

 

「それは……。明文化されてはいませんが……。山道は険しく、そのような物を引いて歩くのは……」

 

黒髪の子が言葉を濁す。「物理的に無理だろ」と言いたいのだろう。

 

「なら大丈夫ね!明文化されていないなら、それは許可されているのと同じことよ!法律の抜け穴を突くのは、賢い大人の特権なの。天才の発想を、凡庸なルールで縛るのは良くないわよ?文明の発展を阻害するわ」

 

相手は子供だ。大人の話術と、圧倒的な「圧」で押し切れるはずだ。

 

「しかし……」

 

まだ渋っている。真面目な子たちだ。お役所仕事みたいで融通が利かない。

 

(仕方ないわね。ここは、奥の手を使うしかないわ)

 

大きく両手を広げる。そして。

 

「可愛い子供達ね~」

 

ガバッ!

 

二人を同時に抱き寄せる。逃げる隙など与えない。私の豊満な胸の中に、二人の小さな頭を埋めるようにして、ぎゅーっと抱きしめる。

 

「お姉さんが怖いの?変な荷物を持ってきて、ビックリしちゃったのね?大丈夫よ~。お姉さんは怪しい人じゃないわ。ただの、植物を愛する平和主義者よ~」

 

「むぐっ……!?」「んっ……!?」

 

二人の子供が、私の胸の中で窒息しかけている。柔らかい弾力と、白檀の香りが、彼らの思考回路を強制的に遮断する。

 

「よしよし。いい子ね、いい子ね。こんな夜更けに、こんな山奥で、子供だけで案内なんて偉いわねえ。お母さんは心配しないのかしら?私がお母さん代わりになって、優しく見守ってあげるからね~」

 

頭を撫でる。背中をさする。これは攻撃だ。「母性」という名の精神攻撃だ。親の愛に飢えている子供には、効果覿面のはずだ。

 

「…………」

 

子供たちが動かなくなる。抵抗をやめた。顔が赤い。耳まで赤い。やはり、まだ幼い子供だ。大人の女性の「包容力」という名の暴力には勝てなかったようだ。

 

「ふふっ。納得してくれたみたいね」

 

二人を解放する。彼らはフラフラと後ずさり、へたり込む。目が回っているようだ。

 

「よし、許可は下りたわね!ありがとう、可愛い案内人さんたち!お姉さん、頑張ってくるわ!」

 

「さあ、野郎ども!……じゃなくて、候補生諸君!道を開けなさい!藤の要塞のお通りよ!」

 

再び荷車の取っ手を握る。全身に力を込める。

 

ゴゴゴゴゴ……!

 

車輪が回り始める。重い荷車が、動き出す。

 

「行ってきまーす!七日後に、笑顔で会いましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズズズ……。

 

「ふぅ……。良いお点前で。やはり野点は格別ね」

 

私は優雅に息を吐く。手には湯呑み。目の前には、満開の藤の花。それも一本や二本ではない。十本もの立派な藤の木が、円形に配置され、紫色の花房がカーテンのように垂れ下がっている。甘く、濃厚な香りが周囲を包み込み、外界の不浄な空気を遮断している。

 

そう。こここそが、私が作り上げた絶対不可侵領域。名付けて『葛城家の移動式要塞・藤の里一号』の内部だ。

 

麓からえっちらおっちら運んできた藤の木入りの荷車を、円陣を組むように配置し、その中心に畳を敷き、茶釜を置き、優雅な休憩所を設営したのだ。天才の発想である。鬼はこの匂いが嫌いだから近寄れない。つまり、私はここで寝転がって煎餅を齧っているだけで、七日間の試験を突破できるのだ。

 

「はぁ……はぁ……。た、助かった……。ここなら……鬼が来ない……」

 

私の視界の隅で、ボロボロになった少年が地面にへたり込む。着物が破れ、肩から血を流している候補生Aだ。彼は今しがた、鬼に追われて逃げ惑い、この藤の香りに誘われて飛び込んできたのだ。

 

「姉さん、ありがとう……。水をもらっても……?」

 

別の方向から、足を引きずった候補生Cも現れる。彼もまた、死線をくぐり抜けてきた顔をしている。私の作り出したこの空間が、砂漠のオアシスか、極楽浄土のように見えているに違いない。

 

「ええ、いいわよ。ゆっくり休んでいきなさい。水なら売るほどあるわ。怪我の手当ても、簡単なものならしてあげる」

 

慈母のような微笑みを浮かべる。手際よく手拭いを濡らし、彼らに放ってやる。

 

(ふふ。人が集まってきた。予想通りだわ)

 

計算通りだ。この安全地帯は、単に私がサボるためだけの場所ではない。集魚灯なのだ。

 

(私の周りで休んでは、体力が回復したら出て行って鬼を狩る。怪我をしたらまた逃げ帰ってくる。……便利ねえ。私が動かなくても、彼らが勝手に鬼を減らしてくれる。私はここで高みの見物をしながら、彼らの戦果を確認するだけ。いわゆる、中間管理職のポジションね)

 

茶菓子の羊羹を楊枝で切る。

 

(それに……。ここで恩を売っておけば、彼らが正式に隊士になった時、私の強力な派閥ができる。『あの時、藤の花のお姉さんに助けられた』という事実は、彼らの心に深く刻まれるはず。これは将来への投資よ。鬼殺隊内部に、私の親衛隊を作るための布石!)

 

「あ、あの!この傷薬、使ってもいいですか!?」

 

候補生Aが、私の荷車に積んである薬箱を指差す。

 

「ええ、どうぞ。葛城家秘伝の塗り薬よ。塗れば一瞬で痛みが引くわ。ただし、あとで出世払いね」

 

「あ、ありがとうございます!一生ついていきます!姉さん!」

 

チョロい。人間というのは、極限状態では簡単に依存するものだ。私は鬼だが、人の心の掌握術に関しては、そこらの詐欺師より長けている自信がある。吉原仕込みの手練手管を舐めてはいけない。

 

「さあ、傷が癒えたら行きなさい。鬼は待ってくれないわよ。武功を立ててきなさい」

 

元気になった候補生たちは、「うおおお!」と雄叫びを上げて飛び出していく。働きアリのように勤勉だ。

 

再び茶を啜る。平和だ。ここは戦場だというのに、私の周りだけ時間が止まっているようだ。鳥のさえずりさえ聞こえてくる。

 

「……暇ね」

 

唯一の欠点は、退屈なことだ。さっくんがいないから、夜の楽しみもない。あるのは、むさい男たちの呻き声と、汗の匂いだけ。

 

「まあいいわ。このまま優雅に過ごしましょう」

 

そう思っていた。三日目までは。

 

 

 

 

 

 

三日目の朝。私は、藤の木の下で伸びをする。体は元気そのものだ。睡眠もたっぷり取ったし、食事もしっかり摂った。肌艶は最高潮だ。

 

「さて……」

 

腰に差した日輪刀を撫でる。さっくんから借りた刀だ。

 

「さすがに、自分でも狩らないと怪しまれるわね。『七日間、一歩も動かずに生き残りました』なんて言ったら、試験官に不正を疑われるかもしれない。それに、さっくんの手前、一つくらいは手柄を立てておかないと」

 

野良着の裾を払い、手ぬぐいを巻き直す。

 

「留守番よろしくね、少年たち」

 

私は、まだ回復しきっていない候補生数名に声をかける。彼らは「いってらっしゃいませ!」「お気をつけて!」と敬礼で見送ってくれる。完全に私がボス猿の扱いだ。

 

結界の外へ出る。一歩出ると、空気が変わる。淀んだ、腐臭と血の混じった嫌な空気。鬼の気配だ。

 

「くんくん……。いるわね。あっちに三体、こっちに二体。……あっちのは美味しそうじゃないからパス。こっちの筋肉質なのに行こうかしら」

 

獲物を物色する。鬼は基本的には不味いが、運動不足の鬼よりは、活発な鬼の方が身が引き締まっていてマシなのだ。

 

森の中を進む。足音は立てない。雷の呼吸の応用だ。つま先で地面を蹴り、滑るように移動する。

 

「ギャアア!女だ!久しぶりの女だ!柔らかそうだ!喰わせろ!」

 

茂みから、下級鬼が飛び出してくる。涎を垂らし、目を血走らせた醜悪な鬼だ。品がない。食卓のマナーがなっていない。

 

「おや、愚か者が来ましたね。『いただきます』も言わずに食事にありつけると思って?」

 

鯉口を切る。刀を抜く動作と、踏み込みを同時に行う。

 

「雷の呼吸……壱ノ型……」

 

呼吸を整える。腹に力を入れる。しぃぃぃぃぃ……。

 

(閃光になれ!直線番長の本領発揮よ!)

 

「霹靂一閃!!」

 

ドンッ!!

 

私の体が弾ける。黄色い稲妻となって、鬼の懐へ飛び込む。速い。我ながら惚れ惚れする速さだ。鬼の動体視力では、私が消えたようにしか見えないはずだ。

 

「あ……?」

 

鬼が間の抜けた声を出す。次の瞬間。

 

ズバァン!!

 

斬撃音ではない。衝突音だ。私は刀を振るう……前に、体ごと鬼にぶつかっていた。肩口からのタックル。雷の呼吸で加速した、質量五十キログラム超の砲弾が、鬼の胴体に直撃したのだ。

 

グシャァッ!!

 

鬼の体がくの字に折れる。骨が砕ける音がする。内臓が破裂する音がする。

 

「ついでに首も!」

 

衝突の衝撃で止まった体勢から、無理やり刀を振るう。ゼロ距離射撃だ。

 

スパァン!!

 

鬼の首が飛ぶ。綺麗な断面だ。やはり、止まってから斬る方が確実ね。栄螺師匠の教えを守れなかったけれど、結果オーライだ。

 

「はい、一体目。次!」

 

消滅していく鬼の塵を払い、次へ向かう。

 

同様にして、二体目、三体目を葬る。基本戦術は同じだ。『超高速タックルで相手を粉砕し、動けなくなったところを斬る』。剣術というよりは、相撲と剣道の悪魔合体だ。名付けて『雷撃ぶちかまし斬り』。風情はないが、威力は絶大だ。

 

「はい、三体撃破。これで合格でしょう。ノルマ達成。さあ、お茶の時間に戻りましょうか」

 

刀を納める。汗一つかいていない。余裕だ。

 

その時。

 

「……ガタガタ……ガタガタ……」

 

何かが震える音が聞こえた。近くの大木の陰だ。

 

「……おや?」

 

足を止める。気配を探る。小さい。とても小さい鬼の気配だ。殺気がない。あるのは、純粋な恐怖と、飢餓感。

 

音もなく近づき、木の裏を覗き込む。

 

そこには。一匹の鬼がうずくまっていた。まだ体も小さく、異形化も進んでいない。普通の、十歳くらいの子供のような姿をした鬼だ。着物はボロボロで、肌は土気色。目は怯えきっている。

 

「……あら?」

 

「ひっ!?」

 

鬼が飛び上がる。私を見て、後ずさりする。

 

「く、来るな……!藤の匂いがする……!剣士め……!俺を殺す気か……!」

 

鬼が牙を剥く。威嚇しているが、腰が引けている。生まれたばかりの子犬が吠えているようだ。

 

「怯えてる?私が怖いの?」

 

心外だ。私はこんなに美しいのに。まあ、全身から藤の香水を振りまいているような状態だから、鬼にとっては催涙ガスを纏った悪魔に見えるのかもしれないが。

 

「来るな!あっちへ行け!俺は……俺はまだ死にたくない……!」

 

鬼が涙目になっている。可哀想に。この山に放り込まれて、強い剣士たちに追い回され、あるいは共食いをする強い鬼に怯え、隠れて生きてきたのだろう。

 

「あらあら。誤解よ、坊や。私は貴方をいじめに来たんじゃないのよ」

 

しゃがみ込む。目線を合わせる。

 

「じゃあ、鬼になれば分かるかな?本当の姿を見せてあげる」

 

呼吸を変える。全集中の呼吸を止め、意識を血流の操作へと切り替える。血鬼術『封鬼化生』。私の鬼としての気配を完全に遮断し、肉体を人間に変える術。それを、一時的に解除する。

 

「解除!」

 

バシュッ!!

 

音がした気がした。私の肌が黒く染まり、黄金の亀裂が走る。血管が浮き上がり、黄金色の光が漏れ出す。瞳孔が縦に裂け、紅く輝く。口元から鋭い牙が伸び、爪が黒く尖る。

 

同時に。濃厚な、圧倒的な鬼の気配が溢れ出す。そこら辺の下級鬼とは格が違う。無惨様の血を濃く引く、上位の鬼としての威圧感。

 

「ひっ……!?」

 

目の前の小鬼が、腰を抜かす。恐怖ではない。圧倒的な格の違いに対する、本能的な畏怖だ。

 

「……どうほう?同胞……か?なんだその……禍々しい姿は……。お前……人間じゃ……ないのか……?」

 

鬼が震える声で問う。

 

「ええ。私は風音。貴方と同じ、夜を生きる者よ」

 

「安心なさい。同族を無益に殺したりはしないわ。私はすぐに術を戻す。長時間は維持できない。ここには他の候補生や、監視役がいるかもしれないから。」

 

シュルル……。

 

私の姿が、また人間の美女に戻る。鬼の気配が消え、藤の匂いが戻ってくる。

 

「……信じてくれた?」

 

鬼は、呆然と私を見つめている。混乱しているようだ。だが、敵意は消えた。代わりに、縋るような目が私に向けられる。

 

「……助けて……くれ……」

 

鬼が小さな声で言う。

 

「腹が減った……。俺はまだ弱い……。人間を喰って強くなりたい……。でも、剣士たちが怖くて……。他の鬼たちも、俺を喰おうとしてくる……。ここには俺の居場所がないんだ……」

 

彼は泣き出す。孤独だ。この閉鎖された檻の中で、弱者は餌食になるしかない。

 

「貴方、名前は?」

 

「……ない。忘れた。ただ……手が………。兄ちゃんの手みたいに……温かい手が欲しかった……」

 

彼が自分の手を見る。小さな、泥だらけの手だ。

 

「貴方、いつ捕まったの?」

 

ふと気になって聞く。

 

「……去年だ」

 

鬼が答える。

 

「鱗滝とかいう……男に……。あいつに追いつめられて……ここに放り込まれた……」

 

「えっ!?」

 

私の目が点になる。

 

鱗滝。間違いない。さっくんだ。

 

「なんと!さっくんに捕まった鬼!」

 

(去年……。ああ、そういえばさっくんが言ってたわね。『活きのいいのを捕まえた』って。『なかなか素質のある鬼だったが、まだ若かった』とか。それが、こいつなのね!)

 

すごい偶然だ。いや、これは偶然ではない。運命だ。

 

(これは……。私の愛する旦那様が捕まえたペット……じゃなくて、獲物。ということは、私にとっても他人事ではないわ。義理の息子みたいなものじゃない?)

 

さっくんに関わるものは、全て愛おしい。たとえそれが、彼が捕まえた薄汚い鬼であっても。彼が「鱗滝」の名を口にした瞬間、この小鬼は私の中で「保護対象」に格上げされた。

 

「そう……。お腹が空いているのね。可哀想に。育ち盛りなのに、何も食べていないなんて」

 

腹ペコの子供を見るのは忍びない。たとえそれが、人を喰う化け物であっても。

 

「なるほど!袖振り合うも多生の縁!さっくんの知り合いなら、私が一肌脱いであげましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

煎餅を齧る手を止める。彼が、刀を杖代わりにして、出口……つまり藤の木の隙間へと向かっている。

 

「もう行くの?」

 

声をかける。優しく。あくまで心配するお姉さんの声色で。

 

「はい、葛城さん」

 

候補生Aくんが振り返る。その顔には、生気が戻っている。私の特製塗り薬のおかげで、苦痛も和らいでいるようだ。純朴そうな少年だ。田舎から出てきて、家族のために鬼殺隊を目指しました、みたいな典型的なモブ顔をしている。

 

「おかげで傷も癒えました。体力が戻ったのに、これ以上ここに甘えていては、他の仲間に申し訳が立ちません。僕も……戦います!」

 

彼は拳を握りしめる。熱い。少年漫画の主人公のような正義感だ。嫌いじゃないわよ、そういうの。利用しやすくて。

 

「このご恩は忘れません。いつか必ず、立派な剣士になってお返しします!」

 

彼は深々と頭を下げる。礼儀正しい。育ちの良さが窺える。肉質も良さそうだ。

 

「……そう。恩を感じてくれているのね?」

 

ニッコリと微笑む。茶碗を置く。音もなく立ち上がる。

 

「もちろんです!命の恩人ですから!」

 

彼は屈託なく答える。その言葉が、契約成立の合図だとも知らずに。

 

「じゃあ……」

 

一歩、彼に近づく。雷の呼吸の足捌きで、音もなく間合いを詰める。

 

「返してもらうわ」

 

「えっ?」

 

候補生Aくんが顔を上げる。私の顔を見る。そこにあるのは、優しいお姉さんの笑顔ではない。借金の取り立てに来た高利貸しの顔……いや、屠殺場の職員の顔だ。

 

「今すぐね」

 

私の手刀が閃く。刀ではない。私の素手だ。しかし、鬼の怪力を込めたその手は、鉄棒すらへし折る凶器と化している。

 

狙うは、彼の両足。膝の皿。

 

ボキッ!!

 

乾いた音が響く。小枝を折るような、軽い音ではない。太い木材を万力で圧し折ったような、鈍く、そして絶望的な音だ。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

候補生Aくんが絶叫する。体が崩れ落ちる。地面に這いつくばり、あり得ない方向に曲がった自分の足を見て、目を剥く。

 

「足、足が……!?な、なにが……!?葛城さん……!?」

 

彼は混乱している。当然だ。命の恩人が、いきなり自分の足を破壊したのだから。脳が理解を拒否している。

 

「しっ」

 

人差し指を口元に当てる。静かに、という合図だ。

 

「静かに。大声を出すと、鬼が寄ってくるわよ?……あ、ごめんなさい。これから寄ってくるのは、私たちが会いに行く方だったわね」

 

しゃがみ込む。痛みにのたうち回る彼の顔を覗き込む。

 

「貴方は私に命を救われた。死ぬはずだった命を、私が拾い上げた。ということは、その命の所有権は私にある。そうよね?」

 

論理的だ。反論の余地はない。

 

「その命、どう使おうと私の勝手よね?貴方の命で、救われる命があるのよ。リサイクルよ。エコ活動よ。喜んでちょうだい」

 

「い、いやだ……!何を言って……!助けて……!」

 

彼は後ずさる。折れた足を引きずりながら、必死に私から逃げようとする。でも、無駄だ。両足が使い物にならない状態で、雷の呼吸を使う私から逃げられるはずがない。

 

「暴れないで。肉が硬くなるわ」

 

彼に手を伸ばす。それは救いの手ではない。出荷のための捕縛だ。

 

グシャッ。

 

彼の手首を掴む。もう片方の手で、彼の日輪刀を取り上げる。こんなものを持っていては、食事の邪魔になる。楊枝代わりにすらならないわ。

 

「ぽいっ」

 

刀を遠くへ放り投げる。カランカランと、虚しい音が響く。

 

「さあ、行きましょうか。お腹を空かせた子供が待っているの。貴方はその子のための、最高級の離乳食よ」

 

彼を引きずる。ズルズルと。砂利道を。

 

「いやだああああ!離してくれええええ!誰かあああああ!」

 

彼は叫ぶ。うるさい。マナーがなっていない。公共の場で大騒ぎするのは迷惑行為だ。

 

「あらあら。お口にチャックが必要ね」

 

彼の上半身を起こす。

 

「ごめんね。少し痛いけど、我慢してね」

 

彼に微笑む。そして、彼の喉仏に親指を当てる。

 

グッ。

 

「ガッ……!?」

 

嫌な音がした。軟骨が潰れる音だ。完全に破壊してはいない。死んでしまうからだ。声帯だけを、器用に押し潰したのだ。

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

彼の口から、音にならない空気の漏れる音がする。目は恐怖で見開かれ、涙がボロボロと溢れている。声が出ない。助けを呼べない。

 

「うんうん。静かになったわ。いい子ね」

 

「さあ、急ぎましょう。温かいうちに届けないと、味が落ちちゃうもの」

 

 

 

 

 

 

数分後。森の奥深く。巨大な杉の木の根元。そこに、あの小鬼はいた。膝を抱えて、ガタガタと震えている。

 

「お待たせ~」

 

明るく声をかける。出前のお姉さんのように。

 

「ご飯よ~」

 

背後の「荷物」を、ドサッと前に放り出す。候補生Aくんが、土の上に転がる。彼は痛みと恐怖で、すでに半狂乱の状態だ。声が出ないので「ヒューッ、ヒューッ」という過呼吸の音だけが響く。

 

「!!」

 

小鬼が顔を上げる。鼻をひくつかせる。

 

「人間だ……!生きてる……!血の匂い……!新鮮な……肉の匂い……!」

 

小鬼の目が釘付けになる。瞳孔が開き、口から大量の涎が溢れ出す。飢餓。極限の空腹。理性を吹き飛ばすほどの食欲が、彼の全身を支配している。

 

「いやだ……助けて……葛城さん……なんで……!」

 

候補生Aくんが、這って逃げようとする。必死に私の方へ手を伸ばす。まだ、私が助けてくれるという希望を捨てきれていないのだ。哀れな子。現実は残酷よ。

 

「さあ、生きているうちに食べなさい!」

 

小鬼に促す。彼に近づき、背中を押してあげる。

 

「新鮮なほうが美味しいわよ?死んでからじゃ、血が凝固して味が落ちるもの。踊り食いこそ、美食の極みよ!」

 

「く、喰って……いいのか?本当に……?」

 

小鬼が私を見る。まだ信じられないようだ。剣士が、自分に人間を与えてくれるなんて。

 

「ええ、いいわよ。私が許可するわ。ほら、喉は潰しておいたから、大声も出さないわ。静かにお食事を楽しめるわよ」

 

「う……うう……!いただき……ます……!」

 

小鬼の理性が決壊する。彼は獣のような咆哮を上げ、候補生Aくんに飛びかかる。

 

「ガァッ!!」「ヒュッ……!?」

 

音がした。肉が裂ける音。骨が砕ける音。そして、咀嚼音。

 

候補生Aくんの体が一瞬跳ね上がり、そして痙攣する。抵抗する力など残っていない。飢えた鬼の牙と爪が、彼の体を無慈悲に解体していく。

 

「ムシャッ……グチャッ……!美味い……!美味いぞ……!人間の肉だ……!力が……力が湧いてくる……!」

 

小鬼が夢中で喰らいつく。口の周りを血で真っ赤に染めながら。その体が一回り大きくなった気がする。食べた端から、鬼の細胞が活性化し、成長を始めているのだ。

 

「うんうん。美味しそうに食べてるね!よかったねえ。たくさんお食べ。骨までしゃぶるのよ」

 

良いことをした後の清々しさだ。

 

「さっくんに、恩返しできるといいね」

 

さっくんが捕まえた鬼を育てることで、私は間接的にさっくんの「業」を育てているのだ。これが私の愛の形。彼に関わる全てを、私が管理し、支配し、そして弄ぶ。

 

(私は候補生を助け、一時的な安らぎを与えた。その対価として、彼の命を貰った。そして、飢えた同胞を救い、生きる力を与えた。誰も損をしていない)

 

私の天秤理論が発動する。

 

(全ては恩讐……。借りたものは返す。施されたら報いる。命のやり取りこそが、この世で最も純粋な経済活動よ。この天秤の釣り合いこそ……至高の善行だわ!)

 

候補生Aくんの動きが止まる。彼は完全に事切れたようだ。小鬼の食事はまだ続いている。これでしばらくは飢えずに済むだろう。

 

「さて、と」

 

野営地へ戻ることにする。服に返り血がつかないように気をつけていたので、綺麗なままだ。まだ私の要塞には、数名の候補生が残っている。彼らが怪我を治して出て行けば、また新しい「餌」が逃げ込んでくるかもしれない。あるいは、彼ら自身が、再び傷ついて戻ってくるかもしれない。

 

「次はどの子にしようかしら。あっちの筋肉質な子もいいけど、こっちの細身の子もデザートにはいいかもね」

 

鼻歌を歌いながら、森を歩く。足取りは軽い。

 

後に、四十七年もの長きに渡り、藤襲山で鱗滝左近次の弟子たちを食らい続けることになる、異形の怪物「手鬼」

 

その最初の「餌」を与え、彼をただの小鬼から「人食い」へと覚醒させたのは。他ならぬ、鱗滝が愛し、鱗滝を愛した女。葛城颯であった。

 

運命の歯車は、残酷な音を立てて回り始める。私の手によって、たっぷりと油を注がれながら。

 

「ただいまー!みんな、いい子にしてた?お姉さんが帰ってきたわよー!」

 

藤の花の香る要塞に、私の明るい声が響く。地獄の選別は、まだ始まったばかりだ。




最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


手鬼誕生の裏側に彼女がいた、という形で原作との接続を作りました。

皆さんは今回、颯のどの部分が一番印象に残りましたか?

感想をいただけると、続編を書く力になります。
次回もどうぞよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。