鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら 作:斉宮 柴野
「今回は藤の花について!この藤襲山の藤、一年中狂い咲いてますけど、なんで季節外れでも満開なんでしょうね?一説によると、根本にそういう血気術を持った鬼が埋まっているという伝説が……」
「……多分違う。もしそうなら、私がとっくに掘り返して利用している」
「あ、無惨様。現実的ですねえ。夢がないですよ」
「夢などいらぬ。私が欲しいのは現実の結果だけだ」
「はいはい。じゃあ、本編いきましょうか。今回は、私のグルメな食事風景と、眠り姫ならぬ眠り王子のお話です!」
ズズズ……。
静寂な山の中腹に、味噌汁を啜る音が響く。ここは地獄の試験会場、藤襲山。私が構築した絶対安全圏「藤の里一号」の内部だ。
私は今、携帯コンロ(さっくんから借りた道具に、私が改良を加えた特製品)で、優雅に炊き出しを行っている。いい匂いだ。味噌の焦げる香りと、炊き立てのご飯の甘い湯気が、藤の香りと混ざり合って、食欲を刺激するハーモニーを奏でている。
「いただきまーす」
今日のメニューは、私がこの山で現地調達した食材で作った特製御膳だ。
・土鍋で炊いた、ふっくら白飯
・猪肉と根菜のたっぷり味噌汁
・近くの川で釣った、鮎の塩焼き
・山菜(ワラビとゼンマイ)の煮物
・菜の花のおひたし
・そして食後の甘味:懐で温めておいた加須底羅
完璧だ。旅館の朝食と言われても遜色ない。私は自画自賛しながら、熱々の猪汁を口に運ぶ。美味い。野生の味がする。命をいただいているという実感が湧いてくる。
「…………」
ふと、視線を感じる。周囲を見渡すと、野営地に転がっている候補生たちが、私を凝視している。彼らの手には、支給された硬い干し肉や、冷たく固まった握り飯。あるいは、水筒の水だけ。
彼らの目は、死んだ魚のように虚ろだ。ドン引きしている。「こいつ、何しに来たんだ」という心の声が、空気の振動となって伝わってくる。
「ん?なぜみんな引いているの?」
不思議だ。食事は大事だ。特に、これから命のやり取りをする戦場においては。
「食事こそ拘らないと!衣食足りて礼節を知る。美味しいご飯こそが明日への活力よ?冷たい飯を食って、冷たい心で戦っても、良い結果は出ないわよ?」
箸で鮎の身をほぐしながら。
(……この人、本当に選別に来たのか?)
候補生A(新しく逃げ込んできた子)の心の声が聞こえる。
(温泉旅行じゃなくて?なんで土鍋があるんだよ。なんで味噌を持ってるんだよ。重くないのかよ……)
重くないわよ。私は力持ちだもの。それに、美味しいものの為なら、エベレストだって登れるわ。
「ほら、君たちも食べたそうな顔してるわね。特別にお裾分けしてあげるわ。ただし、一杯につき銀貨一枚よ。出世払いでもいいけど、利子はトイチ(十日で一割)ね」
彼らは顔を見合わせ、そして渋々、しかし嬉しそうに財布を取り出す。背に腹は代えられないのだ。温かい食事の魔力には、どんな剣士も勝てない。
野営地が、一瞬だけ和やかな食堂に変わる。これもまた、私の支配下にある証拠だ。
◆
食事を終え、私は食後のデザート・加須底羅を齧りながら、くつろぎモードに入る。その時、ふと思い出したことがある。苦情だ。この山での生活環境に対する、切実な苦情を、あの方に伝えなければならない。
私は目を閉じ、意識を内側へと沈める。血の繋がりを辿り、無限城の奥深くにいる支配者へ。
『……もしもし。無惨様。そして太夫。聞こえますか?』
『……なんだ』
不機嫌そうな重低音。無惨だ。最近、胃痛が悪化しているらしい。
『あんた、また変な報告じゃないでしょうね』
気だるげな女の声。堕姫姉さんだ。彼女もまた、私の報告に巻き込まれる被害者の一人だ。
『聞いてください。この山で出会った「千草」という女。あまりに変態すぎます』
真剣に訴える。
『隙あらば脱ぐし。鬼と交わろうとするし。縛られたら喜ぶし。さっきなんて、寝ている候補生の耳元で「お母さんよ」って囁いて、甘えさせて油断させた隙に、着物を剥ごうとしてました。この世の終わりです。人間の倫理観はどこへ行ったんですか?』
『…………』
沈黙。無惨の頭痛が悪化する音が聞こえるようだ。
『……何を言っている』
無惨が、絞り出すように言う。
『お前も、似たようなものでしょうが』
『え?違いますよ!一緒にしないでください!私ほど品行方正な妻はいません!良妻賢母の見本市に出展できるレベルですよ!』
抗議する。
『私は男も、美味しそうな人しか食べませんから!旦那様とさっくんだけ!選り好みするグルメです!誰でもいいわけじゃないんです!愛のある捕食なんです!』
『それを変態と言うのよ……』
姉さんの呆れた声が響く。
『類は友を呼ぶと言う』
無惨が冷徹に告げる。
『貴様の思考波長が、同類を引き寄せたのだ。変態には変態が集まる。磁石のようなものだ。……もうよい。私の頭痛の種を増やすな。切るぞ』
プツン。通信が切れた。冷たい。上司としてのケアが足りないのではないだろうか。パワハラで訴えたら勝てる気がする。
「はぁ……。誰も分かってくれないわ。私のこの、高潔な精神を」
加須底羅の最後の一口を口に放り込む。甘い。この甘さだけが、私の癒しだ。
◆
気分転換に、私は野営地の見回りをする。千草は、またどこかへナンパに行っているようだ。彼女には「私の目の届く範囲でやれ」と言ってあるが、守られているかどうか怪しいものだ。後で首輪でもつけておこうかしら。
野営地の隅を見る。藤の木の根元。一番日陰で、風通しの良い特等席。
そこに、蓑虫のような塊がある。毛布(私が貸してあげた予備のやつ)にくるまって、微動だにしない物体。
「……また寝てる」
(それにしても……。私がこの野営地を設営してから、ずっと寝ている子がいるんだけど)
初日からだ。私が荷車を置いて、「ここは安全地帯よー!」と宣言した直後、どこからともなくフラフラと現れた少年。彼は一言も発さず、私の荷車の陰に潜り込み、そのまま眠りに落ちた。それ以来、一度も戦いに出ている様子がない。
(鬼を狩りもしないで、ひたすら寝てる。たまに起きてきて、私の作ったご飯を無言でたかり、食べ終わると「ごちそうさま」とも言わずにまた寝る……。たぶん、一日の九割くらい寝てるわね。ナマケモノか?それとも冬眠中の熊か?)
足音を立てずに。彼が起きないか確認するように。
少年は、静かな寝息を立てている。仰向けだ。無防備すぎる。もし私が鬼だと知ったら、飛び起きるだろうか。それとも、そのまま食べられることを選ぶだろうか。
顔を覗き込む。整った顔立ちだ。少し幼さが残るが、切れ長の目は涼しげで、鼻筋も通っている。髪は黒いが、毛先が緑色がかっており、不思議な色気を放っている。どことなく、植物的な雰囲気がある。
「可愛い顔してるけど……。男の子よね?」
喉仏はある。体つきも、華奢だが筋肉質だ。でも、千草ちゃんみたいな例もあるから油断はできない。
「ちょっと失礼」
私は、失礼極まりない手つきで、彼の下半身に手を伸ばす。袴の上から、そっと触れる。
「……うん。ついてる。立派なものが」
確認完了。男だ。しかも、なかなかのサイズ感だ。将来有望ね。
「それにしても、この髪……。お風呂に入っていないのに、サラサラだわ。キューティクルが輝いている」
彼の寝癖をつつく。ぷるんと弾力がある。昆布のような、ワカメのような、海藻成分を感じる手触りだ。
「私の美肌ケア、教えてあげようかしら。鬼の血配合の美容液とか」
私が一人でブツブツ言っていると。
「……んぅ……」
少年が身じろぎした。起きるか?
「……ふわぁ……」
大あくび。涙目になっている。彼はゆっくりと目を開けた。琥珀色と翡翠色が混ざったような、不思議な瞳。でも、その目は半分閉じている。焦点が合っていない。
「……お姉さん」
彼がぼんやりと私を見る。
「……枕」
「はい?」
「枕が……硬い……」
彼は不満そうに言う。そりゃそうだ。地面に直寝だもの。木の根っこがゴツゴツしているはずだ。
「あら、ごめんなさいね。高級羽毛布団を用意できなくて。ここはホテルじゃないのよ?」
皮肉を言う。
「……違う」
彼は首を振る。そして、ゴロンと寝返りを打つ。私の方へ。
「……そこ」
彼が指差す。私の膝を。いや、もっと上。私の胸を。
「……柔らかそう」
「……は?」
「……貸して」
言うが早いか、彼は私の膝の上に頭を乗せてきた。膝枕だ。いや、もっと図々しい。彼は顔を横に向け、私の太ももに頬を埋める。そして、満足げに目を閉じる。
「……ん。いい匂い……。藤と……甘い匂い……」
「ちょ、ちょっと!少年!?起きてるの!?寝ぼけてるの!?」
千草のセクハラには慣れたが、見知らぬ少年に膝枕を強要されるのは初めてだ。しかも、自然すぎる。まるで、そこが自分の定位置であるかのように。
「……おやすみ」
「寝るなーっ!!」
彼の頬をつねる。モチモチしている。大福みたいだ。
「起きなさい!ここは私の膝よ!さっくん専用の特等席なのよ!他人に貸し出す予定はないわ!」
「……むにゃ……。……金なら払う……」
彼は懐から、小銭入れを取り出し、ポイッと私に投げ渡す。チャリン、という音がする。
「……これで……あと三時間……」
「ここは有料休憩所か!!」
ツッコミを入れるが、彼はもう夢の中だ。規則正しい寝息を立てている。完全に落ちている。なんて神経の太い子だ。
(……まあ、いいか)
諦める。悪い気はしない。彼の体温は温かく、重みも心地よい。それに、こんな無防備な寝顔を見せられたら、追い出すのも忍びない。
「神保弥太郎。って書いてあるわね」
彼の日輪刀の柄に、名前が彫ってある。
「弥太郎くんか。いい名前ね。長生きしそうな名前だわ」
彼の髪を撫でる。サラサラだ。ずっと触っていたくなる感触だ。
「でもね、弥太郎くん。寝てばかりじゃ、鬼は倒せないわよ?いつか、永い眠りにつくことになるわよ?」
忠告する。聞こえていないだろうけれど。
「……鬼なら……」
彼が寝言のように呟く。
「……夢の中で……斬った……。……もう……いない……」
「……へえ?」
眉をひそめる。夢の中で斬った?中二病か?それとも、本当に……?
気配を探る。微弱だが、鋭い。眠っているのに、隙がない。全身の力が抜けているようで、いつでも抜刀できる体勢だ。これは……達人の域?
(まさか……。この子、寝ながら戦えるタイプ?睡眠拳の使い手?)
もしそうなら、面白い。私の周りには、変な奴しか集まらない法則が、ここでも発動したようだ。
「ふふふ。楽しみね。貴方が目覚める時、どんな剣を見せてくれるのかしら」
◆
夜の帳が下りる頃。私の「藤の里一号」に、一時の静寂が訪れていた。昼間の炊き出しで満腹になった候補生たちは、藤の花の香りに包まれて高いびきをかいている。平和だ。戦場のど真ん中とは思えないほど、平和ボケした空間だ。
そんな中、私の膝の上で丸まっていた「眠れる森の凶器」こと、弥太郎くんが、むくりと起き上がった。
「……ふあぁ」
大あくび。そして、ふらりと立ち上がる。寝起きとは思えないほど、足元はしっかりしている。
「あら、起きたの?お夜食にする?」
声をかけると、彼はぼんやりと首を振った。
「……用を足しに……」
「あらそう。お花摘み……じゃなくて、雉撃ちね。気をつけてね。その辺に熊が出るかもしれないし、変態女(千草)が出るかもしれないわよ」
彼は無言で頷き、藤の枝をかき分けて外へと出て行った。
「……」
少し考える。この少年、只者ではない。眠りながら発していた、あの鋭利な気配。そして、私の膝枕を当然のように要求する図太さ。興味がある。彼の実力を見ておきたい。
「ちょっと、散歩がてら覗いてこようかしら」
◆
夜の森。弥太郎くんは、少し開けた場所にある大木の根元で立ち止まった。袴の帯に手をかける。用を足す体勢だ。
「あ、本当にトイレだったのね。……おっと!」
私の目が光る。彼の背後に、黒い影が迫っている。鬼だ。それも、そこそこデカい。身長二メートルはあろうかという巨体。腕が四本ある異形の鬼だ。
「ヒヒッ……!立ちションか?無防備な背中だなぁ!ケツから食ってやろうか!」
鬼が下品な声を上げる。爪を振り上げ、弥太郎くんに襲いかかろうとする。
「危ない!助けないと!」
飛び出そうとする。いくら彼が謎めいているとはいえ、用を足している最中に襲われるのはあまりにも不憫だ。尊厳に関わる。
しかし。
「……うるさいな」
弥太郎くんの声が響く。低く、気だるげで、しかし冷たい声。
彼は、帯を締め直すこともしない。だらりと垂らした右手で、腰にある日輪刀の柄を撫でる。その目は、開いているのか閉じているのか分からないほど細められている。眠っているようにも、すべてを見透かしているようにも見える。
「俺の眠りを妨げるなよ」
「あぁ?」
鬼が動きを止める。獲物の態度があまりにも不自然だからだ。恐怖していない。慌てもしていない。ただ、眠りを邪魔されたことを不快に思っているだけだ。
「なんだテメェ……。寝ぼけてんのか?死ねぇ!」
鬼が再び動き出す。四本の腕を振り回し、暴風のような連撃を繰り出す。
「黄昏の呼吸……」
弥太郎くんが呟く。聞き慣れない呼吸の名だ。私のデータベース(さっくんからの情報)にはない。独自の派生呼吸か?
「壱ノ型……」
彼の手が動く。いや、動いたように見えなかった。
「蛟」
一瞬の静寂。風が止まる。時間さえも止まったような錯覚。
私の目には、何も見えなかった。彼が抜刀した瞬間も。刃が煌めいた軌跡も。音すらも、置き去りにされていた。
「お前も聞いたろう?神風(かぜ)の声を」
弥太郎くんが、詩的なことを言う。刀は、いつの間にか鞘に納まっている。カチリ、と鍔鳴りの音が遅れて響く。
直後。
ドサッ……。バラバラバラッ!!
音がした。肉塊が崩れ落ちる音だ。
鬼の首が、ポロリと落ちる。続いて、四本の腕が、胴体が、足が。無数に細切れになって、地面に散らばる。まるで、目に見えない龍が通り過ぎ、その爪で空間ごと切り裂いたかのように。
「ギャ……ッ!?」
鬼は断末魔すら上げられなかった。自分が斬られたことすら認識できずに、灰となって消滅していく。
「……ふぅ」
弥太郎くんは、何事もなかったかのように帯を締め直す。そして、またふらふらと歩き出す。完全に夢遊病患者の動きだ。
「…………」
木の陰で口を開けていた。
(えーと……。何も起こらない?と思ったらズタズタだわ。なに今の?私の雷(物理)とは違う、本当に見えない斬撃?速いとか、重いとかじゃない。『認識できない』斬撃だわ)
背筋が寒くなる。もしあれが私に向けられたら?鬼の動体視力でも捉えきれるだろうか。いや、無理かもしれない。「気づいたら斬られていた」という怪奇現象に近い。
(黄昏の呼吸……。恐ろしい子。こんな化け物が、私の膝で寝ていたなんて。……面白い!最高に面白いわ!)
私の胸が高鳴る。強者との出会いは、いつだって刺激的だ。たとえそれが、立ちションついでに鬼を瞬殺するような変人であっても。
◆
野営地に戻る道すがら。私は弥太郎くんに追いつき、並んで歩く。
「すごいじゃない、少年。あんな剣技、初めて見たわ」
「……ん」
彼は反応が薄い。半分寝ているようだ。
「黄昏の呼吸って、誰に教わったの?」
「……じいちゃん。夢の中で……」
「夢の中で?便利な通信講座ね」
会話が成立しない。まあいい。彼の強さは本物だ。味方につけておけば、これほど心強い護衛(と抱き枕)はいない。
野営地が見えてくる。そこには、ナンパから帰ってきた千草が起きていた。彼女は、戻ってきた私たちを見て目を丸くする。
「あら、お帰りなさい。お姉様、その子は?」
「トイレに付き合ってあげたのよ。あの子、鬼を倒してきたの。意外とやるわね。一瞬で挽肉にしてたわ」
「へえ?やるじゃない。可愛い顔して、凶暴なのね」
千草が興味深そうに弥太郎くんを見る。また獲物を狙う目だ。
「……ふあぁ」
弥太郎くんがあくびをする。そして、焦点の合わない目で千草を見る。
「……おねーさん」
彼が、ふらふらと千草の方へ歩み寄る。足がもつれている。限界らしい。
「抱き枕に……なって」
ドサッ。
彼は千草に倒れ込む。正面から。全体重を預けて。
「え?私?」
千草が受け止める。驚いているが、嫌がってはいない。むしろ、嬉しそうだ。
「フフフ、いーわよ。お安い御用だわ。可愛い男の子の抱き枕なんて、願ってもない役得ね」
彼女は弥太郎くんの背中に手を回す。あやすように撫でる。
「私、千草!お名前は?」
「……僕は……弥太郎……。……眠い……」
「(千草の苗字は……実家が知ったら卒倒ものね)」
心の中でツッコミを入れる。
弥太郎くんは、千草ちゃんの胸に顔を埋める。グリグリと押し付ける。位置を調整しているようだ。
「……そのおっぱい……。枕にできそう……。柔らかい……。弾力がある……。低反発……」
彼は感想を述べる。正直だ。欲望に忠実だ。
「さあ、脱いで……。直に寝たい……」
「あらあら、積極的♡」
千草が頬を染める。
「いいわよ、脱いであげる。全部?それとも、半分だけ?」
彼女の手が、自分の帯に伸びる。早い。脱ぐのが早すぎる。
「待てこら!どさくさに紛れて脱ごうとするな!ここは公衆の面前よ!」
またか。この女は、隙あらば脱ごうとする。露出狂の鑑だ。
しかし、私の制止も虚しく。
「……んぅ」
弥太郎くんが、千草ちゃんに抱きついたまま、そのまま地面に押し倒す。柔道技のような鮮やかなテイクダウンだ。
ドンッ!
二人が重なり合って倒れる。下が千草ちゃん、上が弥太郎くん。完全に事案だ。
「きゃっ♡大胆ねえ……」
千草は満更でもない顔で受け入れている。抵抗するどころか、脚を彼の腰に絡めようとしている。蜘蛛の巣にかかった獲物を逃がさないように。
「さあ、来なさいな少年。大人の世界を教えてあげるわ。眠るよりも気持ちいいことを……」
彼女が唇を寄せる。キスか?それとも、首筋を噛むのか?
「……スー……スー……」
寝息が聞こえた。
「……あれ?」
千草の動きが止まる。
「……あ、寝た」
私も確認する。弥太郎くんは、千草の上で完全に脱力している。幸せそうな寝顔だ。柔らかい枕(おっぱい)を手に入れ、安心しきっている。
「ちょ、ちょっと少年?寝るの?ここで?私の上で?続きは?」
千草が彼を揺さぶる。起きない。熟睡モードだ。
「……重いんですけどぉ。でも、温かい……♡赤ちゃんの匂いがするぅ……♡」
千草が、諦めて彼を抱きしめ返す。母性本能が刺激されたのか、それとも単にショタコンなのか。幸せそうな顔をしている。
「………こいつも変態か」
見下ろす先には、重なり合って寝ている(片方は興奮している)男女。そして、その周りでドン引きしている候補生たち。
(食欲の私。色欲の千草。そして睡眠欲の弥太郎。三大欲求の権化が揃ってしまった)
私の脳内で、警報が鳴り響く。
(このチームで鬼殺隊に入るの?大丈夫?組織の風紀が乱れるどころか、崩壊するんじゃないかしら?無惨様、日本の未来は暗いかもしれません)
問題児トリオの結成だ。最強の破壊力を持つ私。最速の剣技を持つ千草。そして、最強の「見えない斬撃」を持つ弥太郎。戦力としては申し分ない。むしろ過剰だ。だが、人間としては欠陥だらけだ。
「はぁ……。ま、いっか。面白くなりそうだし」
考えるのをやめた。天才は細かいことを気にしない。流れに身を任せるのも、また一興だ。
こうして、最終選別の夜は更けていく。私の「藤の里」は、いつの間にか「変態の巣窟」へと変貌していた。手鬼(幼体)は、このカオスな集団に近づくことすらできず、森の奥でガタガタ震えているのであった。
(あいつら……怖すぎる……。関わっちゃいけない奴らだ……)
鬼ですら避けて通る、最強の問題児たち。彼らが鬼殺隊に嵐を巻き起こす日は、すぐそこまで迫っていた。
黄昏の呼吸(たそがれのこきゅう)
概要
派生元:風の呼吸、または霞の呼吸の亜種とされるが詳細は不明。
特徴:極限まで脱力した状態(半覚醒・レム睡眠状態)から、瞬発的な筋収縮のみで斬撃を放つ。
呼吸音:「スー……スー……」という寝息のような静かなリズム。
日輪刀の色:鈍い「藍色」から刃先にかけて「茜色」に変わるグラデーション(夕暮れの空の色)
エフェクト:視界が霞むような「黄昏時の靄」や、「彼岸花」が散る幻影が見える。
【型一覧】
壱ノ型 蛟(みずち)
概要:不可視の居合斬り。
動作: だらりと下げた手、あるいは帯に手をかけた無防備な姿勢から、水面を這う蛇(蛟)のように予測不能な軌道で放つ神速の抜刀術。
特徴: 殺気が全くないため、敵は「斬られたこと」に気づかない。気づいた時には体がズタズタになっている。
弥太郎の癖: 「眠い……」と呟きながら、あくびをする瞬間に首が飛んでいることが多い。
弐ノ型 妖狐(ようこ)
概要:幻惑と回避の歩法。
動作:ゆらゆらと幽霊のように体を揺らしながら敵に接近する。
特徴:眠気で千鳥足になっているように見えるが、攻撃しようとすると残像(狐火の幻影)を斬らされる。敵の視覚の死角へ、狐につままれたようにスルリと入り込む移動技。
参ノ型 釣瓶落し(つるべおとし)
概要:重力落下の縦斬り。
動作:上空へ跳躍、あるいは高所から、全身の力を完全に抜いて落下する。
特徴:自重に遠心力を乗せ、さらに重力を利用して「ストン」と真下に刀を落とす。脱力しているため空気抵抗が極端に少なく、音もなく頭蓋を叩き割る重い一撃。
肆ノ型 餓者髑髏(がしゃどくろ)
概要:広範囲の乱れ斬り(防御・カウンター)。
動作:その場から動かず、自分の周囲に巨大な骸骨が覆いかぶさるようなドーム状の剣閃を展開する。
特徴:敵の攻撃を「ガチャガチャ」と骨が鳴るように弾き返し、近づくものを無差別に切り刻む。眠くて動きたくない時に使う、ものぐさな防御技。
伍ノ型(奥義) 逢魔が時(おうまがとき)
概要:感覚遮断と即死の斬撃。
動作:呼吸を完全に停止し、心拍数すら極限まで下げて「死体」同然の気配になる。
特徴:昼と夜が入れ替わる一瞬の如く、敵の認識から完全に消える。敵が瞬きをしたその「一瞬の闇」の間に、間合いを詰め、首を斬り落とす必殺の技。
エフェクト:敵の視界が一瞬で真っ赤な夕焼けに染まり、カラスの鳴き声と共に視界が暗転する。
【弥太郎の戦闘スタイル】
基本的に「寝ている」か「寝ぼけている」。
千草の背中(おんぶ)が定位置であり、そこから抜刀して背後の敵を斬ることもある。
風音や千草の「騒がしさ」とは対照的に、「静寂」を司るため、パーティーのバランス(?)が取れている。