鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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「はい、始まりました明治コソコソ噂話! 今回のテーマは「日輪刀の色変わり」についてです!」

「あら素敵。私の刀は白銀色でしたけど、才能がないと色が変わらないんですってねぇ。 かわいそうに」

「……スー……僕のは……夕暮れ色……」

「そうそう。でね、ここで一つの疑問が浮かぶわけよ。 「もし刀鍛冶さんに剣士としての凄い才能があったら、打ってる最中に色が変わっちゃうんじゃないか?」って」

「確かに。 金目鯛さんとか、凄そうなオーラありましたもんね。 あの方が握った瞬間に「ひょっとこ色」とかに変わったら、私たちが握っても手遅れじゃないですか?」

「ひょっとこ色は嫌だけど……どうやら、そこには「色を変えない秘伝」があるらしいわよ」

「……秘伝……? 美味しい……?」

「食べ物じゃないわよ。なんでも、仕上げの段階では素手で刀身に触れないようにしたり、あるいは「心を無にして」自我を消して打つことで、自分の色が移るのを防ぐ技術があるんですって」

「まあ♡つまり、未来の旦那様(持ち主)のために、身の潔白と純潔を守り抜いてお嫁に出すってことですね♡なんて健気な……興奮しちゃう」

「……言い方はアレだけど、まあそういうことね。持ち主が初めてその刀を握った時、初めてその人の色に染まる。刀鍛冶さんの愛と技術の結晶ね。」

「……ふーん。じゃあ、千草の布団も……僕が毎日寝て、僕の匂いで染めてあげる……」

「それはただのマーキングよ! 洗濯しなさい!」

「あら、弥太郎の匂いなら大歓迎よ♡さあ、噂話はここまで!本編もお楽しみに〜!」


金目鯛の煮付けと、黄金の稲妻

山を下りる足取りは軽い。七日間という長きに渡る野宿(という名の優雅なキャンプ)を経て、私はようやく帰路についていた。

 

目指すは、狭霧山の麓にある私の愛の巣だ。

 

夕暮れ時の山道は薄暗い。しかし、私の目には関係ない。鬼の視力は闇を見通す。そして何より、愛する人の匂いが、私を導く道標となっているからだ。

 

「さっくん……!今、帰るわよ!待っててね、私の愛しい旦那様!」

 

もはや隠すつもりもない。全身から溢れ出る愛の波動を撒き散らしながら、私は最後の曲がり角を曲がる。

 

「颯……!無事だったか!」

 

「さっくん!会いたかったわ!」

 

ドスッ!

 

躊躇いなく、彼の胸に飛び込む。勢いが強すぎて、さっくんが数歩後ずさりするが、彼はしっかりと私を受け止める。強い腕が、私の背中に回る。懐かしい匂い。松の葉と、土と、そして男らしい汗の匂い。ああ、吸い込みたい。このまま肺の中を彼の匂いで充満させたい。

 

「よかった……。本当によかった……。怪我はないか?痩せていないか?」

 

「平気よ。むしろ太ったかもしれないわ。山菜が美味しかったもの」

 

涙なしには語れない、愛の物語のクライマックスだ。

 

はずだった。

 

「あら〜、熱烈ぅ♡いいですねぇ、大人の再会。私も混ぜてくださる?」

 

「……ふあぁ……。ここが……新しい寝床……?」

 

「…………?」

 

背後から、場違いな甘い声が聞こえる。ぬるっとした、粘着質な声だ。続いて、気だるげな少年の声。寝起き特有の掠れた声だ。

 

九条千草。公家出身の露出狂。着物の襟をだらしなく開け、いやらしい目つきで私たちを見ている。

 

もう一人は、神保弥太郎。睡眠の申し子。千草の背中から降り、ふらふらと幽霊のように立っている。目は半分閉じている。

 

「……颯。後ろの人たちは?お化けか?それとも、妖怪か?」

 

「……付属品よ。しかも、返品不可の。ついてきちゃったのよ。金魚の糞みたいに」

 

「おまけ付き……。しかも、随分とアクの強そうな……」

 

無理もない。彼らの放つオーラは、常人のそれではない。

 

「初めましてぇ♡九条千草ですぅ。お姉様の胸に惚れ込んで、押しかけ女房に来ましたぁ♡鱗滝さんですよね?噂通りの渋い殿方……」

 

「……僕は……神保弥太郎……。布団……。布団はどこ……?」

 

千草がクネクネと近づく。距離感がバグっている。初対面の男性の胸板を、いきなり指先でツンツンするなんて、どこの遊女だ。弥太郎が、虚ろな目でさっくんに迫る。ゾンビのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

夜。囲炉裏を囲んでの夕食。本来なら、さっくんと二人きりで、互いの口に箸を運び合うような甘い時間を過ごすはずだった。しかし、現実は非情だ。

 

「鱗滝さん、どうぞぉ♡お酌しますわ」

 

「あ、ああ……すまない」

 

千草が、さっくんの真横に陣取っている。ぴったりと密着して。太ももが当たっているのではないだろうか。さっくんが、居心地悪そうに身を縮めて杯を出す。

 

「鱗滝さんって、素敵ですねぇ。寡黙で、強くて、包容力があって。私、年上の殿方も大好きなんです。枯れ専ってやつですかね?」

 

「枯れてはおらんが……」

 

「私が口移しで飲ませてあげましょうか?んっ……♡」

 

千草は、徳利を傾けながら、上目遣いで彼を見つめる。そして、自分の口に酒を含み、唇を突き出す。アウトだ。完全にアウトだ。

 

「こら千草!!さっくんから離れなさい!なんであんた、そんなに仲良さそうなのよ!距離感おかしいでしょ!」

 

「えー、いいじゃないですかぁ。減るもんじゃなし。お姉様ばっかりズルいですよ。独占禁止法違反です。共有財産にしましょう?」

 

「さっくんは私有財産です!!私のものです!法的に登記はしてないけど、事実婚なのよ!」

 

「やれやれ……。賑やかになったな……」

 

私は箸を置き、千草の襟首を掴んで引き剥がす。物理的に。さっくんを背中に隠し、ガードの構えを取る。

 

「あれ?弥太郎は?まさか、トイレで寝てるんじゃ……」

 

「……あそこに」

 

部屋の隅。そこには、さっくんが万年床として敷きっぱなしにしている布団がある。男の一人暮らし特有の、少し生活感のある布団だ。その布団が、盛り上がっている。もぞもぞと動いている。私は音もなく近づき、掛け布団をめくる。

 

「…………」

 

彼は、さっくんの枕に顔を埋め、胎児のように丸まって熟睡していた。スースーと規則正しい寝息を立てている。

 

「弥太郎!!それはさっくんの布団よ!そこは私の聖域よ!さっくんの残り香を楽しむための、私専用の特等席なのよ!貴様、何様のつもり!?」

 

「……んぅ……。……いい匂い……。お父さんの匂い……。……落ち着く……」

 

「加齢臭を嗅いでいいのは私だけ!その男臭さは、私のフェロモンなのよ!返せ!」

 

弥太郎の足を引っ張る。しかし、彼は布団にしがみついて離れない。吸盤がついているのかと思うほどの吸着力だ。

 

(加齢臭……?私はまだ二十代なのだが……)

 

「千草!あんたの抱き枕でしょう!回収しなさい!」

 

「えー。今、鱗滝さんといいところなのにぃ。弥太郎、そこで寝てていいわよぉ」

 

さっくんがショックを受けている。ごめんね、さっくん。言葉のアヤよ。貴方の匂いは、私にとっては最高級の香水よ。千草は協力する気がない。むしろ、さっくんの膝に乗ろうと画策している。

 

私の安息の地は、変態たちの収容所と化してしまった。明日から、どうやって生きていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「颯、起きたか?」

 

「はーい!今起きました!すぐに行きます、旦那様!」

 

「おはようございまーす!さっくん、朝の接吻を……」

 

そこまで言って、私は固まった。茶の間には、既に先客がいたからだ。それも、二名。

 

「あら、お姉様。おはようございますぅ♡遅いお目覚めですねぇ。夜更かしでもしたんですかぁ?鱗滝さんと……うふふ♡」

 

朝から胸元を大きく開け、着崩した寝間着姿で、さっくんの隣に座っている。手には茶碗を持ち、甲斐甲斐しくさっくんの世話を焼こうとしている。邪魔だ。非常に邪魔だ。

 

「……スー……スー……」

 

そして、部屋の隅。さっくんの布団がまだ敷きっぱなしになっており、その中で蓑虫のように丸まっている物体。彼は、さっくんの枕を抱きしめ、幸せそうな寝息を立てている。

 

「…………」

 

現実は、夢よりも残酷だった。私の甘い新婚生活は、この変態たちによって完全に浸食されていたのだ。

 

「……颯。飯ができているぞ」

 

「……おはよう、みんな。朝から賑やかでいいわね(棒読み)」

 

さっくんが、疲れた顔で言う。その目の下には、うっすらと隈ができている。昨夜、千草の夜這い攻撃と、弥太郎の布団占領攻撃に晒され、安眠できなかったに違いない。可哀想な私の夫。私は引きつった笑顔で挨拶をし、さっくんの反対側の席(千草から一番遠い場所)に座る。

 

 

 

 

 

 

朝食後。私たちは縁側に並んで座り、お茶を啜っていた。外は快晴。狭霧山の緑が目に鮮やかだ。本来なら、鳥のさえずりを聞きながら、老後の夫婦のように穏やかな時間を過ごすはずだった。

 

「……して。何故、この二人は帰らないのだ?」

 

さっくんが、重い口を開く。手には湯呑み。視線は、庭で蝶々を追いかけている千草と、縁側でゴロゴロ転がっている弥太郎に向けられている。

 

直球の質問だ。ごもっともだ。最終選別は終わった。隊服の寸法も測った。あとは、日輪刀が届くのを待つだけだ。普通なら、それぞれの育手の元へ戻り、刀の到着を待つか、あるいは実家に帰って吉報を伝えるべきだろう。なのに、なぜこいつらは、我が物顔でここに居座っているのか。ここは鱗滝左近次の家であって、無料の宿泊所でもなければ、変態の更生施設でもないのだ。

 

「あ、それなんですがぁ。私と弥太郎、呼吸が独自すぎて、育手がいないんですよぉ」

 

「……は?独自すぎて?育手がいない?」

 

「ええ。私、元々は雷の呼吸を教わってたんですけどぉ。栄螺お師匠様に『あんたの剣は雷じゃない。もっと派手で、もっと性格の悪い何かだ』って言われましてぇ」

 

「性格が悪いのは否定しないわ」

 

「で、勝手に『光の呼吸』って名乗ることにしたんですぅ。だって私、輝いてますから♡」

 

千草が、蝶々を捕まえ損ねて戻ってくる。着物の裾が乱れて、白い足が丸見えだ。さっくんが「目のやり場に困る」といって、明後日の方向を見ている。

 

後光が差しているように見えるのは、彼女の自己肯定感の高さゆえだろうか。

 

「光の呼吸……。聞いたことがないな。で、そっちの弥太郎は?」

 

「……んぅ……。……僕は……『黄昏の呼吸』……」

 

「黄昏?」

 

「……じいちゃんが……夢の中で教えてくれた……。だから……現実には師匠がいない……」

 

彼はそう言うと、また目を閉じてしまった。夢の中で習得した呼吸。もはやオカルトの領域だ。

 

「そうそう。だからぁ、案内役の童子ちゃんたちに相談したんですよぉ。『私たち、行き場がないんですけどぉ』って。そうしたら、『とりあえず鱗滝左近次様のところに行け』って言われてぇ」

 

「……誰にだ。誰がそんな無責任なことを……」

 

(……鰹田さんか、栄螺さんだな……)

 

「かくして、なし崩し的にみんなでの生活が始まったわけね」

 

間違いない。あの姉弟だ。「面倒な奴らは全部鱗滝に押し付けろ」という、暗黙の了解があるに違いない。

 

なんて迷惑な姉弟愛。そして、なんて不憫なさっくん。状況は理解した。

要するに、私たちは「はぐれ者」の集まりなのだ。型破りな呼吸の使い手たち。既存の枠に収まりきらない、規格外の変態たち。それを受け入れられる器を持つのは、人格者である鱗滝左近次しかいない、という判断なのだろう。

 

「……まあ、家事(と夜の相手)は私が仕切るからいいけど!」

 

「鱗滝さん、私、お腹空きましたぁ。お昼ご飯まだですかぁ?」

 

「……颯」

 

「はいはい。作りますよ。今日は山菜の天ぷらにしましょうか。千草、あんた薪割ってきなさい。弥太郎、川で水汲んできて」

 

「えー、薪割りぃ?手が荒れちゃいますぅ」

 

「うるさい!働かざる者食うべからずよ!」

 

主導権は渡さない。台所と寝室は私の城だ。千草には雑巾がけを、弥太郎には布団干しをさせて、こき使ってやるわ。鱗滝家の賑やかな昼下がり。変態たちの矯正生活は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

数日後。その日は、朝から妙に静かだった。風も穏やかで、空は高く澄み渡っている。嵐の前の静けさ、というやつだろうか。

 

私は庭で洗濯物を干していた。さっくんのふんどしをパンパンと叩いて伸ばす。幸せな時間だ。

 

チリン、チリン。

 

どこからか、涼やかな音が聞こえた。風鈴の音だ。

 

「あら?ごめんください」

 

玄関の方から、野太い声がした。私は洗濯物を放り出し(千草の顔に被せて)、玄関へと走る。

 

そこには、一人の男が立っていた。奇妙な男だ。顔には、ひょっとこのお面をつけている。口をすぼめ、とぼけた表情の面だ。しかし、その体つきは筋骨隆々で、職人特有の厳めしい空気を纏っている。背中には、自分の背丈ほどもある大きな風呂敷包みを背負っている。笠の端に吊るされた風鈴が、風に揺れてチリンと鳴った。

 

「……お頼み申す。わしは刀鍛冶。名を金目鯛鉄窓と申す」

 

「!!!」

 

「き、金目鯛……!?」

 

ビクンッ!私の体が反応する。

 

金目鯛。深海の赤い宝石。脂が乗っていて、煮付けにすると最高に美味い、あの高級魚。その名前を持つ人間が、今、私の目の前にいる。

 

「なんて美味しそうな……。いえ、煌びやかなお名前!」

 

「(ビクッ)……」

 

「……あ、ああ。鱗滝左近次の紹介で、葛城颯、九条千草、神保弥太郎の刀を打ちに来た。鋼はお前たちが選んだものだ」

 

「ああ、刀鍛冶さんでしたか!お待ちしておりました!どうぞ中へ!すぐにお湯を沸かしますね!煮付けにしますか?それとも干物?」

 

「刀の話だ!!食うな!!」

 

赤い着物を着ているわけではないが、私には彼が巨大な魚に見えて仕方がない。煮付けか?それともしゃぶしゃぶか?あるいは、新鮮な刺身か?男が後ずさる。ひょっとこの面の下で、顔を引きつらせているのが気配で分かる。

 

怒られた。冗談なのに。半分本気だけど。

 

「颯、誰か来たのか?」

 

「鱗滝殿。久しぶりだな」

 

「鉄窓か。遠路遥々、ご苦労だった。上がってくれ」

 

 

 

 

 

 

縁側。私たちは一列に並んで座らされた。目の前には、金目鯛さんが風呂敷を解いて取り出した、三振りの日輪刀。まだ鞘に収められているが、それぞれ独特のオーラを放っている。

 

「いいか。日輪刀は『色変わりの刀』とも呼ばれる。持ち主の適性や呼吸によって、刀身の色が変化するのだ。それぞれの呼吸に対応した色がある。水は青、炎は赤、雷は黄……といった具合にな。だが、お前たちは規格外だと聞いている。どんな色になるか、わしも楽しみだ」

 

金目鯛さんが説明する。ひょっとこの面が、真剣にこちらを向いている(ように見える)。職人の血が騒ぐらしい。彼はワクワクしているようだ。

 

「まずは、そこの寝ぼけた小僧からだ」

 

「……ん」

 

金目鯛さんが、弥太郎を指差す。弥太郎は、千草に揺すり起こされて、まだ夢の中にいるような顔をしている。あくびを噛み殺しながら、自分の前に置かれた刀を手に取る。彼は無造作に、柄を握る。鯉口を切る。刀身が現れる。

 

最初は、ただの銀色の刃だった。しかし、弥太郎の手が触れた瞬間。根元から、色が変わり始める。

 

しゅわぁぁ……。

 

染料を落とした水のように、色が広がる。深い、夜の闇のような藍色。それが、切っ先に向かうにつれて、徐々に明るくなり、鮮やかな茜色へと変わっていく。そして、刃の縁には、金色の粒子が輝いている。

 

夜と昼の境目。光と闇が混ざり合う、一瞬の時間。

 

「ほほう!『黄昏』の名に相応しい、夕暮れの空の色じゃな!藍から茜へのグラデーション。美しい!これほど見事な色変わりは、そうそうお目にかかれんぞ!」

 

「……まぶしい。……おやすみ」

 

「おい!神聖な刀を枕にするな!」

 

彼は刀を鞘に納め、そのまま畳に倒れ込んで寝てしまった。興味なしか。宝の持ち腐れとはこのことだ。金目鯛さんが怒鳴る。

 

「……次は、そこの派手な娘だ」

 

「はーい♡私の愛刀……♡どんな色になるかしら。やっぱり、情熱のピンク色かしら?」

 

千草が、艶めかしい手つきで刀を手に取る。撫で回す。刀が赤面しそうなほどの手つきだ。

 

彼女が抜刀する。シャラン!という、鈴のような高い音が響く。

 

その瞬間。

 

カッ!!

 

強烈な光が、部屋中を満たした。刀身が発光しているのではない。刀身があまりにも純度の高い白銀色に変わり、周囲の光を反射・増幅しているのだ。表面が鏡のように磨き上げられ、さらに微細な凹凸によって、光を虹色に分光している。

 

キラキラキラキラ……!

 

「うわっ!眩しい!」

 

「なんと!眩しい!これは『光』の呼吸か!目が潰れそうじゃ!」

 

「あら素敵。私の美貌を映す鏡になりそうね。見て、お姉様。刀に映る私も可愛いでしょ?」

 

千草が刀を鏡代わりにして、前髪を直している。ナルシストも極まれりだ。しかし、その刀の切れ味は凄まじそうだ。光を集めて熱を発し、相手を焼き切るような、そんな予感がする。

 

 

 

 

 

 

「さて、最後は……お前だ」

 

「……はい」

 

私は短く答え、目の前に置かれた刀に手を伸ばす。黒塗りの鞘。六角形の鍔。見た目はシンプルだが、ずしりとした重みが、これがただの鉄塊ではないことを主張している。

 

(……さて、問題は私だ)

 

心の中で、緊急会議を開く。議題は「私の正体バレたらどうするの案件」について。

 

(私は鬼。血鬼術『封鬼化生』で肉体構造を人間に変えているとはいえ、その本質は人食い鬼だ。日輪刀というのは、太陽の光を吸い込んだ鉄で作られている。つまり、鬼にとっては天敵とも言える素材だ。そんなものが、私の気に反応して、どうなるか……)

 

最悪の事態を想定する。例えば、刀身がドス黒く濁るとか。あるいは、血のような不吉な赤色に染まるとか。最悪の場合、私が触れた瞬間に「ギャアアア!鬼だー!」と刀が喋り出すとか(そんな機能はないと思うけど)。

 

(喋ったりしたら、一発でバレる……!『あれ?おかしいなー、手が汚れてたかなー?』で誤魔化せるレベルならいいけど、明らかに『邪悪です!』みたいなオーラが出たらどうしよう)

 

私の額に、冷や汗が滲む。さっくんが見ている。彼の前で、正体が露見することだけは避けたい。愛する夫に「鬼退治」されるのは、悲劇のヒロインとしては悪くない結末かもしれないが、私はまだ美味しいものを食べ足りない。

 

(もし、バレたら……)

 

私はチラリと金目鯛さんを見る。彼は身を乗り出して、期待に満ちた(お面だけど)顔をしている。

 

(最悪、金目鯛さんを口封じに……美味しくいただかないと……)

 

私の脳内で、シミュレーションが走る。刀が変な色になる。金目鯛さんが「鬼だ!」と騒ぐ。私が神速で金目鯛さんの口(物理)を塞ぐ。「あらやだ、金目鯛さんったら、興奮して心臓麻痺を!」と嘘をつく。証拠隠滅のために、骨まで残さずスタッフ(私)が美味しくいただきました、とする。

 

完璧だ。いや、完璧じゃない。さっくんを騙すのは心が痛む。でも、背に腹は代えられない。金目鯛さん、ごめんなさい。貴方のことは、最高の煮付けとして私の血肉の中で永遠に語り継ぐわ。

 

「おい、どうした。早く抜かんか。腹でも減ったか?」

 

「いえ、少し緊張してしまって。深呼吸をしていただけです。……スー(吸い込む音)、ハー(吐き出す音)。……えいっ!」

 

鋭い。食欲が顔に出ていたか。私は人間。私は可愛い人妻。私はただの、食いしん坊な剣士。自己暗示をかける。私は覚悟を決める。鯉口を切る。右手で柄を握りしめ、一気に引き抜く。

 

シュルッ……!

 

金属が擦れ合う澄んだ音が、静寂を切り裂く。現れたのは、銀色の刃。

 

しかし、それは一瞬のこと。

 

バチバチッ!!

 

音がした。空気が爆ぜるような、放電の音。私の指先から、目に見えない奔流が刀身へと流れ込む。それは私の闘気であり、食欲であり、そして隠しきれない鬼としての強大なエネルギーだ。

 

「あっ……!」

 

さっくんが声を上げる。刀身の根元から、色が変わり始める。今まで見た、千草の白銀や、弥太郎の茜色とは違う。もっと激しく、もっと暴力的な速度で。

 

カッ!!!!

 

光が溢れる。

 

刀身が、一瞬で鮮烈な黄色に染まる。それは、通常の雷の呼吸の色とされる「黄色」よりも、遥かに濃く、深く、そして重厚だ。ただの黄色ではない。黄金だ。溶かした金をそのまま刃の形に固めたような、まばゆいばかりの金色の輝き。

 

さらに。

 

ジジジジジ……!

 

黄金の刀身の表面に、黒い亀裂が走る。いや、亀裂ではない。文様だ。黒い稲妻のような、禍々しくも美しい幾何学模様が、焼き付くように浮かび上がってくる。

 

「おおおおっ!!」

 

「ひぇっ!?」

 

「こ、これはすごい!雷の呼吸の適性が、極めて強く出ておる!これほど鮮やかな黄色は見たことがない!山吹色を超えて、もはや発光しておるわ!しかも、なんだこの黒い稲妻は……!通常、日輪刀は一色に染まるもの。文様が浮かぶなど、聞いたことがない!もしや……伝説の『黒雷』の資質か!?あるいは、雷神の加護か!?」

 

なんだこの反応は。バレたか?やはり、黒いのがまずかったか?金目鯛さんを調理する準備をすべきか?彼は勝手に解釈して、感動している。どうやら、「鬼の呪い」だとは微塵も思っていないようだ。

 

(た、助かった……!)

 

「ほ、ほんとだ……。綺麗!なんて鮮やかな黄色なのかしら!まるで……南蛮渡来の高級菓子、加須底羅の断面みたいに鮮やかな黄色!そしてこの黒い部分は、底に敷かれたザラメが焦げた部分ね!美味しそう!」

 

(……例えが食い物しかないのか……)

 

「颯……。見事だ。美しい刀だ。君の真っ直ぐな心と、激しい気性が表れているようだ」

 

「ええ、さっくん。私、気に入りました!」

 

私は刀を掲げて見せる。朝日を浴びて、黄金の刃がキラキラと輝く。黒い文様が、良いアクセントになって全体を引き締めている。私は感想を述べる。最高の褒め言葉だ。さっくんが、感無量といった表情で私を見ている。

 

(よかった……。変な色にならなくて。この黒い模様は、十中八九、私の鬼としての『黒い肌(封鬼化生を解いた時の姿)』の影響だろうけど。でも、金目鯛さんが『黒雷』とかカッコいい名前をつけてくれたから、そういうことにしておこう!中二病っぽくて素敵だわ!これで私も、晴れて鬼殺隊剣士ね!もう『ただの怪力未亡人』とは言わせないわ。これからは『黄金の雷撃未亡人』よ!)

 

「見事だ、颯。その黄金の刃で、多くの人を救ってくれ。そして、必ず生きて帰ってくるんだぞ」

 

「はい、さっくん!約束します!この刀で、邪魔な鬼どもを……。狩り尽くします!片っ端から三枚におろして、鮮度がイイうちに食卓に並べてみせます!」

 

「……うむ。頼もしいが、表現が料理人なんだよな……」

 

さっくんが、真剣な眼差しで言う。胸がキュンとする。この人のためなら、世界中の鬼を根絶やしにしてもいいと思える。私は刀を鞘に納める。カチン、と心地よい音が鳴る。

 

こうして。三人の日輪刀が揃った。

 

神保弥太郎の、夕暮れのような藍と茜の刀。九条千草の、光を乱反射する白銀の刀。そして私、葛城颯の、黒い雷紋が走る黄金の刀。

 

個性派揃いの、最強の変態トリオ。その腰に、それぞれの魂の色を宿した武器が帯びられたのだ。

 

「さあ、金目鯛さん!お祝いですよ!猪鍋が煮えてますから、食べていってください!」

 

「い、いや、わしは帰る!急用を思い出した!家の鍵をかけ忘れた気がする!」

 

「あら残念。じゃあ、お弁当にしますね。握り飯の中に、私の特製『精力増強ねり梅』を入れておきますから!」

 

「いらん!!」

 

「さあ、千草、弥太郎!いつまで寝てるの!ご飯よ!食べて、精をつけて、初任務に備えるわよ!」

 

「はーい♡ご飯の後は、お風呂一緒に入りましょうね、お姉様♡」

 

「……むにゃ……。……ご飯……食べる……」

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

弥太郎の黄昏刀、千草の光刀、そして颯の黄金黒雷刀。
あなたはどの刀が好きでしたか?

・颯の刀が想像より中二病で興奮した
・千草の光属性が反則級に眩しい
・弥太郎のグラデーション刀が地味に美しい
・鱗滝家の秩序が完全に崩壊してて笑った

などなど、感じたところをぜひ感想で教えてください。
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