鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら 作:斉宮 柴野
乾いた音が、静まり返った深夜の狭霧山に響き渡る。私が懐から取り出した手ぬぐいを畳み、即席の扇子として自らの膝を叩いた音だ。
場所は、鬼殺隊の剣士・鱗滝左近次の隠れ家。本来ならば、愛する旦那様と二人きりの甘い夜を過ごすはずの聖域。しかし今は、変態たちの巣窟と化している悲劇の場所だ。
「さあさあ、語って聞かせましょう!天才・風音の華麗なる転身記・貞操防衛編!吉原の頂点から鬼殺隊の剣士となり、晴れて日輪刀を手に入れた私、葛城颯!
さっくんとの幸せな新婚生活を夢見ていた私に突きつけられた現実は、あまりにも過酷でした!露出狂の令嬢・九条千草!睡眠の申し子・神保弥太郎!
この二人の侵略者が、我が物顔で居座り、私の平穏を脅かしているのです!
刀鍛冶の金目鯛さんから刀を受け取った私たちは、それぞれの呼吸に合わせた色変わりを披露。私は黄金の雷、千草は白銀の光、弥太郎は黄昏の茜色!さあこれで鬼退治に出発だ!と意気込んだものの、まだ指令が来ない!
暇を持て余した変態たちは、家の中で暴走を始める!特に弥太郎!あいつは私の胸を枕だと認識しているのか、隙あらば無言で抱きついてきて、揉む!揉んで寝る!『……ふかふか……』とか言いながら、熟睡モードに入る!私はさっくん専用なのに!そして千草!あいつはもっとタチが悪い!さっくんの寝所を常に狙うハイエナのような女!これは戦争よ!愛と欲望の防衛戦よ!風音の明日はどっちだ!待て次号!」
パン!
もう一度膝を叩き、私は満足げに頷く。今日も絶好調だ。私の美声が、暗闇に吸い込まれていく。
時刻は丑三つ時。草木も眠る深夜である。本来ならば、私も愛する旦那様の腕の中で、甘い夢を見ている時間帯だ。
しかし、私は起きている。目はギンギンに冴え、神経は張り詰め、全身の毛穴という毛穴から殺気を放出している。なぜなら、私が眠れば、ここは無法地帯になるからだ。
「……ふぅ」
私はため息をつき、廊下の警備に戻る。今日の私は、いつもの着物姿ではない。寝間着の上に、戦装束のように襷をかけ、手にははたきを持っている。名付けて「左近次防衛機構」
夫の貞操と、自分の領土を守るための、鉄壁の布陣である。
脅威を確認する。九条千草。あの女狐だ。彼女の部屋は空だった。布団は冷たく、抜け殻のようになっている。
「……やっぱりね」
予感はしていた。あの女、今夜あたり仕掛けてくるのではないかと。さっくんの優しさに付け込み、なし崩し的に既成事実を作ろうとする魂胆が見え見えだ。
私は足音を殺し、廊下を進む。目指すは、この家の主にして、私の最愛の人、鱗滝左近次の寝所。私の聖域だ。襖の前まで来る。中からは、静かな寝息が聞こえる……はずだった。しかし、私の鬼の聴覚は、微かな衣擦れの音と、濡れたような水音を捉えてしまう。
「…………」
私の全身の血が沸騰する。間違いない。侵入者がいる。しかも、すでに接触を開始している。私は呼吸を整える。全集中の呼吸ではない。「激怒の呼吸」だ。怒りのエネルギーを丹田に溜め込み、爆発的な攻撃力へと変換する。
(待っててね、さっくん。今、害虫駆除に行くから!)
◆
(ん……?颯か……)
夜這いか。またか。まったく、可愛い奴だ。そんなことをしなくても、私はいつでも受け入れるのに。そう思いながら、抵抗せず、その体を抱きしめる。しなやかで、柔らかい肢体。鼻腔をくすぐる、甘い白粉のような香り。
いつもとは少し違う、京風の雅な香りだが。
「……颯。夜も遅い……。そう求めずとも、私は逃げないよ……」
さっくんが囁く。優しい声だ。その優しさが、今は仇となっているとも知らずに。
しかし。相手は返事をしない。「さっくん大好き!」とも、「抱いて!」とも言わない。無言のまま、さっくんの着物の襟に指をかけ、慣れた手つきで寛げていく。そして。濡れた舌が、彼の首筋を這う。ざらりとした感触。鎖骨から胸板へと、ゆっくりと、しかし執拗に舐め上げていく。
遊郭の女郎というよりは、夜伽専門の側室のような、粘着質な愛撫。
(……?何か、様子が違う……?)
いつもの颯なら、もっとこう、ダイナミックに抱きついてきたり、甘えたりするはずだ。こんなに静かで、テクニカルな攻め方はしない。彼女は天才だが、こういう搦め手は苦手なはずだ。
「ん……ちゅ……」
女の口から、艶めかしい吐息が漏れる。その声は、少し高く、鈴を転がすような響きを持っている。
「颯……?」
暗闇の中で、彼の上に跨る影が動く。
その時だ。
「何をやっとるかぁぁぁ~!!」
ドガァァァァン!!
襖が開けられたのではない。蹴破られたのだ。木っ端微塵に。
廊下の行燈の明かりが、部屋の中に差し込む。逆光の中に立つ私の姿は、さぞかし恐ろしい鬼の形相に見えたことだろう。髪は逆立ち、目は血走り、手にははたきを握りしめている。
「ひぃっ!?」
さっくんが悲鳴を上げる。可哀想に。心臓が止まらなくてよかった。
「成敗!!」
バッ!!
掛け布団を剥ぎ取る。勢いよく。冬の寒空の下に晒される真実。そこには。さっくんの上に跨り、着物を脱いで、艶めかしい顔で舌を出している千草の姿があった。彼女の手は、さっくんの帯を解きかけており、その顔は快楽と背徳感で紅潮している。
「……ちっ!!」
「舌打ちした!?今、舌打ちしたわね!?千草!貴様!私のさっくんに何を!?どさくさに紛れて何をしようとしていたの!?」
「えー、いいじゃないですかぁ。お裾分けですよ、お姉様。美味しいものはシェアする時代ですよ?お姉様が寝てる間に、ちょっと味見を……。減るもんじゃなし、ケチケチしないでくださいよぉ」
千草が悪びれもせずに言う。彼女はさっくんの上から退こうともしない。むしろ、しっかりと太ももで彼を挟み込み、所有権を主張するかのような体勢だ。
「さっくんは試供品じゃありません!!味見禁止!お触り禁止!接近禁止!半径二メートル以内への立ち入りを禁じます!!」
「うわぁん、暴力反対ぃ!」
千草がようやく飛び退く。その動きは軽やかで、一糸纏わぬ姿が、月明かりに透けて見えている。あざとい。
「颯……これは……」
彼はまだ状況が飲み込めていないようだ。寝起きで襲われ、さらに妻が乱入し、目の前で痴話喧嘩が始まったのだから無理もない。
「さっくん!大丈夫!?汚されてない!?消毒しなきゃ!塩!塩を持ってきて!」
私はさっくんに駆け寄り、彼の体をペタペタと触って確認する。
「い、いや、私は大丈夫だ。何もされていない……と思う」
「甘いわ!この女は魔性の女よ!触れられただけで毒が回るのよ!淫乱の毒が!」
「ひどぉい。私はただ、鱗滝さんに親愛の情を示しただけですよぉ。夜のスキンシップは、家族の絆を深めるって言うじゃないですかぁ」
反省の色なし。
「家族じゃないわ!他人よ!居候よ!出て行きなさい!今すぐ荷物をまとめて出て行けぇぇ!」
「嫌ですぅ。ここが私の家ですぅ。ねえ、鱗滝さん?私、ここにいていいですよね?追い出されたら、行き場がなくて野垂れ死んじゃいますぅ」
さっくんは優しいから、こういうのに弱いのだ。
「……ううむ。確かに、行き場がないのは困るだろうが……。しかし、夜這いは感心しないな……」
「ほら見なさい!家主も困ってるでしょうが!次やったら、藤の木に縛り付けて放置するからね!鬼の餌にするわよ!」
「わあ、緊縛放置プレイですか?それはそれで……♡」
「黙れ!!」
話が通じない。この変態には、常識も倫理観も通用しないのだ。
◆
「ちょっと待って。今、変な音がしなかったかしら?」
千草の首根っこを掴んだまま、ふと動きを止める。千草は私の手の中で「離してぇ〜、鱗滝さんが冷めちゃう〜」と手足をバタつかせているが、今の私にはそれどころではない重大な違和感があった。
「……まさか。さっくん……。まさかとは思うけど、隠し子とか連れ込んでないわよね?」
千草が夜這いをかけていたのは、さっくんの左側だ。彼女はそこから侵入し、着物をはだけさせ、既成事実を作ろうとしていた。それは現行犯で取り押さえた。しかし。さっくんの右側。壁側のスペース。そこが、妙に盛り上がっている気がする。布団の山が、不自然に高い。私は恐る恐る尋ねる。さっくんは呆然とした顔で、首を横に振る。
「い、いや。私は一人で寝ていたはずだが……。言われてみれば、背中が温かいような……」
彼も気づいていなかったのか。それとも、あまりの自然さに同化してしまっていたのか。
「……えいっ!」
冬の冷気が入り込む。そして、月明かりが、隠されていた真実を白日の下に晒す。
「…………」
時が止まる。千草も、さっくんも、そして私も、言葉を失う。
そこにいたのは、弥太郎だった。睡眠の申し子。やる気のない天才剣士。
彼が、さっくんの背中にピッタリと張り付き、安らかな寝顔で丸まっていたのだ。それだけなら、まだいい。百歩譲って、寂しがり屋の子供が親の布団に潜り込んだと思えば、微笑ましいエピソードで済むかもしれない。済まないけど。問題は、彼が着ていないことだ。何も。一枚も。生まれたままの、完全なる全裸だったのだ。
「……油断も隙もない!って、弥太郎!なんで裸でさっくんの隣に寝てるの!?ここは銭湯じゃないのよ!」
「……ん……うるさいな……」
動きに合わせて、白い肌が波打つ。体が月光を受けて艶めかしく浮かび上がる。私は怒り心頭で、彼を引きずり出そうと手を伸ばす。
この露出狂を、寒空の下に放り出してやる。雪の中に埋めて、頭だけ出して反省させてやる。そう思って、彼の手首を掴もうとした瞬間。私の手が、ピタリと止まる。
「……!?」
月明かりに照らされた弥太郎の体。それは、剣士とは思えないほど白く、滑らかで、そして美しかった。陶器のようだ。いや、大福餅のようだ。
(……なにこれ。体が綺麗!普通に少女みたいな体して!おかしいでしょ!筋肉の隆起が見えないのよ!剣士なら、もっとゴツゴツしているはずなのに。適度に柔らかい肉がついていて、肌理が細かい!毛穴が見当たらないわ。無駄毛一本生えていない。全身脱毛でもしているのかしら?それとも、進化の過程で体毛を捨てた新人類?)
(……ちょっと。これ、男の子同士でもありかも……)
さっくんと、弥太郎。この組み合わせ。禁断の果実。いやいや、何を考えているの私は。私は腐っていない。私はノーマルな人妻だ。でも、このビジュアルの破壊力は凄まじい。
(じゅるり)
「……寒い。布団返して。お父さんの匂いが消えちゃう……」
「こら!なんで裸なのよ!服を着なさい、服を!風邪引くでしょうが!」
「ん?家の中で寝る時は、裸で寝るのが普通……」
「どんな野生児よ!文明社会のルールを知らないの!?服は着るためにあるのよ!脱ぐためじゃないのよ!」
「……服は……拘束具だから……。寝る時は……解き放たれたい……。……自然と一体になりたい……」
彼は詩的なことを言いながら、またさっくんにしがみつこうとする。貞操の危機だ。後ろからは千草、前からは弥太郎。挟み撃ちだ。
「人の旦那の横に潜るな!変な間違いが起きたらどうすんの!さっくんが寝ぼけて、貴方を私と間違えて抱きしめたらどう責任取るつもり!?」
さっくんは紳士だが、寝起きは無防備だ。こんなモチモチした肌触りの物体が隣にあったら、抱き枕にしてしまうかもしれない。そして、そのまま……。
「いやあああ!想像したくない!私のさっくんが!BLの世界線に行っちゃう!」
「……千草なら……いいのに……。千草の布団……誰もいなかったから……。仕方なく……こっちに来た……」
弥太郎がボソリと呟く。彼はまだ寝足りないようで、不満そうに千草の方を見る。
「仕方なくで私の夫を抱くな!」
とりあえず隠せ。その白い肌を隠せ。目の毒だ。いや、目の保養にはなるけれど、精神衛生上よろしくない。
すると。今まで黙って見ていた千草が、急に頬を膨らませて立ち上がった。彼女の視線は、弥太郎に向けられている。鋭い。嫉妬と、憤りと、そして何かどす黒い欲望が混ざった目だ。
「そうよ!弥太郎!あんたが私の布団で寝てくれないから、私が欲求不満になるじゃない!」
「弥太郎?私の布団はいつでもウェルカムだって言ってるでしょう?なんで今日は来なかったの?私の肌じゃ不満?鱗滝さんの方がいいの?」
「千草……寝相悪いし……。すぐ脱がそうとするし……。安眠できない……」
「当たり前でしょう!私は抱き枕が欲しいんじゃないの!愛玩動物が欲しいんじゃないの!雄が欲しいのよ!なんで私とは『やらない』のよ!抱き枕にはなるくせに!密着してくるくせに!手を出してこないなんて生殺しよ!寸止めプレイもいい加減にしなさいよ!私は枯れ木じゃないのよ!潤いが欲しいのよ!」
「……知らん……。……眠い……」
千草のフェロモン攻撃を、柳に風と受け流す。このスルースキル、ある意味最強かもしれない。
「黙れ千草!自分の性欲処理のために、私の夫を代用品にするな!さっくんは弥太郎の代わりじゃないのよ!」
「だってぇ!お姉様!聞いてくださいよぉ!弥太郎ったら、私の胸を散々揉んでおいて、いざ本番ってなると寝ちゃうんですよ!?詐欺ですよ!結婚詐欺ですよ!」
「知るか!当事者同士で解決しなさい!よそでやれ!」
「鱗滝さんなら、きっと最後まで優しくしてくれると思って……。大人の包容力で、私の乾いた心を……」
千草がまたさっくんにすり寄ろうとする。
「寄るな!離れろ!シッシッ!」
ギャーギャー!ワーワー!
狭い六畳一間が、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。その喧騒の中心で。一人、取り残された家主・鱗滝左近次が、ぽつりと呟いた。
「……颯、千草。……私は、物じゃない……」
小さいけれど、重みのある言葉だった。代用品。試供品。共有財産。散々な言われようだ。彼の尊厳は、今夜完全に踏みにじられている。
「ああっ!ごめんなさいさっくん!違います!貴方は物じゃありません!貴方は私の宝物です!世界で一番大切な、私の所有物です!」
(……結局、物扱いなのか……)
ごめんね、さっくん。私の愛が重すぎて、時々表現が歪んでしまうの。でも、これも全部貴方を愛しているからこそなのよ。
◆
さて、時刻は朝。昨夜の騒動で睡眠不足気味の私たちだが、腹は減る。
私の膳には、土鍋で炊いた銀シャリ、猪肉と根菜の牡丹鍋風味噌汁、川魚の塩焼き、山菜の天ぷら、卵焼き、香の物三種盛り、食後の甘味に羊羹。
旅館の朝食も裸足で逃げ出すラインナップだ。これだけの栄養を摂らねば、変態たちの相手など務まらない。
対して、他の三人の膳は。麦飯、大根の味噌汁、漬物、めざし一匹。この格差。圧倒的な格差社会が、小さな食卓に縮図として現れている。
「いただきまーす!」
「……鱗滝さん。私、お魚の骨を取るのが苦手なんですぅ。取ってくれませんかぁ?あーん♡」
千草が、めざしの頭を齧りながら上目遣いでさっくんを見る。彼女の着物は、朝から襟元が緩んでおり、鎖骨が露わになっている。わざとだ。絶対わざとだ。
「……自分でやりなさい」
「ちぇっ。つれないですねぇ。お姉様には甘いくせにぃ」
私は今、猪肉の脂身を口いっぱいに頬張り、至福の表情を浮かべているところだ。
「ん~っ!美味しい!やっぱり朝は肉よね!パワーが出るわ!」
「……お姉様だけズルいですよぉ。なんでそんなに豪勢なんですかぁ。私たちにも分けてくださいよぉ」
「嫌よ。これは私の活力源よ。貴女たちは修行中の身でしょう?粗食で精神を鍛えなさい。私は……まあ、育ち盛りだから特別なのよ」
「……肉……」
弥太郎が反応した。寝ているはずなのに、私の猪肉に反応して箸を伸ばしてくる。正確無比な動きだ。見えない斬撃を繰り出すのと同様に、見えない箸捌きで私の肉を掠め取ろうとする。
パシッ!
私の食糧庫への侵入は許さない。
「痛っ……」
弥太郎が目を覚ます。涙目になっている。
「人の肉を盗むな。食べたければ、自分のめざしを食べなさい。カルシウムたっぷりよ」
「……めざし……硬い……。肉……柔らかい……。千草のおっぱいみたいに……」
「朝から何を言ってるのこの子は!教育的指導が必要ね!」
ごめんね、さっくん。いつか二人きりになったら、私が毎日手料理を振る舞ってあげるからね。
バサバサバサッ!!
突如、開け放たれた縁側から、黒い影が飛び込んできた。鳥だ。それも、一羽ではない。三羽。私たちの鎹鴉たちだ。
「カァーッ!伝令!伝令!飯の時間か!?俺様の分はあるか!?」
先頭を切って飛び込んできたのは、私の鴉だ。相変わらず太っている。飛ぶというより、重力に逆らって浮遊しているような飛び方だ。着地の瞬間に「ドスッ」という音がした。畳が悲鳴を上げた気がする。
「あら、おはよう。朝ご飯の時間よ。貴方には、特製のミミズの干物を用意しておいたわよ」
懐から、昨日庭で捕まえて干しておいたミミズを取り出す。
「カァッ!気が利くな!だが本題はそっちじゃない!任務だ!任務!北北東!北北東の村へ向かえ!少女が消えている!夜な夜な消えている!鬼狩りの初陣なり!」
「ヘイ!パーティーの時間だぜ!可愛い子猫ちゃんたち、準備はいいかい?全員集合!北北東!鬼という名のゲストを迎え撃て!」
続いて入ってきたのは、千草の鴉だ。キザな声で、前髪をかき上げるような仕草をする。朝からテンションが高い。
「……カァ……。……眠い……」
最後に、弥太郎の鴉が、弥太郎の頭の上に不時着した。こいつは任務を伝える気があるのだろうか。飼い主と同様、半分寝ている。
「お、ついに来ましたね初任務!」
身が引き締まる思いだ。ついに、鬼殺隊士としての活動が始まる。遊びではない。人食い鬼を狩り、人を守る崇高な任務だ。
「北北東か……。少女が消えているということは、執着心の強い鬼か……。……全員、同じ場所か?」
「否!否!否々!葛城颯!九条千草!神保弥太郎!以上三名は同行!チーム結成!北北東へ急行せよ!」
私の鴉が、ミミズを飲み込んでから叫ぶ。
「鱗滝左近次は別命!南南東へ向かえ!別の任務あり!ソロ活動だぜ!」
「ええーっ!?さっくんと別行動!?嘘でしょう!?新婚旅行も兼ねて、二人で鬼退治の旅に出る予定だったのに!」
私の計画が崩れ去る。さっくんの背中を守り、夜は背中を流し合い、愛を深めるはずだったのに。よりによって、この変態二人と組まされるなんて。神様は私に試練を与えすぎではないだろうか。
「あら残念。鱗滝さんとの旅、楽しみにしてたのにぃ。旅の恥は掻き捨てって言いますし、旅先でなら大胆なこともできたのにぃ……」
彼女の言う「大胆なこと」が何なのか、想像するだけで寒気がする。さっくんと別行動で正解だったかもしれない。この女と一緒にいたら、さっくんの身が持たない。
「……仕方がない。新人のうちは、複数で組ませるのが定石だ。単独では対処できない鬼もいる。互いに補い合い、生存率を高めるための措置だろう。それに、私と一緒では君たちの成長にならないと判断されたのだろう。いつまでも師匠に頼っていては、柱にはなれない」
彼は、すでに剣士の顔になっている。私情を挟まない、プロの顔だ。厳しい言葉だ。でも、その通りだ。私は鬼殺隊に入り、組織を内側から食い荒らす……じゃなくて、掌握するために来たのだ。いつまでもさっくんの庇護下にあっては、私の野望は満たされない。
「……分かりました」
覚悟を決める。猪肉の残りを口に放り込み、咀嚼して飲み込む。これが、別れの味だ。
玄関先。私たちは、それぞれの荷物を背負い、草鞋の紐を締める。千草は身軽な風呂敷包み一つ。弥太郎は手ぶらだ。私は、調理器具と調味料を詰め込んだ背負子を担ぐ。遠足ではないと言われそうだが、食は戦力の要だ。
「颯。二人を頼む。君が一番しっかりしている。千草は暴走しがちだし、弥太郎は……見ての通りだ。君が手綱を握り、まとめ役として彼らを導いてやってくれ」
「……はい、さっくん」
私が一番まともだと認定されたことは素直に喜ぼう。この動物園の園長役を任されたわけだ。責任重大だ。
「無事に帰ってきてくれ。……待っている」
愛する人を戦場へ送り出す不安。それを押し殺して、彼は私を信じてくれている。
「ええ。必ず帰ってきます。貴方も気をつけて。私の帰る場所を守っていてね。浮気したら、地獄の果てまで追いかけて噛み殺すから」
本気だ。留守中に変な女が近づいたら、私の呪い殺す念で撃退してやる。
「……ああ。心得ておく」
私たちは手を離す。名残惜しい温もりが、掌に残る。
(ちっ。さっくんと離れるのは寂しいけど……。この変態二人を野放しにするわけにはいかない。千草は男漁りに夢中で任務を忘れるだろうし、弥太郎は道端で寝て野垂れ死ぬだろう。私が管理しないと、初任務で全滅なんていう笑えないオチになりかねないわ。私が手綱を握って、サクッと任務を終わらせて帰ってきましょう!美味しい鬼を食べて、お土産話を持って、さっくんに褒めてもらうのよ!)
「よし、行くわよ変態ども!私の初陣を飾るのよ!華々しく、そして迅速に!遅れたら置いていくからね!夕飯抜きよ!」
「はーい、お姉様♡」
「……眠い。……おんぶ」
「はいはい、乗って。あんた、重くなったんじゃない?昨日、お姉様の猪鍋食べ過ぎたんじゃないの?」
「……筋肉……増えた……」
「嘘おっしゃい。脂肪でしょ」
千草が文句を言いながらも、彼のお尻を支え直す。この二人、なんだかんだで相性がいいのかもしれない。
「では、行って参ります!」
私はさっくんに一礼する。さっくんも深く頷き返す。私たちは歩き出す。北北東へ。少女が消えるという、不吉な村へ。
こうして、風音、千草、弥太郎の「変態三銃士」による初任務が幕を開けた。向かうは北北東。そこで待ち受ける鬼は、まさかこんな奴らが来るとは夢にも思っていないだろう。恐怖を与えるはずが、逆に恐怖を与えられることになる哀れな鬼に、今のうちから同情しておこう。
「あ、そうだ千草。道中、男に声かけるの禁止ね」
「えーっ!?そんな殺生な!」
「弥太郎も、道端で脱ぐなよ」
「……暑い……」
「脱ぐなと言っている!」
私の怒号が、朝の山道に響く。前途多難。
明治コソコソ噂話
颯 「ねえ千草。あんた、私が正真正銘の『鬼』だって知ってるのに、なんでそんなに懐いてくるの? 普通、怖がるとか、退治しようとかするもんじゃない?」
千草 「あら、愚問ですねお姉様。 私、『南総里見八犬伝』の大ファンなんですぅ! だから、お姉様のその『仁義ハチ公』な生き様、とっても気に入ってるんですよぉ♡」
颯 「仁義八行(じんぎはっこう)だ罰当たり!! ハチ公は犬の名前よ! 私は忠犬じゃなくて狂犬よ!」
弥太郎 「……鬼?」
颯 「やば」
弥太郎 「……スー……(即寝)」
颯 「……」
千草 「はい、ここで明治コソコソ噂話! 弥太郎の『黄昏の呼吸』ですが、普段から意識を飛ばして半分夢の中にいないと習得できないらしいですよぉ。 覚醒すると逆に弱くなるんですって。不便な子♡」