鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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「さあさあ、お立ち会い!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
語って聞かせましょう、絶世の美女剣士・颯の華麗なる鬼退治、色男と偽物加須底羅の変!
吉原の頂点から鬼殺隊へと舞い降りた私、葛城颯!愛しのさっくん(鱗滝左近次)という心に決めた殿方がいながら、目の前に現れたとんでもない美丈夫にうっかり心を奪われかけた私!
だって仕方ないじゃない!月明かりの下に佇む憂いを帯びた切れ長の目、スッと通った見事な鼻梁!さっくんの包容力溢れる無骨な魅力とはまた違う、夜の静寂にこそ相応しい線の細い色気!
隣では発情期を迎えた千草が『百人相手なんて未踏の境地だわ!』と叫び出し、睡眠魔人の弥太郎は『俺の極上安眠枕(物理)を死守する』と一人だけ謎の殺気を放つ始末!現場はもう大混乱!
だがしかし!美貌で女を釣ろうなんざ百年早いのよ!
どんなに顔が良くたって、女心を――いや、乙女の胃袋を満たせない男に用はない!
用意された南蛮菓子『加須底羅』が、あろうことか水分泥棒のパサパサもどきだった時の私の絶望たるや!
食の恨みは色欲よりも深し!顔面偏差値よりも糖度と水分量!
果たして私たち三人は、このふざけた味覚音痴の美形鬼を無事に明日の肥料にできるのか!?
怒りのちゃぶ台返しが炸裂する、波乱の夜の幕開けよ!待て次号!」


顔より菓子

【深夜の通り】

 

 

私たちを取り囲んでいた数百の鬼どもが、夜風に吹かれた煙みたいに輪郭を揺らがせ始める。

 

「やっぱり増やしすぎなのよ。盛りすぎは品がないわ」

 

「でも、顔が良いなら多少盛っても許せるわよ?」

 

隣で千草が、うっとりと瞳を蕩けさせている。つくづくおめでたい娘だ。

 

「それはあとで顔を見てから決めましょう」

 

「……数が減るなら、寝る場所の心配も減るな」

 

何の心配だそれはと呆れるが、この男の脳内は九割の睡眠欲と一割の枕の硬さで構成されているのだから、今さら驚くのも馬鹿らしい。

 

数百もの鬼が、しゅるしゅると一点へ収束していく。

まるで立ち上る煙を無理やり瓶に詰め込むように、一つの形へ。

やがて暗闇の中に輪郭を現したのは、すらりと背の高い男が一人。

 

ああ、なるほど。分身ね。

あれだけの数を本体の肉で賄えるなら逆に感心してあげるところだったけれど、やはり現実はそう甘くない。血鬼術による幻影。道理だわ。盛りに盛って派手に見せる、いかにも男がやりそうなこと。いや、女も似たようなものかもしれないけれど。

 

「……交渉成立だな。おとなしく俺の屋敷へ来い」

 

その尊大な響きが、いちいち癪に障る。交渉と言いつつ、瞳の奥では最初から勝利を確信しているのが透けて見える。私は、そういう男を掃いて捨てるほど見てきた。

 

だからこそ、言葉の罠にだけは嵌まるまいと気を引き締めていた――のだけれど。

次の瞬間、鬼が外套の頭巾をさらりと払った。

 

月明かりが、その隠されていた素顔を無防備に照らし出す。

 

…………!!

 

隣の千草と、ほとんど同時に息を呑んだのが分かった。

心臓の鼓動が、一拍跳ねる。

 

だって、とんでもない色男だったのだ。

憂いを帯びた切れ長の目。すっと一本の筋が通った、見事な鼻梁。どこか儚くて、けれど、抗いがたく人を惑わす完成された美貌。さっくんとはまた違う。

 

あっちはもっと陽光のような華やかさがあるけれど、こっちは夜の静寂にこそ相応しい、線の細い美丈夫だわ。危うくて、翳りがあって――ええ、口を開かなければ大変によろしくてよ。

 

「すっごい色男!さっくんとは違った線の細い魅力!なにこれ、ずるい!」

 

「私の好みのど真ん中!ねえ、今すぐここで抱いて!」

 

ついさっきまで研ぎ澄ませていた殺気は、どこへやら。

いやあ、顔面の威光とは恐ろしいものだわ。私は昔から色男には弱いの。認めるわ。認めた上で何の対策も講じていないのだから、実質的に反省していないも同然。そこはもう、私の生まれ持った業だと思って諦めてほしい。

 

私はぱっと花が咲くような笑みを、その男へと投げかけた。

 

「いいわよ〜♡貴方になら、少しくらい齧られても許しちゃう!むしろ私が貴方のことを、頭の先から美味しく食べちゃいたいわ!」

 

「ねえ、お兄さん。お家はどこ?すぐ行きましょう?激しく乱れちゃいましょう?」

 

千草に至っては、もう完全に理性が融解している。

あ、この顔。完全に勝ったと思っているわね。よくない。顔が良いからつい許したくなるけれど、この手の「美形で勝ち癖がついている男」の顔は、経験上、あとでろくなことにならない。

 

でもその時点の私には、そんな警鐘を鳴らす理性は残っていなかった。

なにしろ、顔が良いのだもの。

恐ろしいほどに。

 

 

「……待て、お前ら。その顔に騙されるな」

 

普段の眠たげな調子が霧散し、わずかな鋭さが覗く。ああ、珍しいこともあるものね。この男が本気で起きている。よほど大事な何かがあるのかしら。いや、何かというか、だいたい察しはつくけれど。

 

弥太郎が、ふっと消えるような足運びで鬼の背後へ回る。

速い。そして静か。眠りこけているくせに、やる時はやる男だ。

そのまま首を断たんとする刃。

 

がきん、と。

それを阻んだのは、ほとんど反射で割り込んだ私と千草の刀だった。

 

「あっぶない!ちょっと何するの弥太郎!こんな素敵な殿方にいきなり刃を向けるなんて、無粋にも程があるわよ!」

 

「そうよ!野暮なことして邪魔しないで!ようやく私たちの春が来たのよ!」

 

「…………俺の極上の枕をこいつに食べさせるわけにはいかない……」

 

枕?

 

「お前らがいなくなったら、俺は毎晩、硬い木の枕で寝なきゃいけないんだ……」

 

「そんな理由なの!?」

 

「俺にとっては、死活問題だ」

 

「大丈夫よ!揉まれたって齧られたって、減るもんじゃないし!」

 

「……減るだろ、普通に」

 

「細かいことはいいのよ!」

 

「よくない」

 

鬼が、満足げに背を向ける。

 

「来い。屋敷へ案内してやる」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

【町外れの屋敷 座敷】

 

 

中へ通されると、座敷は思いのほか清浄な空気に満ちていた。

新しい畳の青々とした匂い。障子の白。微かに漂う香の残り香。

 

おもてなしの気配だ。鬼が供する毒入りかもしれない招待という時点で物騒極まりないけれど、その気遣いだけは評価してあげてもいい。私はそういうところ、とても公平な女なの。

 

上座に腰を下ろすと、待っていた品が運ばれてきた。

南蛮菓子。

 

そう、加須底羅。

漆塗りの皿に鎮座した、黄色く四角い焼き菓子。

 

見た目は悪くない。むしろ上等。表面の照りも、切り口の鮮やかさも文句なし。

私の瞳は、もう子どものように輝いていたはずだわ。自分では見えないけれど、きっと年相応の娘らしい顔をしていたに違いない。

 

「さあ、約束の加須底羅だ。たっぷりと味わうがいい。……存分に腹を満たした後で、私が貴様らのその豊かな肉体を味わうがな」

 

まあ、色っぽい。

そんな言葉を返しつつも、私の耳にはもう半分も入っていなかった。大事なのは菓子。男よりも、今は菓子。

 

一番大きな一切れを指先で摘み、そのまま口へと吸い込む。

 

「いただきまーす!……はむっ」

 

一回。

二回。

三回。

 

そこで、私の顎が止まった。

千草の期待に満ちた視線。鬼の勝ち誇ったような冷笑。

弥太郎の、嫌な予感を的中させたような忌々しげな貌。

 

それらすべてを意識の端に追いやり、ゆっくりと飲み込む。

その瞬間、私の顔から一切の熱量が抜け落ちた。

ああ――これはいけないわ。

 

「どうだ?舌が蕩けるような甘露だろう?」

 

男の浮ついた声が終わるか終わらないかのうちに、私の身体は衝動に支配されていた。

 

がしゃああああん!!

目の前のちゃぶ台を、一片の迷いもなく天井高くひっくり返す。

茶碗が弧を描き、お茶が畳を汚し、あの菓子が虚空を舞った。

 

「パサパサじゃないかァァァーーッ!!」

 

「なっ!?き、貴様、何を血迷って!?」

 

「何これ!?」

 

「完全に水分が飛んでるじゃない!買ってから何日放置したのよ、保存状態が最悪だわ!」

 

「そ、そんなことは――」

 

「あるのよ!!しかも卵の風味が絶望的に薄い!砂糖をケチったわね!?ごまかしの安物の砂糖を使っているわ!?こんなの加須底羅じゃない!ただの喉が渇く黄色い焼き菓子もどきよ!」

 

呆気に取られる千草と、やっぱり始まったと天を仰ぐ弥太郎。

 

ああもう、そういう表情を見せるところも含めて、本当に惜しい男。顔が良いだけに、その味覚の無さが余計に罪深いのよ。

 

「き、貴様……せっかく私が、精魂込めて作ってやったというのに!」

 

「私の甘い期待を!乙女の純情と胃袋を!今すぐ返しなさいよ!いくら顔の造作が美丈夫だからって、こんな不味いものを出す男を許せるほど、私の舌は甘くないのよ!!」

 

腰から引き抜いたのは、黄金の日輪刀。

 

顔面の威光?知らないわよ、そんなもの。菓子の不味さという絶対悪の前では、塵も同然だわ。私はそういう女なの。色男には弱いが、それ以上に「不味い菓子を平然と出す男」は万死に値する。これだけは譲れない一線だわ。

鬼が慌てて縁側へ飛び退く。

 

「ええい、仕方ない!話が通じぬ阿呆どもめ、交渉決裂だ!血鬼術・百鬼乱舞!大人しく喰われれば良いものを!数で圧倒して、貴様らのその自慢の体を隅々まで犯し尽くしてやるわ!」

 

再び、部屋を埋め尽くす美貌の分身たち。

四方八方から、あの切れ長の目と鼻筋がこちらを射抜いてくる。普通の女なら狂喜のあまり理性を手放す光景でしょうね。ええ、実際ここに一人いたわ。

 

千草の瞳が、もはや形状を維持できずにハート型へと歪んでいる。あれは何かしら、煩悩が目から溢れ出しているの?色欲も極まると人体構造に影響を及ぼすのかしら。不思議だわ。

 

「きゃあああ!最高ぉぉ!ぜひ!みんなで一斉に私を犯してちょうだい!美男子が百人相手なんて、未踏の境地だわ!さあ、遠慮せずに来なさい!」

 

「お座り!!」

 

ばちぃぃぃん!!

私の平手が、千草の頬へ吸い込まれるように決まった。良い音だわ。角度、速度、そして私の憤怒。すべてが完璧に噛み合った、芸術的な一撃だった。

 

「お、お姉様、何を急に……!」

 

「恥を知りなさい千草!いくら顔が良いからって、数に囲まれて尻尾を振るなんて、由緒正しき公家の娘としてあるまじき破廉恥だわ!少しは身持ちを固くして、殿方を選びなさい!」

 

「……どの口が言うんですか!さっきまでよだれを垂らして擦り寄っていたのはどこの誰ですか!」

 

「……颯、そこに鏡があるから……一回、自分の貌を見てみろ」

 

「うるさい!!あんたたちは黙ってなさい!」

 

ほんとうに失礼な連中だわ。私はいつだって筋を通している。顔が良いから心が揺れた。そこまでは認めるわ。けれど菓子が不味かった。なら、すべては無に帰すのよ。顔だけの男に、私の人生を安売りするほど落ちぶれちゃいないわ。

 

「いい!?こんな不味い加須底羅を平然と供するような味覚音痴に、私を口説く資格なんて微塵もないの!百人いようが関係ないわ。全員まとめて挽肉にして、明日の畑の肥料にしてやるわよ!」

 

「何だと、この阿婆擦れが!」

 

「阿婆擦れで結構!菓子の見立てもできないくせに、もてなした気になっている方がよっぽど罪深いわ!」

 

千草はまだ未練がましく分身を眺めているけれど、頬に刻まれた私の平手跡が可笑しくて、少しだけ溜飲が下がった。

 

「千草!」

 

「はいっ!」

 

平手の余韻か、返事だけは威勢がいいわね。

 

「いいこと?殿方は数ではありません。質よ」

 

「でも顔が……」

 

「顔も大事!そこは否定しないわ!でも、舌を満たせない男はだめ!女を口説くなら、まず甘味の一つもまともに選びなさい!保存状態も見極められぬ男に、女心なんぞ分かるはずがないのよ!」

 

弥太郎が、呆れたように肩を揺らしている。

 

「……理屈は一応通ってるのが困る」

 

「通ってるでしょう!」

 

「でも、最初に顔でついてきたのはお前だぞ」

 

「そこは反省して、今こうして修正しているのよ!」

 

「修正の勢いが強すぎるんだよ」

 

じりじりと迫る分身たち。

けれど、私の腹はもう据わっていた。色気がどうとか、抱いてとか、そんな熱病はもう冷めた。いま眼前にいるのは、顔だけが無駄に良くて、中身の「もてなし」がまるでお粗末な男どもよ。しかも分身で増やして圧をかけるなんて、卑怯だし何より品がない。

 

「弥太郎」

 

「何だ」

 

「安眠のために守ると言ったわね」

 

「言った」

 

「なら、今夜はその枕を死守する働きを見せなさい」

 

「……仕方ない」

 

千草も、未練を断ち切るように刀を構える。

 

「お姉様……それでも、私はあの顔面が少し惜しいです……」

 

「顔が惜しいのは私も同感よ。でも、それ以上にこの菓子が許せないの!」

 

「食の恨みは深いわね……」

 

「深いのよ!」

 

一歩、踏み出す。

 

「最後にもう一度だけ聞いてあげる。焼きたての加須底羅を、今すぐ出せる?」

 

「誰が出すか!!」

 

「なら、交渉決裂ね。最初からそう言いなさいよ」

 

次の瞬間、座敷の空気が爆ぜた。

黄金の雷光となって、私の刀が空間を切り裂く。

白銀の閃光となって、千草の刃がひらめく。

黄昏の見えない一線となって、弥太郎の気配が霧に溶ける。

 

 

「覚悟なさい、美丈夫!来世では、せめてしっとりとした加須底羅を選べる男に生まれ変わることね!」

 

ああ、賑やかだわ。

 

まったく、退屈しない夜だわね。




颯「はい、始まりました明治コソコソ噂話!今回は読者の皆様も密かに気になっているであろう、うちの問題児二人の関係についてよ!」

千草「あらやだ!私とあの美形鬼さんたちとの、百人規模の淫らな秘め事についてですか!?」

颯「違うわよ!あの場は私が物理的にひっくり返したでしょ!今回の噂は、千草と弥太郎……あんたたち、実はこっそり付き合ってるんじゃないかって疑惑よ!」

千草「えっ……弥太郎と?……うーん、まあ、普段は無気力ですけれど、顔の造作自体はきっちり整ってますからね。ええ、私としては今すぐここで激しく交わってもよろしくてよ♡さあ弥太郎、遠慮せずに私を押し倒しなさい!」

弥太郎「……うるさい……。……俺はただ……一緒に添い寝がしたいだけだ……」

颯「ちょっと弥太郎!あんた、いきなり大胆な発言じゃないの!睡眠魔人がついに春を迎えたの!?」

弥太郎「……勘違いするな……。……千草は無駄に体温が高いから……冬場の人間湯たんぽとして……極上の性能をしている……。……ただの……優秀な暖房器具だ……」

千草「もうっ、素直じゃないんだから♡最初はただの暖房器具でも、肌と肌が触れ合えば理性の糸なんてプツンと切れるものですわ!さあ、私という極上の湯たんぽで、夜明けまで激しくドロドロに溶かし合ってちょうだい!」

弥太郎「……迷惑だ……。……動かれると……布団の隙間から冷たい空気が入る……。……朝まで微動だにするな……。……少しでも動いたら……斬る……」

颯「暖房器具への要求が物騒すぎるわよ!ていうか千草、あんた本当にそれでいいの!?」

千草「添い寝から始まる大人の階段だってあるはずです!まずは湯たんぽから、やがて愛人へ……この千草、弥太郎の鉄壁の理性を根底から崩壊させてみせますわ♡」

弥太郎「……すう……」

颯「あ、立ったまま寝たわ、この男。千草の熱いアピール、完全に子守唄になってるじゃない。……ということで、この二人の春はまだまだ先みたいね!それじゃあ、次回もお楽しみに!」
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