鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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さあさあ皆様、お立ち会い。
今回ご覧に入れまするは、不可思議な怪異が蠢く無限城、その一角にて繰り広げられましたる奇妙奇天烈な出世物語でございます。

主人公たるはこの私、しがない事務方にして腹ペコ鬼の葛城颯こと風音。
無惨様の命を受け、鬼殺隊の中枢へと潜り込み、見事青い彼岸花の手がかりを掴んで意気揚々と凱旋いたしました。

その功績が認められ、あろうことか十二鬼月の座を懸けた入れ替わりの血戦へ特別参加の御触れが出たからさあ大変。

ずらりと並ぶは下弦の面々。
私が目を付けましたのは、一番肉が柔らかそうで可憐な下弦の壱でございます。
雷の呼吸・霹靂一閃にて、瞬きする間に首を刎ね飛ばし、見事下弦の壱のお座布団を頂戴いたしました。

しかし、物語はここでは終わらない。
私が次なる手駒として召喚いたしましたのは、南蛮菓子加須底羅に魂を売った美貌の変態職人、甘雷。
彼奴の持つ、昼も活動可能な分身術を情報網に活かそうという算段でございます。
ところがこの甘雷、無惨様の御前にも関わらず、協力の対価として私の胸を揉ませろと宣う始末。

呆れ果てた無惨様の鶴の一声で、まさかの味見と引き換えの理不尽な契約が公式に成立してしまいました。
そのまま甘雷は下弦の弐を血鬼術・千手加須底羅拳にて徹底的に打ち据え、ここに新たな下弦の壱と弐が誕生いたしました。
雷を纏う事務員と、不死身の菓子職人。
無惨様の頭痛の種は尽きませぬが、私の手元には美味しい加須底羅が残るという寸法でございます。
それでは皆様、地獄の沙汰も食欲次第、無限城血風録・加須底羅編、とくとお楽しみあれ。


血戦と加須底羅

【無限城】

 

琵琶の音というものは、あまりに理不尽だ。

普通、呼び出しといえば、使いの者が来るとか、文が届くとか、せめて「これから参れ」という一呼吸くらいはあるはずだ。

 

ところがここは違う。

べん、と鳴った瞬間、こちらの都合など一切おかまいなしに空間がぐにゃりと歪む。ああ、またか、と身構える間もなく、足裏の感覚が唐突に切り替わる。

 

心臓の鼓動が跳ね上がる。

鬼の体に不調が起こるかは定かではないが、精神的な負担は計り知れない。

私はただ、目の前の畳へ深く額を擦りつけるしかなかった。

 

今日の私は人間の姿ではない。

割れた陶器を繋ぐ金継ぎのような異形の線が、黒い肌を這い回る鬼の姿だ。封鬼化生を解き、風音として無惨様の前に出ている。

 

人間の葛城颯としての顔ではなく、鬼名を持つ私としての顔。

我ながら、鏡で見ると大変に映える。

なかなか雅であり、鬼であっても己の美しさは損なわれない。

 

「……顔を上げろ、風音」

 

「はっ。お呼びでしょうか、無惨様」

 

御簾の向こう、今日も透き通るような青白いお顔が見える。

相変わらず顔色は芳しくない。

 

けれど、そんなことは絶対に口に出さない。私は学習する女である。あのお方の顔色の話題は、直ちに死へと直結する。

 

ならば心の中だけで密かに愛でる。美しいものは、ただ黙って眺めるだけでも十分に価値があるのだ。

 

無惨様は、私のつまらない内心など全て見透かしているような視線を向けてくる。

支配の血という繋がりは、便利であると同時に恐ろしい。見られて困ることばかり考えているわけではないものの、都合の悪いことも多々あるのは事実だ。

 

「貴様が鬼殺隊への潜入を果たし、事務方として中枢の情報を握ったこと。そして何より、亡き夫の蔵書から『青い彼岸花』の群生候補地を論理的に絞り込んだこと」

 

声の響きが、いつもよりほんのわずかに穏やかさを帯びる。

 

「……実に見事だ。貴様は、私の期待を遥かに超える働きを見せた」

 

「勿体なきお言葉!」

 

私は再び深く頭を下げる。

 

「全ては無惨様の悲願達成の御為、そして私が美味しいご飯を腹一杯食べるためでございます!」

 

「……うむ」

 

無惨様の細められた目には、微かな光が宿っていた。

 

「貴様のその異常なまでの食欲と野心、嫌いではない」

 

嫌いではない。

あのお方の口からその言葉が紡がれるのは、最上級の賞賛に等しい。

 

今すぐ扇子を広げて舞い踊りたい衝動に駆られるが、必死に自制する。ここで調子に乗れば、間違いなく首が転がる。晴れやかな感情表現は、常に死と隣り合わせなのだ。

 

「褒美をくれてやろう。貴様の望み通り、十二鬼月の座を懸けた入れ替わりの血戦への参加を特別に許す」

 

十二鬼月。

その響きは、やはり格別だ。

 

高みにある席。強者の証。無惨様の血をより濃く受ける選ばれし者たち。

 

私はもともと出世欲が強い。立場が上がれば、それだけ得られる肉も、情報も、甘味も増える。ついでに事務方での発言力も増大する。

 

あちらの世界で帳場を握り、こちらの世界で下弦の席を握る。

双方から世界を締め上げる快感。実に素晴らしい。

 

「ありがたき幸せにございます」

 

私は自然と口角を引き上げる。

 

「いずれは上弦、その先は無惨様の右腕、いや左腕、いやお膝元の香箱係くらいを目指して励みます」

 

「香箱係とは何だ」

 

「おそばで美しい香を焚く係です」

 

「いらん」

 

「残念」

 

べん、と琵琶の音が鳴り響く。

畳が歪み、空間がずれる。

唐突に、私の隣へ下弦の鬼たちがずらりと召喚された。

 

壱から陸まで。大柄な男、枯れた老人、腕の多い異形、薄笑いを浮かべる女、骨のような体の子供じみた鬼。

 

そして、その中に一人だけ、やけに可憐な少女の姿をした鬼が混ざっている。

怯えきった潤んだ瞳。

 

あら、可愛い。

下弦たちは召喚された直後から、一様に硬直していた。

 

無惨様に突然呼び出されて、平静を保てる方が異常なのだ。私が平気なのは、頭の造りが少し商人寄りで、少し鬼寄りで、だいぶ壊れているからに過ぎない。

 

「頭を垂れて蹲え」

 

重圧が上から押し潰してくる。

 

「私の御前だ、地を舐めるように平伏せよ」

 

下弦たちが弾かれたように土下座の姿勢をとる。

額を畳に擦りつけ、肩を震わせ、誰一人として視線を上げようとしない。

 

「……下弦の鬼というものは、何故こうも軒並み水準が低いのか。脳髄まで腐っているのか?」

 

下弦たちの体がびくりと跳ねる。

 

始まったわね。

 

「貴様らが夜な夜なちまちまと人間の端くれを喰らい、鬼狩りの柱の気配に怯えてこそこそと逃げ回っている間に、この風音を見ろ」

 

朗々とした声が響き渡る。

叱責にすら艶がある。下弦たちにとっては地獄の責め苦だろうが、私はただその声の響きに酔いしれていた。

 

「鬼になりたった二年だ。わずか二年で私の求めた重要機密を持ち帰り、敵の心臓部へ潜り込み、組織を内側から操っている」

 

ふと、一人の下弦がほんのわずかに私へ視線を向ける。

目が合う。

私はにこりと微笑み返す。

相手は慌てて顔を伏せた。失礼な。笑顔くらい素直に受け取りなさい。

 

「それに比べて貴様らは何だ?いつまで下弦に甘んじている?何百年も無駄に生き長らえて、何をしている?」

 

沈黙が、重く圧しかかる。

 

「……私の血を分け与えられ、この世に存在する意味が、貴様らにはあるのか?」

 

下弦たちはもはや声を発することすらできない。

精神の胃袋が引き千切れそうなほどの苦痛を味わっているのが手に取るようにわかる。かわいそうに。けれど、私は一切の助け舟を出さない。今は私の出世の舞台なのだ。

 

「風音」

 

「はい」

 

「貴様の好きな相手を選べ。誰を喰らって、その席に成り上がる?」

 

私は静かに立ち上がる。

這いつくばる下弦たちを見下ろす。

 

大柄な男。枯れた老人。腕の多い異形。薄笑いの女。骨っぽい子供。

そして、可憐な少女の鬼。

 

うん。

決まりだ。

 

「……んー。そうですね」

 

「この子が一番、顔の造作が愛らしくて可愛いですね。食べ甲斐がありそう」

 

少女の鬼がびくっと身を震わせた。

私は迷うことなく、その子へ指を突きつける。

 

「この子で」

 

「えっ……わ、私?」

 

少女の鬼、下弦の壱が顔を上げる。

怯えと怒りが入り混じった瞳。可愛い。けれど、可愛いからこそ食べたい。私の食欲とはそういうものだ。

 

「ふざけないで!いくらお気に入りか知らないけれど、ぽっと出の新人が、壱であるこの私に勝てると思って!?」

 

「御託はいいわ」

 

私は柄へ手をかける。

 

「始めましょうか」

 

「……始め」

 

下弦の壱が血鬼術を発動させようと身を屈める。

爪が伸びる。目が光る。

幻惑か、拘束か。どちらにせよ、術を発動させてから対応するのは手数がかかる。

ならば、発動前に終わらせればいいだけのこと。

 

「雷の呼吸・壱ノ型」

 

「霹靂一閃」

 

踏み込む。

足裏で畳が弾け飛ぶ。鳴女殿には後で怒られるかもしれないが、力を抜くのは私の性に合わない。

 

私は腕力の乗った暴力的な雷が好きだ。

美しく、速く、理不尽に。

 

黄金の閃光が一筋、空間を駆け抜ける。

瞬きすら許さない速度で、私は下弦の壱の背後へ回り込んでいた。

 

ちゃき。

刀を鞘に納める音が響く。

少女の首が、ころりと畳の上へ転がり落ちた。

 

「あ……?」

 

自分がどうなったのかすら理解できていない表情。

私はその首を静かに見下ろす。

 

「はい、終わり。いただきます」

 

淡々と、その生命を喰らう。

可愛い顔をしていても、私の全力の踏み込みの前では障子紙のように脆い。これでは無惨様がお怒りになるのも無理はない。上から目線ではなく、純粋に物足りない。

 

残りの下弦たちが、震える瞳で私を見上げている。

鬼でありながら鬼狩りの呼吸を使ったことへの驚愕。

 

あら、素直な反応で可愛いわね。

無惨様の瞳に、ほんのわずかながら満足の光が宿ったように見えた。

 

「見事だ」

 

その一言で、瞳の奥が熱く焼けるような感覚に包まれる。

無惨様の血が胎動し、新たな文字が刻み込まれる。

 

下弦壱。

新しい位。新しい権限。

 

ああ、やはり出世というのはたまらない快感だ。

だが、私はまだ元の位置へ下がらない。

 

ここで引き下がるには、少々惜しい案件が残っている。

 

「無惨様」

 

「……何だ」

 

「恐れながら、もう一人、私から引き立てていただきたい鬼がおります」

 

無惨様の細められた目から、鋭い光が射す。

 

「……誰だ」

 

「甘雷、入りなさい」

 

べん、と再び琵琶が鳴る。

現れたのは、美しい桐の菓子折を恭しく抱えた甘雷だ。

 

相変わらず顔だけは良い。立ち姿も様になっている。しかし、抱えているのが菓子折であるせいで、厳粛な場に商家の手土産感が入り混じるという異様な空間が形成されている。

 

甘雷は平伏もそこそこに、ぱっと顔を上げた。

 

「偉大なる無惨様!挨拶よりもまずはこの、私の魂と努力の結晶!極上の加須底羅をご覧ください!」

 

「……なんだそれは」

 

無惨様の声が、目に見えて冷え込む。

 

「私は人間の食う菓子など口にせん」

 

「これはただの菓子ではありません!」

 

甘雷は一歩も引かない。

 

「卵の泡立て具合による気泡の完全なる均一化!焼き上げの秒単位の温度管理!これぞ南蛮の科学!これぞ至高の芸術!」

 

「…………」

 

「無惨様のその完全無欠なる肉体を維持するのに相応しい、完全なる栄養食でございます!」

 

無惨様が、呆れ果てたように深く目を伏せる。

私はそっと視線を逸らした。

 

分かる。彼のお喋りは、興味のない者にとってはひたすらに苦痛だ。無惨様の脳内には今頃、卵と砂糖の文字が乱舞しているに違いない。

 

「……貴様の思考は、狂ったようにうるさい」

 

「さっきから卵と砂糖という菓子への執着しか聞こえてこん」

 

「職人ですので」

 

「だが、風音からの報告は聞いている。分身体を作る血鬼術……しかも、人間と全く同じ構造で生成し、日光を克服して日中も活動可能だそうだな」

 

「左様でございます!」

 

「これを使えば、店舗拡大も、昼間の堂々たる商いも思いのまま!朝は焼き立て、昼は試食、夜は仕込み。四六時中、菓子のために生きられるのです!」

 

「菓子から離れろ」

 

「離れられません」

 

「……ふむ」

 

無惨様の瞳が、獲物を狙うように細められた。

 

「その術、手駒としては極めて有用だ。貴様をこの場で取り込んで、私の力としてしまおうかとも考えたが……」

 

まずい。

ここで無惨様が彼を吸収すれば、無限城の統率が根底から崩れ去る。無惨様の崇高な思考に加須底羅の製法が混入し、鬼の歴史が菓子作りへと傾いてしまう危険性がある。

 

無惨様も、瞬時にそのリスクを悟ったのだろう。

 

「……やめておく」

 

「貴様ごときを取り込んでも、私の始祖としての格が下がるだけだ。不要だ」

 

「ありがたき幸せ」

 

安堵の表情。職人としての命が繋がったことへの喜びが隠しきれていない。

 

「無惨様。青い彼岸花の群生地探索ですが、私の管轄する事務方だけでは、昼間の人手が圧倒的に不足しております」

 

「そこで、この甘雷の持つ分身網を情報収集に活用したいのです。菓子屋にはあらゆる階層の人間が集まります。噂は茶の席でほどけ、地方の珍しい花の噂も、役所より早く耳に入ります」

 

「私の店は全国で評判だ」

 

「そこは腹立つけど事実です」

 

「日中に動け、かつ人間に怪しまれない分身体。これは、青い彼岸花の探索において極めて有用なはずです」

 

無惨様が、静かに頷く。

 

「良いだろう、許可する」

 

「お断りします」

 

甘雷の言葉に、私と無惨様の動きが完全に停止した。

 

「……何?」

 

無惨様の声が地を這う。

甘雷は平然と立ち尽くしている。

 

「無惨様からの御諚とはいえ、私は誇り高き菓子職人。私の分身たちは菓子を焼くために存在するのであって、花を探すためではない」

 

残りの下弦たちが「こいつは終わった」という絶望の表情を浮かべている。私も全く同感だった。

 

しかし、甘雷は不敵な笑みを浮かべて私の方を向く。

顔の良さを台無しにするほどの、露骨でいやらしい笑みだ。

 

「風音」

 

「何よ」

 

「お前のその胸を、今ここで私に存分に揉ませてくれるなら、話は別だ。全店舗を挙げて協力しよう」

 

無惨様が、深い疲労を滲ませて額を押さえる。

 

「……風音」

 

「はい」

 

「貴様の周りには、そういった頭の湧いた者しか寄って来んのか?呪われているのか?」

 

「心外にして不本意です!私の隠しきれない清廉潔白さと美貌が、殿方たちを狂わせてしまうだけなのです!」

 

「自分で言うな」

 

「事実ですもの」

 

無惨様は、ひどくうんざりしたように首を振る。

 

「……まあいい。千年の悲願である彼岸花が見つかるなら、安い取引だ。やれ」

 

私は耳を疑った。

 

「ええっ!?無惨様公認ですか!?そこは私の風音をとか言って切り捨ててくださる場面では!」

 

「誰が私の風音だ」

 

「違うんですか?」

 

「有用な駒だ」

 

「言い方!」

 

甘雷がひどく満足そうに頷く。

 

「契約成立だな」

 

「してないわよ!」

 

「無惨様が許可した」

 

無惨様から、有無を言わさぬ圧が放たれる。

 

「風音。やれ」

 

「……はい」

 

絶対君主の命令には、微塵も逆らうことはできない。

私は奥歯を噛み締め、渋々着物の襟を緩めて身を差し出した。

 

甘雷が至福の表情でその感触を確かめる。

屈辱だ。

 

しかし同時に、毎日新作の加須底羅が公式に食べられるという打算的な計算が頭をよぎるのも事実だった。味見役としては決して悪い条件ではない。ただ、この男の思い通りになることがひたすらに腹立たしい。

 

残りの下弦たちは、目の前の狂気に満ちた光景に完全に思考を停止させている。

神聖な御前会議の場で、なぜ菓子の味見と胸の揉み合いが繰り広げられているのか。誰も理解できないだろう。私も理解したくない。

 

甘雷が、ついでのように口を開く。

 

「では、私も席が欲しい」

 

無惨様が鋭い視線を向ける。

 

「誰に挑む」

 

甘雷は、下弦の弐を指差した。

 

「そいつでいい」

 

大柄な男の鬼が、怒りと焦燥に顔を歪めて立ち上がる。

 

「ふざけるな、たかが菓子職人が!分身が何百いようと、本体の首を叩き潰せば終わりだ!」

 

「考えが甘いな」

 

「和三盆よりも甘いぞ」

 

戦いは、一瞬で始まった。

下弦の弐の豪腕が、甘雷の顔面を正確に捉える。

 

肉の潰れる鈍い音。

しかし、甘雷の顔面は、まるで風船のように内側からぼこっと弾け飛んだ。

 

「えっ」

 

声が漏れる。

弾けた顔面の空洞から、小さな分身が飛び出し、下弦の弐の眼球へ指を突き立てる。絶叫が響き渡る。

 

「私の体は、加須底羅の気泡のように自在にして変幻の極みだ」

 

「その例えはやめなさい!加須底羅の印象が悪くなるでしょうが!」

 

私の抗議など気にも留めず、甘雷は攻撃を受ける直前、その部位だけを分身として切り離していく。

 

そこから新たな分身が次々と生え出し、敵の死角から無数の打撃を打ち込む。本体は無傷のまま、際限なく増殖する悪夢のような戦法。

 

下弦の弐が空を殴りつける。

その軌道上から、甘雷の腕が無数に発生する。

 

「血鬼術・千手加須底羅拳!!」

 

「技名が嫌!」

 

打撃音が重なり合う。

四方八方から現れた分身たちが、生地を均一に叩くようにして、下弦の弐を徹底的に蹂躙していく。

 

あっけなく、下弦の弐だった肉塊が畳へ沈んだ。

甘雷は涼しい顔で立ち尽くしている。衣服の乱れすらない。その手には、いつの間にか小さな菓子包みが握られている。

 

腹立たしいほどに余裕に満ちていた。

無惨様が、ほんのわずかに口角を上げる。

 

「……強いな。言動はただの馬鹿だが、戦闘能力は申し分ない」

 

「戦いも菓子作りも、気泡の扱いが大事なのです」

 

「黙れ」

 

こうして、下弦の壱は私、風音。

下弦の弐は甘雷となった。

 

「一つ言っておくわ」

 

「何だ、風音」

 

「新作の味見はする。でも不味かったら斬るわよ」

 

「望むところだ。美味ければ?」

 

「悔しがりながら食べる」

 

「それでいい」

 

「風音」

 

「はい」

 

「貴様ら二人が組むのは、私の悲願達成のためには有用だ」

 

「光栄です」

 

「だが」

 

言葉の重みが増す。

 

「私の御前で菓子の話を長引かせるな。味見の報告も私に送るな。念話で『今日の加須底羅』などと繋げてきたら直ちに殺す」

 

「はい……」

 

先回りされてしまった。少しだけ試そうと思っていたのに。

 

「では、今日の一品は直接風音へ届ける」

 

「今ここで出しなさい」

 

「いいのか?」

 

「味見契約の初回でしょう。始めが肝心よ」

 

無惨様が、再び深い疲労を滲ませて額を押さえる。

 

残りの下弦たちは、もはや恐怖すら通り越して完全に魂が抜けている。

命を懸けた場で、壱と弐が入れ替わり、突如として菓子の試食会が始まる。誰も意味など分からない。

だが、これが私たちの現実なのだ。




風音「明治コソコソ噂話!」

甘雷「今回は我々が血戦で瞬殺した、下弦の壱と弐についてだ」

風音「読者の皆様からすると、いくらなんでも下弦が弱すぎないかって思われたかもしれないわね」

甘雷「一応解説しておくと、奴らは決して弱くはなかった。ただ単に我々との相性が最悪だっただけだ」

風音「そうそう。私が倒した壱の子なんだけど、本当は『伸びた爪に触れると必ず切れる』っていう恐ろしい即死系の血鬼術を持っていたみたいなのよね」

甘雷「なるほど。だからお前は術を発動される前に、問答無用で雷の呼吸を使って首を落としたのか」

風音「ええ。発動されたら面倒だもの。速さは力よ。で、あなたが倒した弐の男の術は何だったの?」

甘雷「奴の術も極めて凶悪だった。あの拳に触れると、そこから肉体が腐り落ちるという強力な血鬼術だったそうだ」

風音「うわぁ、嫌な術。それじゃあまともに殴り合ったらひとたまりもないじゃない」

甘雷「その通りだ。だから私は攻撃を受けた部位を瞬時に切り離し、無数の分身体を生み出して死角からタコ殴りにした。腐ろうがどうしようが、私の分身は加須底羅の気泡のごとく無数に湧き出るからな」

風音「……つまり、即死の爪も腐る拳も、当たらなければどうということはないってことね」

甘雷「そういうことだ。決して下弦の座が安売りされているわけではない。さあ、解説も終わったことだし、契約通りお前のその素晴らしい胸を……」

風音「次回!風音、甘雷の分身体を千切りにする!お楽しみに!」

甘雷「やめろ、せめて三等分くらいで許してくれ」
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