鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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さぁさぁ皆様、お立合い。
本日の演目は、我らが風音の痛快なる大出世、天下の鬼どもを手玉に取る一席でございます。

千年の悲願たる青い彼岸花をあっさりと掘り当てた風音と甘雷。
その功績や、天を衝く勢い。
絶対なる主の覚えもめでたく、並み居る上弦の面々を前に堂々たるお披露目と相成りました。

恐ろしき剣の腕を持つ壱の剣士とは、見事なまでの勘違いですれ違う師弟愛。
感情無き弐の鬼には、残飯処理……いやさ、食欲という名の感情教育をば。
さらに武を極めんとする参の鬼と、菓子を極めんとする甘雷の間に芽生える奇妙な友情。
恐ろしき上弦の鬼どもの度肝を抜き、算盤と胃袋で盤面を己の都合よくひっくり返していく様は、まさに痛快無比。

果ては絶対者が研究の奥底へ籠もるのをよいことに、表の組織の実権を握り、ちゃっかり幻の花の一部までせしめるという強かさ。
鬼の世の裏舞台を牛耳る、若き現場監督の誕生でございます。

底なしの食欲と算盤が、ついに歴史の歯車を回し始める。

いざ、幕開けでございます!


狂気の共通言語

【無限城】

 

無限城へ招かれるたび、脳裏を過る疑念がある。ここは屋敷という皮を被った、ただの迷惑な絡繰り箱なのではないか。

い草の香りがする畳。きしむ廊下。和紙を通した柔らかな灯り。なのに、家が本来持つべき安らぎが欠片も存在しない。

 

べん。

 

鳴女さんの弾く琵琶の音が鼓膜を打つ。

その瞬間、足元の板間が壁へと跳ね上がり、頭上の天井が床へと反転し、目前に広がっていた座敷が彼方へと飛び去っていく。

 

清掃を担う者の労を塵ほども考慮していない、狂気の構造だ。琵琶一掻きで埃も落ちるのかもしれないが、帳簿を預かる身としては、この空間の物理法則など一切信用できない。

今日は、その果てしなく続く空間の中でも、ひと際豪奢な造りの広間へ通されている。

 

上弦の壱から陸。無惨様が直々に率いる最高位の幹部たちが、刃のように張り詰めた静寂の中、整然と平伏していた。

 

鬼へと変生して以来、それなりに濃い面々を相手にしてきた自負はある。だが、上弦は次元が違う。彼らがそこに座すだけで、空間の質感がねじ曲がり、鼻腔を突く鉄の匂いすら変容していくのを感じる。

 

ただ、その中心で玉座に腰を下ろす無惨様は、ひどく上機嫌だった。

 

視線一つで内臓を這い回るような威圧感が薄らいでいる。

 

もちろん、内に秘めた暴力の総量は絶望的なまでに桁違いだ。けれど今日のその力は、肌を刺す刃ではなく、甘くくゆる上等な香の煙のように広間を満たしている。

 

「面を上げよ。今日は私にとって、千年に一度の吉日だ」

 

紡がれた声色にすら、濡れたような艶が滲んでいる。

千年に一度の吉日。文字にすればひどく大仰な響きだが、この御方が口にすれば、それが世界の真理として耳朶を打つ。

 

実際に『青い彼岸花』が手中に収まったのだ。千年どころの騒ぎではないのかもしれない。

 

「紹介しよう。私の千年の悲願を成就させた最大の功労者、風音と甘雷だ」

 

甘雷と肩を並べたまま、私は深く頭を垂れる。

位置取りとしては、上弦たちの末席に近い。

 

だが、向けられる視線の重さと質が、明確に異なっていた。これはなかなかに心地が良い。

 

頂点に立つ鬼たちの群れに放り込まれた新参者でありながら、無惨様直々の『お墨付き』という看板を首から提げているのだ。商いで例えるなら、大旦那の紹介状を懐に忍ばせて老舗の大店へ暖簾をくぐるようなもの。

 

圧倒的な優位。

もちろん、立ち回りを一つでも違えれば即座に首が飛ぶが。

 

「新人の風音にございます。特技は帳簿の整理と、気に入った獲物の見立て。以後、お見知りおきを」

 

甘雷も、静かに口を開く。

 

「甘雷だ。現在、本場長崎から帝都、そして日ノ本全国へ、加須底羅の暖簾分けを計画している。贔屓にしてくれ」

 

上弦たちの纏う空気が、微かに硬直するのを肌で感じた。

 

「今日に限り、多少の無礼は許す。互いを知れ。今後、私が研究に入る間、現場の一部はこやつらにも任せる」

 

現場の一部。

 

甘美な響きだ。無惨様が研究に没頭される間、私に現場の裁量が委ねられる。

鬼たちの配置、甘雷の築く店網、鬼殺隊の巡回経路の把握、青い彼岸花の秘匿、そして愛しのさっくんとの穏やかな夫婦生活。

 

その全てにおいて、私の持つ手札が増える。

権限という蜜は、なんと甘く脳髄を痺れさせるのだろう。加須底羅のざらめ糖とはまた違う、知覚の奥底を満たす特上の甘味だ。

 

「……風音……か」

 

私はこの御方に剣の稽古をつけていただいた過去がある。稽古という言葉で飾れば聞こえはいいが、その実態は私の命を的にした刀避けの儀式だった。

 

「まさか……あの時の素人の娘が……ここまで登り詰めるとはな……」

 

「お久しぶりです、ししょー。いえ、黒死牟様」

 

「あの夜通しのご指導があったからこそ、今の私がございますのよ」

 

微塵も嘘は交じっていない。

あの刀がなければ、今の私はこれほど滑らかに危機を回避できていない。回避できないということは、とうの昔に誰かの胃袋か土の下に収まっていたということだ。

 

黒死牟様の容赦のない暴力は、間違いなく私の生存能力を跳ね上げた。

深い感謝を捧げる。二度と御免だが。

 

黒死牟様は、僅かに顎を引いた。

 

「……うむ。私の精緻な剣技を……一度見ただけで見取り……すべてを躱し続けたあの理外の動き……。貴様は……紛れもなく、私の自慢の弟子だ……」

 

え。

今、この御方は何と?

 

六つの瞳からは感情の色が読み取れず、声のトーンも一定のままだ。だが、今の言葉は間違いなく称賛の類。自慢の弟子。

 

いや、待ってほしい。

私は剣術の理合いなど、何一つ教わった記憶がない。迫り来る三日月を避け避け宙を舞う。ただそれだけの反復。

だが、ここでわざわざ野暮な真実を口にするほど、私は愚かではない。

 

「身に余るお言葉、恐縮の至りです」

 

「今度、さらに研鑽を積んだ私の雷の呼吸もご覧になってくださいませ。物理的な威力が、格段に増しておりますのよ」

 

「……うむ。……楽しみにしている……」

 

六つの瞳が、ほんの僅かに細められたように感じた。気のせいかもしれないが、今日は機嫌の良い日なのだからそういう事にしておく。

師弟の絆というものは、得てして双方の美しい勘違いの上に成り立つものだ。

 

黒死牟様が静かに下がり、入れ替わるように、ふわりと軽やかな気配が近づいてきた。

 

童磨様。

春の陽気の中を舞う、色彩豊かな紙吹雪。そんな華やぎを纏う御方だ。

造形は完璧なまでに美しく、口元に浮かぶ笑みはひどく柔らかい。

 

だが、瞳の奥が決定的に虚無だ。

何かが欠落しているというより、初めからその器には何も注がれていない。豪奢な装飾が施された、空っぽの硝子細工を覗き込んでいるかのような、得体の知れない冷たさが背筋を這う。

 

「やあやあ!君が噂の風音ちゃんだね!」

 

「君の恩讐って考え方、とっても面白いねえ。でも、僕にはよく分からないんだよ。だって僕、生まれつき感情ってやつがないからさあ」

 

「あら、童磨様」

 

「感情が薄いんですのね。それはとてもお可哀想に。人生……いえ、鬼生がもたらす悦びの半分を損していらっしゃいますわ」

 

「そうかなあ?」

 

ころころと童磨様は笑う。

 

「ねぇ君、僕に教えてくれるかい?その感情ってやつを」

 

感情という無形のものに輪郭を与えるのは、至難の業だ。算盤であれば珠の動きで、帳簿であれば数字の羅列で示せる。加須底羅の味なら、隣の甘雷に語らせれば嫌というほど言葉が降り注ぐ。

 

形のないものを理解させるには、生物の根源である胃袋から満たしていくのが定石だ。

腹が満ちれば、そこに何らかの情が生まれる。

 

「ええ、喜んで。これも何かのご縁です」

 

「まずは、至高の美食を共に味わい、『ああ、幸せだ』と言葉にするところから始めましょう。次に、心待ちにしていた菓子が絶望的に不味かった時の煮え滾る怒り。そして、大切な者に認められた時の高揚。一つずつ、順を追ってご指導いたします」

 

「わあ、楽しそう!やってみるよ!」

 

童磨様は、無邪気に手を叩く。

相変わらず、その瞳の奥には欠片ほどの光も宿っていない。

 

だが、悪い鬼ではなさそうだ……と結論づけるには、あまりにも中身が希薄すぎる。

心の中で、新しい計画の帳簿に書き込みを入れる。

 

手始めに、私が食べきれずに残した料理を処理する係に任命しよう。食卓において、出されたものを際限なく笑顔で平らげてくれる存在は極めて有用だ。利をもたらす相手には、相応の優遇で報いる。これもまた、私が重んじる恩讐の理。

 

ふと視線を感じて横を向くと、猗窩座様が腕を組み、私を鋭く睨みつけていた。

不快感を隠そうともしない。

研ぎ澄まされた刃のような筋肉、圧倒的な闘気を発する肉体。

 

戦う対象としても、食卓に並ぶ一品としても、これ以上ないほどに極上の素材だ。もちろん、それを口にすれば即座に拳が飛んでくるため、喉の奥に押し留める。

 

「……俺は気に食わん」

 

「女子供を平然と食らい、真っ向勝負を避けて搦め手や謀略ばかりを弄する。貴様のような輩はな」

 

「あら、それは残念」

 

「私は猗窩座様のように、鍛え抜かれた屈強な殿方は大好きですわ。とても食べ応え……いえ、見応えがございますもの」

 

「今、食べ応えと言ったな」

 

「気のせいです」

 

「同じだ」

 

鋭い追及。

だが、猗窩座様の視線は私から外れ、その隣に立つ甘雷へと移った。

張り詰めていた闘気が、ほんの僅かに凪ぐ。

 

「……だが、甘雷。貴様は良い」

 

立派な桐箱を抱えたまま、甘雷がゆっくりと視線を合わせる。

 

「ほう」

 

「無惨様から見せられた、あの下弦の弐を仕留めた千手加須底羅拳……見事だった」

 

甘雷の瞳に、強烈な光が宿った。

 

「武闘派の貴殿に、私の菓子の神髄が理解できるか」

 

「菓子の神髄など知らん」

 

「だが、分身を囮に使い、本体は一切の無駄を省いて敵の急所を的確に穿つ、あの洗練され尽くした動き。何より、菓子作りという道において至高の領域を目指す、その一切の妥協を許さぬ姿勢。貴様は紛れもなく、真の武人……いや、職人だ」

 

甘雷の口元に、微かな笑みが浮かぶ。

 

「武の道も、菓子の道も、極限まで研ぎ澄ませば同じ頂へと至るということだな」

 

「今度、手合わせ願いたい」

 

「いいだろう。焼き立ての極上品を持参しよう」

 

「菓子はいらん」

 

「いる。道を極めんとする者同士、まずはこの一切れを分かち合うのが礼儀だ」

 

「……ならば、一切れだけだ」

 

どうしてそうなる。

武闘派と、加須底羅の布教を至上命題とする菓子職人。

 

対極にいるはずの二人の間に、目に見えない強固な絆が結ばれようとしている。

拳と泡立て器。武の極致と菓子の極致。

 

目指す方向は全く違うはずなのに、『極める』という執念の一点において、彼らの魂は共鳴しているらしい。

理解の範疇を超えているが、甘雷が猗窩座様の拳を受けて半死半生になろうとも、翌日には新しい菓子を携えて道場破りに向かうであろう未来だけは、容易に想像できた。

 

広間の隅では、半天狗様が身を縮めて震えている。

 

「ヒィィ……新入りが怖い……図太い女じゃ……きっとわしを虐げる気じゃろう……」

 

「ご安心くださいませ。何もしませんよ、お爺ちゃん」

 

「嘘じゃ!嘘に決まっておる!わしを食らう腹積もりじゃぁぁ!」

 

「食べませんってば」

 

「若くて強靭な鬼が、わしのような弱く哀れな老人を見逃すはずがないんじゃぁぁ!」

 

「いえ、私の食指が動かないだけですので」

 

「やはり馬鹿にしておる!」

 

言葉が全く通じない。

肥大化した被害妄想の壁に阻まれ、どんな言葉を投げかけても、歪んだ解釈の末に泣き声となって反射してくる。

 

商人として最も忌避すべき相手だ。安心させようとすれば裏を勘繰り、放置すれば怨みを募らせる。これ以上、時間を割くのは損失でしかない。

 

脳内の帳簿に『保留・放置推奨』の墨を入れる。

触らぬ神に祟りなし。恩讐の理を説く以前の問題だ。

 

 

すると、ぬるりとした水音がして玉壺様が姿を現した。

造形は……言葉を選ぶのが難しいほどに独特だ。

 

だが、彼が潜む壺の美しさは素直に評価できる。滑らかな曲線、計算された釉薬の流れ、意図的な歪みが生み出す絶妙な均衡。

本人の視覚的な強烈さはさておき、芸術を解する眼力は確かなようだ。

 

玉壺様は、私の手を取って身を乗り出す。

 

「ヒョッヒョッ!風音殿!耳に挟みましたぞ!『若き娘を性的に愛で、絶望の底へ叩き落としてから美味しく頂く』という貴女の崇高なる美学……!これぞ真の芸術!背徳と美の完全なる融合!私の創り出す作品たちとも、深く通じ合うものを感じますなぁ!」

 

「あら、お分かりになります?」

 

「ただ空腹を満たすだけなど、野蛮な獣の行い。素材が持つ美しさを極限まで引き出し、余すところなく活かし切る。それこそが、私の流儀なのですわ!」

 

「素晴らしい!深く感服いたしました!」

 

玉壺様の視線が、滑るように甘雷へ向かう。

 

「それに、そちらの甘雷殿が用いる窯焼きの繊細なる技術……私が壺を焼き上げる際の参考になりそうですぞ!」

 

「釜の温度管理と、火入れの極意について、一度じっくりと語り合いたいものだな。土を焼くか、生地を焼くか。素材は違えど、火を通す理法は重なる部分が多い」

 

「まことに!」

 

玉壺様、見た目の癖の強さは圧倒的だが、私の食に対する美学を正確に理解してくれている。おまけに甘雷と窯の話題で盛り上がっている。

 

これは、良い取引先……いや、友人になれるかもしれない。

上弦の鬼は恐ろしい化け物の集まりだと聞いていたが、腹を割って話せば通じ合う部分も多い。ただ一人、隅で震え続けるお爺ちゃんを除いて。

 

宴の熱気が満ちる中、少し離れた場所に姉様とお兄様の姿を見つけた。

その姿を視界に捉えた瞬間、張り詰めていた胸の奥が、解けるのを感じた。

 

どれほど恐ろしい鬼たちの中に放り込まれようと、帰るべき場所がある。私は間違いなく、幸運な女だ。

 

「風音!」

 

「やったじゃない!あの無惨様に直接褒められるなんて、凄いわ!やっぱり私の目に狂いはなかったわね!」

 

「ケケッ……俺たちの可愛い妹分が……一気に出世頭になりやがって……。俺たちまで、鼻が高いぜえ……」

 

「お姉様!お兄様!」

 

躊躇うことなく二人の懐へ飛び込む。

 

「ありがとうございます!私がここまで来られたのは、全てお二人のおかげです!」

 

姉様は愛おしそうに私の背を撫で、お兄様は照れ隠しのように頭を掻きむしっている。

 

この温度が好きだ。

『風音』という名を与えられたあの夜の私が、今もここに息づいている。

 

「やっぱり、吉原から続く家族の絆ですね」

 

「もし何事か起きれば、無惨様の威光を最大の盾にして、私が全力でお二人をお守りいたしますからね!」

 

「ふふっ、生意気言うじゃない」

 

「頼もしい妹分だなぁ……。だが、無理はすんなよぉ」

 

「ご心配なく。私は、無理を無理のまま捻り通す女ですもの」

 

「それが一番心配なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴の熱が嘘のように消え去った。

 

無惨様の前には、各地から取り寄せられた医学書、本草学の古文書が山のように積まれ、その中央で『青い彼岸花』の束が静かに発光していた。

 

昼に咲くはずの花が、日の差さない無限城の奥底で、青白い光芒を放っている。

千年の間、歴史の裏側に隠され続けた幻の植物。

それを見つめているだけで、喉の奥がちりちりと鳴り、胃液が甘く逆流しそうになる。

 

食べてみたい。

 

当然、これは無惨様にとって至上の研究素材だ。勝手に口に運べば、即座に肉体を消滅させられるだろう。

だが、千年もの間、誰も口にしたことのない幻の花が、果たしてどんな味覚をもたらすのか。

 

苦いのか、甘いのか。薬草特有の青臭さがあるのか。花弁の舌触りはどうなのか。根を煎じればどんな香りが立つのか。

知的好奇心と食欲が絡み合い、猛烈な衝動となって脳を灼く。

 

無惨様は、古文書から視線を外さずに口を開く。

 

「私はこれより、この花を用いて、太陽を完全に克服するための調薬と研究に入る。完成を見るまで、表の細々とした管理は、お前たちに一任する」

 

「はっ。謹んでお受けいたします」

 

途方もない大任だ。

現場監督。絶対者の代理。

 

その言葉が意味する重圧に、背筋が微かに震える。権限と責任、そして圧倒的な自由が、一気に私の双肩にのしかかってきた。

 

重い。

だが、その重さがたまらなく心地よい。食べ物であれ権限であれ、ずっしりとした重みがある方が、満たされるというものだ。

 

「……ところで無惨様。恐れながら、私もその偉大なる研究に尽力したく存じます。つきましては、そのお花、ほんの少しだけ分けてはいただけませんでしょうか?」

 

「……貴様のような素人に、何ができるというのだ?」

 

「私の血鬼術『封鬼化生』は、鬼と人の物質構成を自在に変容させます。ひょっとすると、調薬の際の苦味を緩和したり、細胞へ馴染む吸収効率を飛躍的に高める補助ができるやもしれません」

 

完全に嘘というわけではない。私の術は、確かに肉体の構成に干渉する。青い彼岸花という未知の物質が、鬼の細胞とどう結びつくのか、その仲立ちをすることは可能かもしれない。

 

だが、本音は全く別の場所にある。

幻の極上素材を、この舌で味わいたい。

 

さらに言えば、私の管理下でこっそり栽培して増やすことができれば、万病に効く霊薬として莫大な利益を生む。竈門家の炭焼きの技術と甘雷の店網を駆使すれば、最適な栽培環境の検証も容易い。

 

薬となり、商いとなり、万が一の際の切り札にもなる。

食材であり、薬草であり、権力そのもの。

そんな極上の果実を、指をくわえて見ている手はない。

 

無惨様は、沈黙のまま私を見下ろしている。

胃袋で渦巻く食欲と、脳内で弾き続ける算盤の音を、分厚い忠誠心の皮で包み込む。隠し通せているかは分からない。この絶対者の眼力には、何もかも見透かされている気もする。

 

だが、今日の無惨様は機嫌が良い。

その一点こそが、最大の勝機だ。

 

「……いいだろう」

 

勝った。

 

「貴様の常識に囚われない奇抜な発想が、思わぬ突破口を開くかもしれん。少し持っていけ」

 

「ありがたき幸せに存じます!」

 

手に入れた。幻の極上素材……いえ、至高の薬草を。

これはあまりにも巨大な成果だ。無惨様の研究への貢献という名目を手に入れつつ、私の手元で自由に検証ができる。

 

味見は……そう、薬効の確認という名目で、ほんの一片だけ。たぶん。

 

「定期報告を怠るな。上弦たちとの調整も任せる。甘雷の店網も有効に使え。だが、余計な混乱は起こすな」

 

「はっ」

 

「童磨に、妙な食育を施すな」

 

「……はっ」

 

「猗窩座と甘雷の手合わせで、無限城を破壊するな」

 

「善処いたします」

 

「玉壺と甘雷を、同じ窯場へ長時間放置するな。話が終わらん」

 

「承知いたしました」

 

「半天狗は放置でよい」

 

「全面的に同意いたします」

 




颯「明治コソコソ噂話ー!」

甘雷「……唐突に始まるのだな」

颯「今回はね、皆様から寄せられた素朴な疑問にお答えするわ。ずばり、『甘雷は上弦の鬼に勝てないの?』よ」

甘雷「ほう」

颯「あの猗窩座様とも意気投合していたみたいだけれど、実際に本気で命の取り合いになったらどうなるのかしら?」

甘雷「結論から言えば、恐らく負けはしないが、勝つこともできないだろうな」

颯「あら、負けないの?あの桁外れの化け物たちを相手にして?」

甘雷「私の生み出す分身は、そのすべてが本体と同じ力と性質を保持している。どれだけ理不尽に破壊されようと、一つでも残っていれば完全に滅びることはない。圧倒的な手数と再生力を持つ上弦が相手でも、防戦で凌ぎ切ることは可能だ」

颯「なるほどね。でも、勝てないっていうのはどういうことかしら?」

甘雷「単純な話だ。こちらの攻撃が、奴らの致命傷に至らない。上弦の異常な身体の硬度と再生速度を前にしては、私の千手加須底羅拳を撃ち込み続けても決定打には欠ける。千日手になるのが関の山だろう」

颯「つまり、お互いに倒しきれない泥沼の戦いになるのね」

甘雷「ああ。万が一完全に敵対して衝突した場合は、ひたすら手数を叩き込んで足止めし、日が昇るまでその場に釘付けにするしか手立てがない」

颯「……それって、一番地味で一番しんどい戦い方じゃないの」

甘雷「武の道も菓子の道も、最後は地道な忍耐に行き着くということだ」

颯「ただの消耗戦を綺麗にまとめないでちょうだい」
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