鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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さあさあ皆様お立ち会い。
世にも奇妙な鬼殺の裏側を語るは私、水柱が妻にして帳場の女神こと葛城颯にございます。
今回の演目は秘密のベールに包まれし産屋敷邸への初登城。
目隠しに揺られて辿り着けばお館様の麗しき御声に危うく絆されかけ、裏では我が主たる無惨様が薬の調合に没頭し千年の宿敵すら放置する始末。
好機とばかりに盤面を据え置き帰宅してみれば……なんと私のお腹に新たな命が宿っていたという大仰天でございます。
愛する夫さっくんは喜びに打ち震え、周囲の隠や隊士たちも巻き込んでの祝賀の大騒ぎ。
ついには隊を挙げて盛大な祝言を執り行う運びと相成りました。
母となる私が狙うは極上の祝い膳と甘雷が運ぶ加須底羅の山。
愛と栄養と算盤が弾き出す異端の懐妊祝い、とくとご覧あれ!


鬼の母、水柱の子

【山道】

 

何もせずにただ運ばれるというのは思ったより退屈だ。

 

恐ろしいとか不安だとかそういう感情が微塵も湧かないあたり私は人としても鬼としてもだいぶ仕上がっているのだろう。布で視界を奪われ耳も余計な音が入らぬよう軽く塞がれている。隠の背に揺られて山道を進む。自分の足で歩かなくてよいのは助かる。けれど見えない。

 

視覚が塞がれると景色の代わりに胃袋が自己主張を始める。私は背負われながら今朝食べた白飯の炊き加減と甘雷が送りつけてきた柚子蜜の加須底羅の甘い香りを反芻していた。

 

隠の方は私を背負いながらひどく緊張しているのが背中越しに伝わってくる。筋肉が強張っている。私は別に噛みついたりしないのに。いや正体を知っていたら全力で逃げるだろうけれど今の私は水柱の妻であり事務改革に貢献した優秀な隊関係者だ。背負われる権利くらいある。たぶんある。

 

「葛城様、もう少しで到着いたします。お疲れではありませんか」

 

「ありがとう。私は平気よ。むしろあなたの方が大丈夫?私、最近よく食べるから少し重くなっていない?」

 

「いえ、とんでもありません。軽いものです」

 

「あら、お上手ね。あとで隊の炊き出しに良い米を回してあげるわ」

 

やはり人を動かすには給金と米だ。理想だけで腹は膨れない。私はその当たり前を鬼殺隊に持ち込んだだけなのになぜか大層感謝されている。世の中は実にちょろい。いや正確には世の中は腹を空かせすぎているのだ。

 

やがて足の裏から伝わる振動が変わった。土の道から手入れの行き届いた庭先のような硬い感触になる。風の匂いも変わる。山の湿り気だけではなく植え込みの葉の匂い、水、きれいに掃かれた砂利、古い木材の落ち着いた匂いが入り混じる。

 

ここが産屋敷邸。鬼たちが千年探し続けても辿り着けない鬼殺隊の心臓部だ。

目隠しが外される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

【産屋敷邸】

 

 

静かな庭だ。派手ではない。だがどの枝もどの石も置かれるべきところに置かれている。

 

縁側には病弱そうな青年が座っている。

 

産屋敷顕正。当代のお館様。肌は白く体は薄い。少し強い風が吹けば花びらのように散ってしまいそうな儚さがある。けれどその声は違う。顔を上げる前から分かる。空気の中に柔らかく澄んだ響きがある。無惨様の声が深い夜の杯ならこの方の声は朝の水だ。毒ではない。けれど深く染み渡る。

 

「よく来てくれたね、颯。窮屈な思いをさせてすまない。面を上げておくれ」

 

「はっ。お初にお目にかかります、お館様」

 

あら、お声がとっても綺麗だわ。無惨様とはまた違う徳の高い響き。これはこれで危ない。声の良い男には気をつけろという格言を私は今ここで制定したい。顔が良い男と菓子が上手い男と声が良い男は女の判断を狂わせる。まあ私は判断を狂わせてもだいたい自分に都合よく着地するので問題ないけれど。

 

私は膝を揃え丁寧に座る。心の中ではすでに庭の警備を数えている。隠の気配。離れたところにいる剣士。結界めいた配置。通路の曲がり。逃走経路。火を放った場合の延焼方向。水場。風向き。すべてを網膜に焼き付ける。

 

ここが産屋敷邸。鬼殺隊の頭脳であり心臓部。警備の陣立てはそれなりに厳重だけれど下弦の壱である今の私なら一刻あれば更地にできる。甘雷を呼べば半刻。上弦を使えばもっと早い。いつでも壊せる場所にこうして礼儀正しく座っている。この優越感はちょっと癖になる。

 

顕正様は私の顔をじっと見る。病の影がある瞳なのに濁っていない。人の心を透かすような聡明さがある。私はにこやかに受け止める。見たいなら見ればよい。私の中には嘘も本当も山ほどある。どれを見るかは見る人の器量だ。

 

「君の噂は至る所から届いているよ」

 

「緻密な事務改革によって隊の財政を立て直し物資の流通を劇的に効率化させた功績。そして剣士としても新入りの頃から多くの鬼を正確に狩っていること。君の存在は隊にとって一筋の光だ」

 

「恐縮にございます」

 

「全ては組織の無駄を省きひいては私が毎日美味しい白飯を心置きなく食べるため……いえ、隊の平和のためでございます」

 

「白飯は大事だね。飢えた者に理想だけを説いても剣は鈍る」

 

「まさにその通りです。お腹が空いては正義も振るえません。よい米、温かい汁、少しの甘味。これだけで人は驚くほど働きます」

 

「君は本当に物事の根をよく見ている」

 

あら、また褒められた。やはり私の事務改革は正しい。隊士の胃袋を掴めば報告書の提出率も上がる。隠に握り飯を配れば連絡速度も上がる。負傷者に甘いものを出せば愚痴が減る。人間は複雑なようでかなり腹で動く。鬼もそうだ。そこを認めない者は組織を回せない。

 

「鱗滝も君の支えがあったからこそ柱の重責を担えたと言っていた」

 

「水柱の妻としてこれからも彼をそして我が子らである隊士たちを導いてやっておくれ」

 

「ありがたき幸せにございます」

 

ちょろい。手の込んだ偽装もなしにここまで完璧に信用されている。私は天性の演技者だ。あるいは演技と本音の境目があまりないのかもしれない。さっくんを支える気は本当にあるし隊士たちの給金を上げる気も本当にある。鬼を狩る気もある。都合の悪い鬼だけだけれど。嘘ではない。

 

顕正様は私の沈黙を穏やかに受け止める。

 

「颯」

 

「はい」

 

「君はとても明るい。けれど明るすぎる光は時に自分の影を見えなくする。疲れた時は鱗滝に頼りなさい。君一人で何もかも抱える必要はないよ」

 

何なのかしらこの人。私は今、産屋敷邸を更地にできる計算をしていた女だ。下弦の壱であり無惨様の現場代理であり二重間諜であり夫の出世まで裏で段取りした天才だ。そんな私に疲れた時は夫に頼れと言う。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「これからもよろしく頼むよ。水柱の妻としてだけでなく君自身の力を隊のために貸しておくれ」

 

「もちろんでございます」

 

貸しますとも。隊のために。さっくんのために。私の白飯と甘味と快適な生活のために。ついでに無惨様のためにも。貸出先が少し多いだけで力を貸すこと自体は本当だ。

 

 

帰り道、私は再び隠の背に揺られる。

 

目隠しをされ来た道を逆に辿る。隠の背中は温かい。山道の揺れは眠気を誘う。けれど私の頭は冴え渡っている。産屋敷邸の位置。経路。警備。庭の構成。

 

すべて記憶に入っている。これを無惨様へ報告すれば私は十二鬼月の中で不動の地位を得るだろう。産屋敷一族の首を差し出せば褒美に青い彼岸花をまた分けてもらえるかもしれない。幻の花の味の研究も進む。これは大手柄だ。

 

人気のない山道に入ったところで私は念話を飛ばす。

 

『無惨様!吉報にございます!』

 

返事はない。

 

『ついに産屋敷邸の正確な位置を突き止め潜入に成功いたしました!経路、配置、すべて把握しましたわ。今すぐ私や上弦を送り込めば忌々しき産屋敷一族を根こそぎ根絶やしにできます!』

 

沈黙。

 

『……無惨様?聞こえておりますか?悲願達成の好機にございますよ!』

 

ようやく声が返る。

 

『……うるさい』

 

え。

 

『今、薬の調合の肝心な局面なのだ。声を出すな、思考を混ぜるな』

 

『えっ』

 

『産屋敷?ああ、あの一族か。今はそれどころではない。太陽克服の秘薬があと一歩で完成するのだ。あんな呪いに蝕まれた弱りきった人間ども放っておいても勝手に朽ち果てるだろう。それよりも今は薬液の純度が大事なのだ』

 

『えええ!?千年の宿敵ですよ!?執念の対象じゃないんですか!?』

 

『雑事は全て任せると言ったはずだ!殺したければ勝手に殺せ。生かしておきたければ勝手におけ。私の崇高な探究の邪魔をするな』

 

そこから無惨様は何やら薬の配合らしき独り言をぶつぶつ唱え始めた。花弁の抽出、血への馴染み、日光耐性、苦味の処理、純度、温度、器具。ああ完全に研究の虫だ。始祖というより偏屈な薬師だ。私はしばらく聞いていたが途中で念話が一方的に切れる。

 

ぷつん。

 

まじか。

あの方、薬の研究に没頭しすぎて千年の宿敵への殺意すら脇へ置いている。あんなに産屋敷一族を嫌っていたはずでは。

 

鬼殺隊の頭を潰す好機では。いや青い彼岸花を得た今、無惨様の中では優先順位が完全に入れ替わっているのだ。太陽を克服すれば産屋敷など後でどうとでもなる。そういう計算なのだろう。研究者というものは目の前の薬液が煮詰まると世界を忘れるらしい。

 

私はしばらく考える。

今すぐ産屋敷邸を潰すことはできる。私一人でもかなりの損害を与えられる。上弦を呼べば壊滅もできる。鬼殺隊は頭を失い混乱する。無惨様から見ればたぶん長期的には得だ。

 

でも。

鬼殺隊が解散したらさっくんのお給金が出なくなる。水柱の地位も揺らぐ。私の事務改革の成果も消える。隊士たちへ米を回す楽しみも減る。産屋敷様は私を信用している。顕正様の声は綺麗だった。庭もよく整っていた。それに今ここで頭を潰すと盤面が一気に乱れる。乱れた盤面は私の帳簿に優しくない。

 

「……放置ね」

 

「葛城様、何か?」

 

「いいえ。少し今夜の献立を考えていただけよ」

 

ここは賢明に放置という名の慈悲を与えておきましょう。私の慈悲はだいたい算盤と食欲と愛でできているけれど慈悲は慈悲だ。産屋敷邸は今すぐ更地にしない。顕正様、命拾いしましたね。主に私の夕飯とさっくんの給金のおかげで。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【鱗滝邸】

 

屋敷へ戻ると玄関でさっくんが待っている。

水柱、鱗滝左近次。私の夫。真面目で優しくて少し不器用で私がどれだけ帳簿の裏で世界を弄んでいてもまっすぐ私を信じる人。

 

「おかえり、颯。お館様との謁見はどうだった?粗相はなかったか?」

 

「ええ、とても優雅で聡明な方でしたよ。さっくんの功績もそれはもう褒めて……うっ」

 

喉の奥がひっくり返る。

 

「うぷっ!?」

 

急に視界が揺れる。胃の底から今までに感じたことのない強烈な吐き気が込み上げる。鬼になってから肉を食べすぎて苦しいことはある。加須底羅を食べ過ぎて胸焼けすることもある。けれどこれは違う。体の奥が何か別の規則で動いている。

 

「颯!?顔色が真っ白だぞ!まさかお館様の邸宅で呪いにでも当てられたか!」

 

「うぷっ……ごめんなさい……ちょっと厠へ……!」

 

私は走る。

こんな時でも自分の足が速いのはありがたい。ありがたいけれど今はそれどころではない。厠へ駆け込みしばらく戻れない。何が起きているのか。毒ではない。呪いでもない。封鬼化生の不調か。

 

青い彼岸花を持っていた影響か。

しばらくして戻るとさっくんは完全に落ち着きを失っていた。

 

「颯、横になれ。すぐ医者を呼ぶ」

 

「大げさですよ、さっくん。少し気分が悪いだけで……」

 

「だめだ。君の顔色が悪い」

 

顔色の悪さなら無惨様の方が上だと思う。とは言わない。言える状況ではない。

 

近隣で評判の町医者が呼ばれる。年配の落ち着いた医者だ。私は布団に座り脈を診られる。さっくんは横で今にも自分が斬られるような顔をしている。水柱なのに。鬼を前にしても動じない人が妻の吐き気でここまで取り乱す。愛されている。これはこれでたいへん良い。

 

医者はしばらく脈を取り私の顔を見て少し笑う。

 

「……ふむ。脈は至って正常、かつ力強い。鱗滝様、おめでとうございます」

 

「え?病ではないのか?」

 

「ご懐妊です。奥様のお腹の中に新しい命が宿っておりますよ」

 

自分の腹に手を置く。まだ平らだ。何も変わっていないように見える。けれどその中に命があると言われる。私とさっくんの子。鬼である私と人であるさっくんの子。

 

「子供……。この私のお腹に、さっくんとの子が……?」

 

鬼である私が妊娠。封鬼化生で人間になりきっているとはいえ生殖の機能まで完全に人間と同じ構造に作り変わっていたということ?それともさっくんの真っ直ぐな愛の熱量が鬼と人という種族の壁を無理やりこじ開けたの?どちらにしろ最近異常にお腹が空くわけだ。二人分の栄養が必要なのだもの。

 

さっくんは涙を隠さない。剣一本で生きてきた男がただ静かに泣いている。震える手で私の手を取る。壊れ物を扱うみたいに優しくそれでいて離さないように強く。

 

「颯……ありがとう……。本当にありがとう……」

 

「私のような剣一本で生きてきた武骨な男に愛する妻との家族が増える日が来るとは……」

 

胸がぎゅっとなる。

私はさっくんの手を握り返す。

 

「さっくん……。ええ、私もとっても嬉しいわ。貴方と私のこの世で一番尊い愛の結晶だもの」

 

本当に嬉しい。

これは計算ではない。いや計算もする。これから山ほどする。種族はどうなるのか。鬼の力は混じるのか。無惨様へ報告すべきか。鬼殺隊にはどう伝えるのか。産屋敷様は何と言うか。

 

甘雷は何箱の加須底羅を送りつけてくるか。全部考える。けれどその前に嬉しい。さっくんが泣いている。私のお腹に子がいる。私が母になる。

 

この幸福は帳簿に載せられない。

載せられないものは苦手だ。でも嫌いじゃない。むしろ喜ばしいことだ。

 

医者が帰ると知らせはあっという間に広がる。広がる速度が鬼の血鬼術並みだ。誰が走ったのか知らないがまず千草と弥太郎が襖を蹴破らんばかりの勢いで乱入してくる。いや実際少し襖が外れかける。

 

「きゃあああ!おめでとうお姉様!」

 

「ついにやっちゃったのね!元気な男の子?それとも色っぽい女の子?どっちにしても私が物心のつく前から『大人の手ほどき』をたっぷりと仕込んであげるわ!」

 

「将来の教育に百害あって一利なしだからあんたは半径十里以内に接近禁止にするわよ!」

 

千草は騒がしい。騒がしいけれど目が本当に嬉しそうだ。私は少し笑ってしまう。近づきすぎると教育上の危険物だが祝いの気持ちは本物だ。だから今は許す。子供が物心つく前に危険な言葉を全部辞書から消す必要はありそうだけれど。

 

弥太郎は半分眠そうな顔でしかしいつもより少しだけ真面目に近づいてくる。

 

「……おめでとう」

 

「ありがとう、弥太郎」

 

「……おめでとう。俺の一番いい枕をお祝いにあげる……。俺も一緒に赤ちゃんと寝る……」

 

「あ、それは静かで助かるかも」

 

「弥太郎、あんたは今日から不眠不休の子守り係決定ね」

 

「……不眠は無理」

 

「子守り中に寝たら赤ちゃんの隣で寝かせるわ。寝ながら見守りなさい」

 

「それならできる……」

 

「できるの?」

 

「弥太郎、赤ちゃんと一緒に寝たいだけでは?」

 

「静かな赤ん坊なら歓迎する……」

 

「赤ちゃんは泣くものよ」

 

「……泣いたらお前があやせ」

 

「なんで私が!?」

 

「騒がしい者同士、相性がいい……」

 

「失礼ね!」

 

この二人のやり取りを見ていると少し安心する。世界がどれだけ妙な方向へ転がっても千草は騒がしく弥太郎は眠い。それだけで何かが変わらずにいる気がする。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

知らせは鬼殺隊全土へ広がる。

水柱の妻、懐妊。

 

日頃から事務改革で隊士の給金を増やし物資の流通を整え時には美味い食事を振る舞い隠たちの胃袋まで掴んでいる私のことだ。各支部の隊士たちは自分たちのことのように喜ぶ。正直ここまで祝われるとは思わない。米と味噌と甘味の力は恐ろしい。

 

「あの葛城さんのおめでただ!全員でこれ以上ない祝いの品を贈ろう!」

 

「帳場の女神に恩返しする時だ!」

 

「おい言葉に気をつけろ。帳場の鬼は冗談にならん」

 

「鱗滝さん、さすが水柱だ!おめでとうございます!」

 

「水柱の子ならきっとすごい剣士になるぞ!」

 

「葛城さんの子ならきっと帳簿も強い!」

 

帳簿が強い子とは何だ。少し見てみたい。

数日後、産屋敷顕正様から書状が届く。

 

「新しい命の誕生を心より祝福する。これを機に名実ともに正式な祝言を挙げてはどうだろうか。鱗滝左近次の功績を称える意味でも鬼殺隊を挙げて盛大に祝おうじゃないか」

 

祝言。

そういえば私たちは色々と慌ただしさに追われ正式な式を後回しにしている。夫婦として暮らし周囲も認め今さらと言えば今さらだが晴れ姿というものは別腹だ。いや食べ物ではないけれど別腹だ。

 

白無垢。宴。祝い膳。隊を挙げて。鬼殺隊の公金でご馳走。いや違う。違わないけれど違う。大好きなさっくんと一生の晴れ姿を皆に見せつけるのだ。そこが大事だ。

 

「……そうだな。今まで慌ただしさにかまけて後回しにしていたが男のけじめとして盛大な式を挙げようか、颯」

 

「はい、さっくん……!」

 

「嬉しい。とっても嬉しいわ」

 

これは本心だ。宴のご馳走も楽しみだがそれだけではない。さっくんと並ぶ。皆に祝われる。お腹の子も一緒に。私の中に今まで帳簿にも戦にも食欲にもなかった感情がぽわっと灯る。

 

ただし心配もある。

生まれてくる子は果たして普通の人間なのか。それとも私のような鬼の力が混じるのか。

 

昼は平気なのか。血を欲するのか。呼吸は使えるのか。封鬼化生の性質を受け継ぐのか。無惨様の血の影響はあるのか。青い彼岸花を少し食べたことは……いやほんの少し味見しただけだから関係ないはず。たぶん。たぶんね。

 

私は腹を撫でる。

大丈夫。私は天下の大天才だもの。どんな子が生まれてきたとしてもたっぷりの愛と加須底羅で最高の子供に育て上げてみせる。愛情、栄養、教育、帳簿、護身術、甘味。この六つがあれば大抵の子は育つ。たぶん育つ。鬼の力が混じっていてもさっくんの真面目さと私の自己肯定が混じればきっと大物になる。

 

「さっくん」

 

「何だい、颯」

 

「これから私もっと食べます」

 

「ああ。体を大事にしなければならない。栄養のあるものを用意しよう」

 

「甘雷に加須底羅を百箱ほど持ってこさせても?」

 

「百箱は多すぎるのではないか」

 

「二人分です」

 

「それでも多い」

 

「では五十箱」

 

「それも多い」

 

「さっくんは厳しいわね」

 

「君と子を守るためだ」

 

その言い方はずるい。そんな真っ直ぐな声で言われたら私は引き下がるしかない。仕方ないのでまずは十箱で手を打つことにする。十箱なら常識の範囲だ。たぶん。

 

『甘雷!今すぐ長崎から加須底羅を十箱……いえやっぱり二十箱持ってきなさい!懐妊祝いよ!』

 

『百箱ではなくてよいのか』

 

『さっくんに止められたのよ』

 

『水柱め、菓子の価値を理解していないな』

 

『夫を悪く言わない。あと栄養に良いものも添えなさい』

 

『卵、砂糖、滋養のある菓子、安産祈願の紅白仕様。任せろ』

 

『頼んだわ』

 

念話を切るとさっくんが少し不思議そうに私を見る。

 

「どうした?」

 

「何でもありません。母としての栄養計画を立てていました」

 

「頼もしいな」

 

「ええ、私は頼もしい妻であり母ですから」

 

 

そう私は母になる。

鬼殺隊の柱と十二鬼月の私。その間に宿った命。世界の運命をあるいは無惨様の計画を根底から狂わせるかもしれない禁断の命。そんな大げさな言い方もできる。けれど今の私にとってはたださっくんとの子だ。私のお腹にいる小さな光だ。

 




颯「さあさあ始まりました大好評の明治コソコソ噂話!今回のテーマはずばり『鬼でも妊娠できるのか』についてです!無惨様ご見解をどうぞ!」

無惨「……多分できるだろう。だが鬼は基本的に体のどこからでも食べ物である人間を吸収できる。身ごもった瞬間に吸収してしまうのではないか」

颯「ひえっ!恐ろしい!つまり私が無事に妊娠継続できているのは奇跡のバランスとさっくんへの愛の力ということですね!愛は鬼の細胞をも凌駕します!」

無惨「……そしてここで噂話だ。お前、妊娠記念だと称してその日の夜に鱗滝を夜の営みへ誘い見事に断られたらしいな」

颯「なっ!?ちょっと無惨様!?なぜその夫婦の極秘情報を!?さっくんは『お腹の子に障るから』とものすごく真面目に真っ赤になってお断りしてきたんですけれど!せっかくの記念日でしたのに!」

無惨「つくづく呆れた女だ。身ごもった我が子を吸収する前にその無駄に旺盛な欲求をどうにかしろ」

颯「失礼な!これも全ては漲る生命力と愛の証です!というわけで皆様次回もお楽しみに!」



今回のあらすじ

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