鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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さても皆様、お立合い。
ところは明治の御代、夜の帳が下りた静かな宿屋の一室にて。
ここに居並ぶは鬼を狩る剣士、九条千草と神保弥太郎の二名でございます。
千草という女、御身自ら色情魔と嘯き、戦場にあっても日常にあっても、どこか芝居の客席にいるような空虚を抱えておりまする。
硝子一枚隔てた向こう側から世を眺め、強い刺激でしか己の生を実感できぬ悲しき性。
一方の弥太郎、こちらは戦場だろうが女の膝だろうが、所構わず惰眠を貪る睡眠の権化。
千草がどれほど色香で迫ろうとも、ただ眠いの一言で彼女を極上の寝床としか扱わぬ始末。
されど、この無頓着なる男の重みと体温だけが、空っぽな千草の心を現世へと縫い留める楔となっておりまする。
悩める女剣士と眠り続ける男、二人が織りなす奇妙にして温かき一夜の幕引き。
さて、本日はどのような数奇な運命が待ち受けておりますやら。
とくとご覧あれ。


幕間:舞台の上の千草

私は九条千草。

 

鬼殺の剣士だ。

そう名乗ると、なんだか少し立派な人間に聞こえる。

 

白銀の日輪刀を差し、光の呼吸を使い、夜ごと鬼を斬って人を守る女。

 

あら素敵。

 

絵草紙に載せたら、表紙だけはたいそう映えるでしょう。

問題は中身だ。

 

表紙をめくると、そこにいるのは世間様の言うところの色情魔で、尻軽で、節操なしで、ついでに少々うるさい女なのだから、作者も筆を投げるに違いない。

 

夜の帳が降りた宿は静まり返っている。

任務を終えた隊士たちは隣の部屋で微動だにせず眠っている。

 

行燈の灯りは薄く、油の焦げる匂いが鼻をくすぐる。

縁側に背を向けた私の膝には、確かな重みと体温があった。

 

神保弥太郎。

黄昏の呼吸の使い手。

睡眠の権化。

 

戦場では眠りながら敵を刻み、宿に戻れば当然のように私の膝か胸を寝床にする。

説明すればするほど意味の分からない男。

 

今も私の膝の上で丸まり、すうすうと規則正しい寝息を立てている。

これで鬼殺隊の精鋭なのだから、世の中は広い。

 

人は私を色情魔と呼ぶ。

仲間内でも、だいたいそういう扱いだ。

 

隙あらば男を誘い、女を誘い、肌を重ねることにためらいがない。

目の前に美しい殿方が出れば、斬る前に抱けるかどうかを一瞬考える。

 

だって、そう振る舞っているのは事実だもの。

 

今日の任務帰りにも、隠の一人が私を見るなり

「あ、九条さん、今回は宿の若旦那を口説かないでくださいね。後始末の書類が増えますから」と。

 

ひどい。

 

私はその場で「失礼ね、今回は若旦那より板前の方が好みよ」と返す。

 

勝った。いや、何に勝ったのかは分からない。たぶん、人生の何かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治の世になったとはいえ、世間はそんなに急に変わらない。将軍様がいなくなり、異国の服や言葉が増え、街には新しいものが並ぶ。

 

それでも女はお淑やかに、男を立てて、家の中で慎ましく。そういう声は、まだどこにでも転がっている。だから私のような女は、たいてい笑われるか、蔑まれるか、面白がられる。面白がられるだけならまだいい。

 

面と向かって「恥知らず」と言われることもある。まあ、その時は「恥なら昨日、宿代の足しに売りました」と返す。相手はだいたい黙る。強い言葉は便利だ。

 

お姉様、葛城颯ならきっともっと堂々と言い返す。あの人は、世間の枠を壊しながら、なぜか自分に都合の良い役割だけは見事に着こなす人だ。

 

鬼でありながら水柱の妻をやり、下弦の壱でありながら鬼殺隊の帳場を動かし、誰より図太いくせに、夫の前では古風な武家の妻みたいに頬を染める。あれは何なのだろう。詐欺なのか、才能なのか、愛なのか。たぶん全部だ。あの人はいつだって全部を欲しがる。飯も、男も、権限も、愛も、菓子も、未来も。

 

私はそんなお姉様たちのそばで、本気で笑って、騒いで、馬鹿をやっている。これは嘘じゃない。甘雷がまた加須底羅を抱えて現れれば腹を抱えて笑うし、弥太郎が任務中に寝れば蹴りたくなるし、お姉様がまた無茶な帳簿操作をすれば「さすがです」と呆れ半分に拍手する。楽しい。ちゃんと楽しい。そこに嘘はない。

 

でも、ふと気づくと、私は少し後ろの方にいる。

 

みんなの熱気を帯びた背中を、どこか離れた場所から眺めている。自分もその場にいるはずなのに、どこか硝子一枚隔てた向こう側にいるような感覚がある。薄い膜だ。

 

強く叩けば割れそうなのに、いつまでも割れない。笑い声は聞こえる。匂いもする。弥太郎の体温も膝にある。それなのに、自分だけ芝居小屋の客席に座っているような感じが抜けない。

 

私は、たぶん配役を演じている。

 

色情魔の九条千草。男好きで、女好きで、刺激好きで、何かあればすぐ脱ごうとする困った女。そういう役を与えられたから、私はそれをやる。いや、与えられたというより、自分で取りに行ったのかもしれない。その方が分かりやすいから。周りも扱いやすい。私も迷わずに済む。空っぽの舞台に立つには、派手な衣装と分かりやすい役名が必要なのだ。

 

弥太郎の髪を指で梳く。柔らかい黒髪に、変な方向へ跳ねた毛が一本混じっている。寝ている時くらい直ればいいのに、これだけは頑固だ。本人と同じだ。起きている時間が短いくせに、どうでもいいところだけ頑固なのだから腹が立つ。可愛いけれど。そう、可愛い。ここで「可愛い」と思える私は、まだまともなのかしら。それとも、ただ機能の良い枕を愛でるみたいに、この男を眺めているだけなのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の感覚を何かに例えるなら、芝居小屋の活劇や、絵草紙を読んでいる感覚に近い。

 

「あはは、お姉様ったらまた常識外れなことをしてる!」と手を叩いて笑っている私のすぐ後ろに、冷静に眺めている別の私が立っている。舞台の上では、刀が振るわれ、血が飛び、誰かが泣き、誰かが笑う。けれど客席にいる私は傷つかない。

 

物語の中で何が起きても、ページを閉じれば終わる。そんな感覚が、日常にも戦場にもまとわりついてくる。

 

藤襲山の夜もそうだ。

 

あの時、鬼の姿をしたお姉様が私を見下ろしていた。漆黒の肌に、黄金の亀裂。美しい。恐ろしい。人間の形をしているのに、人間ではない。あの豊かな胸、鋭い牙、こちらを品定めする目。普通なら膝から崩れて、泣き叫んで、命乞いをする場面だ。

 

「一思いに頭から食べてあげる」

 

そう言われた時、私の口から出た言葉は、命乞いではない。

 

「あの……最後に一つ、お願いが。貴女のおっぱい、揉んでも良いですか?」

 

今思い返してもひどい。命の危機で何を言っているのだ、この女は。お姉様の方が一瞬固まるのも当然だ。

 

死ぬかもしれないのに、私は大丈夫だという根拠のない自信がある。いや、違う。あれは自信ではない。これは作り話の舞台だから、客席にいる私は死なない。そんな狂った空虚感が、私を満たしている。

 

要するに、私には現実感が足りないのだ。

 

恐怖がないわけではない。痛いのは嫌いではないけれど、死ぬのが好きなわけでもない。悲しい話を聞けば泣くし、腹が立てば怒る。誰かが笑えば、私も笑う。私は感情がない人形ではない。そこは童磨様なんかとは違う。あの人はにこにこしながら、本当に中身が見えない。私は違う。感情は動く。喜怒哀楽はある。ただ、そこに自分がいる感じが薄い。涙を流している自分を、もう一人の自分が「ここで泣くのね」と眺めている。

 

だから私は刺激を求める。

 

肌の温もり。強い痛み。目の前が白くなるほどの快さ。血の匂い。抱きしめられる圧迫感。噛まれる痛み。誰かの心臓の音。そういうものだけが、私をこちら側へ引っ張ってくる。硝子の向こうから、ぐいっと腕を掴んで引きずり出してくれる。

 

その瞬間だけ、私は「ここにいる」と思える。だから求める。ただの淫乱だからじゃない。いや、そう見えるのは仕方ないし、たぶん実際にそういう面もある。けれど、それだけではない。強い刺激を注ぎ込まないと、自分が薄い空気になって、そのまま透明に消えてしまいそうなのだ。

 

「……弥太郎、あんたはよく寝るわね」

 

膝の上の男は返事をしない。規則正しい寝息だけが返ってくる。これほど無防備に眠れるのは才能だ。戦場でも宿でも、人の膝でも胸でも、弥太郎は眠る。私の中身が空っぽかどうかなど、気にしていないのかもしれない。あるいは、気にしたうえで眠っているのかもしれない。分からない。この男は、起きていても眠っていても分かりにくい。

 

着物の襟を少しだけ緩める。夜風が鎖骨を撫でる。冷たい。冷たいと分かる。よかった。私はまだ、寒さを感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

お姉様の裏の食事に、私が協力することもある。

 

私が色仕掛けで女を暗がりへ誘い、お姉様が獲物を喰らう。そういう夜は、血の匂いが濃い。女はたいてい泣く。怒る者もいる。命乞いをする者もいる。お姉様は時々、妙に優しい声で「痛いのは最初だけよ」と言う。優しいのか、残酷なのか、よく分からない。

 

その断末魔を聞いて、私は「かわいそうに」と思う。本当に思う。本を読んで悲劇の主人公に涙を流すように、胸は痛む。感情は動く。嘘泣きではない。

 

だけど、そこに当事者意識というものがないのだ。

 

目の前で人が喰われている。私が誘い込んだ。私の言葉でこの女は暗がりへ来た。ならば私は加害者だ。そう頭では分かる。分かるのに、心はどこかで「そういう筋書きなのだ」と処理してしまう。絵草紙の一場面。次のページへ進むための出来事。ひどい。ひどいけれど、私はそう感じてしまう。

 

鬼狩りとして戦場に立つ時も同じだ。

 

私の光の呼吸は、よく目立つ。白銀の軌跡が走り、鬼の首が飛ぶ。ぱっと見れば美しい。敵は死ぬ。仲間も死ぬ。血が飛ぶ。骨が砕ける。誰かが母を呼ぶ。誰かが最後まで刀を握る。そういう凄惨な場面を見て、私の中の何かは確かに震える。けれど同時に、冷静な私が「鬼が一体減った」「隊士が一人死んだ」「次の動線は右」と処理する。ああ、死んだな。次。そんなふうに、ページをめくる。

 

お姉様はよく言う。

 

「殺す覚悟をするなら、殺される覚悟もするべきよ」

 

あの人らしい言葉だ。鬼で、人を喰らい、人を愛し、夫を守り、帳簿を動かし、誰より生々しく生きている人の言葉だ。重い。血の通った哲学だ。お姉様はどれほど常識外れでも、自分の手で掴んだものには当事者として食らいつく。生きている。ものすごく生きている。眩しいくらいに。

 

私はどうだろう。

 

こんな空っぽの私が、血反吐を吐いて生きるお姉様や鱗滝さん、そして弥太郎と同じ戦場に立つ資格は、本当はないのではないか。

 

刀袋に収まった自分の日輪刀を見る。白銀の刀。光の呼吸。美しい軌跡。美しいだけで、中身がない。まるで私みたいだ、と思う。自分で言っておいて、少し笑える。自己憐憫というのは、やりすぎるとつまらない芝居になる。

 

「資格なんて、誰が配ってるのかしらね」

 

返事はない。弥太郎は寝ている。

 

神保弥太郎。私の背中や膝や胸を定位置とする男。こんな、戦の現実にも彼にも向き合えない空っぽの女が、彼のそばに居続けても良いのだろうか。

 

彼は、どれだけ私が誘っても、決して私を抱かない。着物を少し崩しても、耳元で甘い言葉を囁いても、膝を寄せても、彼は「眠い」と言って私を枕にする。

 

女としての自尊心が木っ端微塵だ。しかも本当に眠る。演技ではない。深い。深すぎる。あれはもう睡眠の海に沈んでいる。私は何度か、起こしてやろうと頬をつついたり、耳を引っ張ったりするが、ほとんど反応しない。こいつ、本当に人間かしら。まあ、私たちの周りにまともな人間などあまりいないけれど。

 

一度なんて、私はかなり本気で色仕掛けを仕掛けた。自分で言うのも何だけれど、あれはなかなかの出来だった。襟元、声色、距離、視線、間合い。全て完璧。これで落ちない男は木か石か仏像だと思うくらいには整える。

 

すると弥太郎は、私をじっと見て、こう言う。

 

「……眠そう」

 

「誰がよ」

 

「千草」

 

「今、私はかなり色っぽい顔をしているはずなんだけど」

 

「眠そうな色っぽい顔」

 

「新しい分類を作らないで」

 

そのまま彼は私の胸に顔をうずめて眠る。私の努力は、極上の寝具として処理される。あの時はさすがに膝から崩れそうになった。女として負けたのか、寝具として勝ったのか、判断が難しい。お姉様に相談すると「弥太郎に色気で勝とうとする方が間違ってるわ。あれは睡眠という宗教の信徒よ」と言われる。妙に納得する。したくないのに。

 

本当に極度に眠いだけなのだろうか。

 

それとも、彼は気づいているのではないか。私の肉体はここにあるけれど、中身が決定的に空洞であることに。鋭い動物みたいな勘で、私の中の薄さを感じているのではないか。だから一人の女としてではなく、ただ体温を持った都合の良い枕として扱うのではないか。

 

「千草の胸はいい……」

 

弥太郎はよくそう言う。半分以上寝ながら言う。私はそのたび「でしょう?」と得意げに返すけれど、時々思う。彼が褒めているのは私ではなく、ただの機能なのではないか。柔らかい。温かい。よく眠れる。そこに九条千草という人間は必要なのか。ただの極上の枕でいいのではないか。

 

馬鹿みたいな悩みだ。

 

枕扱いされて怒るなら分かる。なのに私は、その枕としての価値すら疑い始めている。面倒くさい女だ。色情魔の仮面をかぶっているくせに、中身は空虚だなんだと悩む。お姉様なら「お腹が空いてるからそんなことを考えるのよ」と言いそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の光が差し込む。弥太郎の横顔が淡く照らされる。

 

本当に綺麗な顔をしている。腹立たしいほど綺麗だ。少女のように白い肌、長い睫毛、眠っている時だけは無害そうな口元。欲情する以前に、つい見惚れてしまう。起きている時はだいたい半目で眠そうだから、こういう顔をしていると余計に腹が立つ。もっと自覚しなさいよ、その顔。いや、自覚したらしたで面倒かもしれない。

 

「……ねえ、弥太郎」

 

返事はない。

 

「眠っている相手に問いかけるなんて、私もいよいよ絵草紙の陰気な女みたいね。似合わないわ」

 

やっぱり返事はない。

 

「でも、起きてる時のあんたに聞いても、『眠い』で終わるでしょうし。寝てる時の方が、まだ私が勝手に喋れる分ましだわ」

 

弥太郎は規則正しく息をしている。

 

「あんたは、なんで私と一緒にいるの?」

 

自分で言って、少し喉が詰まる。

 

「私が、中身のすっからかんな、空っぽの女だから? 何を背負わせても、文句を言わない都合の良い重石だから?」

 

月が静かだ。行燈の灯りが揺れる。弥太郎の寝息だけが、やけに近い。

 

「……もし、私がいつか鬼の牙に食われてあっけなく死んでも、あんたは『ああ、質の良い枕がなくなったな』くらいにしか思わないのかな」

 

言葉にした瞬間、胸の奥がちくりと痛む。

 

小さな刃先で突かれたみたいな痛みだ。大した傷ではない。戦場で受ける痛みに比べれば、蚊に刺されたようなものかもしれない。けれど、確かに痛い。

 

ああ、ある。

 

痛みがある。

 

誰かの作り話でもなく、舞台の演出でもなく、私の胸の中に確かにある。弥太郎にそう思われたら嫌だ。枕としか思われていないなら悲しい。私が死んでも少しも寂しがらないなら、痛い。そこに痛みがあるなら、私はまだ完全な空洞ではないのかもしれない。

 

 

いつか、この硝子の膜が割れる日が来るのかしら。

 

お姉様みたいに、何もかもを当事者として掴み、噛みつき、笑い飛ばす日が来るのかしら。それとも私は、このまま空虚な舞台の上で、色情魔という配役を全うして踊り続けるのかしら。

 




甘雷「……なあ、風音。最近、千草の様子がおかしいんだ。俺が持っていく加須底羅を食べて笑ってはいるけれど、どこか遠くにいるみたいな。すぐ隣にいるのに、声が届いていないような気がする」

颯「ええ。あの子は今、自分の人生という舞台を極めて冷酷に客観視しているわ。異国の医学では離人症と呼ぶそうね」

甘雷「離人症……心が自分から切り離されたみたいになる病、か。どうして千草が」

颯「致命的な防衛本能よ。人間が本来の感情を持ったまま背負うには、この夜の戦場はあまりに苛酷すぎる。あの子は自分の精神が完全に壊れ切ってしまわないように、無意識のうちに自分自身を芝居小屋の安全な観客席へと逃がしているの」

甘雷「自分を守るために、自分自身を失っているのか。……だからあんなに、極端な刺激ばかりを求めて」

颯「痛みや快楽という強烈な感覚だけが、あの子を硝子の向こう側から現世へと無理やり引き戻す唯一の手段になっている。悲しい生き方ね。でも、そうやって感覚を上書きしなければ、明日の刀さえ握れないほどにあの子は追い詰められているのよ」

甘雷「俺たちが甘い菓子を持っていっても、あの見えない壁は壊せないのかな」

颯「外から叩き割ってはいけないわ。膜を失えば、あの子の脆い心は一瞬で崩れ去る。私たちにできるのは、あの子がいつか自分からこちら側へ手を伸ばした時、しっかりと握り返してやることだけよ」

甘雷「……弥太郎みたいに、ただ黙って重石になってやるってことか」

颯「ええ。あの寝坊助は、計算なのか天然なのか、一番正しい位置に転がっているわ。体温という一番原始的で嘘のない重みだけが、今の千草をこの世に繋ぎ止めている」
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