鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら   作:斉宮 柴野

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さてさて皆々様、お立ち会い。
本日の語り手は、眠り続ける剣士・神保弥太郎。
颯の産休で屋敷が騒がしくなる中、彼の隣には口の悪い隠・相原がつくことに。
罵り、蹴り飛ばし、それでも決して離れぬ相原。
鬼に加担した人間を斬る汚れ仕事の果てに、弥太郎は初めて己の眠りと向き合う。
眠れる獅子が目を覚ます一席、とくとご覧あれ。


幕間:目覚めた獅子と、睡柱・神保弥太郎

【鱗滝邸】

 

 初夏の風がひどく心地よい。縁側で横になりながら、俺はまた欠伸を噛み殺した。

 すぐ横には、丸みを帯びた自身の腹を愛おしそうに撫でる颯がいる。新しい命の胎動。本当にめでたいことだ。いつも厳格な鱗滝さんですら最近はどこか浮き足立って見えるし、俺自身も心底から歓喜している。

 そこで、俺の冴え渡る頭はある画期的な真理へと行き着いた。

 颯が身重になり、別室で静かに養生するとなれば、当然あそこの場所が空くはずだ。

 

「……なあ、颯。お前が休んでいる間、鱗滝さんの布団は空くよな?」

 

「ええ、そうね。さっくんは私の体に気を遣って、少しの間だけ寝所を分けるって言ってたわ」

 

「……じゃあ、その間は、俺が鱗滝さんの布団に入っても……」

 

「だめに決まってんでしょ!!」

 

 どうやら俺は、颯の手の平によって容赦なく叩き据えられたらしい。

 

「……いて。そうか、だめか」

 

「当然よ!なんで妻が空けた旦那様の布団に、居候のあんたが堂々と潜り込もうとするのよ!そこは私の愛と温もりがたっぷりと残る極楽浄土なの!あんたの汚い涎で汚してたまるもんですか!」

 

「……ケチ。布団くらい貸してくれてもいいじゃないか」

 

「甘ったれるんじゃないの。あんたも立派な剣士なんだから、自分の寝床くらい自分で極めなさいな」

 

 安眠の聖域への道は、思いのほか険しいらしい。

 だが、颯が休業に入ったことで、俺の日常には別の大きな変化が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 単独任務の際、俺には専属の隠がつくことになっている。理由は至って単純だ。俺がいつでもどこでも、眠りに落ちてしまうからである。

 

 目的地に着いても起きない。歩きながら寝る。人の話を聞きながらでも寝る。

 流石に手がかかりすぎると呆れられ、これまでは複数の隠による交代制で俺の世話をしてくれていた。それなのに、なんと自ら俺の担当を志願してきた奇特な隠が現れたという。

 

 物好きというか、苦労人というか。世の中には変わった人間がいるものだ。

 

「相原と言う。今日から貴様の専属担当だ。足手まといにならないようせいぜい努力しろ」

 

「……ん。よろしく……ぐう」

 

「挨拶の途中に寝るな!この怠け者!!」

 

すかさず、鈍い衝撃が俺の脛を貫いた。

 

「……痛っ。何するんだよ、初対面だろ」

 

「だからなんだ!さっさと目を覚ませ!貴様は本当に噂通りのろくでなしだな!」

 

「……おいおい、俺は怠け者なんじゃなくて、常に眠いだけなんだって……そういう性質なんだよ……すーぴー」

 

「言い訳をしながら寝るなと言っている!!この穀潰しが!!」

 

これが、俺と相原との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相原は俺の荷物を文句一つ言わずに持ち、周囲の気配を的確に拾っている。この隠は非常に優秀だ。今まで俺についた誰よりも手際がいい。

 

 俺が道端で意識を手放しても、文句を垂れながら即座に担ぎ上げ、目的地まで引きずってでも運んでくれる。汚れた隊服は俺が宿で休んでいる間に必ず綺麗に洗濯されているし、食事の支度だって完璧だ。

 

 ただ一つ、口が滅法悪すぎるという点を除けば、最高の相棒と言えるかもしれない。

 

 ふと、茂みの奥から異形が姿を現した。俺たちを獲物と認識し、一直線に距離を詰めてくるのが肌で分かる。

 

「起きろクズ!!正面から鬼が来るぞ!!ぼーっと突っ立ってるんじゃない!!」

 

「……ん……」

 

「さっさと刀を抜け!貴様は寝ることしか能がないのか!!早く斬らないと私が死ぬぞ!!」

 

 鬼が大きく跳躍し、俺の頭上へと影を落とす。

 

「黄昏の呼吸・肆ノ型――餓者髑髏」

 

 俺はその場から一歩も動く気はない。

 

 ただ抜刀の瞬間に、剣閃を周囲へ展開させるだけだ。巨大な肋骨が覆いかぶさるような丸い陣状の斬撃が、空中の異形を正確に捉えるだけだ。

 

 耳障りな断末魔の音が響き、頭上から灰となってパラパラと崩れ落ちる気配だけを肌で受け止めた。

 

「……ふあ。終わった……」

 

「寝ながら斬るな!!気持ち悪い!!いちいち気味が悪いんだよ貴様は!!起きてるのか寝てるのかはっきりしろ!!」

 

 相原はいつも怒っている。俺の存在そのものが癪に障るように、常に眉間に皺を寄せているのだ。

 だが、どれほど口汚く罵られようと、相原が俺の側を離れることは決してなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 鬼殺隊の任務は、ただ鬼を狩ることだけではない。

 

 鬼殺隊の敵は、鬼だけではないのだ。鬼に協力する人間というものが、この世には存在する。

 

 家族を人質に取られて脅されている者。鬼が人間だった頃の縁者。あるいは圧倒的な力を崇拝する狂信者。

 

 通常の剣士は、そういう人間を斬れない。相手が人喰い鬼ならば容赦なく首を刎ねる剣士たちも、相手が同じ人間で、それも同情すべき事情を抱えた弱者であれば、どうしても刃に迷いが生じてしまう。

 

 だから、そういう汚れ仕事は、俺に回ってくる。

 

 路地裏。一人の男が、鬼への生け贄として幼い子供を差し出そうとしていた。

 俺は音もなく男の背後へと忍び寄り、その首を静かに裂いた。

 

「あ……、が……ッ」

 

 地面に黒々とした液体が広がるのを視界の端に収めながら、刀を振り、静かに鞘へ納めた。

 

「……終わった」

 

 何も感じない。恐怖も、怒りも、憐憫も。微塵たりとも湧いてこない。

 ただ、山積みにされた作業を一つ片付けたような、酷く平坦で退屈な感覚だけが俺の中を支配している。

 

「…………最低だな」

 

 背後の暗がりから、相原がゆっくりと歩み出てきた。

 

「言い訳も聞かず、感情一つ交えず、同胞をただの物のように斬り捨てる。……この血も涙もない人殺し」

 

「……ああ。そうだな」

 

 俺の心に、罪悪感というものは一切存在しない。

 けれど、相原の罵倒を聞くと、俺は不思議と深く安堵してしまうのだ。

 

 人間を殺しても何も感じない俺に対し、代わりに誰かがそれは悪だ、お前は人殺しだと明確に定義してくれる。それが、俺がただの殺戮の道具ではなく、ギリギリ人間の側に留まるための、楔になっているような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が心地よくうたた寝をしていると、障子の向こうから他の隊士たちの声が鼓膜を揺らした。

 

「おい、知ってるか?あのいつも寝てる神保についてる、隠の相原のこと……」

 

「ああ。聞いたよ。あいつ、以前神保が斬った鬼の協力者の縁者らしいぞ」

 

「なんでも、身内に鬼に加担した裏切り者が出たせいで、部隊内でも相当肩身が狭かったらしくてな。責任を取って腹を切れとまで詰め寄られていたそうだ」

 

「ああ……。切腹寸前だったところを、あの誰もやりたがらない神保の専属になることで、なんとか命だけは免除されたって話だぜ」

 

「汚れ役の担当を押し付けられたわけか。……自分の身内を斬った奴の世話を一生させられるなんて、控えめに言っても地獄だな」

 

 なぜ相原は、俺の担当をわざわざ志願したのか。身内を殺された復讐のためか。俺が寝ている隙に寝首を掻くためか。

 

連座の死を逃れるためだけに、その元凶である俺の世話を強いられている。

 

 俺の隊服を洗い、飯を作り、道端で寝こける俺を背負って歩く。

 一体どんな気持ちで、俺の隣を歩いていたというのだろうか。

 

 その夜。相原が、部屋の隅で俺の隊服を一枚一枚丁寧に畳んでいる。

 

「……なんだ。おい、寝るならさっさと寝ろ。明日は朝が早いんだぞ。貴様が起きないせいで予定が狂うのはごめんだからな」

 

「……ん」

 

 俺は言われるまま布団に潜り込むが、どうしても目を閉じる気にはなれなかった。

 

 俺を恨まないのは絶対におかしい。口汚く罵るだけで黙々と世話を焼き続けるのは、どう考えても異常だ。

 

 いつ、俺の頭を叩き割っても、食事に毒を盛ってもおかしくはないはずなのに。

 

「……相原」

 

「なんだ。寝言なら寝てから言え」

 

「……いや。なんでもない」

 

 聞けなかった。

 俺を殺したいかとも、なぜ俺なんかに尽くすんだとも。

 

 その答えを聞くのが怖かったわけじゃない。ただ、もし彼女が「お前への復讐のためだ、今ここで死ね」と刃を向けてきたなら。俺はきっと「そうか、わかった」と頷き、この首をあっさりと差し出してしまう気がしたからだ。

 

「……ふん。変な奴」

 

「おやすみ、人殺し」

 

「……ああ。おやすみ」

 

 今日も俺は、その冷ややかな罵倒を子守唄にして重い目を閉じる。

 

 この酷く歪で、どこか滑稽な関係が、いつしか俺にとっての絶対に手放せない日常になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 新月の夜。

 

 薄暗い林の中。地面には、鬼に魂を売り、私腹を肥やすために村の童を攫っていた男の死体が転がっている。

 

 俺はまた、任務で人間を斬った。

 

 躊躇いはない。いつものように、そこには何の感情の揺らぎもない。

 

 だが、この日はいつもと違った。

 倒れた男の背後、物陰から一人の少女が飛び出してくる。今さっき俺が斬った男の、娘だ。

 

「おとっつぁん!?ああっ、あああっ!!ひとごろしィィッ!!」

 

 父親が殺されたのを目の当たりにした少女は、完全に錯乱していた。短刀を振りかざし、俺に向かって迫ってくる。

 

『……斬るか』

 

 一瞬、頭の片隅でそう思う。だが、すぐに手が止まった。

 この娘は鬼の協力者ではない。ただ親の悪行に巻き込まれただけの、何の罪もない子供だ。斬る道理はどこにもない。

 

 ならば避けるか。それとも峰打ちで気絶させるか。

 そんな事をぼんやりと考えているうちに、もう目の前まで白刃が迫っていた。

 

 反応が、遅れる。俺の黄昏の呼吸は、敵の明確な殺意や剣気には極めて敏感に反応する仕組みになっている。だが、相手が素人の子供。もう間に合わない。

 

 ザシュッ!!

 

 俺の身体には一切の痛みがない。代わりに、俺の目の前に飛び出してきた小柄な黒子の背中が崩れ落ちた。

 

「……あ、がッ……!」

 

「……え?」

 

 相原だ。

 

 相原が、俺を突き飛ばし、少女の短刀をその身に深く受けている。

 

 少女は自身の両手が真っ赤に染まったことに恐怖し、震える音を置き去りにして暗闇の奥へと姿を消した。

 

「相原……ッ!なんで……」

 

 俺は慌てて相原の体を抱き起こす。だが、傷は完全に急所を貫いており、赤い液体が止めどなく溢れ出しているる。

 

 なぜだ。お前は俺を憎んでいたはずだろう。

 俺は血も涙もない人殺しで、お前の親族を死に追いやった元凶の側だぞ。寝首を掻かれるならまだしも、なぜ俺を庇って死ぬんだ。意味がわからない。

 

「……ッ、ごほっ……許さ……ない」

 

 相原は口から泡を吐きながら、小刻みに震える手で俺の胸倉を強く掴んだ。

 その瞳は、死の淵にあってもなお、俺の芯を真っ直ぐに射抜くように強烈な光を放っている。

 

「私は……テメェを、絶対に許さない……。私に……テメェが、ただの人間であるってことを……教えちまった、この大失敗を……絶対に、許さない……」

 

「相原……」

 

 ああ。そうか。

 

「だから……立て。立って、戦え……。眠りなんぞに逃げてんじゃねえ……!胸を張って、テメェ自身の正義のために、刀を振れ……ッ」

 

 手が、土の上へ力なく滑り落ちる。

 相原の瞳から光が消え、完全に動かなくなった。

 

「…………相原?おい、相原……起きろよ。いつもみたいに、俺を蹴っ飛ばして、罵ってくれよ……」

 

 返事はない。

 俺は相原の亡骸を抱きしめたまま、静かに俯いた。

 

 胸の奥が、真っ赤に焼けた火箸を押し当てられたように熱い。

 息ができないくらい喉がひどく詰まり、視界がぐにゃぐにゃに歪んで滲む。

 

 悲しい。

 

 俺が殺したようなものだ。俺のくだらない油断が、俺の現実からの逃避が、俺の情けない甘さが、こいつを殺したのだ。

 

 そうだ。人の死は、こんなにも痛くて悲しいものだったじゃないか。

 殺しても感情が動かないだと。自分が欠落した不良品だと。笑わせるな。

 

 千草。お前に会いたい。

 お前もきっと、俺と同じように、自分を守るために現実から逃げているだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

俺は街灯の下で、千草を見つけた。

 千草はいつものように、男を誘うような空気を全身に纏い、見え透いた虚勢を張って立っている。

 

「……弥太郎?なんであんたがこんな所にいるのよ。しかも、いびきもかかずに起きてるし」

 

「……任務だった」

 

相原を、見送ってきた帰りだ。

 

「そう……。私もよ。で、こんな夜更けに何の用かしら?もしかして重要な密談?それとも愛の告白?ついに私を抱いてくれる気になったの?」

 

「違う」

 

「……違う?じゃあ一体何よ。分かったわよ、話くらい聞いてあげる」

 

ずっと千草に聞きたかった、彼女の原点を問い質す。

 

「千草。お前はなんで鬼殺隊に入ったんだ?」

 

「いきなりね……。そんな昔話、聞きたいの?私はね、自分を試したいのよ。なんだかんだ言っても、この国はもう平和でしょう?明治という新しい御代になって、よほどのことがなければ殺されもしない。辻斬りも野盗も、もういないわ。平和って、退屈なのよ。何も感じない日常が、ただ淡々と続いていくだけ。でも鬼殺隊に入れば……そうね、命をすり減らすような修羅場には事欠かないと思ったの。女でも許されるなら、官軍にでも入っていたと思うわ」

 

「……それは、命のやり取りがしたいからか?」

 

「ええ。……いや、違うわね。私は……ただ……。ううん……そうよ!私は命のやり取りがしたいのよ!そうでもしないと、血が滾らないの!自分が生きているという生の感触が掴めないの!あんたも私を抱いてくれないしね!」

 

 今まで分からなかったけれど、これこそが千草の抱えるものの正体だ。

 

「…………ちょっと、なんで黙ってるのよ!目を開けたまま寝る術でも身につけたわけ!?」

 

 だから、見せよう。俺の最も見苦しい傷を。俺の犯したどうしようもない罪を。

 俺が心から愛おしいと思うこの不器用な女が、一歩前に踏み出す勇気を持てるように。

 

「………………俺さ、人を、殺したんだ」

 

 人間を斬っても何も感じなかったこと。自分が完全に壊れていると思い込んでいたこと。そして、相原の死によって、それがただの逃避と甘えだったと痛感したことを。

 

「ッ……!あんたに私の何が分かるのよ!!じゃあなんで……なんで私を見るの!?何者とも向き合えない、中身のない、汚くて空っぽな私を!なんであんたはまだ見るのよ!見ないでよ!!」

 

 ああ、愛おしい。

 そのひ弱な虚勢も、恐怖に震える小さな肩も。その弱さごと、俺が全部受け止めてやる。

 

「だから、俺も自分の最も汚いところを曝け出したんだ。だから千草。俺の前に立ってほしい。その作り物の笑顔や色香じゃない……お前の本当の心で、俺の前に立ってくれ」

 

「なによ、自分勝手なことばかり言って……ッ!そんなこと……そんなことができるなら、私は……!最初からやってるわよ……!」

 

「ムキになって怒るのは、図星を突かれた証拠だろ。……千草が以前、俺に教えてくれたことだぞ」

 

 俺はもう、絶対に逃げない。彼女が壁の中から出てくるのを待つのではない。俺の方から、彼女の領域へ踏み込むのだ。

 

「怖いのよ……何もかも。この世の全てが、薄い膜に包まれているように感じるの。私が手を伸ばしても、何もかもが私を遠ざける。現実感がなくて、自分が透明人間みたいで……。だから、私を置いていかないで」

 

「誰も、お前を置いて行ってなんかいない。周りを遠ざけて壁を作っていたのは、お前自身だろ。俺は言ったはずだ。俺の前に立てと」

 

「え?」

 

「その程度の膜なんかじゃ、俺はお前を遠ざけられない。……それに、颯だってそうだろ?違うか?」

 

「あいつが、他人が勝手に作った壁ごときで立ち止まる女だと思うか?颯なら、お前の事情ごと塗りつぶして、自分の舞台に無理やり引っ張り上げるだろうさ。あいつの野心の前じゃ、虚無だの欠落だの、寝言に等しい」

 

「…………ふふ。確かに、お姉様ならそうするわね。私の悩みなんて『商機にならないわ!』って一蹴されそう」

 

「俺たちの欠落なんて、ただの甘えだ。現実はもっと残酷で、容赦がない。痛みも、颯が作ってくれる飯の美味さも、全部ひっくるめて現実なんだ。そこから目を逸らすための膜なんて、俺の刃で切り裂いてやる」

 

「それは……私を、本当の意味で愛してくれるってこと?」

 

 ああ。誰よりも。世界で一番、愛している。

 

「……それは、お前次第だ」

 

「俺は人でなしだ。欠落した不良品だ。でも……俺はもう、眠りにも自分にも逃げない。俺は、俺が関わったすべてのものと、最後まで関わり抜くって決めたんだ。だから……お前には話した。そこから……俺たち、始めないか?」

 

「……随分と遠回しで、不器用な恋文ね。……ありがとう。あんたも、何かあったんでしょう。……今日は、飲みに行きましょうか。私が付き合ってあげる」

 

「ああ。……付き合うよ」

 

 頬を撫でる冷たい夜風が、ひどく心地よい。

 俺はもう、眠たくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 それから三日後。

 お館様の前に、俺と千草は並んで平伏していた。

 

「神保弥太郎。君の洗練された剣技、そして誰もが忌避する汚れ仕事を厭わず遂行した強い精神力。何より……己の弱さと向き合い、殻を破って覚醒したその清烈な眼差しを、私は高く評価する」

 

「本日より、君を鬼殺隊を支える柱石……『睡柱』に任命する」

 

「……はっ。謹んで、お受けいたします」

 

 黄昏ではなく睡。いささか皮肉な名だ。だが、今の俺には酷く相応しい。

 

 俺はもう、現実から目を背けて逃避するために眠るのではない。大切なものを守るために、そして悪を断つために、深く静かに研ぎ澄まされた眠りを確かな武器として纏うのだ。

 

 隣には、同じく光柱の任を受けた千草が静かに控えている。その横顔には、もうあのい虚無の影はない。

 

 相原。俺は負けないぞ。




弥太郎は睡柱に任命されたあと、任命式の最中に寝かけたそうです。
なお千草が小声で「起きなさい、柱でしょ」と囁くと、
「……柱でも眠い」
と返したとか。
睡柱、名は体を表します。
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