鬼滅の刃異伝〜鋼の心、血の楽園〜 もしも明治時代に最強の「鳴柱」が存在し、無惨を懐柔して人間を家畜に変える「管理社会」を築いていたら 作:斉宮 柴野
此度皆様のお目目にかけまするは、我が鱗滝家に誕生した四つの愛しき宝物、その名付けの儀にまつわる大騒動でございます!
腹を痛めて産んだこの私が、知恵を絞りに絞ってひねり出したのは、誰もが涎を垂らす極上のお菓子ネーム!
『加須底羅』に『金平糖』、『羊羹』に『饅頭』!
どうです、一口食べたくなるほど完璧な布陣でしょう!?
……ところがどっこい! 乙女心をわかっていない堅物の夫と、生意気な居候娘の猛烈な反対に遭い、私の完璧な大傑作は全会一致で大却下! まったく、真の芸術が分かっていないのだから!
結局、四人の娘たちはその不思議で美しい髪の色から、『雫』『燐』『菖蒲』『桐』という、なんとも風情のある名を与えられたのでございます。
ええ、食べられないのは少々残念ですが、雨上がりの虹のように美しい、私の自慢の娘たち!
そして夜更けの寝室で、母親だけがこっそり行う秘密の身体検査。
角なし、牙なし、爪もなし! 太陽の下を堂々と歩ける、正真正銘の愛しき『人間』の赤子たち!
ええ、これで私の人生は完全なる大・勝・利というわけですわ!
母の深い業などどこ吹く風! 色とりどりの娘たちが巻き起こす、甘くて騒がしい鱗滝家の新生活!
さあさあ皆様、とくとご覧あれ!
虹の名を授かる日
【鱗滝家】
「ひぃぃぃ!まだ出る!まだおられますよ、奥様!」
「なんと……三つ子……いや、四つ子だーーっ!!鱗滝様、四つ子でございますぞ!!」
「ふんぬぅぅぅ!!」
すぽーんっ、という何とも景気のいい感覚と共に、四人目の力強い産声が上がった。
次々と産婆さんの手に取り上げられた赤子たちは、みんな元気いっぱいで、見事な女の子ばかり。四人の元気な娘たち。私たちの愛の結晶が、こうして無事にこの世に誕生したのね。
「おお……おおお……!颯!よく頑張った!四人も……こんなに元気な子たちを……!」
声も完全にひっくり返って、言葉を詰まらせているじゃない。
本当のことを言うと、私は持ち前の体力と鬼の力のおかげで、産後の肥立ちなんてないの。今すぐ立ち上がって竹林を三周くらい走れと言われても、余裕でこなせる自信があるわ。
でも、そこはそれ。ここで元気に飛び起きたら、感動の空気がぶち壊しになってしまうじゃない。
「ええ、左近次様……。私、あなたの子を無事に産むために、持てる力のすべてを振り絞りましたわ……」
「ああ、すまない。俺のためにこんなに辛い思いをさせて……。今は何も考えず、ゆっくり休んでくれ……!」
「ええ……。ですからその、お腹が空いたわ。四人分も一気に生み出したのですから、腹の虫の騒ぎ方が尋常ではありませぬ……」
だって仕方ないじゃない!四人も産んだら、さすがに腹の底から空腹感が込み上げてくるのよ!早く甘雷が焼いた、極上の加須底羅を山盛りで寄越してちょうだい!今なら丸呑みできるくらいお腹がペコペコなんだから!
足音が廊下から響いてきて、勢いよく寝所のふすまが開け放たれる。
「きゃあああ!愛らしいーーっ!!ちっこい!柔らかい!いっそ食べてしまいたいほど愛らしいわ!」
「よし、決めたわ!この子は私が責任を持って育てます!私の完璧な英才教育を施して、将来は世の殿方を片っ端から惑わし尽くす、とびきりの傾国の美女に仕立て上げるのよ!」
何やらとんでもない危険思想を叫び始めている。
「待てェ!!息をするように誘拐しようとするな!さっさとその子をこっちへ返しなさい!あんたみたいな色狂いに育てられたら、おむつの替え方を覚えるより先に、男の前での着物の脱ぎ方を覚えるに決まってるでしょうが!」
冗談じゃないわよ、私の大事な娘たちをそんな色ボケに育てられてたまるもんですか!
ふと騒ぎの反対側に目をやると、いつの間にか弥太郎があぐらをかいて座っているのを発見した。
「……スー……スー……」
しかも驚くべきことに、その腕の中には二人の赤子がすっぽりと収まっていて、弥太郎の寝息に合わせて一緒に健やかな寝息を立てている。
「……弥太郎はまあ、実害がないからそのまま放っておいていいわね。それにしても、両腕に赤ん坊を抱っこしたまま微睡むなんて、相変わらず器用な真似をするわねあの睡柱は……」
私が呆れ半分、感心半分でそう呟くと、隣にいるさっくんがオロオロとしながら弥太郎の方へ手を伸ばしていた。
「いや、颯はそう言うが、俺は彼がうっかり子供を床に落としはしないかと気が気でないのだが……。頼むから代わってくれ弥太郎……」
◇◇
可愛い四つ子たちに、これから一生を添い遂げる素晴らしい名前を授けるための、極めて重要な命名会議が開かれていた。
あらかじめ用意しておいた上質な半紙と墨を前にして、筆を執る。
そして一気に書き上げた半紙を、期待に胸を膨らませて皆の前に力強く広げてみせた。
「愛する娘たちの名前なら、この母親である私がすでに完璧なものを考えております!四人揃って、それはもう甘く愛らしくて、世間の皆さまから一口食べ……いえ、一目見たら虜になって末長く愛されるに決まっている、最高のお名前よ!」
『長女:加須底羅(かすてら)』
『次女:金平糖(こんぺいとう)』
『三女:羊羹(ようかん)』
『四女:饅頭(まんじゅう)』
どうかしら、この完璧な布陣。見るだけで口の中が甘くなってきそうでしょう?
ところが、私の素晴らしい大傑作を前にして、集まった面々は動きを止めていた。愛しのさっくんも、千草も、お医者様までもが、揃いも揃って一言も発しようとしない。
……なによ。この沈黙は一体なんなのよ。感動のあまり言葉を失っているのだとしたら、少しばかり長すぎるわね。
「…………颯。お前が真剣に考えたのだと信じたいが、真面目な話、その案は完全に却下だ」
ちょっと待って、却下ってどういうことなの。
「なんでよ!すっごく素晴らしい名ではないですか!加須底羅ちゃんなんて、南蛮渡来の粋でハイカラな響きがするでしょう!?ふわふわで甘くて、誰もが憧れる高級品よ!饅頭ちゃんだって、中に甘い餡子がぎっしり詰まっているように、中身のぎっしり詰まった立派で賢い子に育つようにって、親としての願いがちゃんと込められているのよ!金平糖ちゃんはキラキラして色鮮やかで可愛いし、羊羹ちゃんはどっしりと構えた長生きする強い子になるわ!」
それぞれの名前の由来と熱い思いを力説するのだけれど、みんな同情すら混じった目で私を見つめてくる。
「お姉様……。さすがにそれは、娘たちが大きくなった時に絶対に刃傷沙汰を起こしますよ。同年代の女の子たちが呼び合っている中、『おい、饅頭』『ちょっとそこの羊羹』などと呼ばれて喜ぶ年頃の娘が、この世のどこにおりますか」
確かに、出産直後の空腹状態で考えた名前だから、少しばかり私の欲望が前に出過ぎてしまった感は否めないわね。
でも、饅頭って呼ばれるの、そんなに嫌かしら。美味しいのに。
結局のところ、私が自信を持ってお出しした珠玉の菓子案は、全会一致という大変不本意な形で退けられてしまった。
「颯、この子達の髪の色をよく見てくれ。四人とも、実に不思議で、そして何より美しい色をしている」
そうなのよ。私たちの四姉妹の髪色は、それぞれが全く違う、恐ろしく特異で鮮やかな色彩を放っている。
長女の髪は、深い青黒い色。さっくんの持つ水柱としての静けさや、あの穏やかな水面をそのまま受け継いだみたいに、泣き声も控えめでとても大人しい子。
次女の髪は、燃えるような赤い色。火のように活発で元気が良くて、四人の中で一番手足をバタバタさせるし、何より泣き声が一番大きくて自己主張が激しいわ。
三女の髪は、美しい緑色。私のこの瞳の色によく似ているわね。キョロキョロとよく動いて、好奇心旺盛に周囲を観察しているような賢い顔をしている。
そして四女の髪は、真っ白な色をしている。生まれたてだというのに妙に落ち着き払っていて、どこか理知的で全てを見透かすような不思議な瞳をしている子よ。
「雫(しずく)、燐(りん)、菖蒲(あやめ)、桐(きり)……。うん、綺麗ね。自然の情景を鮮やかに切り取ったような、とても風情のある名だわ。……まあ、どれも食べられない名前なのは少しばかり残念だけれど、響きはとても美しいわね。この子たちにぴったりよ」
「ああ……。色とりどりで、まるで雨上がりの空にかかる虹のようだ。俺たちの人生に、こんなにも美しい虹がかかる日が来るなんてな」
ええ、本当にその通りね。虹のように輝かしい、私たちの宝物だわ。
◇◇
その日の夜。眠りについた後。
私は一人、娘たちの体をこっそりと調べていた。
みんなが寝静まってからじゃないと、絶対に見せられないもの。
「頭に角もなし、口の中に牙もなし。肌の色も人間らしい色で、体温もちゃんと温かいわ。脈拍も、ごく普通の人間の赤子のものね……」
よかった……。本当に、心の底からホッとした。
髪の色がそれぞれ少々派手なのは……まあ、私の血鬼術の力が何かしらの余波を与えたのか、あるいは無惨様の血が妙な作用を起こしたのかしらね。
どちらにせよ、この子たちが人間としてこの世に生まれ、太陽の下を歩き、そしていつか人間として老いていけるのなら、私が死後に地獄に落ちようとお釣りが来るというものよ。
私は鬼だけど、この子たちは間違いなく人間。それだけで、私の人生は完全に勝ちなのだ。
一人で勝利を確信して喜んでいると、四女の桐が、うっすらとその目を開けた。
その瞳はやはり何度見ても赤子らしからぬ静けさを湛えていて、ひどく理知的な光を宿して私を見つめている。
「あら、桐ちゃん、もうお目覚めかしら?よしよし、いい子ね。ちょうどお腹が空く頃合いだわ、お乳をたっぷりとあげましょうね。お母様のお乳は、あの食いしん坊の甘雷でさえ羨むほどの極上の仕上がりなのよ〜。遠慮せずにたっぷりとお飲みなさいな」
彼女たちが将来、どのような剣士へ育つのか、あるいは業を背負うことになるのか。それはまだ、誰にもわからない。
◇
「ねえお姉様。四人もいるのですから、一人くらいこの私に譲ってくれても……」
「絶対にあげません!!あんたは弥太郎にでも甘えてなさいな!」
まったく、油断も隙もないんだから。
颯「さあさあ、本編のあとはお楽しみ! 明治コソコソ噂話の時間よ!」
左近次「今回は、もし四つ子が男の子だったら、どんな名前をつけていたか……という話だな」
颯「ええ! 女の子が甘くて可愛いお菓子の名前だったんだから、男の子なら当然、力強くて精のつくお料理の名前に決まっているわ! 『牛鍋(ぎゅうなべ)』に『蒲焼(かばやき)』、『角煮(かくに)』に『天婦羅(てんぷら)』なんてどうかしら! もう聞いただけで血湧き肉躍る、最高に強そうな名前じゃない!?」
左近次「…………本当に、女の子でよかったと心の底から安堵している」
颯「ちょっと、どうしてよ! 栄養満点で立派に育ちそうじゃない! なによ、さっくんなら男の子にどんな名前をつけたっていうの?」
左近次「俺なら、健やかな成長を願って『太郎』『次郎』『三郎』『四郎』のように、真っ直ぐで誠実な名にするが……。あるいは、水にちなんで『清』や『湊』なども良いな」
颯「まあっ、堅実すぎて面白みも風味もないわね! ……でも、さっくんの字をもらって『左近太郎』や『左近次郎』なんていうのも、私たち夫婦の愛の結晶って感じで悪くないわね♡」
左近次「ああ。お前がそう言ってくれるなら、いつか男の子を授かる日が来ても安心だな。……だがいいか颯、食べ物の名前だけは、今後も絶対に却下だからな」
颯「むむっ、手厳しいわね! 次は絶対にさっくんの胃袋ごと唸らせる極上の名前を考えてみせるわ! それじゃあ皆様、また次回お会いしましょうね!」