短編の純愛文学路線。pixiv転載

詩人は恋太郎にラブレター書こうと決心する。
でも思ったように書けなくて作業は難航してしまう。諦めかけたその時、脳裏をよぎったのはやっぱり大好きな彼氏の顔で......。

恋は多弁に想いは静かに、綴る。
ちょっぴり不器用な女の子の淡い一幕。

※ほぼ、詩人だけ出演している作品です。
それでも良ければ是非ご一読ください。

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好きな人からの手紙って......ええよな!!!


詩人の恋文

 今日は休日。ラジオは『本日の気温は天晴れ』と太鼓判だ。

 

 ボクはそっと部屋の窓を開けた。

 風が小鳥の詩に乗ってやってくる。

 ボクの頬をそっと撫でる。

 

 ちょっぴりくすぐったい桜花の匂い。それはふわりと前髪を揺らし鼻先をなぞって、全身をほんのりと包む。

 空は蒼を広げ、雲の子達を何処かへと散らしてしまったようだ。ははっ、今日の空は欲張りさんだ。贅沢な蒼いキャンパス。ボクは思慕を瞳に浸し、彼の輪郭を空へと描いた。はにかんだ彼の姿。悪くない出来栄え。

 

「うん、良い天気だ」

 

 胸がすく。お昼時のほどよいそよ風。

 さすらう旅人との邂逅──とも言えるね。

 

『情報という名の詩が溢れかえる現代社会。あれやこれやと手を伸ばし足早に消化していく日々。時には立ち止まり、自分自身を見つめ直すのも大切です』

 

 ラジオの語り部は音を電波に言を調べる。

 

「ふむ、満たしているとも言えるし──満たされてないとも言えるね」

 

 鼻歌混じりに相槌は軽やかに、ハンモックに身を投げた。

 

 相変わらず良い声だ──ラジオパーソナリティは声で踊ると聞いたことがある。流暢に語る透き通った声、息継ぎをするタイミングも心地良い。

 句読点の区切り、濁点の響きは、淀みなくステップを刻む。言い得て妙だね。さながらボクの部屋は即席のダンスホール。

 机もノートも鉛筆も、本棚に至るまでこの詩に酔いしれてる気さえする。

 

『さて、ここで小話です。なんでも現代人が1日に受け取る情報量は、平安時代の一生分であり江戸時代の1年分とも言われています。なんてこったと私は思いました。情報を受け取るばかりで整理もつけられない。仕事やプライベートでやらなければいけない事があっても、気づけばSNSを開いてしまう──そんな時ありますよね? これでは頭がパンクして疲れてしまうのも仕方ありません』

 

 大いに同意したい。ボクは平安貴族でもなければ江戸時代の上役でもないけれど、現代の人々は、少々生き急いでいる様に映る。

 

 外へ出れば、スーツ姿の戦士が駆けていく。潰れたと思ったお店は新しい姿に生まれ変わり、道路が凹んでいるかと思えば、安全第一と書かれた魔法使いが直してくれる。SNSを開き世界に目を向ければ、そこに根付いている価値観であったり、暮らしや文化を間接的に触れる事もできる。

 

 ボクにしたって、週五で学校に通い八時間──部活動をしている者ならば十時間以上も“学生”という枠組みに拘束される。それに心地よさを感じる時もあれば、億劫に息を吐いてしまう時もある。

 

 これが普通、当たり前。とはボクの魂が否定している。ハイキング中の山の景色、詩、歌、えもいえぬ音色。小休止のご飯、あーんと差し出された食材の美味しさ。ギュっと抱きしめてくれた腕の感触。

 

 人生はマラソンさ。ボクたちはもっと“経験”を味わうべきなんだ。ゆっくり生きたって良いんだ。過食で早食いは身体に良くない。おばあちゃんも言っていた。よく噛んで食べなさいと。人生は噛み締めるものだってね。

 

 前髪を一房握り弄る中、語り部は続ける。

 

『それに伴ってかは分かりませんが、何やら“手紙”の文化も廃れてきている様に感じます。私が若い頃は、恋人にラブレターを書いていたものです。遠距離でしたからね。今はスマホ一つで想いを伝えられる良い時代ですが、当時の、何を書けば良いのか、綴った手紙が無事に届いてくれるかとか、お返しの文はどんな内容なのかと心を馳せたりしておりました。そんな時間も良いものですよと、このラジオを聴いてくださっている皆様にもお伝えしたいですね。さて、仕込みも済んだと言うことで新コーナー『お気持ち表明・愛は多弁に』のお時間です。ペンネーム、L.Aさんからのお便り──プツッ……〜』

 

 ボクはラジオの電源スイッチを押した。語り手の声は消え、静寂な暖かさと小鳥の鳴き声が部屋を漂う。

 

「ふっ、ラブレター。恋文とも言えるね」

 

 とても「本日の気温は天晴れ」なんて、お伝えしていた語り手とは思えない熱弁さに苦笑する。でも恋人への愛情表現に手紙──。生き急ぎがちな現代っ子にピッタリの幻想的で情熱的な提案だ。瞼を閉じれば一人の男性の顔が浮かび上がる。

 

 ハンモックから身体を起こす。善は急げと身体は逸った。自分自身に矢印を向けるには[[rb:お誂え > おあつらえ]]の様相だね。

 

 鼻歌混じりで椅子に腰掛け引き出しを漁る。

 

「たしかここに……あった」

 

 机の奥にしまっていた便箋を手に取る。ピンク色の花が散りばめられている可愛い用紙。興味本位で買って、今の今まで忘れていた代物だ。青空に手紙をかざす。淡い木漏れ日に目を細めた。ふふっ、お天道様もボクの背中を押してくれているようだ。

 

 さぁ、恋太郎へのラブレターを書こう。

 

 用紙を机に置いて鉛筆を手に取った。喜んでくれたら良いな──ふにゃりと口元が緩んだ。ほんのり色づいている気がする頬に、両手を添えて軽く揉む。紅葉が言うにはリラックス効果があるのだとか。でもこれは緊張とか身体を強張らせるようなものではなくて......つまり火照ってる。

 

 恋太郎は篝火さ。優しげで、力強く、何時もボクたちを温めてくれる。絶えることのない炎を見つめるから、ボクの頬もあったかくなる。ほっぺを揉みほぐす手を離せば、熱に絆されたニンマリ乙女がたちまち出来上がってしまう。

 

 ボクにこんな気持ちを抱かせる君がいけないよって、彼に言ったらどんな顔をするだろうか。困るだろうか? 頬をかいて照れくさそうにするのだろうか。そんな顔も見てみたい。いつも焼かれてばかりだ。たまにはボクが焼いても良いよね? だって彼女だもん。

 

 もみもみ揉み終え、軽く息を整えた。そして静かに横たわる紙を見据える。

 

 この想いを綴って彼に届けよう。君の心を射抜ける文の矢を書く。

 任せてくれ、口は達者な方なんだ。君への愛を紡ぐくらいワケないさ。

 始めよう、ボクは吟遊詩人。駆け足な現代に反旗を翻そうじゃないか。執筆の時間、そしてこれは、懸想の時間──とも言えるね。

 

〜一時間後〜

 

「…………違うな」

 

 紡いだ文章に納得がいかず、書き直そうと消しゴムへと手を伸ばす。もう何回目かも忘れてしまった修正作業。ふと、時間が気がかりになり暗転したスマホ画面をタップする。こっそり撮って待ち受けにしていた旅人姿の恋太郎と、一時間経過した数字が映し出された。

 

「…………」

 

 恋心に目覚めたばかりの雛鳥は、便箋は真っ白のままに時を刻む。飛び方は、まだ知らない。ってお馬鹿。

 

 頭を、鉛筆が尖ってない方でぐりぐりと掻く。自虐で心は満たされないだろう、脳内ゴミ箱へポイだ。しかし意外や意外。“口”で語ると“筆”で語るは、どうやら似て非なるものらしい。

 

 途中で淹れてきたコーヒーもすっかり冷たくなっていた。一文も書けないまま一時間も経っている。手が何度も止まり、書き直すたびに擦り減った鉛筆をカッターで整えるの繰り返し。心が擦り減り、弱音という名の削りクズが募るばかり。

 

「まだだ……」

 

 冷たくなったコーヒーを一息に飲み干した。角砂糖とシロップを三個程入れた甘い風味が喉を潤し、ヒンヤリとした液体の感触は身体と頭を鮮明にさせる。

 

 ふぅっと、天井に声を吹きかけた。身体の中に溜まったモヤを吐き出す。削った黒い芯は鋭角に、なぞらえて気持ちも鋭く尖らせる。持ちうる知識を総動員だ。ボクの気持ちはこんなもんじゃない。

 

 可愛いらしい用紙に、似つかわしいとは言えない荒々しさを鉛筆に宿し、走らせる。この便箋に、ありったけの想いを綴るために──。

 

[newpage]

 

 

〜 数十分後 〜

 

『君はボクの太陽。前世からの運命。導かれた風の先に出会った一輪の花。湖のほとりでボクの瞳を奪い去り、始まった恋の物語。壮大な冒険譚に引き摺り込んだ黒髪の貴方。ボクを見つめる双眸は、柳の様にしなやかに、品を纏って、その瞳に映るボクさえも優雅に飾りつけてくれ──」

 

「…………ステレオ、違うな」

 

 知的さとエモさが足りない。

 

〜 一時間後 〜

 

『ボクたちが普段使っている平仮名なんだけど、五十音図ってあるだろう? これは平安時代後期に僧侶の明覚上人が『反音作法』で原型を著したとされているんだ。明覚上人とは、仏教経典の梵字の発音を研究する「[[rb:悉曇学 > しったんがく]]」の専門家なんだけど、ボクは彼らに賛辞を送りたいね。何故かと言えば、人々が一番最初に目にする“行”が“あ行”だからさ。"あいうえお"そう、最初に覚える単語は“あい”なんだ。“あい”は“愛” 他者や生き物、自然やあらゆる事象へ慈しみを抱く思想であり哲学さ。“在り方”という側面で言えば倫理とも言えるかな。八百万の思想を持つ日本人にピッタリだろう? かくいうボクも、君という存在に恵愛を抱いてしまっている。だから、ボクが生まれて一番初めに覚えた言葉を送るよ。あいしています。南無』

 

「出家秒読みの少女かな?」

 

 さすらう[[rb:詩人 > しじん]]のボクにしては思想が強すぎる。これも違う。それに前髪がないと落ち着かない。尼削ぎなんてボクには到底許容出来ない。

 

 もっと恋太郎がキュンとしてくれる、普段とのギャップを感じさせる内容が良い。

 

〜 日も暮れた数時間後 〜

 

『恋太郎先輩へ。ふふっ驚いたかい? いつもは呼び捨てだもんね。ドキッとしてしまったかな? そうだったら狙い通りとも言えるし、計画通りとも言えるね。これは仕返しさ、何時も突飛な事で胸を掻き乱す君への復讐なんだ。でも感謝もしている。一人の時間を愛するボクにとっても、恋太郎先輩や恋太郎ファミリーと過ごす時間もかけがえのない宝物さ。そして沢山の人と同じ時を共有する有意義さを教えてくれたのは、君という恋人のおかげなんだよ。ありがとう。年下だし、頼りないかもしれないけど、君の隣に相応しい人間であれるように適度に頑張るよ。これからも宜しくね。大好きだよ恋太郎先輩──」

 

「自分で言うのもなんだけど、随分なワインディングロードだね……」

 

 これはかなり小っ恥ずかしい。薪を足しすぎたか、顔が熱くなってきた。これも没だ。

 

 消しゴムで消すのも疲れてきた。没にした便箋をくしゃっと丸めてゴミ箱へ放り投げる。しかし狙っていた場所とは数十センチずれて床に転がる。見渡せば恋の出来損ない達があちらこちらに転がっていた。

 

「............むぅ」

 

 修正しすぎて紙自体がふにゃふにゃだったし、恋太郎に渡すのなら綺麗な恋文が良い。そうだボクは悪くない。悪いのは──。

 

「はぁ……[[rb:詩人 > しじん]]の名が泣いてしまうね」

 

 いや、納得のいく文面を書けない、どう足掻いてもボク自身のせい。溢れてくる気持ちを綴るのは、こんなのにも難しいものなのか? 

 

 ボクは、こんなことも出来ないのか? 

 

「いや、泣くのは書き終わってからだ。なーに時間はまだあるさ。日は暮れてしまったけど、明日の登校日までに書き上げれば良い。急いては事を仕損じるとも言えるし、こういう時こそ慎重にだ。便箋も数枚だけになってしまったし、今度こそ恋太郎への手紙を『バキッ!』……ぁ」

 

 握っていた鉛筆が真ん中から綺麗に折れた。思い通りにいかない苛立ちからか力を込めすぎたようだ。

 ポッキリ折れた鉛筆に視線が固まっていると、首筋を伝う冷たい空気に身震いする。外を見ると窓から差し込む光も茜色に染まり、心地よかった小鳥の囀りはカラスの乾いた声に変わっていた。

 

 カァー カァー カァー

 

 それはお昼時に鼻歌まじりでラブレターを書き始めたボクを嘲笑し、見下しているかのように耳を掻っ攫う。

 

「……っ」

 

 乱暴気味に窓を閉じ、カーテンを閉めた。

 急に立ち上がったせいか眩暈に襲われ息が乱れる。そういうことにしておきたい。別にカラスに恨みはない、お天道様にも謝罪を求めようとは微塵も思っていない。どちらかと言えば自分自身に溜め息をつきたいくらいだった。

 

「はぁ……分不相応だったね。やめだ」

 

 建前じみた気の張りは糸が切れたかの様にプッツリ途切れ、身体中から力を奪い去っていく。

 柄にもなく出過ぎた事をした。鉛筆も消しゴムも、便箋も放り出し、ボクは本棚から適当に本を取り出し読み始める。

 慣れない事はするもんじゃない。読書はする方だけど、静や夢留の様に物書きできるわけでもない。ちょっと背伸びしすぎただけ。

 

「ボクにしては良くやった方だろう。人を好きになるなんて今まで経験がなかったんだ。失敗は成功の母ともいうしね。幸い、恋文を書くって誰に伝えた訳でもないし、これはボクだけのお話さ」

 

 誰も知らない物語さ。自分自身に言い聞かせる様に一人言を呟いていく。でも本のページを捲る手は虚しさを患っているのかのように重たげだった。開いた本の内容も頭に入ってこない、思考という二文字は何処かへ旅立ってしまったのか。ただ漠然と、ページだけが進んでいく。

 

「それに好きって気持ちは何時も伝えている......きっと恋太郎にもちゃんと伝わってるさ。これは次回へ希望を託した旅のエピローグ──」

 

──詩人! おはよう!──

 

 不意に恋太郎の顔が脳裏に浮かぶ。毎日、眩しい笑顔と喜びを交えた声でボクを迎えてくれる彼の顔が。今のボクには眩し過ぎる、幸せの権化。お昼に窓を開けて、空になぞった彼の微笑みが瞳の奥に広がる。

 

「こ、好意を伝える方法は幾らでもあるさ……」

 

──詩人の話し方って魅力的だよね。言葉の端々から、ちゃんと君を見てるよってのが伝わってくるし、細かい所まで観察してるし。だから俺の事も見ていてくれてるんだなって思えてすっごく嬉しい!──

 

 たまたま目についただけなんだ。誇らしいなんて思ったことはない、でも彼は、大層な人間でもないボクをこれでもかと褒めてくれる。彼の言葉に触れる度に、ボクの大切にしている場所に触れてくれているようで。だから今日も......こんなに響いてる。

 

 おべっかだろうって最初は思っていた。でも恋太郎と過ごしていくうちに、それが本心からくる言葉なんだって分かった。伝わってくる。癖だった勘ぐる気概さえ取っ払って。隣に人が居ても、こんなに安らいだ気持ちになれるんだって教えてくれた。

 

「いくら……でも……」

 

──詩人ー!──

 

──なんだい恋太郎──

 

──大好きー!──

 

──ひゃっ……アポ無しの告白はギルティとも言えるね──

 

──あはは、ごめんね。詩人を見てたら気持ちが抑え切れなくて──

 

──大丈夫、怒ってないよ。それに──

 

 ボクも、君が大好きだから……。

 

 本をキツく握りしめる。ポタポタと悔しさが頬から伝っていた。込み上げてこないようにと唇を噛んだ。

 でも止まってはくれない。開いたページに雫が落ちる。

 

「何が、良くやった、だ。まだ何も、してないじゃないか……」

 

 出過ぎたこと、柄にもない、分不相応だ。

 そうやって何時も、自分に言い訳をして逃げ出して、蓋をしていたのはボク自身じゃないか。

 

 それでボクは良いのか? ちょっと壁に当たっただけでまた諦めるのか? いいや、もう出来ないだろう中二詩人。

 

 だってそうだろう。沢山見てきたじゃないか。歯を食いしばる全力な生き方を、心の底から、愛してるよって納得させてくれる背中を、ボクは一番近くで見てきたじゃないか。

 

「ボクは、あの人の彼女なんだ……!」

 

 シャツの袖でぐしりと頬を拭い、握っていた本を放り出す。机に座り直した目の前には折れた鉛筆、構わない。二本になってお得じゃないか。折れた先を削ればまた書ける。

 

 書きたいんじゃない、書かないといけないんだ。

 カッターで手早く鉛筆をつくろい、キッと便箋に向き直った。

 

 ボクは、およそ人生なんて語れない小娘さ。唐音のように頼りにもならない。あー子みたいに包容力もない。凪乃くらい勉強が出来る訳でもない。姫歌みたいに歌って踊れることもなければ、羽香里や愛々みたいに女性的な魅力もない。何も秀でてない凡人。屁理屈ばかりで行き当たりばったりの不器用な人間──。

 

 でも、人を好きになるって、こんなに素敵な事って教えてくれた。生まれて初めて"愛"を教えてくれた。年上の、頼りになって、いつも傍に居てくれる恋太郎には、真っ直ぐで誠実なボクでありたい。大きな背中を眺めるだけじゃ嫌なんだ。ボクは君の隣で、並んで歩きたい。

 

「出来る出来ないじゃない。書くんだ!」

 

 がんばれ。書くと決めたのはボク自身だ。歯を食いしばれ。あの人のように。

 

 苦しさも、辛さも、乗り越えるんだ。

 火は、もらった。薪を焚べるのはボク自身だ。

 あとは、それを燃やすのみ。

 

 ボクはひたすらに筆を走らせる。

 稚拙な足取りだけど、気持ちに嘘はない。

 歩みは愚直に、しかし誠実に──。

 

[newpage]

 

 

 〜翌日〜

 

 

 休み明けの登校日、愛城恋太郎は足早に学校へ到着した。普段は彼女達と一緒に登校するのだが、今日はちょっとした所用があり『お花の蜜』の正門をくぐる。

 すると、見慣れたスナフキン姿が恋太郎の靴箱前に立っていた。

 

「あれ、詩人?」

 

 小柄な身体がびくりと跳ねる。

 

「れ、恋太郎!? なんで……」

 

 靴箱に手を伸ばし呆気な顔で固まる女の子は、恋太郎の彼女、中二詩人であった。

 

「おはよう。実は宿題するの忘れちゃってさ、それなら早めに登校して宿題終わらせちゃおうってね」

 

「おはよう。そ、そうなんだ。殊勝な心がけだね」

 

「何か俺に用事でもあった?」

 

「い、いやその、えっと」

 

 詩人は恋太郎に目線も合わせることなく、靴箱に伸ばしていた手を引っ込ませ。胸の前でもじもじと汐らしい様子に収まっている。彼女の飄々とした雰囲気が、今日は鳴りを潜めていた。

 

 歯切れの悪い詩人に、恋太郎は首を傾げる。

 その姿に「(俺の彼女は今日も可愛いな)」何て考えていた恋太郎だが、そんな浮ついた感情は、彼女の目の下が黒ずんでいるのを発見した途端に消え失せた。

 

「寝不足?クマが出来てるけど」

 

「これは当然というか、大丈夫だよ」

 

「............出来ることがあれば何でも言ってね? 直ぐに対応できるように準備は怠らないから」

 

「まぁ、深い理由ともいえるし、浅いとも言えるね」

 

「?」

 

「と、とにかく心配してくれてありがとう。ボク中等部に戻るね。それじゃ」

 

「う、うん」

 

 そう告げた詩人は、ピューンなんて効果音が付きそうな勢いで駆け出していった。普段ならマントを翻し、役者気取りで去るのがお決まりの所作であったが、足取りもフラフラと、少し危なっかしい様子であった。

 だが、恋太郎は追いかけはせず、小さくなる背中を静かに見守る。

 

 詩人らしくない。靴箱の前に居たということは恋太郎に用事があった以外に他ならない。でも本人は大丈夫だと言っていた。とはいえ、大切な彼女が悩みを抱えているのだとしたら、彼氏として無視はできない。

 

 お昼にでも話を聞こう。恋太郎は昼時の予定を脳内で取り付け靴箱を開けた。すると自身のサンダルの上に可愛らしい花の絵をあしらった封筒が乗っかっていた。手に取り裏返すと可愛い丸文字で「恋太郎へ」と書かれていた。

 

「この筆跡は......詩人が書いてくれたのか?」

 

 彼氏として彼女達の筆跡を把握しておくのは当然の義務として、封を切り中身を確認する。

 

 中には十枚ほどの便箋が入っていた。その殆どはくしゃくしゃになっていたが、かろうじて数枚は綺麗なままで保たれていた。そして手前にあった綺麗な一枚目に目を通す。

 

 

『大好きな恋太郎へ。

 

 君の事が大好きで、これを書きました。

 でもごめん。初めて書いたし、書きたい事が

 沢山ありすぎて気づいたらこんな枚数になって

 しまいました。何度も書き直してくしゃくしゃに

 なってしまったけど、読んでくれたら嬉しいです。

          

                詩人より』

 

 

 恋太郎は靴箱の前で静かに佇み、くしゃくしゃになった、自分宛のラブレターを読み進めていく。

 

 一枚は詩的に、また別の一枚は知的に、そのまた一枚は挑発的かつ控えめな健気さに。多くの時間を割いてくれたであろう、多様な愛情表現が織りなした彼女からの手紙。

 

「…………」

 

 恋太郎は口を引き結び肩を震わせる。そして手紙から顔をもたげ、昇降口から差し込む柔らかな温かさに瞳が潤み目を細めた。

 

 彼は手紙を通学リュックに入れた。苦しい旅路で見つけた綺麗な宝石を、大切にしまう旅人のように。おもむろに彼は胸ポケットからペンとメモ用紙を取り出す。さらさらと、用紙に文字を走らせ立ち上がった。靴箱のサンダルに目もくれず歩きだす。小さな背中が残した残響を辿るように。

 

 

[newpage]

 

 

「はぁ……」

 

 ボクは机にペッタリと項垂れて、這いつくばるようなため息を吐いた。教室は、先生方の換気と称した大義名分で、寒々とした風が屯っている。

 

 でもボクは窓を閉める気力もなく、冷えた固い感触に頬を擦り付けている。拗ねた猫がこんな感じだったかな。猫ほど可愛げはないけど。

 

 取り止めのないことばかりが頭の中で浮かんではぐるぐるしている。手紙と睨めっこしていたら窓が白んでいた。懸想の時間は強制終了し、登校を余儀なくされた。そして微睡みながら恋太郎の靴箱に辿り着いて......。

 

「う、寒い......」

 

 腕を交差させて羽織っていたコートを抱き寄せた。靴箱前でのやり取りを思い出す度に胸がぎゅっと締め付けられたように苦しい。だから、こっそり忍ばせようとしたのに。

 靴箱に伸ばした手が震えていたのを思い出す。赤裸々に書き出した言葉の数々。彼と目が合った瞬間に、裸を見られたんじゃないかってくらい恥ずかしくなって逃げ出した。

 

「恋太郎の顔見れないな......」

 

 顔が熱くなってきた。前髪の隙間から覗く青空をぼーっと眺める。うん、今日はこのくらいの視界を確保出来れば良い。恋太郎だって無理に掻き分けてはこないだろう。徹夜したせいか意識も薄らいできた。ちょっとだけ忘れよう。起きたらまた考えればいい。

 眠気と疲労を瞼に被せようとした。その時、教室の扉が静かに開く音がする。首だけ動かして扉を見る。高等部の制服を着込んだ黒髪の男の子が立っていた。

 

「詩人」

 

 彼の声に突っ伏していた身体が跳ね起きた。

 

「れっ......!? な......」

 

 なんで。そうボクが言い切る前に、恋太郎は口に人差し指を立てながら歩み寄ってくる。まずい。咄嗟に腕で顔を隠した。でも、目の前で膝を折った彼に手を握られて解かされる。そのまま両手を包み込まれてしまった。俯いて前髪で視界を覆う。ボクの精一杯の抵抗だった。

 

「うと......」

 

 しまった耳元がお留守だった。優しい息遣いが前髪を撫でてきて、耳をさらっていった。さっきより胸の中がうるさくなっていく。外側も内側も悉く絆されていくような感覚だった。

 

 それを見透かしたかのように、恋太郎はボクの髪をそっとかき上げて耳にかけてくる。

 ボクの右眼が恋太郎を映す。いつもと変わらない、素朴で安心感のある彼氏の顔を瞳が離さない。彼は柔和に笑みを浮かべている。ボクは泣きたいのか喜びたいのか、よく分からない感情に胸の奥を締め付けられた。

 居た堪れず口を開きかけた。すると彼は胸ポケットから小さな紙を取り出し、そっとボクの手へと握らせる。

 

 この紙はなに? また疑問が浮かんだ。でも彼は口に指を立てる。言葉を紡がせてはくれない。言葉は要らないだろって優しく諭されているような気さえした。分からせられている気分だ。だから魔法がかかった見たいにボクは照れくささを必死に取り繕ってキミをみた。すると恋太郎は唇から指をはなし、ゆっくりと口を開いた。

 

「────」

 

 ありがとう──恋太郎の唇の動きをなぞって導き出した言葉だった。音のない声に呆気に取られていると、恋太郎に頭を撫でられる。そして彼は立ち上がり踵を返す。彼の背を見つめていると、扉と廊下の間で振り返った。彼は控えに手を上げ、また歩き出す。横顔が扉へと消えていった。

 

 静まり返った教室に、ボクの心臓の音だけが響く。それはやっぱりうるさくて、でも胸が焼けてしまいそうなくらい熱かった。撫でられた場所に手を乗せようとした。その時、握られた紙に目が止まる。「ぁ......」と微かに声が漏れ、唾を飲んだ。

 

 二つに折り畳まれた小さなメモ用紙を両手で握りなおす。ボクはゆっくりと用紙を開いた。

 

 

 

『大好な詩人へ

 

 お手紙ありがとう。すっごく嬉しい。俺も、健気で頑張りやな詩人が大好きです。

 

               恋太郎より』

 

 

 

 血の通った言葉一つ一つが身体中を駆け抜けていく。彼の声が瞳の奥に広がっていく。手紙を握っていた手が強張って、爪の先が白くなった。

 

「ははっ......まいっ、たなぁ......」

 

 メモ用紙を額に押し当てて息をはいた。それは少し熱っぽくて震え混じりの、抱いていた緊張とか不安を溶かすような吐息だった。

 ぐいっと机に向き直る。そのまま身体を机に預けた。ほんのりとした圧迫感が胸を満たし口元を綻ばせる。

 

「............」

 

 手紙の文字を追いかけた。何度も何度も、味わうように噛み締める。想いの丈が溢れてやまない。自分の部屋じゃないことだけが残念だった。でも、生き急ぐ世界に反旗は翻せたかもしれない。

 

 頬杖をついて窓に手紙をかざした。彼の文字が、お天道様に照らされて木漏れ日を差す。ボクは目を細めた。

 

 今日も空は贅沢に蒼を広げている。風が小鳥の声を遠くから運んできて、髪をなぞり鼻先を抜けていく。心地よさを感じていた。恋太郎も同じ気持ちだろうか。そうだったら嬉しいな。

 

 あったかい。ありがとう恋太郎。今日も──うん

 

「良い天気だ」

 

 胸がすく。朝日とほどよいそよ風。

 これも、さすらう旅人との邂逅──と言えるね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※後日、恋太郎が国語辞典顔負けの分厚いラブレターを詩人に渡し、詩人もまた彼からの『恋本』を喜んでいたのは言うまでもない。

 

「最愛......愛すべき奇人ねっ!!!」  

 

                  〜完〜




最後まで読んでいただきありがとうございました。
恋太郎は靴箱前で何を想っていたのでしょうか。

アニメ三期も楽しみです!!!

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