混沌を宿す少女のヒーローアカデミア   作:Lisper

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大いなるクトゥルフ

 ヨグちゃんとの生活にもすっかり慣れ、わたしは中学に入っていた。

 幼い頃はどうしても人前でヨグちゃんとの話に夢中になったり、同級生に変な子だと揶揄われ憤慨してしまったこともあったけれど、今はいつでも頭の中だけで話せるようになったし、人と上手くやる方法も分かってきた。

 

「人使くん、おはよ~」

「深山か、おはよう」

 

 登校中ばったり会ったのは、最近ちょっとしたことがあって友達になった心操人使くん。ぼさっとした髪と気怠げな隈が特徴的な男の子だ。

 

「君、ちゃんと寝てる? 隈がヒドイよ」

「お前は元気そうだな。こんなに暑いってのに」

 

 今は8月真っ只中で、太陽が煌々と照る猛暑の季節。人使くんはぐいっと額の汗を拭いながらわたしに言う。

 一方、わたしは汗の一つもかかずに、軽くスキップをしながら彼の横を歩く。

 実は、この季節になると毎年のように「暑い暑い」と心の中で騒いでいたら、ヨグちゃんが【我が王の安眠に差し障る】と言ってアフーム=ザーさんという配下? 子供? か何かを貸してくれたのだ。聞くところによるとアフーム=ザーさんは冷気の炎を持つ神様で、触れるもの全てを凍てつかせてしまうらしい。ここが彼等の権能から遠く離れた世界であること、わたしの個性により"ぼやかされ"ていることによって冷房程度の出力に抑えてくれているのだという。

 尤も、本人(本神)は「何故この私が父上たるクトゥグアを差し置いて猿の末裔何ぞに奉仕せねばならぬのだ」と憤慨していたが、ヨグちゃんが一言「やれ」と言ったら大人しく従ってくれた。

 一体いつの間に追加の神様がわたしの中に居候し出したのかと思ったら、ヨグちゃんがわたしの個性を利用して眠れる魔王様をある程度制御した結果、神様の一欠片を生み出せるようになったらしい。……だとこのアフーム=ザーさんのお父さんはクトゥグアさんではなく魔王様ということになるのでは?

 

「わたし、暑いの強いんだよね。それとも、汗で濡れたわたしが見たかった?」

「そういう冗談はそのお子様な性格を直してから言え」

 

 ちょっと揶揄うと、人使くんは若干歩調を速めてそっぽを向いてしまった。むむ、彼の仏頂面を崩すことは叶わなかったか……。彼は個性関連で色々言われた経験があるらしく、基本的に他人に対してはこうやって感情を見せないスタイルなのだ。いつか満面の笑顔を見たいものだ。

 

【またその人間と話しているのか、夜湖】

(もー、会話中にテレパシーはやめてよ。頭がこんがらがるじゃん)

【その者と話すのは推奨しないと前も伝えたろう。その者の異能は汝の異能を垣間見、我等の姿を暴く可能性を秘めている】

(人使くんはわたしに個性使ったりしないよ)

 

 ヨグちゃんは人使くんの個性「洗脳」を危険視している。精神干渉系の個性がわたしの個性にどう影響するか未知数な以上、近づくことは止せと何度も警告してきているのだ。

 

【……汝がそこまで言うのなら、その者を御することだ。早いうちに手玉に取り、配下へ加えよ】

(配下て。まぁ、仲良くするって意味では努力してるよ)

 

 なら良し、と言ってヨグちゃんは引っ込んでいった。わたしと会話する以外の時間は、ヨグちゃんは魔王様をあやすかこの宇宙の時空を解析する時間に充てている。ヨグちゃんの本来の力を以てすれば、時間を巻き戻したり無限を創り出したりすることも造作もないそうだが、例の如くこの世界には彼等の権能が完全には届かない。完全な力を取り戻すことを目指して、ヨグちゃんは頑張っているのだ。

 わたしはヨグちゃんがわたしに悪いようなことはしないと信じているし、きっと全部魔王様のことをどうにかする為だと理解しているから、それについて思うことは特にない。

 

「──おい、深山。聞いてるのか」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと考えごとしてて」

「お前、ちょくちょく黙り込んで考える癖直してほうが良いぞ」

「うん、気をつける……」

 

 頭の中で会話ができるようになったとはいえ、ヨグちゃんと話しているうちは注意散漫になってしまう。無論、このことは正直には言えないので、適当に誤魔化しておく。

 

「それで、何を考えてたんだ? もしかして進路か?」

「あー、うん。もう中二の夏だから、高校とか色々考えないと。人使くんはどうするの?」

「っ……! 俺は……」

 

 人使くんは少し言葉に詰まってしまった。やらかした、話題を逸らそうと適当に話したら地雷を踏んでしまったかもしれない。

 

「俺は雄英のヒーロー科を受けようと思ってる」

「へぇ! いいじゃん! 人使くんならきっと行けるよ」

「……それだけか?」

「へ?」

「他の奴等は皆俺の個性をヴィラン向きだって口を揃えて言う。謂れのない疑いをかけられたこともある。お前はどう思ってるんだ?」

 

 人使くんが真剣な目で此方を見つめて、問う。わたしも他と一緒なんじゃないかと、不安に思っている。

 だから、わたしは彼の目を見つめ返して言うのだ。

 

「行こうよ、一緒に。わたしも雄英に行く」

 

 

 

 

 俺とこいつ──深山 夜湖が出会ったのはつい数週間前の出来事だ。

 いつも通り、特に仲の良い友人も居なかった俺は、一人で学校指定の鞄を抱えて登校していた。校門付近へ来た頃合、生徒通りが多くなってきた道で、前を歩く女子生徒二人組のうち一人がハンカチを落とした。二人は談笑に夢中なのか気づいていなかったので、俺はそれを広い上げてそいつに声をかけた。

 

「なぁ、アンタ」

「ん? な──」

「ちょっと、ミユ! こいつ心操だよ、『洗脳』の!」

 

 二人組のもう一方が俺の顔に気づいた瞬間、振り返って返事したそいつの肩を掴んで引き離し、小声で(全部聞こえているが)そいつに言った。

 二人は明らかに警戒した様子で、俺と距離を取っていた。「これ、落としたぞ」と一言言えば、誤解は晴れたかもしれない。だが言えなかった。声が出なかった。理不尽への悔しさと、憤り──そして、諦めがあった。こんなことは初めてではなかった。

 周りの登校中の生徒も注目し出し、ひそひそとした声が聞こえ始めた。校門前で挨拶をしていた教員が騒ぐを聞きつけて、険しい顔でこっちへ来る。

 ああ、また俺は悪者になるのか。そう唇を噛んでいた時、横から女の声がした。

 

「あの、彼はただハンカチを拾ったので渡そうとしたんですよ」

 

 俺たちと同じ制服を着たその女子は、自然な動作で俺の背をぽんと叩いた。俺はそこで我に帰り、促されるようにしてハンカチを差し出した。

 

「ご、ごめんなさい。誤解したみたいで……」

「う、うちもごめん。あと、ありがとう……」

 

 二人は気まずそうにハンカチを受け取ると去って行った。周囲の人集りもすぐに離散し、俺は何事もなく学校生活へ戻ることができた。

 それ以来、俺たちはよく登下校の時間を共にするようになった。こいつは他の奴等とは違う、俺を理解してくれると、思うようになったから。

 

 

「……それだけか?」

 

 俺は目の前で朗らかに笑う少女へ問いかけた。意図せず、口調が冷徹になってしまうのが自分でもわかった。

 こいつは俺の個性を知っていても怖がらず、利用しようともせず、普通に接してくれる奇特なやつだ。ここ数週間の付き合いで俺が知ったことは、こいつがどこまでも良い奴だってことだ。

 だからこそ、俺は恐れてしまった。こいつの心の中にも、恐怖や、下心や、同情があるのかもしれないこと。何か打算があってこうしているんじゃないかということ。

 

「お前はどう思ってるんだ?」

 

 個性を使ってでも聞き出したかったが、既の所で思い止まった。こいつへの不信をこいつには知られたくなかった。

 だが、そんな俺の懸念は一瞬で払拭された。

 

「行こうよ、一緒に」

 

 まるで光が差したかのように思えた。

 

 

 

 

「人使くんはどうしてヒーローになりたいの?」

 

 放課後、下校中に深山がふと尋ねてきた。

 

「自分の力を誰かの役に立てたいと思ったんだ。別段、特別な理由でもねえよ」

「へぇ、それって凄くヒーローっぽいね」

「……そうか? 子供でも同じようなこと言えるだろ」

「特別な理由なしに夢を持ち続けられるのは、意志の強さの裏返しだよ」

 

 一体どうしてこいつは俺の目を真っ直ぐ見て、こんな小恥ずかしいことを宣うのか。こんなに自分はチョロい奴だったか、と自分に情けなくすらなる。それほどまでにこいつの言葉を聞くのが心地良い。

 

「なぁ、お前はなんでヒーローに──」

「ごめんね、私友達と図書館寄るからこっちなんだ。その話はまた今度ね!」

「……おう。また明日な」

 

 こいつは何故ヒーローを目指すのだろうか。虫も殺せないような優しい性格のこいつは、一体どうしてこの道を選ぶのだろうか。

 また明日尋ねよう。理解してもらうだけじゃない、俺もこいつをもっと知ろう。その為だけに、明日の朝日を望もう。

 その明日が当然やって来ると、この時の俺は信じて疑わなかったのだ。

 

 

 

 人使くんと別れた後、わたしは図書館へ来ていた。見ると、入り口のところには既に待ち合わせていた友達の小夜ちゃんがこっちに手を振っているのが見えた。

 

【先程の話は誠の言葉か、夜湖】

(雄英に行くって話? 本気だよ)

【止めておけ。何故自らを危険に晒す?】

(うーん、何でだろう。なんか行きたいと思ったんだよね)

【あの者が居るからか? 人の子の色恋というものは不可解なものだ】

(うぇ!?)

【何故あの異能を持つ者に汝がそこまで惹かれるのか理解に苦しむな】

(そ、そんなこと言ってないよ)

【人の子の繁殖行為は如何してこうも煩わしいのか──】

(違うって言ってるでしょ‼︎)

 

 なんか脳内でヨグちゃんが馬鹿なこと言ってくるんですけど!

 

「夜湖ちゃん、どうしたの? 顔赤いよ」

「い、いやぁ、なんでもないよ」

「ふーん」

 

 小夜ちゃんとは読書仲間の関係だ。私自身はそんなに活字好きというわけではないけれど、ヨグちゃんが読みたがるのだ。

 休日はここに通っているうちに、根っからの文学少女である彼女と知り合い、交流は頻度こそ少ないものの2年続いている。

 最近は人使くんと過ごすことが多かったけど、小夜ちゃんとのこの時間が結構好きだ。静かな図書館で、会話はないし、読むのは別々の本だけど、不思議と温かい感じがする。日が暮れる頃には一区切りつくからそこで二人とも顔を上げて、借りる本を選んで、帰る道すがら感想を言い合うのだ。

 

 でも今日は

 ちょっと遅くなってしまった──

 

 

 

「キャァッ!」

「小夜ちゃんっ」

 

 帰り道、路地裏から飛び出た影に彼女は悲鳴を上げた。痩せこけて、虚な目で、何かを譫言のように呟き続けるその姿は、わたしたちの想像するようなヴィランのそれとは一線を画していた。

 

「肉……! 肉、見せて……!」

 

 その男はだらりと涎を垂らしながら口を開いた。次の瞬間、目にも留まらぬ速さで“何か”が飛び出した。

 歯だった。

 刃のように伸びた歯が、小夜ちゃんの肩を貫いていた。

 

「あぁああ! 痛い! 痛い!」

 

 彼女は絶叫していた。切り裂かれた肩を恍惚とした表情で見つめ、男が言った。

 

「いいなァ、いい断面……!」

 

「もっと肉、見せて……!」

 

 ──恐怖

 それだけがわたしを支配した。

 わたしはその場にへたり込んで、呆然と小夜から血が流れる光景を見ていた。

 ……そうするしかできなかった。

 あの男の歯が、小夜の喉元へ向いた。掠れる声で小夜が言った。

 

「た……す……け、て……」

 

 わたしは動けない。

 わたしは助けられない。

 

 わたしは──

 

 

「ヨグちゃんお願い……わたしを助けて……」

 

 

 ぬるり

 

 緑色の、粘液の包まれた触手が、わたしを裂いてまろび出た。

 同時に、わたしの身体が操られるように歩き出す。

 時間が止まったような感覚がある。実際に止まっているのかもしれない。

 歯は既の所でその動きを停止した──彼の者の声を聞いたからだ。

 

『退け』

 

 声──ではない。思念の波に乗って人類種へ届く、魂への攻撃。宇宙的に強大な意識。それが、人間を退かせる為だけに用いられている。

 男の唇が震え、泡を吹き出す。

 

『さもなくば、沈め』

『我が海底が貴様を待ち受けるだろう』

 

 男は発狂した。恐れをなして、腕を振りながら一目散に駆けた。

 同時に体の支配が戻り、わたしは再び地にへたり込む。

 

 その場には、自分の矮小さに絶望したわたしと──

 

 

 

 

 大いなる瘴気と姿にあてられた哀れな少女だけが残った。




Q. 心操「なんでヒーローになりたいんだ」
A. 気になる子と同じ進路に行きたいという当然の心理。彼がこれを知るのはN年後の話……。

Q. アイエエエ⁉︎ クトゥルフ⁉︎ クトゥルフナンデ⁉︎
A. 助けてと言われたので出しました。ヨグ=ソトース的には夜湖さえ守れればそれでいい。邪神の家主友人を攻撃したムーンフィッシュさんカワイソス……。

Q. ムーンフィッシュと小夜は無事なの?
A. 姿を直視していないので、元からSAN値直葬しているムーンフィッシュはギリギリ生還です。これから牢獄にぶち込まれる間に回復します。一方小夜はヤバいです。声を聞いた上、ムーンフィッシュが逃げ出した後も暫く触手を目にしました。処理ゼロだと発狂します。いい感じな個性持ちの医者に当たることを願ってね。

Q. 邪神たちって夜湖の身体の主導権取れんの?
A. 基本個性でブロックされますが、本人のSAN値が薄弱な時だけ緊急回避で開通します。本能的な何かです。なお個性は乗っ取れません。
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