Re:ゼロから始める宿儺の器の異世界生活   作:カノンだよ

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第一章6『どこまでいっても』

思えば、最初から“それ”は、至る所に転がっていた。

 

違和感というには、あまりに大きな呪いの残穢(ざんえ)。異世界召喚直前の記憶の曖昧さに、見慣れぬパーカー付きの学ラン。おかしいと思わないわけがない。

 

それでも、異世界に来てから、虎杖悠仁が一度もそれに気づけなかったのは、きっと――。

 

 

 

「――兄ちゃん、ボーっとしてんなよ。リンガ、食うのか?」

 

意識が覚醒した瞬間、虎杖の目の前にあったのは赤く熟した果実だった。

リンゴそっくりなそれを見て、ふと知恵の果実という単語が虎杖の脳裏をよぎる。食べることで楽園から解放される禁断の果実。

今それにかじりついたのなら、救われるだろうか。この訳の分からない状況から。

 

「おい、兄ちゃん?」

 

中年の男が眉をひそめて、なんのリアクションも返さない虎杖に声をかけてくる。

判然としない意識の縁から現実にゆっくりと舞い戻り――跳ねるように顔を上げた。周囲に視線を巡らせ、心臓の鼓動と呼吸の荒さを意識する。

 

昼下がりの大通り、場所は果物屋の店の前だ。色とりどりの野菜や果実が並べられており、それらの商品の前に立つのは白い傷跡の目立つ強面の主人。

むせ返る人ごみに慣れた光景。虎杖は自分の頭を掻きむしって、

 

「もう、訳が分かんねぇよ……」

 

それだけを呟き、込み上げてきた眩暈と吐き気に翻弄され、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

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頭からかぶった水の冷たさに頭を振り、虎杖は混濁する意識をどうにか立て直す。

 

「――――」

 

空になった水差し、それは突然店先で倒れた虎杖を心配し、介抱してくれた果物屋の店主によって手渡されたものだった。

親身になって心配してくれる心遣いはありがたいが、一緒にいたはずのサテラのことを聞かない優しさが返って虎杖の心に深い傷を生む。

 

地べたに座ったまま、前髪から滴る水を手で払い、虎杖はその冷たさに、

 

「……っ」

 

途端に脳裏によみがえるのは、先刻受けた全てを凍てつくす精霊の一撃だ。

 

喉の奥が引きつり、体育座りの虎杖は全身が小刻みに震えるのを、膝を殴ってなんとか静止しようとする。

もう何も考えたくない。何も思い出したくない。殻にこもって忘れさせてほしい。

 

そんな願望とは裏腹に、考えたくないと思うほど鮮明に蘇る記憶。虎杖は堪えがたい激情をそのまま喉から吐き出してやろうと顔を上げる。絶叫が昼下がりの大通りに木霊する――その直前、

 

「え……?」

 

張り上げるはずだった声が疑惑の色を帯び、虎杖は呆けた顔でそれを見つけた。

見開く視界の中、爬虫類の肌を持つ長身がいて、虎杖の腰ほどまでの背丈の獣人がいて、桃色の髪をした若い踊り子がいて、六本もの剣をぶら下げた剣士がいて、

 

――白いローブを羽織り、銀髪を揺らして歩く少女がそこにはいた。

 

少女の紫紺の瞳がへたり込む虎杖を一瞥。だが、すぐに興味をなくし視線が外れる。

アメジストの意志の強そうな瞳はただ真っすぐ、自分の進むべき道を見つめていた。その凛とした佇まいに、震えるような美貌に、求め続けた姿に変わりはない。

 

「ま――」

 

とっさに声が出ず、虎杖はかすれた息を吐いて足をもつれさせながら背中に追いすがる。

すいすいと、人波を縫うように少女は歩き続ける。逃げる銀髪を戸惑いと困惑、混乱の意識の中で追いかけながら、虎杖は泣きそうな声で呼びかける。

 

「ちょ、待って……待ってくれ……頼む、待って」

 

先刻の記憶により震える足を、それでもなんとか前に進める。

死んでしまうかと思ったほどの痛みや冷たさよりも、ずっと怖くて、信じたくないことがあったから。あの優しくて、非合理で、誰とも知らない子供一人放っておけない――そんな善意にすら自分は見捨てられた。それだけは、信じたくなかったから。

 

もし、彼女が振り返らない人間がいるとしたら。それが自分なのだとしたら。俺(・)は(・)や(・)っ(・)ぱ(・)り(・)、(・)た(・)だ(・)の(・)、

 

「待ってくれ! サテ――!」

 

「――それ以上、僕の娘に近寄るな」

 

サテラを引き留めるために、彼女の名を叫ぼうとして、できなかった。それよりも早く、少女の結晶から出てきた精霊が、それを妨げたから。

 

またしても、言葉が詰まる。忘れようとしていた恐怖が、足から這い上がってくる。

サテラと虎杖の間に割って入る精霊、パックはあの時同様、心底こちらを憎悪するような、親の仇を目の当たりにしているような、――そんな目を虎杖に向け続けていた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

また、あの時の目だ。まるで親の仇を見ているような強い敵意を、パックは虎杖に向けている。

突如として現れた大精霊。それが放つ異質な存在感は周りの人間にも伝播し、露天商を溢れ返す通行人全てが二人を注視し、押し黙っていた。

 

「パック、急に出てきてどうしたの? それに、すごーく怖い顔してる」

 

「リアは下がっていて。この男をこれ以上、君に近づけるわけにはいかない。こいつからは醜悪な血の匂いしかしない……邪悪そのものだよ」

 

邪悪そのもの。その言葉を聞いてうっすらとだが思い出した。パックは自分を氷像へと変えた直後も、そのような事を口していたのだ。

だが思い出したところで理解及ばず、謎ばかりが進行していく。だって虎杖には心当たりがない。二人と出会ってからは常に好意的に接していたし、この身を賭してまで、サテラを守ってきたつもりだ。

 

ならば最初から嫌われていた? だとしたら共に過ごした時間は、笑いあった思い出は、少女を託してくれた信頼は――全て、嘘だったのだろうか?

 

うなだれているだけの虎杖に、パックはますます怒りを露わにする。そして遂には氷を展開しようとした――その時、

 

 

「――――っ!」

 

小さく息を呑む音がしたのは、虎杖の身長よりも頭一つ高い位置――露店商の屋台、その幌立ての屋根の上からだった。

跳躍。小柄な体が重力に引かれて軽やかに落ち、着地と同時に風に乗って加速する。疾風は薄汚れた服を着て、金色の髪をなびかせていた。人込みを神がかり的な体捌きですり抜けると、すっと伸びた腕が鷹の刺繍の入ったローブの中へ侵入する。

 

接触は一瞬。風がローブをはためかせ、身をよじる少女から跳ねるように飛びずさる。

 

「まさか――!」

 

銀髪の少女が驚愕の声を上げ、己のローブの内に手を入れる。

そこに目的のものが見つからず、見開く少女の目が追うのは急速に遠ざかる風の行方。その風に握られた竜を象った徽章、そして後ろ姿を見てとっさに虎杖が叫ぶ。

 

「フェルト!?」

 

呼びかけに風が戸惑うように揺れる。が、その速度はゆるまずに一気に大通りから細い路地へと飛び込んでいく。すさまじい早業。ほんの一瞬だけしか見えなかったが、あの姿はおそらく――

 

「パックどうしよう!? あの子に徽章、取られちゃった!?」

 

「ッ、やられた……! 君は僕の注意を引く囮だったわけだ――忌々しい」

 

棒立ちの虎杖に悔し気にパックがうなる。

パックはこちらに掌を向けかけたが、風の消えた路地に走り出す少女の背中を見て、すぐに背を向けた。

 

「おい、待ってくれ! 誤解だ! 俺は――」

 

「追ってくるのは勝手だけど、次にあの子に近づいてみろ。……絶対に生かしては返さない」

 

誤解を解こうと発した虎杖の嘆きは、精霊の一言に一蹴される。今走って追いかければ、サテラに追いつくのは訳ない。だけど次の一歩が踏み出すことは、虎杖にはできなかった。

本気だ。なんの冗談でもなく、躊躇もなく、パックは虎杖を殺しにかかるだろう。その恐ろしさは先刻身に染みて知っている。

 

やがて二人の姿は見えなくなり、一人残された虎杖は、

 

「……なんで、だよ」

 

そう、物言わぬ地面に向けて、やり場のない感情をぶつけることしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

4

 

 

 

 

 

「……また、お前らなのか」

 

ふらついた足取りで路地裏に着いた虎杖は、目の前に広がる光景にそう言葉をこぼす。

視線の先、路地の入口を塞ぐ三つの人影。薄汚い身なり、野蛮で粗暴な荒々しい雰囲気。路地裏を狩場とするチンピラ三人組と、この日、二度目の遭遇を果たす。

 

「兄ちゃん、痛い目に遭いたくなきゃ、とっとと出すもんだしな」

 

同じような態度に、同じような脅し文句。まず巨漢の男が近づく布陣まで完全再現。あれだけひどい目あわされた相手にもう一度挑もうというのだから見上げた気骨だ。だが、

 

「……悪いけど、お兄さんたちの相手をしてる余裕、今はないから」

 

「――――」

 

今は色々いっぱいいっぱいで気が立ってる。やりあえば、うっかり大けがをさせかねない。

 

そんなこちらの気持ちを察してくれたのか、三人は途端に顔を青くして拳を下げる。続けて消えてくれと目で訴えかければ、彼らは大人しく虎杖の前から去っていった。

やがて薄暗い路地に一人残され、虎杖は抜け殻になったかのように無気力に、道端の段差に腰掛ける。

 

いや、かのようにではない。虎杖は実際抜け殻に、――空っぽになってしまったのだ。

 

「……何が、いけなかったのかな」

 

誰に聞こえるわけでもない独り言を、疲れたように口にする。

 

異世界に来てから初めて会ったお人よしの少女とおかしな精霊、彼らとの関係がここに終わってしまった事を、虎杖はようやく確信した。

たかが一日、共に過ごしただけの間柄。無くなってしまったのならそれとなく気持ちを切り替え、また新たな出会いを求めていけばいいだけの事。だというのに――彼らの事が頭から離れてくれない。

思い出すのは、笑顔と、声と、他愛の無い会話ばかり。

 

きっと虎杖は自分が思っている以上に、あの二人の事が気に入っていたのだろう。

 

「でも、変でも何でもないか。約束、先に破ったのは……俺だし」

 

頭を冷やして考えれば、彼らの怒りは至極まっとうなものであると気づく。

パックにサテラを頼むと言われた、俺は何もできなかった。サテラに徽章を取り返すと約束した、俺は何もできなかった。

――ま(・)た(・)俺は、何もできなかったのだ。そんな自分に、もう価値はない。

 

そう結論づけたことで、胸の奥に溜まっていた澱が、ほんの少しだけ沈んだ気がした。

 

ならば、いつまでもウジウジしているわけにも行かない。

生きて、日本に戻るための方法を探さなくては。伏黒や釘崎、五条先生だって、いなくなった俺のことを心配しているだろうから。

 

そうして虎杖は、無理やりにでも自分を奮い立たせ、立ち上がった。ひとまずこの裏路地を抜けようと、大通りの方へ視線を向けた――その最中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の考え、少し間違っているな』

 

――ふいに、誰かの声がした。

 

『精霊がお前を嫌っているのは、何も契約破りが原因ではない』

 

酷く、聞き覚えのある声だった。

 

虎杖は慌てて顔を上げ周囲を確認するが、路地裏に自分以外の影はない。

とうとう人肌恋しさに幻聴でも聞こえ始めたのだろうか。そんな疑心暗鬼に陥る虎杖の耳に、

 

『……どうした?まさか忘れたということはあるまい』

 

この度は先ほどより鮮明に、その声を聞く。声の出どころは依然分からぬまま。だが虎杖は自らの手が震え、全身の皮膚が逆立ち、汗が噴き出ていることに気が付く。

男の声だ。死ぬほど憎んだ男の声。天上天下唯我独尊、己の快・不快のみを生きる指針とし、不幸を振りまかずにはいられぬ――虎杖にとって最大の呪い。

 

最初から至るところに転がっていた。

 

記憶の損失、覚えのない服装。呪力の存在だって、体はずっと覚えていた。

違和感というには、あまりに大きな呪いの残穢(ざんえ)。それでも虎杖が気づけなかったのは、気づこうとさえしなかったのは。それはきっと――、

 

 

 

『久しいなあ、小僧』

 

「…………すく、な?」

 

――忘れていたのではなく、忘(・)れ(・)た(・)ふ(・)り(・)を、していたからです。

 

 

 

 

 

5

 

 

 

 

 

――俺は人を助ける。

 

「今一度問う。君は何をしに呪術高専に来た」

 

運動も喧嘩も昔から人以上にできた。でもそれを一度だって、「俺にしかできない」って思った事はない。

 

「宿儺を食う、それは俺にしかできないんだって。飯食って風呂入ってマンガ読んで、ふと気持ちが途切れた時「ああ今宿儺のせいで人が死んでるかもな」ってへこんで。俺には関係ねぇ、俺のせいじゃねぇって自分に言い聞かせるのか? そんなのゴメンだね」

 

だから俺はあの時、ある種の使命感を感じたのかもしれない。強いとか、千年に一度の逸材だなんてもてはやされて、調子に乗ってた。

なんで俺が死刑なんだよって憤りながらも、自分のこれからには少し心が躍った。爺ちゃんの遺言を果たせる機会が来たんだと思ってた。

 

「自分が死ぬ時のことは分からんけど、生き様で後悔はしたくない」

 

俺はあの日、呪術高専に入学した。

 

 

 

――俺は、人を助ける。

 

「……ナナミン。俺は今日、人を殺したよ」

 

それは、初めて自分の信念を疑った瞬間だった。

 

「人は死ぬ、それは仕方ない。ならせめて正しく死んでほしい、そう思ってたんだ。だから引き金を引かないことばかり考えてた。でも自分で引き金を引いて分かんなくなったんだ」

 

分かっていたはずだ。全ての人間を正しい死に導くことが、どれほど難しいかくらい。

問題は、その答えを見失ったこと。簡単に口にしていた『正しい死』そのものが、分からなくなった。――自分の手が、汚れた途端に。

 

この答えが分かるまで、俺はもう二度と負けない、負けたくない。

 

「……ナナミン、正しい死って何?」

 

俺はあの日、呪術師を知った。

 

 

 

――俺は、人を、助ける。

 

「オマエのせいだ。オマエが俺を取り込んだ。目覚めたんだよ、切り分けた俺の魂たちが。大勢のケヒッヒヒ、人間を助けるか」

 

八十八橋の呪殺は、宿儺の指が共振して起こったらしい。それは、改造人間を殺した時とも、また違う苦しさだった。なにせ今回は、間違いなく自分のせいで死んだのだから。

 

「小僧! お前がいるから、人が死ぬんだよ!!」

 

それでも。それでも自分には、まだやらなきゃいけないことがあると信じていた。宿儺の指を全て食べれば、間違った死を減らせると信じていた。

 

「おい。それ、伏黒に言うなよ」

 

過ちを犯しても、命を救ってくれた友人に顔向けできなくなっても、貫くことを辞めなかったから。

自分の選択を、自分自身を諦められなかったから。へらへら笑って誤魔化して、おどけて囃し立てて逃げ続けて、呪いから目を反らし続ける日々。

 

 

 

――俺は、人を、

 

「――小僧、せいぜい噛み締めろ」

 

「――――」

 

気づけば、全てが手遅れになっていた。

 

目の前に広がるのは、崩壊した渋谷の街と、犠牲になった数えきれない人々。

全てが塵となり、元の形など思い出せないほどにならされた開けた光景が、視界に広がっている。

 

「……う、う゛」

 

なんで、俺が死刑なんだって、思ってたよ。

 

「う゛う゛うう゛う゛ううう゛うええぇえ゛え゛っ」

 

呼吸が、できない。

 

空気を吸っているはずなのに、胸の奥まで届かない。肺が縮こまり、喉が引き攣り、歯の奥ががちがちと鳴る。

 

途端に、周囲に散らばる無数の死者の魂たちと、虎杖の目が合う。そう錯覚する。

言われている気がした。ものを映さない空虚な瞳に。

責められている気がした。ぽっかりと空いた、血で濡れる瞳に。

憎悪されている気がした。彼らが過ごし、笑っていた日常の心象に。

 

――何故、お前は生き残っているのかと。

――何故、自分達は死ななければならなかったのだと。

 

「……死ねよ、自分だけ、自分だけぇッ!!」

 

俺は人を助けたかった『死ね』一人でも多く正しく死んで欲しかった『自分だけ』自分の死にざまはもう決まってんだわ『自分だけ』オマエは大勢に囲まれて『自分だけ』人を『自分だけ』助けろ『自分だけ』人を『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』『自分だけ』。

 

 

 

オマエガイルカラ――――。

 

 

 

 

 

『ようやく全て、思い出したらしいな』

 

虎杖の頬から口を出す宿儺。その声だけが静かに、だが確かに、虎杖の耳に届いている。

 

「――っ、うぷ、あ」

 

途端に虎杖の体の奥から生暖かい液体が込み上げてくる。腹の筋肉が痙攣し、喉と口がすっぱい塊で満たされ、たまらず吐瀉物を路地の真中へと吐き出した。それはとどまることを知らず、胸と腹を波打ち、歯茎を痺れさせ、路地裏の床を満たしていく。

 

『仲間との日々は思い出し、それでも俺は忘れていた。実に都合の良いことだなぁ……小僧』

 

――全て、思い出した。

 

渋谷での、呪霊たちとの決戦の最中。虎杖は一度に多くの宿儺の指を取り込み、肉体の主導権を一時的に奪われた。

そして、主導権を取り戻すまでの数十分。宿儺は何百、何千という人たちを虐殺したのだ。それが、異世界にくる直前――虎杖悠仁が失っていた記憶の全て。

 

吐瀉物をまき散らして蹲る虎杖に、宿儺は呆れたような目を向けながらも、言葉を続ける。

 

『それで、貴様があの精霊に嫌われた理由についてだったな。あれは簡単にだが人の内側を覗き見る。奴は警戒したのだろう――小僧の中に潜む、俺という呪いを』

 

その口から語られるのは、虎杖を氷像に変えたパックの謎だ。

 

宿儺という呪いから発せられる存在感、圧倒的邪悪。それを内包する虎杖が表面上優しく接したとしても、パックにとってそれは罠か、はたまた狂人にしか映らない。

 

『貴様とあれが最初に出会った時、俺はまだ目覚めていなかった。俺が意識を取り戻したのは、小僧があのいかれた女と戦っているとき。一度目は好意的に接し、二度三度目にあれの態度が変わったのは、そういう事だ』

 

パックは化け物同然である虎杖を、サテラに近づけるわけにはいかなかったのだ。

 

「――はっ、っ、はっ」

 

その思考も、宿儺の言葉も、今の虎杖には届かない。宿儺の存在と、渋谷での記憶。

呼び覚まされた記憶が虎杖の溶けていた心を、体を、再び締め付け縛り上げる。殺した人間の感触が、匂いが、再びすぐそこまで迫り、虎杖の命を脅かす。

――虎杖悠仁はただの人殺しであると、そう訴えかけてくる。

 

「……死な、なきゃ。今すぐ、自分だけ」

 

震える指で自分の首を包み込む。その様子を見て宿儺は、不敵に笑った。

 

『お、死ぬか小僧!今度は覚悟が決まっていて偉いなあ……やってみるがいい』

 

笑っている。けどその余裕は、俺に自死する気概などないと高をくくっての事だろ。

 

残念ながらそれは悪手だ。俺はもう前とは違う。迷いなく、自分を殺す。覚悟が出来たわけではない。虎杖悠仁は大勢殺した。その時点で死ぬ以外の選択肢など、残されていない。

 

何が人を助けるだ。何があの子と仲良くなりたいだ。俺にそんなこと許されるわけがなかった。

ためらうな、誰も殺さないうちに今すぐ死ね。誰に看取られるわけでもなく、何かを成し遂げるでもなく、今ここで一人で死ね。

 

――俺はどこまでいっても、呪いだ。

 

『俺の予想が正しければ……面白いものが見れるぞ。しかと刮目せよ』

 

躊躇いが微塵もなかったとは言えない。それでも虎杖悠仁は己が責任を果たすためその指に力を込め、――自らの首をへし折った。途端に景色はゆがみ、視界が地面で覆いつくされる。遠のく意識の中で、深い恐怖と苦しみの中で、それでも虎杖悠仁は、

 

今度は、誰も殺さなくてよかった。――そう、安堵の息をこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん、リンガは?」

 

「――――あ?」

 

そして同時に、確信する。――自分はもう死ぬことさえ、許されないのだと。

 




――“宿儺の器”の異世界生活
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