【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
カラオケを出ると、外は静まり返っていた。
いつも騒がしい下北沢の静寂に僕は少し不思議な気分になった。
時計を見ると、午前の3時を少し過ぎている。
夜が一番深い時間だ。
「ほとんど音がしない」
山田がつぶやいた。
「こんな時間に外を歩くのって初めてかも」
虹夏ちゃんが笑う。
「僕もだ」
虹夏ちゃんが先頭を切って歩き出した。
「お姉ちゃん、もう寝てるかな」
「だったらラッキー。小言いわれないで済む」
山田の返事に虹夏ちゃんがジト目になった。
「どのみち朝に言われるよ。この前リョウが泊まった時、プリン勝手に食べたの怒ってたし」
「……泊まらずに帰ろっかな」
「おい」
カラオケ店から虹夏ちゃんのマンションまでは10分ほどだ。
僕たちは、歩きなれた路地をてくてくと進んでいく。
ビルの間を縫うように歩き、緩やかな坂道を上り、ふいに少し開けた通りに出た。
目の前に、真夜中の月が現れた。
さっきまでビルで見えなかった。
月は、下が欠けていて、雲でかすんでいたけど、僕はそれを美しいと思った。
「きれい」
虹夏ちゃんが空を見上げてつぶやいた。
どこか遠くで、深夜営業のバーだろうか、かすかに音楽が聞こえた。
耳を澄ませるとそれは、スティーリーダンのエイジャだった。
※
やがてマンションにたどり着く。
僕たちは地下のスターリーを尻目にエレベーターに乗った。
少し疲れていたのか、誰も話さなかった。
3階で降りて、虹夏ちゃんの部屋へ。
そっとドアを開ける。
「お帰り」
「「「ひゃぁ」」」
三人の声が重なった。
「お、お姉ちゃん、起きてたの?」
「一応な」
星歌さんが眠そうにあくびをした。
「ご、ごめん、遅くなっちゃって」
「まぁいいよ、あたしだって学生時代は好き勝手してたし」
そう言ってから、チラッと僕と山田を見る。
「ま、友達がいるのはいいこった」
そう言って、自分の部屋に行ってしまった。
「お、怒られなかったね」
「う、うん」
正直、ちょっとドキドキしていたから、ホッとした。
「虹夏、私のパジャマ出しといて」
「自分で出しなよもー」
山田に言われて虹夏ちゃんがパジャマを用意する。
常備されてるのかよ。
勝手に山田はシャワーを浴びに行ってしまった。
「服部君もシャワー浴びるよね?」
「え、い、いいの?」
「うん、もちろん。えっと、大きさ合うパジャマあるかなぁ」
たぶんお父さんのかな?
虹夏ちゃんが大きめのパジャマを探す。
「そういうと、お父さんは?」
「お仕事忙しくてほとんど家にいないんだ」
「そうなんだ」
ってことは、実質お姉さんと二人暮らしなのか。
「あ、これいいかも。はい、お風呂あがったら使ってね」
「あ、ありがとう」
女の子からパジャマを渡されるって、なんか変な気分になるな。
「改めてみると、服部くんって背高いね」
「え、170センチだから普通だよ」
「でもリョウより7センチも高いじゃん」
「そりゃ女子と比べるとね。虹夏ちゃん何センチ?」
「ひゃ、154……」
おぉ、やっぱり小さいな。
「いま身長低いって思ったでしょ」
「いやいや、小柄で可愛いなって」
「か、かわっ!? もー、変なこと言うの禁止―!」
虹夏ちゃんがぽかぽか叩いてくる。
おぉ、これが深夜テンションってやつか。
と、そんな風に虹夏ちゃんとしばらく雑談していると。
「いい湯だった」
山田が上がってきた。
いっちょ前に風呂上がりの濡れた髪をしているが……まぁ、山田にはときめきはしないな。
「じゃあ、服部君、入る?」
「先に良いの?」
「うん。というかその、男の子の前に入るのなんか恥ずかしいし」
そういうものなのか?と思いつつ僕もシャワールームへ。
こ、ここで毎日、虹夏ちゃんがお風呂に入ってるのか……って、いかんいかん何を考えてるんだ僕は。
邪念を振り払うように水で顔を洗った。
※
「あの、お風呂ありがとう」
「どういたしましてー。あ、ジュース置いてあるから飲んでね。私もシャワー浴びてくる」
そう言って、タオルと着替え片手にシャワールームに向かう虹夏ちゃん。
テーブルの上にいつぞやのリンゴジュースが。
至れり尽くせりだ。
コップを手に取ると、山田がひゅんと横にやってきた。
「服部、ドキドキした?」
「……何がだよ」
なんかニヤついてないか、こいつ。
「いや、好きな子の家のお風呂って男子的にどうなのかなぁと」
「す、好きって」
「違うの?」
「いや、その、まぁ。否定はしない」
なんかからかわれてるような気がするなぁ。
それにしても……。
僕は、軽く部屋を見回した。
さすが虹夏ちゃんの家だ。
清潔感があって整理されてる。
こう、かすかにいい匂いもするし……って、また変なこと考えちゃったじゃないか。
「おぉ、服部が変態的な目で部屋を見渡してる」
「ちがうからっ!」
思わずチョップする僕。
虹夏ちゃんの気持ちがわかってきたぞ。
「だ、男子に初めてぶたれた」
「ぶったようなレベルじゃないっしょ」
「およよよ」
演技がかってるなぁ。
「あ、そういうとさ」
急に山田が、真剣な顔になる。
「なに?」
「はむきたす、辞めようと思う」
「おい」
さらっと言うな。
「いいのかよ。人気出てたじゃん」
「うん、なんか、もういいかなって」
「いつ決めたの?」
「さっき、カラオケしてた時」
「そっか」
僕にはそれ以上の言葉が見つからなかった。
他人が何か重い決断をしている時、僕はいつも言葉を無くしてしまう。
慰めたい?
優しくしたい?
でも本当の気持ちは共有できないから、言うべき言葉は空白に溶けてしまうのだ。
「上手く何も言えねぇや」
僕がそういうと、山田は笑った。
「いいよ、別に言葉なんて大して役に立たないし」
「そっか。あ、ところで虹夏ちゃんには言ったのか?」
「まだ」
「なんで?」
「こういうの相談したら、虹夏は心配しすぎるし。気を遣わせたくない」
それは何となく、想像がついた。
きっと虹夏ちゃんはおろおろとして、何が正解なのか悩んでしまうだろう。
「お前なりの優しさってっわけか」
「そういうこと」
山田がドヤ顔をした。
なんかむかつくな。
っていうか、あとで「なんで相談しないのー」って言われそうだけど。
まぁいいか、山田のことだし。
「お待たせ―。いやぁ、いいお湯だったー」
虹夏ちゃんがお風呂を上がってきた。
うわっ、髪をおろしてる。
いつもはサイドで結んでいるから、すごく新鮮だ。
か、可愛いっ。
「ど、どうしたの?」
しまった、見つめすぎたか。
「あ、い、いや、その、髪おろしてるなぁって」
「あ、そ、そうだね///」
虹夏ちゃんが髪に触れる。
「寝るときはいつもこうだから」
「に、似合ってるよ」
「ほ、ほんと?」
って一体僕らは深夜に何を言い合ってるんだ。
「眠くなってきた。寝る」
山田があくびをして立ち上がる。
ある意味ちょうどいいタイミングだったかも。
「あ、そ、そうだね、ねよっ」
虹夏ちゃんも、山田について行った。
「あ、リョウはいつも私の部屋で寝てるから。えっと、服部君は……お父さんの部屋使う?」
「いや、それはさすがに申し訳ないから。リビングのソファで寝るよ」
「そう? 寝にくかったら自由に使ってね」
「う、うん」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
虹夏ちゃんが、山田と一緒に自分の部屋へ。
僕は、一人きりになった。
なんだか、あまり眠くなかった。
女の子の家に来て緊張してるってのもあるけど、今日一日が濃厚だったからかもしれない。
僕は、机の上に置かれたリンゴジュースをちびちびと飲む。
そしてなんとなく、詩を書き留めているノートをペラペラとめくった。
僕の出来損ないの詩は、気が付いたらもう17個も書き綴られている。
10分ほど、そんな風にしてぼんやりとしていただろうか。
「あっ」
虹夏ちゃんが、部屋から出てきた。
「服部君、まだ起きてたんだ」
「う、うん、なんか眠れなくって」
「えへへ、実は私も。だからちょっとお水飲もうかなって思ったんだけど」
すとんっと、僕の隣に腰を下ろす虹夏ちゃん。
ち、近い?
「そのノート、ファミレスでも開いてたよね」
「あ、え、えと」
気づかれていたのか。
「日記?」
「日記というか、その、う、詩」
「詩?」
恥ずかしい。
ポエマーだと思われちゃうだろうか。
でもなんとなく、虹夏ちゃんには隠したくなかった。
虹夏ちゃんが、小声でささやいた。
「見てもいい?」
「ど、どうぞ」
真夜中だから小声なだけだと思うけど、なんだかドキッとする。
「ありがとう」
虹夏ちゃんが、僕のノートを手に取る。
そして、パラパラっていう感じじゃなく、結構真剣に、読み始めた。
僕は、顔から火が出そうになった。
読み終えたのか、ノートをぱたんと閉じて、虹夏ちゃんが言った。
「服部君、いつか、歌詞を書いてよ」
「え?」
思わず僕は聞き返した。
「あ、その、えっと」
虹夏ちゃんが、もじっとする。
「もしも、もしもだよ」
「うん」
「いつか私が、バンドを組めたらさ。君の言葉で、歌を作りたいって思ったから」
「あ……えと……」
僕は、どう答えていいかわからなくて、それで一言だけ、言った。
「ありがとう」
その言葉は、真夜中のしじまにやわからく消えていった。
「あっ、もうこんな時間だ」
虹夏ちゃんがそっと立ち上がった。
「明日起きれないとだめだから、寝るね」
「う、うん」
「服部君、おやすみ」
虹夏ちゃんの指先が、そっと僕の手に触れた。
そしてすっと離れ、寝室へと帰っていった。
そのことが不意打ちだったので。
僕は、まだしばらく寝られなかった。
※※※
翌日、目覚めると良い匂いがした。
「あ、服部君おはよう」
見ると虹夏ちゃんが奥のキッチンで何かを作っている。
え、あれ?
僕たち結婚したっけ?
これって夢?
思わず頬をつねる僕。
「よく寝たー。ってうぉっ、お前そこで寝たのか」
星歌さんが起きてきて僕に驚いた。
「あ、すいません」
めっちゃ現実に引き戻された。
「虹夏、朝ごはん食べたい」
山田ももぞもぞと起きてきた。
「はーい、もうすぐできるよー」
エプロン姿で上手に卵焼きをひっくり返す虹夏ちゃんなのだった。
※
みんなで朝食を囲む。
虹夏ちゃんが作ってくれた卵焼きとホットサンドとサラダは、すごく温かい味がした。
※
それから僕らは、だらだらしたり、ゲームをしたりして。
お昼過ぎに、虹夏ちゃんのマンションを出た。
陽ざしを浴びた街は、キラキラと煌めいていて、真夜中のあの静寂とは対極にいる。
「昨日の夜とは大違いだ」
「あ、そういうとさ、交差点の近くのバー、あんな時間までやってるんだね」
「うん、びっくりした」
「エイジャがかかってたよね」
「そのあと、何が流れてたかわかった?」
「いや、わからなかった」
「わたしもー」
「かっこいい曲だったけどね」
「うん」
僕たちには、知らない歌がまだたくさんあるのだ。
駅までの距離をじゃれあいながら3人で歩いた。
ほんの数分のはずのその距離が、まるでピザの生地のように引き伸ばされて、僕は永遠じゃないかと思えてくる。
しかし、時間は残酷で、僕たちは駅に着いてしまう。
下北沢の駅舎が見える。
虹夏ちゃんと山田はこの街に住んでいるから、電車に乗るのは僕だけだ。
僕は、極力なんてない風に装って、言った。
「じゃあ、帰るね。泊めてくれてありがとう」
「うん」
鞄から定期を取り出し、改札を抜ける。
一人きりになると、ふいに恐怖が込み上げてきた。
家族のこと、家のこと。
まだ何一つ解決していない。
一瞬忘れられた恐怖のノイズが、僕を襲う。
けれど。
「服部くーん!」
虹夏ちゃんの声が、聞こえた。
「また一緒に、遊ぼうねっー!!」
改札の向こうから彼女が、手を振ってくれた。
その柔らかな声の残響が、僕の胸を満たしていく。
どんな素晴らしい音楽よりも、優しく力強く。
僕は力いっぱい、手を振り返した。
心臓がどきどきする。
この高揚感、まるでロックのリズムだ。
駅のホームへと階段を下りる間も、京王線のホームに立っている時でさえも。
その心地良い残響は消えなかった。
(おわり)
これで本編は完結になります。
ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございました。
ご感想やお気に入り登録、ご評価などに勇気づけられ、なんとか最終話まで書ききることができました。
虹夏ちゃんへの恋心や、山田との友達関係、そして家庭問題というノイズと、それらを包み込んでくれる人のぬくもりの残響と余韻、をテーマに描いてきました。
(結束バンド結成前夜といいますか、ざ・はむきたすの顛末もテーマの一つでした)
青春小説として、少しでも読んでくださった方の心になにかが残ったら、とても嬉しいです。
もしも、ご感想や叱咤激励のお言葉など、頂けましたら幸いです。
本当にありがとうございました!!