【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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23、下北沢午前3時、そして僕らの朝 (最終話)

 

 

 

 

カラオケを出ると、外は静まり返っていた。

いつも騒がしい下北沢の静寂に僕は少し不思議な気分になった。

時計を見ると、午前の3時を少し過ぎている。

夜が一番深い時間だ。

 

「ほとんど音がしない」

 

山田がつぶやいた。

 

「こんな時間に外を歩くのって初めてかも」

 

虹夏ちゃんが笑う。

 

「僕もだ」

 

虹夏ちゃんが先頭を切って歩き出した。

 

「お姉ちゃん、もう寝てるかな」

「だったらラッキー。小言いわれないで済む」

 

山田の返事に虹夏ちゃんがジト目になった。

 

「どのみち朝に言われるよ。この前リョウが泊まった時、プリン勝手に食べたの怒ってたし」

「……泊まらずに帰ろっかな」

「おい」

 

カラオケ店から虹夏ちゃんのマンションまでは10分ほどだ。

僕たちは、歩きなれた路地をてくてくと進んでいく。

ビルの間を縫うように歩き、緩やかな坂道を上り、ふいに少し開けた通りに出た。

目の前に、真夜中の月が現れた。

さっきまでビルで見えなかった。

月は、下が欠けていて、雲でかすんでいたけど、僕はそれを美しいと思った。

 

「きれい」

 

虹夏ちゃんが空を見上げてつぶやいた。

どこか遠くで、深夜営業のバーだろうか、かすかに音楽が聞こえた。

耳を澄ませるとそれは、スティーリーダンのエイジャだった。

 

 

やがてマンションにたどり着く。

僕たちは地下のスターリーを尻目にエレベーターに乗った。

少し疲れていたのか、誰も話さなかった。

3階で降りて、虹夏ちゃんの部屋へ。

そっとドアを開ける。

 

「お帰り」

「「「ひゃぁ」」」

 

三人の声が重なった。

 

「お、お姉ちゃん、起きてたの?」

「一応な」

 

星歌さんが眠そうにあくびをした。

 

「ご、ごめん、遅くなっちゃって」

「まぁいいよ、あたしだって学生時代は好き勝手してたし」

 

そう言ってから、チラッと僕と山田を見る。

 

「ま、友達がいるのはいいこった」

 

そう言って、自分の部屋に行ってしまった。

 

「お、怒られなかったね」

「う、うん」

 

正直、ちょっとドキドキしていたから、ホッとした。

 

「虹夏、私のパジャマ出しといて」

「自分で出しなよもー」

 

山田に言われて虹夏ちゃんがパジャマを用意する。

常備されてるのかよ。

勝手に山田はシャワーを浴びに行ってしまった。

 

「服部君もシャワー浴びるよね?」

「え、い、いいの?」

「うん、もちろん。えっと、大きさ合うパジャマあるかなぁ」

 

たぶんお父さんのかな?

虹夏ちゃんが大きめのパジャマを探す。

 

「そういうと、お父さんは?」

「お仕事忙しくてほとんど家にいないんだ」

「そうなんだ」

 

ってことは、実質お姉さんと二人暮らしなのか。

 

「あ、これいいかも。はい、お風呂あがったら使ってね」

「あ、ありがとう」

 

女の子からパジャマを渡されるって、なんか変な気分になるな。

 

「改めてみると、服部くんって背高いね」

「え、170センチだから普通だよ」

「でもリョウより7センチも高いじゃん」

「そりゃ女子と比べるとね。虹夏ちゃん何センチ?」

「ひゃ、154……」

 

おぉ、やっぱり小さいな。

 

「いま身長低いって思ったでしょ」

「いやいや、小柄で可愛いなって」

「か、かわっ!? もー、変なこと言うの禁止―!」

 

虹夏ちゃんがぽかぽか叩いてくる。

おぉ、これが深夜テンションってやつか。

と、そんな風に虹夏ちゃんとしばらく雑談していると。

 

「いい湯だった」

 

山田が上がってきた。

いっちょ前に風呂上がりの濡れた髪をしているが……まぁ、山田にはときめきはしないな。

 

「じゃあ、服部君、入る?」

「先に良いの?」

「うん。というかその、男の子の前に入るのなんか恥ずかしいし」

 

そういうものなのか?と思いつつ僕もシャワールームへ。

こ、ここで毎日、虹夏ちゃんがお風呂に入ってるのか……って、いかんいかん何を考えてるんだ僕は。

邪念を振り払うように水で顔を洗った。

 

 

 

 

「あの、お風呂ありがとう」

「どういたしましてー。あ、ジュース置いてあるから飲んでね。私もシャワー浴びてくる」

 

そう言って、タオルと着替え片手にシャワールームに向かう虹夏ちゃん。

テーブルの上にいつぞやのリンゴジュースが。

至れり尽くせりだ。

コップを手に取ると、山田がひゅんと横にやってきた。

 

「服部、ドキドキした?」

「……何がだよ」

 

なんかニヤついてないか、こいつ。

 

「いや、好きな子の家のお風呂って男子的にどうなのかなぁと」

「す、好きって」

「違うの?」

「いや、その、まぁ。否定はしない」

 

なんかからかわれてるような気がするなぁ。

それにしても……。

僕は、軽く部屋を見回した。

さすが虹夏ちゃんの家だ。

清潔感があって整理されてる。

こう、かすかにいい匂いもするし……って、また変なこと考えちゃったじゃないか。

 

「おぉ、服部が変態的な目で部屋を見渡してる」

「ちがうからっ!」

 

思わずチョップする僕。

虹夏ちゃんの気持ちがわかってきたぞ。

 

「だ、男子に初めてぶたれた」

「ぶったようなレベルじゃないっしょ」

「およよよ」

 

演技がかってるなぁ。

 

「あ、そういうとさ」

 

急に山田が、真剣な顔になる。

 

「なに?」

「はむきたす、辞めようと思う」

「おい」

 

さらっと言うな。

 

「いいのかよ。人気出てたじゃん」

「うん、なんか、もういいかなって」

「いつ決めたの?」

「さっき、カラオケしてた時」

「そっか」

 

僕にはそれ以上の言葉が見つからなかった。

他人が何か重い決断をしている時、僕はいつも言葉を無くしてしまう。

慰めたい?

優しくしたい?

でも本当の気持ちは共有できないから、言うべき言葉は空白に溶けてしまうのだ。

 

「上手く何も言えねぇや」

 

僕がそういうと、山田は笑った。

 

「いいよ、別に言葉なんて大して役に立たないし」

「そっか。あ、ところで虹夏ちゃんには言ったのか?」

「まだ」

「なんで?」

「こういうの相談したら、虹夏は心配しすぎるし。気を遣わせたくない」

 

それは何となく、想像がついた。

きっと虹夏ちゃんはおろおろとして、何が正解なのか悩んでしまうだろう。

 

「お前なりの優しさってっわけか」

「そういうこと」

 

山田がドヤ顔をした。

なんかむかつくな。

っていうか、あとで「なんで相談しないのー」って言われそうだけど。

まぁいいか、山田のことだし。

 

「お待たせ―。いやぁ、いいお湯だったー」

 

虹夏ちゃんがお風呂を上がってきた。

うわっ、髪をおろしてる。

いつもはサイドで結んでいるから、すごく新鮮だ。

か、可愛いっ。

 

「ど、どうしたの?」

 

しまった、見つめすぎたか。

 

「あ、い、いや、その、髪おろしてるなぁって」

「あ、そ、そうだね///」

 

虹夏ちゃんが髪に触れる。

 

「寝るときはいつもこうだから」

「に、似合ってるよ」

「ほ、ほんと?」

 

って一体僕らは深夜に何を言い合ってるんだ。

 

「眠くなってきた。寝る」

 

山田があくびをして立ち上がる。

ある意味ちょうどいいタイミングだったかも。

 

「あ、そ、そうだね、ねよっ」

 

虹夏ちゃんも、山田について行った。

 

「あ、リョウはいつも私の部屋で寝てるから。えっと、服部君は……お父さんの部屋使う?」

「いや、それはさすがに申し訳ないから。リビングのソファで寝るよ」

「そう? 寝にくかったら自由に使ってね」

「う、うん」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

虹夏ちゃんが、山田と一緒に自分の部屋へ。

僕は、一人きりになった。

なんだか、あまり眠くなかった。

女の子の家に来て緊張してるってのもあるけど、今日一日が濃厚だったからかもしれない。

僕は、机の上に置かれたリンゴジュースをちびちびと飲む。

そしてなんとなく、詩を書き留めているノートをペラペラとめくった。

僕の出来損ないの詩は、気が付いたらもう17個も書き綴られている。

10分ほど、そんな風にしてぼんやりとしていただろうか。

 

「あっ」

 

虹夏ちゃんが、部屋から出てきた。

 

「服部君、まだ起きてたんだ」

「う、うん、なんか眠れなくって」

「えへへ、実は私も。だからちょっとお水飲もうかなって思ったんだけど」

 

すとんっと、僕の隣に腰を下ろす虹夏ちゃん。

ち、近い?

 

「そのノート、ファミレスでも開いてたよね」

「あ、え、えと」

 

気づかれていたのか。

 

「日記?」

「日記というか、その、う、詩」

「詩?」

 

恥ずかしい。

ポエマーだと思われちゃうだろうか。

でもなんとなく、虹夏ちゃんには隠したくなかった。

虹夏ちゃんが、小声でささやいた。

 

「見てもいい?」

「ど、どうぞ」

 

真夜中だから小声なだけだと思うけど、なんだかドキッとする。

 

「ありがとう」

 

虹夏ちゃんが、僕のノートを手に取る。

そして、パラパラっていう感じじゃなく、結構真剣に、読み始めた。

僕は、顔から火が出そうになった。

 

読み終えたのか、ノートをぱたんと閉じて、虹夏ちゃんが言った。

 

「服部君、いつか、歌詞を書いてよ」

「え?」

 

思わず僕は聞き返した。

 

「あ、その、えっと」

 

虹夏ちゃんが、もじっとする。

 

「もしも、もしもだよ」

「うん」

「いつか私が、バンドを組めたらさ。君の言葉で、歌を作りたいって思ったから」

「あ……えと……」

 

僕は、どう答えていいかわからなくて、それで一言だけ、言った。

 

「ありがとう」

 

その言葉は、真夜中のしじまにやわからく消えていった。

 

「あっ、もうこんな時間だ」

 

虹夏ちゃんがそっと立ち上がった。

 

「明日起きれないとだめだから、寝るね」

「う、うん」

「服部君、おやすみ」

 

虹夏ちゃんの指先が、そっと僕の手に触れた。

そしてすっと離れ、寝室へと帰っていった。

そのことが不意打ちだったので。

僕は、まだしばらく寝られなかった。

 

 

 

※※※

 

 

 

翌日、目覚めると良い匂いがした。

 

「あ、服部君おはよう」

 

見ると虹夏ちゃんが奥のキッチンで何かを作っている。

え、あれ?

僕たち結婚したっけ?

これって夢?

思わず頬をつねる僕。

 

「よく寝たー。ってうぉっ、お前そこで寝たのか」

 

星歌さんが起きてきて僕に驚いた。

 

「あ、すいません」

 

めっちゃ現実に引き戻された。

 

「虹夏、朝ごはん食べたい」

 

山田ももぞもぞと起きてきた。

 

「はーい、もうすぐできるよー」

 

エプロン姿で上手に卵焼きをひっくり返す虹夏ちゃんなのだった。

 

 

みんなで朝食を囲む。

虹夏ちゃんが作ってくれた卵焼きとホットサンドとサラダは、すごく温かい味がした。

 

 

それから僕らは、だらだらしたり、ゲームをしたりして。

お昼過ぎに、虹夏ちゃんのマンションを出た。

陽ざしを浴びた街は、キラキラと煌めいていて、真夜中のあの静寂とは対極にいる。

 

「昨日の夜とは大違いだ」

「あ、そういうとさ、交差点の近くのバー、あんな時間までやってるんだね」

「うん、びっくりした」

「エイジャがかかってたよね」

「そのあと、何が流れてたかわかった?」

「いや、わからなかった」

「わたしもー」

「かっこいい曲だったけどね」

「うん」

 

僕たちには、知らない歌がまだたくさんあるのだ。

駅までの距離をじゃれあいながら3人で歩いた。

ほんの数分のはずのその距離が、まるでピザの生地のように引き伸ばされて、僕は永遠じゃないかと思えてくる。

しかし、時間は残酷で、僕たちは駅に着いてしまう。

下北沢の駅舎が見える。

虹夏ちゃんと山田はこの街に住んでいるから、電車に乗るのは僕だけだ。

僕は、極力なんてない風に装って、言った。

 

「じゃあ、帰るね。泊めてくれてありがとう」

「うん」

 

鞄から定期を取り出し、改札を抜ける。

一人きりになると、ふいに恐怖が込み上げてきた。

家族のこと、家のこと。

まだ何一つ解決していない。

一瞬忘れられた恐怖のノイズが、僕を襲う。

けれど。

 

「服部くーん!」

 

虹夏ちゃんの声が、聞こえた。

 

「また一緒に、遊ぼうねっー!!」

 

改札の向こうから彼女が、手を振ってくれた。

その柔らかな声の残響が、僕の胸を満たしていく。

どんな素晴らしい音楽よりも、優しく力強く。

僕は力いっぱい、手を振り返した。

心臓がどきどきする。

この高揚感、まるでロックのリズムだ。

 

駅のホームへと階段を下りる間も、京王線のホームに立っている時でさえも。

その心地良い残響は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 











これで本編は完結になります。
ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございました。
ご感想やお気に入り登録、ご評価などに勇気づけられ、なんとか最終話まで書ききることができました。
虹夏ちゃんへの恋心や、山田との友達関係、そして家庭問題というノイズと、それらを包み込んでくれる人のぬくもりの残響と余韻、をテーマに描いてきました。
(結束バンド結成前夜といいますか、ざ・はむきたすの顛末もテーマの一つでした)

青春小説として、少しでも読んでくださった方の心になにかが残ったら、とても嬉しいです。
もしも、ご感想や叱咤激励のお言葉など、頂けましたら幸いです。

本当にありがとうございました!!
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