【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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23、下北沢午前3時、そして僕らの朝 (最終話)

 

 

 

 

カラオケを出ると、外は静まり返っていた。

いつも騒がしい下北沢の静寂に僕は少し不思議な気分になった。

時計を見ると、午前の3時を少し過ぎている。

夜が一番深い時間だ。

 

「ほとんど音がしない」

 

山田がつぶやいた。

 

「こんな時間に外を歩くのって初めてかも」

 

虹夏ちゃんが笑う。

 

「僕もだ」

 

虹夏ちゃんが先頭を切って歩き出した。

 

「お姉ちゃん、もう寝てるかな」

「だったらラッキー。小言いわれないで済む」

 

山田の返事に虹夏ちゃんがジト目になった。

 

「どのみち朝に言われるよ。この前リョウが泊まった時、プリン勝手に食べたの怒ってたし」

「……泊まらずに帰ろっかな」

「おい」

 

カラオケ店から虹夏ちゃんのマンションまでは10分ほどだ。

僕たちは、歩きなれた路地をてくてくと進んでいく。

ビルの間を縫うように歩き、緩やかな坂道を上り、ふいに少し開けた通りに出た。

目の前に、真夜中の月が現れた。

さっきまでビルで見えなかった。

月は、下が欠けていて、雲でかすんでいたけど、僕はそれを美しいと思った。

 

「きれい」

 

虹夏ちゃんが空を見上げてつぶやいた。

どこか遠くで、深夜営業のバーだろうか、かすかに音楽が聞こえた。

耳を澄ませるとそれは、スティーリーダンのエイジャだった。

 

※

 

やがてマンションにたどり着く。

僕たちは地下のスターリーを尻目にエレベーターに乗った。

少し疲れていたのか、誰も話さなかった。

3階で降りて、虹夏ちゃんの部屋へ。

そっとドアを開ける。

 

「お帰り」

「「「ひゃぁ」」」

 

三人の声が重なった。

 

「お、お姉ちゃん、起きてたの?」

「一応な」

 

星歌さんが眠そうにあくびをした。

 

「ご、ごめん、遅くなっちゃって」

「まぁいいよ、あたしだって学生時代は好き勝手してたし」

 

そう言ってから、チラッと僕と山田を見る。

 

「ま、友達がいるのはいいこった」

 

そう言って、自分の部屋に行ってしまった。

 

「お、怒られなかったね」

「う、うん」

 

正直、ちょっとドキドキしていたから、ホッとした。

 

「虹夏、私のパジャマ出しといて」

「自分で出しなよもー」

 

山田に言われて虹夏ちゃんがパジャマを用意する。

常備されてるのかよ。

勝手に山田はシャワーを浴びに行ってしまった。

 

「服部君もシャワー浴びるよね?」

「え、い、いいの?」

「うん、もちろん。えっと、大きさ合うパジャマあるかなぁ」

 

たぶんお父さんのかな?

虹夏ちゃんが大きめのパジャマを探す。

 

「そういうと、お父さんは?」

「お仕事忙しくてほとんど家にいないんだ」

「そうなんだ」

 

ってことは、実質お姉さんと二人暮らしなのか。

 

「あ、これいいかも。はい、お風呂あがったら使ってね」

「あ、ありがとう」

 

女の子からパジャマを渡されるって、なんか変な気分になるな。

 

「改めてみると、服部くんって背高いね」

「え、170センチだから普通だよ」

「でもリョウより7センチも高いじゃん」

「そりゃ女子と比べるとね。虹夏ちゃん何センチ?」

「ひゃ、154……」

 

おぉ、やっぱり小さいな。

 

「いま身長低いって思ったでしょ」

「いやいや、小柄で可愛いなって」

「か、かわっ!? もー、変なこと言うの禁止―!」

 

虹夏ちゃんがぽかぽか叩いてくる。

おぉ、これが深夜テンションってやつか。

と、そんな風に虹夏ちゃんとしばらく雑談していると。

 

「いい湯だった」

 

山田が上がってきた。

いっちょ前に風呂上がりの濡れた髪をしているが……まぁ、山田にはときめきはしないな。

 

「じゃあ、服部君、入る?」

「先に良いの?」

「うん。というかその、男の子の前に入るのなんか恥ずかしいし」

 

そういうものなのか?と思いつつ僕もシャワールームへ。

こ、ここで毎日、虹夏ちゃんがお風呂に入ってるのか……って、いかんいかん何を考えてるんだ僕は。

邪念を振り払うように水で顔を洗った。

 

 

※

 

 

「あの、お風呂ありがとう」

「どういたしましてー。あ、ジュース置いてあるから飲んでね。私もシャワー浴びてくる」

 

そう言って、タオルと着替え片手にシャワールームに向かう虹夏ちゃん。

テーブルの上にいつぞやのリンゴジュースが。

至れり尽くせりだ。

コップを手に取ると、山田がひゅんと横にやってきた。

 

「服部、ドキドキした?」

「……何がだよ」

 

なんかニヤついてないか、こいつ。

 

「いや、好きな子の家のお風呂って男子的にどうなのかなぁと」

「す、好きって」

「違うの?」

「いや、その、まぁ。否定はしない」

 

なんかからかわれてるような気がするなぁ。

それにしても……。

僕は、軽く部屋を見回した。

さすが虹夏ちゃんの家だ。

清潔感があって整理されてる。

こう、かすかにいい匂いもするし……って、また変なこと考えちゃったじゃないか。

 

「おぉ、服部が変態的な目で部屋を見渡してる」

「ちがうからっ!」

 

思わずチョップする僕。

虹夏ちゃんの気持ちがわかってきたぞ。

 

「だ、男子に初めてぶたれた」

「ぶったようなレベルじゃないっしょ」

「およよよ」

 

演技がかってるなぁ。

 

「あ、そういうとさ」

 

急に山田が、真剣な顔になる。

 

「なに?」

「はむきたす、辞めようと思う」

「おい」

 

さらっと言うな。

 

「いいのかよ。人気出てたじゃん」

「うん、なんか、もういいかなって」

「いつ決めたの?」

「さっき、カラオケしてた時」

「そっか」

 

僕にはそれ以上の言葉が見つからなかった。

他人が何か重い決断をしている時、僕はいつも言葉を無くしてしまう。

慰めたい?

優しくしたい?

でも本当の気持ちは共有できないから、言うべき言葉は空白に溶けてしまうのだ。

 

「上手く何も言えねぇや」

 

僕がそういうと、山田は笑った。

 

「いいよ、別に言葉なんて大して役に立たないし」

「そっか。あ、ところで虹夏ちゃんには言ったのか?」

「まだ」

「なんで?」

「こういうの相談したら、虹夏は心配しすぎるし。気を遣わせたくない」

 

それは何となく、想像がついた。

きっと虹夏ちゃんはおろおろとして、何が正解なのか悩んでしまうだろう。

 

「お前なりの優しさってっわけか」

「そういうこと」

 

山田がドヤ顔をした。

なんかむかつくな。

っていうか、あとで「なんで相談しないのー」って言われそうだけど。

まぁいいか、山田のことだし。

 

「お待たせ―。いやぁ、いいお湯だったー」

 

虹夏ちゃんがお風呂を上がってきた。

うわっ、髪をおろしてる。

いつもはサイドで結んでいるから、すごく新鮮だ。

か、可愛いっ。

 

「ど、どうしたの?」

 

しまった、見つめすぎたか。

 

「あ、い、いや、その、髪おろしてるなぁって」

「あ、そ、そうだね///」

 

虹夏ちゃんが髪に触れる。

 

「寝るときはいつもこうだから」

「に、似合ってるよ」

「ほ、ほんと?」

 

って一体僕らは深夜に何を言い合ってるんだ。

 

「眠くなってきた。寝る」

 

山田があくびをして立ち上がる。

ある意味ちょうどいいタイミングだったかも。

 

「あ、そ、そうだね、ねよっ」

 

虹夏ちゃんも、山田について行った。

 

「あ、リョウはいつも私の部屋で寝てるから。えっと、服部君は……お父さんの部屋使う?」

「いや、それはさすがに申し訳ないから。リビングのソファで寝るよ」

「そう? 寝にくかったら自由に使ってね」

「う、うん」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

虹夏ちゃんが、山田と一緒に自分の部屋へ。

僕は、一人きりになった。

なんだか、あまり眠くなかった。

女の子の家に来て緊張してるってのもあるけど、今日一日が濃厚だったからかもしれない。

僕は、机の上に置かれたリンゴジュースをちびちびと飲む。

そしてなんとなく、詩を書き留めているノートをペラペラとめくった。

僕の出来損ないの詩は、気が付いたらもう17個も書き綴られている。

10分ほど、そんな風にしてぼんやりとしていただろうか。

 

「あっ」

 

虹夏ちゃんが、部屋から出てきた。

 

「服部君、まだ起きてたんだ」

「う、うん、なんか眠れなくって」

「えへへ、実は私も。だからちょっとお水飲もうかなって思ったんだけど」

 

すとんっと、僕の隣に腰を下ろす虹夏ちゃん。

ち、近い?

 

「そのノート、ファミレスでも開いてたよね」

「あ、え、えと」

 

気づかれていたのか。

 

「日記?」

「日記というか、その、う、詩」

「詩?」

 

恥ずかしい。

ポエマーだと思われちゃうだろうか。

でもなんとなく、虹夏ちゃんには隠したくなかった。

虹夏ちゃんが、小声でささやいた。

 

「見てもいい?」

「ど、どうぞ」

 

真夜中だから小声なだけだと思うけど、なんだかドキッとする。

 

「ありがとう」

 

虹夏ちゃんが、僕のノートを手に取る。

そして、パラパラっていう感じじゃなく、結構真剣に、読み始めた。

僕は、顔から火が出そうになった。

 

読み終えたのか、ノートをぱたんと閉じて、虹夏ちゃんが言った。

 

「服部君、いつか、歌詞を書いてよ」

「え?」

 

思わず僕は聞き返した。

 

「あ、その、えっと」

 

虹夏ちゃんが、もじっとする。

 

「もしも、もしもだよ」

「うん」

「いつか私が、バンドを組めたらさ。君の言葉で、歌を作りたいって思ったから」

「あ……えと……」

 

僕は、どう答えていいかわからなくて、それで一言だけ、言った。

 

「ありがとう」

 

その言葉は、真夜中のしじまにやわからく消えていった。

 

「あっ、もうこんな時間だ」

 

虹夏ちゃんがそっと立ち上がった。

 

「明日起きれないとだめだから、寝るね」

「う、うん」

「服部君、おやすみ」

 

虹夏ちゃんの指先が、そっと僕の手に触れた。

そしてすっと離れ、寝室へと帰っていった。

そのことが不意打ちだったので。

僕は、まだしばらく寝られなかった。

 

 

 

※※※

 

 

 

翌日、目覚めると良い匂いがした。

 

「あ、服部君おはよう」

 

見ると虹夏ちゃんが奥のキッチンで何かを作っている。

え、あれ?

僕たち結婚したっけ?

これって夢?

思わず頬をつねる僕。

 

「よく寝たー。ってうぉっ、お前そこで寝たのか」

 

星歌さんが起きてきて僕に驚いた。

 

「あ、すいません」

 

めっちゃ現実に引き戻された。

 

「虹夏、朝ごはん食べたい」

 

山田ももぞもぞと起きてきた。

 

「はーい、もうすぐできるよー」

 

エプロン姿で上手に卵焼きをひっくり返す虹夏ちゃんなのだった。

 

※

 

みんなで朝食を囲む。

虹夏ちゃんが作ってくれた卵焼きとホットサンドとサラダは、すごく温かい味がした。

 

※

 

それから僕らは、だらだらしたり、ゲームをしたりして。

お昼過ぎに、虹夏ちゃんのマンションを出た。

陽ざしを浴びた街は、キラキラと煌めいていて、真夜中のあの静寂とは対極にいる。

 

「昨日の夜とは大違いだ」

「あ、そういうとさ、交差点の近くのバー、あんな時間までやってるんだね」

「うん、びっくりした」

「エイジャがかかってたよね」

「そのあと、何が流れてたかわかった?」

「いや、わからなかった」

「わたしもー」

「かっこいい曲だったけどね」

「うん」

 

僕たちには、知らない歌がまだたくさんあるのだ。

駅までの距離をじゃれあいながら3人で歩いた。

ほんの数分のはずのその距離が、まるでピザの生地のように引き伸ばされて、僕は永遠じゃないかと思えてくる。

しかし、時間は残酷で、僕たちは駅に着いてしまう。

下北沢の駅舎が見える。

虹夏ちゃんと山田はこの街に住んでいるから、電車に乗るのは僕だけだ。

僕は、極力なんてない風に装って、言った。

 

「じゃあ、帰るね。泊めてくれてありがとう」

「うん」

 

鞄から定期を取り出し、改札を抜ける。

一人きりになると、ふいに恐怖が込み上げてきた。

家族のこと、家のこと。

まだ何一つ解決していない。

一瞬忘れられた恐怖のノイズが、僕を襲う。

けれど。

 

「服部くーん!」

 

虹夏ちゃんの声が、聞こえた。

 

「また一緒に、遊ぼうねっー!!」

 

改札の向こうから彼女が、手を振ってくれた。

その柔らかな声の残響が、僕の胸を満たしていく。

どんな素晴らしい音楽よりも、優しく力強く。

僕は力いっぱい、手を振り返した。

心臓がどきどきする。

この高揚感、まるでロックのリズムだ。

 

駅のホームへと階段を下りる間も、京王線のホームに立っている時でさえも。

その心地良い残響は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 











これで本編は完結になります。
ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございました。
ご感想やお気に入り登録、ご評価などに勇気づけられ、なんとか最終話まで書ききることができました。
虹夏ちゃんへの恋心や、山田との友達関係、そして家庭問題というノイズと、それらを包み込んでくれる人のぬくもりの残響と余韻、をテーマに描いてきました。
(結束バンド結成前夜といいますか、ざ・はむきたすの顛末もテーマの一つでした)

青春小説として、少しでも読んでくださった方の心になにかが残ったら、とても嬉しいです。
もしも、ご感想や叱咤激励のお言葉など、頂けましたら幸いです。

本当にありがとうございました!!
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