それから。
私たちは何度か同じ場所で会った。
会うたびに、燈は新しい石を見せてくる。
私はそれを笑顔で褒める。
ただそれだけでも、会話は少しずつ増えて、距離も少しずつ近づいた。
おかしい。
石って、こんなに人間関係を進める媒体だったっけ
――で、今日。
いつもの石タイム。
……のはずが、燈がやけに真剣な顔で、いい感じの石を差し出してきた。
かわいい。
真剣な顔で石出してくる中学生、かわいい。何それ。
石を拾う美少女が、癖になりそう。
余計な思考が入った。
あまり惚けてると、燈が困るので、急いで私もいい感じの石を渡してあげる。
「ありがとう。燈にはこれをあげるわね」
「…!これ…! いい…! かなちゃんありがとう…!」
燈の掌の上で、小石がきらっと光る。
石なんてそこらへんに転がってるのに、燈が拾うと"宝物"になるから不思議だ。
……というか、ここまでじゃないけど、私も前世はそういうタイプだった。
綺麗な石とか、レジンとか、シールとか。
キラキラした細かいものに、目がない。
だから当然のように同調してしまって、気付けば一緒に石を探していた。
で、いつの間にか普通に仲良くなっている。
(,……ほんと、私たちの関係、石で進展しすぎでは?)
石ライフがてら、雑談の流れで聞いたところ、ここは燈の家の周りのエリアらしい。
「いつもここで石を探してるの?」
「うん。こことか、あっちとか、学校の近くとか」
ほわほわしながら指を差して教えてくれる燈は、年齢以上に幼く見えて可愛い。
……ただ、そうなるとやっぱり羽丘も月ノ森もあるってことじゃん!って、脳内でツッコミが入る。
私は、全員にもっと幸せなルートを進んでほしい。
でも、下手に手を出していいのか。
ここは"物語"なのだ。
傷つきながら迷いながら進む方がハッピーエンドになりやすいんじゃないかという気持ちもある。
(ムジカ組はハッピーとも言えないんですけど!完全に続編待ちですわよ!)
知り合ってしまったら、もう出会う前には戻れない。
みんな、この世界で生きている。
……関わりたくもなる。
ストーリーが始まったとしても、私が本筋に入らずにサポートすれば、大丈夫だと思いたい。
そうすれば、"物語"は勝手に進む。
……進むよね? 進むはず。たぶん。
「かなちゃんも、家、ちかいの?」
「私もこの辺りよ。何気にアクセスいいのよね、この辺」
石を探しながらの雑談。
燈はいま、集中モードじゃないらしい。
拾った石をひとつひとつこちらに見せて、たどたどしく説明してくる。かわいい。
「この黒いのは……つるつる」
「うんうん、触り心地いいわね」
「こっちは……ひかる」
「角度で光るやつね! 分かる!」
会話というより、"共有"に近い。
燈が好きなものを見せて、私が「いいね」と返すだけで、空気が少し柔らかくなる。
……と、ふと。
気付けば燈が急に黙り込んだ。
ん、また集中モードかな?と思って、私はちょっとだけ覗き込む。
そっと横を見ると――
「……また、いっしょに、石探してくれる…?」
「へ?」
泣きそうな顔の燈がいた。
視線が揺れてるのに、逃げない。
こっちの呼吸まで止まりそうになる。
断れるはずもない。
というか、断る選択肢なんて最初からなかった。
音速で返事をする。
「もちろんよ。燈、こういう細かいものとかキラキラしたもの好きでしょ? 私も好き。だから、いいの見つけたら共有しましょ」
「……っ! うん! ありがとう!」
ぱっと満面の笑みになる燈。
あまりの可愛らしさ。眩しくなる。
この笑顔守りたい!!!
って叫びたいけど、燈が怖がるので、我慢した。
私は芸能人だから我慢できた。
芸能人じゃなきゃ我慢できなかった。
⸻
――数週間。
しばらくは、仕事と学校をこなし、空いた時間は燈と一緒にいる、というのがデフォルトになった。
予定表に書いていないのに、二人で過ごすのが当たり前になっていった。
燈は、興味が出たものにはひたすらハマって集める。
私もそういう部分があるし、何より楽しんでる燈を見るの自体が楽しい。
本当に、りっきーの気持ちがめちゃくちゃに理解できるな。
まだりっきーは燈にハマってないだろうけど。
……いや、時間の問題か。
そんな、かわいい燈に感化され、過去の趣味たちに再熱した私。
久々に今生でもレジンセットを買って、色々作ってるうちにドハマリ。
燈には感謝もあるし、喜ぶかなと思って、レジンと石を合体させたストラップをプレゼントしてみた。
そしたら、あげた瞬間から燈が異様なテンションに。
ずっと興奮して、一日中眺め、ことあるごとに「ありがとう」を口にするぐらい気に入ってくれた。
「かなちゃん、ありがとう……」
「うん、気に入ったならよかった」
「ありがとう……」
「うん」
「……ありがとう」
ありがとうの回数でこちらが照れる。
……むしろありがとうはこっちなのよね。
この世界で私と出会ってくれてありがとう。
あと、そういう可愛いのやられると嬉しすぎておかしくなってしまうので、やめてほしい。
⸻
そんな仲良しこよし、平和な日々を過ごしていた中。
さも当然みたいな顔をして、話が動き出した。
「初めまして。私は豊川祥子と申しますわ。燈さんのお友達とお聞きしております」
――はい来た。
私が、燈とまったりたい焼きをたべていたとき。
物語は、この世界における、もっとも運命と美少女を狂わせているファタールを差し向けてきた。
いや、言い方が強いか。
強いけど事実だから困る。
「初めまして、有馬かなです。それで、突然どういったご要件で…?」
直接交友のない私に、何の用だろう?
まさか「燈を誑かしてる」みたいないちゃもんを付けられることもないだろうし……。
「実は、燈さんをバンドに勧誘したのですが、私だけでは分からないから、あなたを交えてお話をしたいと」
「へ……!?」
前言撤回。軽率な自分の行動を呪った。
隣の燈を見れば、こちらを見て小さく「ぁぅ」とだけ言っている。
私がバンド結成前に燈と交友を持ってしまったから、頼られる形で巻き込まれてしまったようだ。
(やばい。私、石拾いしてたら物語の歯車に巻き込まれてる!?)
いまの自分に、考えることは多い。
これから、燈は沢山傷つくだろう。
私にも、大切な友達を、支えきれる自信もない。
――でも、私が決めることじゃない。
何より大切なのは燈の気持ち。それだけだ。
「燈は、どうしたいの」
「……わたし、バンドとかよく分からなくて」
精一杯の心の声。石を拾っているときとは、違う顔。
芯のある感情を秘めていた。
"分からない"は"嫌"ではない。
むしろ、入口の前で立って足踏みをしている。
「……私に聞かなくても、燈がやりたいならやればいいのよ。その様子だと、やりたいって思うきっかけがあったんだろうし」
(脳内で"人間になりたいうた"が再生される。
自分の知らない場所で名シーンが起きていた悔しさはあるけど、私が割り込める場面でもない。
……見たかったけど。燈と祥子の運命的な出会い)
「バンドをやることになっても、石拾い出来なくなるわけじゃないわよ。……まあ、そういう話でもないか」
精一杯、"私"からの言葉。
有馬かなじゃないときの、あなたの前の私の言葉。
燈は、感極まったように泣き出してしまった。
「……かなちゃん、ありがとう。わたしはまだ、わからないけどっ。さきちゃん、バンド、やりたいっ」
震える声からは、燈の心が、溢れていた。
そのまま、くしゃっと泣いてる燈への心配もありつつ。
頼られた嬉しさとか、見たことないCRYCHIC加入場面への感動で、私も凝視したまま固まってしまった。
部外者なのに、燈の成長イベントにこんなに関わってしまっていいのかな?
……あっ、こっち見てる。可愛すぎる。
もう私達は運命共同体ですわね(思考停止)
「その言葉をお待ちしておりましたわ」
止まった時を動かすような、凛とした中に柔らかさも感じる声音。
次に紡ぐ言葉を心待ちにしたくなるような、そんな声。
「そして有馬かなさん。あなたもギターを嗜んでいるとお聞きしました」
――それに、まさかの方向から刺された。
ギ、ギクーッ!!!!
ボーッと話してる時に燈にそんな話をしましたね。
そりゃ色々活かせるし楽器の練習はするじゃん!
私はここが何の世界か気付けていない時から、異様に芸能界でもガールズバンドの影響力を感じていた。
まあ、いま考えると当たり前よね。
バンドリ世界なんだもん。
なので、花形のギターをひとしきり触って練習をしたのだが…
そのとき、"演技"と同じで、才能として明確に"出来る"という感触があったのだ。
後々メディアミックスとか、色んなものへの可能性も広がるし、という理由メイン。
その他ストレス発散でかき鳴らしていた私は、いつの間にかプロ並みに弾けるようになっていた。
……今思うと、かなり運命に転がされている気がする。
「あなたの燈への暖かい言葉、それを聞いて決めました。私と、バンドをやりませんか?」
その言葉は呪いか祝福か。
言葉に込められた熱に浮かされた私は、歯車に巻き込まれるように――気付けば肯定の返事を返していた。
(……え? 私、いま「やる」って言っちゃった?)
⸻
「私がCRYCHICに入ってどうするのよ!流れでOKしちゃったけど!」
家で一人ごちる。というか愚痴る。
あの流れで、断れないだろあれは!
私がCRYCHICのメンバーになるの!?
空中分解して、その後も登場人物の根本にあるようなバンドに所属するの、ほんとに不安なんだけど!?
努力はする。
でも、私がいたところで、CRYCHICの解散は変わらないんじゃないか。
この際、愛音ちゃんは後で考えるとして。
祥子もああ見えて精神状態によってはコミュニケーションをシャットアウトするタイプだし。
あれだけ人当たりが良くて甘々ママのそよりんでも取り持てなかった時点で、入ったヒビを繋ぎ止める自信もない。
もちろん何とかできる部分は何とかしたい。
それでも、何か起こるだろう。
それが"物語"だから。
嫌だけど、せめて私なりに、精一杯やろう。
大好きだから。
食い入るように画面を見つめて、号泣しながらリピートしていた。
CRYCHICは普通のバンドじゃない。絶対に。
ただ、イレギュラーな私を組み込んだ物語は、原作を完全に逸脱して動き始めている。
もう乗りかかった船。
私が分かることは、回避できるよう心がけるしかない。
下手に動くと色んなところに支障も出そうだけど。
それにしても、不思議な感覚だった。
祥子に求められた時、本当に言葉が心に溶けていく感じがしたのだ。
だからきっと、
「あんなに惹かれるのは――私も、同じなのね」
⸻
――数日後。
あまりにも急すぎるそんな展開、私を含めたCRYCHICの集会の予定が決まった。
うだうだ迷っていても仕方ないし進むしかないと私も決行。
思ったよりも、各メンバーとの初対面はスムーズに進んだ。
「こんにちは、長崎そよです」
「有馬かなです。ギターを担当してます」
そよりんとの初めての邂逅は、特に滞りもなかった。
雑談もほどほど。そもそも私もそうだが、向こうも表面を整えるのが上手いタイプなのだ。
完全に当たり障りないキャッチボールをする回である。
問題といえば……
「この子は睦。幼少の頃からギターを嗜んでおりました」
「……よろしく」
「同じギターね。よろしく」
「(コクッ)」
この、多頭の怪物こと若葉睦である。
私が推しの子世界の人間だからか、それとも才能的に理解度があるからなのか、彼女に対してはラスボスとしか思えないほどの存在感を感じる。
隠してるけどなんなのそのオーラ。
その気になれば黒川あかねみたいなこともできるよね? タイプ似てるし。
好きに目を星にできるでしょ。人格バトルとか演技の才能とか、あなた本当にバンドアニメの人?
アニメを見ていた頃はモーティスや衝撃の事実を知るまでは普通に見れていたけど。
この世界では、私のセンスが若葉睦を巨星であると見抜いていた。
なになにこの滲み出してるやつ!?コワ〜。
これ、観察されたり、私が見抜いた上で意図的に普通に過ごしてるのとかも、
“ムツミ”としては本能的に察されてるんでしょうね。
心の汗がすごい。まあ、今は考えないようにしよう。
そして。
「椎名立希です」
「有馬かなです。よろしくお願いします」
私が性格的に同調しやすいりっきーの登場である。
"私"としての本能的に、本音仲間になりそうだなという印象だった。性格の相性いい気がする。
あと燈ファンクラブの同士として、何か感じるものがある。
……あ、神はちょっと毛色違うので席を外してくださる?
全員揃い、羽沢珈琲店へ。
扉を開けると、柔らかくて香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
席につき、周りを見れば、それぞれが性格通りの注文。
私には珈琲が運ばれてきた。
一口飲んで力を抜いて、目の前の仲間たちを見てから、ようやく"始まった"感じがした。
「かなちゃんってよくテレビ出てるよね?」
最初に声をかけてきたのはそよりんだった。
顔を見ればいつもの優しい笑顔。自分も緊張しているだろうに、この場の空気を少しでも和らげようという温かさを感じる。
(そよママ。好き)
「そうね。子役の時から。今はマルチタレントみたいなものになってるわ」
「すごーい! この前もドラマ出てたもんね」
「え、結構見てるのね…? なんか恥ずかしくなってきたわ」
「それね。夜中テレビつけた時に出てたの覚えてる」
「立希も見てるの…? 結構夜遅いのに…。最近は仕事のペースも減らしているからあんまりだけどね。まあ学業優先なのもあるし」
本当はそれだけじゃなくて、燈と石拾いするためだなんて言えない。
両親は私のしたいようにしてって方針でも、仕事の量減らしてなんかあったなとは思われてるだろうし。
ちょっと恋人出来たか気にされたりもしてる。そりゃ年頃の娘だし邪推もするか……。
どう考えても同世代の女友達と石を拾っているなんて思考は出てこないわよね。南無三。
「睦もお母さんが芸能関係よね」
「うん……みなみちゃん」
「お母さんを名前で呼んでるんだね〜」
その後、私の話からの流れで、立希の地雷であるお姉さんの話題を深掘りしなかったので、アニメより和気あいあいとした空気感になった。
初めて、マルチタレントやってて良かったかもしれない。
……と、そこへ。
「それでは、皆様。本日はお集まり頂きありがとうございます」
祥子が声を発して、全員の視線が集まる。
姿勢が正され、空気が締まる。
(来た。ここから"運命"の話だ)
みんなこの時点で"運命"という言葉に脳を溶かされている雰囲気がある。私も含めて。
本当にこの子は心に響いてくる言葉を使う。多感な時期にそんな事言われたら劇薬になってしまうでしょ。
そして、そのまま話は、燈の作詞へと転がる。
「燈は作詞の天才ですの!」
「え、えと……」
燈がワタワタしながらノートを前へと差し出す。
私はそれをできるだけ優しく受け取り、みんなの前で開いた。
「これよ。みんな、燈は天才だから」
もちろん、念を押すことも忘れない。
「ぉぁ……」
完全に状況にのまれて鳴き声しか発せなくなった燈の代わりに、私は間に立ってコミュニケーションを円滑にする。
燈は今日、緊張でほとんど喋っていない。
アニメ見てても分かるけど、燈が鳴き声を発してるだけでスタジオで歌うまでいっていたので、どう考えても祥子が押し強いのとフットワーク軽すぎるわよね。
「へぇ、こういう感じか」
「歌詞書いたことないから、書けるだけで凄いよ〜」
「……」
全員が燈の歌詞に心を揺さぶられてるだろう状況。
特にそよりんとか刺さりすぎてるだろう。
「それで、祥子はこの"人間になりたいうた"に、もう曲つけてるのよね?」
「えぇ。私は先に拝見して感銘を受けまして、その日にはもう」
「あんたも大概じゃない…」
完全に焼かれてる目で燈を見つめる祥子。
私も大概だけど、ほんと全員が全員めちゃくちゃな感情を向けあい過ぎてる。
幸せになって欲しいと、お互いが思ってる。
なんで、迷ってぶつかってしまうんだろう。
「それでは、皆様にお伝え出来たところで、今日のところはここまでで。明日以降のバンド練習についてはグループにてご連絡致します」
祥子の鶴の一声が響き、話は明日以降へと持ち越される。
メンバー全員、不安と期待を抱えて。
――私の"迷子集会"は、石拾いだけでは済まなくなった。