宿儺もどきはスローライフを夢見たい   作:表梅

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しれっ…!!!


では、三品目としよう

 

 

 

 

夜の街は静かだった。

看板も出ていない路地裏の一角。

暖簾の奥に炭の匂いだけが活気付いている。

 

俺がやってきたこの店内には三人しかいない。俺を呼び出した張本人であり、先に待っていた白いシャツに身を包んだ男──八木俊典こと平和の象徴オールマイト。その向かいに腕を組んで座るのは俺。そして無言で炭を整える店主の三人だけだ。

 

「高級焼肉店を貸切とは流石だな」

 

「君と来るんだ。これくらいの配慮は必要さ!」

 

オールマイトはテレビと変わらない様子で和かにそう言う。それに対して店主は何も聞かない、喋らない。この店主は確か先代OFAの志村菜奈から救われたのだったか…まぁ信頼できる相手だろうな。だからこそオールマイトはこの店を選んだとも言えるが。

 

網に置かれた肉は、まだ焼かれていない。

だがただ肉が鎮座するだけでも質が分かる。

霜降りだが脂は軽いように見える。

赤身の色が深く、それでいて繊維が細かい。

 

炭の上に置かれた瞬間、

脂が弾ける音は控えめだった。

焦げる前に、香りだけが立つ。

 

「ほう…いい肉だな」

 

「今日は私の奢りさ!それはそうとお肉、育てないのかい?君のことだから口煩いと思っていたんだが…」

 

「なんだ、金さえ出せば交渉相手には接待すらせんのか?」

 

「おっと痛いとこをつくね…これは失礼」

 

オールマイトはそう言って、

箸で肉を返した。

 

だが…この男、焼肉が何たるかを意外とわかってるじゃないか。

 

オールマイトは意外にも余計なことをしなかった。肉を網の中央ではなくわずかに火の弱い位置へ置き、炭の勢いを見て焼くというより預けるような手つきだ。

 

これは霜降り和牛の特性によるものだ。霜降りの和牛は強火に当てると脂が急速に流れて落ちる。だから中心からずらす必要があるのだ。ふむ…実に悪くない腕前だ。

 

次にオールマイトは片面を短く…脂が浮き始める前に一度返す。だが決して押さえず、箸先で転がすこともしない。

 

それは肉が持っている水分と脂の動きを邪魔しない焼き方。

 

「……ほう」

 

俺は思わず感嘆の声が漏れ出した。

 

口に入れると肉は噛む前にほどけた。

 

「これは──松阪牛だな。しかも部位はサーロインの芯寄り」

 

オールマイトが一瞬だけ目を瞬かせた。

 

「えぇ…よく分かるね」

 

「脂の甘さが直線的ではないからな。これは最初に来て途中で引く…松阪特有の融点の低さ由来のものだな。それに神戸牛ほど香りに振ってはいない。それでいて近江牛ほど赤身が主張しない」

 

俺は続ける。

 

「個体は雌か?ふむ…脂に角がない。それに甘さも柔らかいな。育ちもいいが〆も丁寧…雑味が出る前に処理されている」

 

オールマイトは肩をすくめた。

 

「君に料理では隠し事はできないね」

 

脂は甘く、舌に残らない。炭の香りが最後に喉の奥で静かに消えていく。

 

「……ふむ」

 

短くそう言うと店主は一度だけ、ほんの小さく頷いた。

 

だが…もっとだ。もっと俺に魅せてみろ。

 

次の皿が出る。

 

一目で分かる希少部位だ。

 

繊維に沿って無駄のない包丁が入っている。

筋を断ち、しかし決して脂を逃がさない様に火を通した瞬間に最も旨くなる形に設計されている。

 

「ザブトン…?違うな…これは肩ロースのさらに内側か」

 

俺は目を細める。

 

「火を入れる前提での切り方、脂が溶ける瞬間に繊維がほどけるよう角度まで計算されている…!」

 

魅せてくれたな店主!

 

ある種の芸術性すら窺えるその肉は、

この店主がここに至るまで積み重ねてきた研鑽そのものだった。

 

料理は雄弁だ。

語らずとも積み重ねた時間は隠せない。

 

「地元じゃ負け知らず…か。…フッ」

 

「何の話だい……?」

 

何かが違えば俺達はブラザーだったやもしれん。

 

だがその皿が目の前に置かれた直後、オールマイトが静かに俺の名を呼んだ。

 

「宿儺」

 

「…ッチ」

 

思わず舌打ちが出てしまう。なにせそのまますぐに焼いて口に運びたかったのだ。全く…余計な邪魔が入ったと言わざるを得ないな。

 

「そんな怒んないで欲しいなぁ…なんて。…ハハ」

 

若干引いた様子のオールマイトだったが、すぐに真剣な様子に切り替えて話を切り出してきた。

 

「君に頼みがある」

 

先ほどまでの親しみのある英雄の顔ではない。少し顔に影を落としながらオールマイトは静かに語る。

 

「言うだけ言ってみろ…この肉分くらいは聞いてやる」

 

「AFOの拠点の一つを見つけた」

 

ようやく本題か。

だが拠点という言い回しにわずかな含みを感じる。

 

「くどい…全てを話せ」

 

情報を小出しにされるのは面倒臭くてならん。

特に知っているはずのことを隠されるのは尚更な。

 

「ホント…隠し事はできないな…態々君に要請したのは勿論訳がある。実は公安が送り込んだスパイが悉く全滅した。こんなことは今までなかった」

 

全滅。その言葉の裏にはどれだけの死体が積み上がったのか。それがこの男にはどう言う意味か理解しているのだろう。

 

つまり…だ。次にコイツが言うことは一つだろう。今回の拠点には──

 

「AFO本人が待ち受けている可能性が高い」

 

店内が静寂に包まれる。だが悪くない緊張感だ。

 

「して…本題はなんだ」

 

「君に頼みたいのは取り巻きの掃討だ。私がサシで奴と相対する為の準備だよ」

 

「…AFOの始末を誰がやるべきか。なんだ、貴様も分かっているではないか。それならば…良いだろう」

 

精々骨があれば良いのだがな、俺はそんな言葉を続ける。

 

この八木俊典という男は口でこそ余裕を装っているが、そこにどれほどの重さを背負っているかくらいは俺でも垣間見える。この男がAFOと戦う理由は英雄としてだけではない、それに加えてオールマイトが抱くのは因縁の当事者としての覚悟だ。

 

「…正直意外だよ。何故君に救援を求めるのかは聞かないんだね」

 

探るような視線。だが、試す気配はない。この男はもう答えを持っている。ある種の答え合わせと言ったところか。

 

「どうせ俺が指名手配中に一度も捕まらなかった実力とかそんな理由だろう?」

 

「ハハッ…それもあるけどね。私は信じてるのさ!君がそう易々と無秩序な殺戮はしないっていう信頼だよ!」

 

信頼。その言葉が、わずかに耳に引っ掛かる。

期待でも評価でもない。理解したつもりの断定。

 

「くだらんな…他者からの信頼など」

 

そう吐き捨てる。だが完全に否定できない自分もいる。そしてそれを見透かしたようなオールマイトの態度が腹立たしいと感じて仕方ない。

 

「わざわざ夢だった店を一時的にとはいえ、他人に預けてる今の君が言っても説得力はないね」

 

「…甘さが芽生えたわけではない。無論、優しさが芽生えたわけでもな。ただ…生き方を選んだだけだ。俺は俺に合った身の丈で生きている」

 

それ以上でもそれ以下でもない。誇りでもなければ、言い訳ですらない。自分の道は自分で決めたというだけの話だ。

 

そこまで話して俺はようやく自分自身で肉を網に置いた。

 

「だが良いだろう。AFOとOFA…100年続く廻り巡る呪いじみた因縁を特等席で見てやる。精々足掻け」

 

 

 

 

オールマイトとの会談から二日が経った。誰が死んでもおかしくない決戦の可能性が微塵でもあるのなら、やはりタイミングは見計らいたいらしい。まさか人間の皮を被った狂人も命は惜しいのだろうか?

 

そんな思考を傍に、俺はいつもと変わらず厨房で包丁を入れている。

 

定食屋に凝った技はいらない。

だが手を抜く理由もない。

 

「宿儺、今日の小鉢はなに?」

 

「ひじきだ。量は控えめにするがな」

 

「こりゃまた渋い…」

 

そうナガンがぼやきながら食器を洗う。ナガンの動きは相変わらずいいが、どこか慎重すぎる。

 

暖簾の外で、仁の声がした。

仕分けにきた業者の対応だろう。

以前より声が張っている。

 

「…励んでいるな」

 

俺がそう言うと、ナガンが一瞬だけ驚いた顔をした。

 

「アンタって…褒めるんだな」

 

意外も意外。そんな表情だった。

 

「事実だ」

 

「ホント…昔と比べて変わったな」

 

とはいえ仁はまだまだ失敗もする。正直要領もいいとは言えんが、逃げようとしなくなった。

 

今はそれだけで十分だ。

 

昼のピークが過ぎ、客足が落ち着く。

ナガンがカウンターに肘をつき、ぼんやり外を見る。

 

「前に進める人ってさぁ…」

 

「なんだ?お前が言葉に詰まるのは珍しいな」

 

「仁もあんたも──」

 

レディ・ナガンは自嘲気味に笑う。

 

「ちゃんと“今”を生きてる」

 

俺は包丁を止めずに静かに聞き続ける。そしてナガンの声が少しだけ低くなる。

 

「私は……」

 

ナガンの言葉が続かない。

きっと指先が無意識に手袋の形をなぞっているのだろう。落ち着かない様子で、漸く口を開く。

 

「手が汚れてるって感覚が抜けない」

 

撃った数。奪った命。救えなかったもの。

 

「だからさ」

 

レディ・ナガンは罪人のような面持ちで、しかし故に笑った。

 

「せめてアンタが身構えてるナニカの助けになるのなら…もう一度──」

 

まるで銃身を撫でるように腕をさすったナガンをみて俺は包丁を置いた。

 

音は立てずにただ視線だけを向ける。

 

「ナガン」

 

名前を呼ぶ。

 

「……なに?」

 

「その先を言うな」

 

彼女は口を開いたまま固まった。

 

「そういう話は必要ない。ここは俺の店だ。俺の定食屋だ。故に俺の準備に理由を付けるな」

 

淡々と告げる。

 

「お前がここに立っているなら、今はそれで満足していろ」

 

ナガンの表情が、揺れた。

怒りでも、悲しみでもない。

 

「二つも年下のくせに…ズルいな」

 

「ふん…それが俺だ」

 

「あーあ…私だけ時が止まってるみたいだよ」

 

「止まっているのなら、それは前に出る為の準備期間だ」

 

ナガンは、目を伏せた。

しばらくして、小さく頷く。

 

「……うん」

 

「だが…進む決心が出来たのなら北を向け。決めるのはやはりお前だ。故に俺に解を求めるな」

 

外では仁が仕分けを終えて、こちらに手を振っている。

 

それに対して俺も軽く手を上げるだけ。

 

それがこの定食屋の日常だ。

 

 




感想ありがとうございます!
返信はしていませんが、ありがたく舐め回すように見てます!
一応あと二話分のストックがあるんですが、どうにも飯テロ出来なく苦しんでます。

え、遅れた理由?
しゅ、就活ってことにしといてください…まだ終わってないけど!

新しい話を投下できるなら、たまには飯テロなくても

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