外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第19話 ― 操り人形の反逆

 

「……っ、人間だったら、ノックアウトだったんだけどな…」

 

左右のワンツーを打ち込んだ拳がしびれと痛みを訴えている。

曖昧な表情のアリスを背に、再び立ち上がった野獣人形と対峙する。

顔面のひび割れから覗く木肌が、まるで剥き出しの筋肉のように見える。

気味悪がって、去り始める見物人も出始めているが、

演劇の演出なのか?実害のある危険なのか?判断しかけているようだ。

 

(パニックになったらまずいか?)

 

すし詰めというわけではないが、ドミノ倒しになるかもしれない。

 

「はい、は~い。お人形の解体作業をしますので、皆さん、離れてくださ~い」

 

明るく振舞うまましろの声が響き、

それに続く観客たちの落胆とも不満ともつかないようなざわめき。

 

左右を見回していた野獣人形の顔がはっきりとこちらを向いた。

 

呼吸を細く、軽くステップを刻む。

 

振り回された野獣人形の拳が空を切った。

 

半歩踏み込んでからの、リバーブロー。

――板を叩いたような手応えだけが返る。

 

首を跳ね上げるようなショートアッパー。

踏ん張りを失ったように、再び野獣人形が仰向けに倒れた。

 

拳には熱い痛み。

バックステップで間を取りながら、拳を解いて手を振る。

 

「玄ちゃん、これを使うでござる!」

 

視界に入って来たまましろが何かを放った。

反射的に掴んだそれは、冷たい金属の感触――

 

「……品揃えがいいな」

 

4つの指穴が開いた金属製のプレート。

古臭い漫画に出てくるメリケンサックである。

指を通している間に、人形が立ち上がる。

 

(…ん?…動きが)

 

鋭い左ジャブ。

風を切る音を響かせて拳が引かれると、

右拳が構えられている。

 

(最初に打ち込んだ。ワンツーか?!)

 

頭の沈めるダッキング。

こちらの動きをトレースしたような、野獣の右ストレートに合わせて、

オーバーハンドの打ち下ろしで首の繋ぎ目を狙う。

部品と部品が干渉しあう妙な手ごたえ。

しかし、一撃で破壊するには至らない。

 

体一つ分のサイドステップを踏む。

 

服を引かれるような感触が、左わき腹を通り抜ける拳を教える。

 

顎をわずかに引くと、鼻先を拳が通り過ぎて行った。

 

空振りをした相手に、ワンツー。

警告や減点を無視して、喉と心臓を狙う。

 

左に先ほどよりも揺れる感触と、芯を捉える重い感触。

 

(…どうだ?)

 

一瞬、人形の動きが止まったに見えたが……。

 

頬を擦る拳を躱して、野獣を中心に円を描くように動く。

位置を変えながらジャブを数発。

野獣は体を抱くように腕を交差させ、心臓を守った。

 

先ほどより近い位置で、まましろの声がする。

 

「心臓の位置に、CPU、演算回路、術式、魔法のコア、そんなものはないでござるか?」

 

ついでにふらつく足音が二人分聞こえてきた。

 

野獣は一息も置かずに、同じ足さばきを開始した。

すると、野獣を中心とした円の動きから、互いの中間を中心とした円の動きと変わる。

 

(ステップワークもか…)

 

とたんジャブが当てにくくなり、油断するとこちらがジャブをもらいそうだ。

 

「玄ちゃん、ハートブレイクでござる。コークスクリューで、こう!!」

 

(簡単に言うな!)

 

おそらく、アリスから弱点になる場所を聞き出したのだろうが、

相手に同じ手は通用しそうにない。

 

(じゃあ、逆に…)

 

基本に忠実なワンツー。

野獣はジャブをいなし、頭を沈めて躱し……。

 

(かかった)

 

野獣がオーバーハンドを被せようと上体が前に出てきた。

あえて少し短く打った右と、下半身はすでに引き絞られている。

 

耳をかすめる拳をそのままに、相手の勢いを利用して心臓に右拳を置きにいく。

 

先ほどよりも遥かに重い反動!

 

 

 

 

 

(くっそ!)

 

左の腕を引き寄せて心臓を守る。

 

ズシン!

 

という衝撃と共に左腕が痺れた。

 

さすがに危険を感じ取った観客たちから悲鳴が上がった。

逃げ出す足音や、

 

「先生を読んで来い」

「尼さんの方だろ!」

 

という、怒鳴り声も聞こえてきた。

 

(指は!動く。腕!完全には折れてない。)

 

だが、鋭いジャブはしばらく無理だ。

 

右手に残る感触からして、全く無駄だったわけではない。

少なくとも人形の構造にヒビなり、ダメージは入った感触はあった。

 

(だが、あと何発必要だ?)

 

よくて、あと一発。

三発以上必要ならその前にこちらの手札が確実に切れる。

野獣はこなれた仕草で弾むようにリズムを刻んでいる。

こちらも息を整えて覚悟を……。

 

「……どいてくれ」

 

声の届いた周囲のざわめきが、静まった。

 

「懸命に学習しているモノの歴史を消すのは気が引けるのだがな……」

 

その言葉と共に、巻物のようなものが野獣を取り囲んだ。

 

「学ぶことは明日を創ることだ。

 だが、お前が創ろうとしている明日に、この里の居場所はないようだ。

 ……その学習の成果、私が歴史ごと飲み干してやろう」

 

その言葉と共に、巻物が朽ちてちぎれ始めた。

合わせるように野獣の動きが、何をするのかを忘れてしまったように、ぎこちなくなっていく。

 

とっさに、体が動いてくれた。

ひたすら、ワンツー、ワンツー。

もっとも基本の連携を心臓に向かって叩き込む。

 

板を割るような音と共に、胸板が割れ、

拳がめり込む。

 

野獣がビクリと震えて、

 

 

 

……仰向けに倒れた。

 

 

 

深く息をついて。

じりじりと後退する。

と、まましろが口を開いた。

 

「やったで、ござるか?」

 

「…それ、言っちゃいけないフラグだろうが…」

 

かろうじて軽口を返す余裕が生まれた。

 

 

 

 

が、

 

 

 

ガクガクと人形が震えだした。

関節という関節が、人間には不可能な回転をして立ち上がろうとしている。

 

「ほら、見ろ、余計なこと言うから!!」

「うぇえ、玄ちゃんの方が怪しい言葉だったではありませぬか!!」

 

互いに言霊の責任の押し付け合いをしていると……。

 

「ハイハイ、どいて、どいて!」

 

袈裟のような衣装の尼さんが、僅かに口角をあげながら広場へ躍り出る。

弾んだ声で言い放つ、

 

「南無三!」

 

空からは巨大な拳が降って来た。

 

ドン!

 

それは音というより衝撃だった。

耳で捉えるよりも、骨に響く振動が振り下ろされた拳の強さを教えた。

が、拳は用を済ませると煙のように消えてしまった。

まるで実体のない雲のように……。

 

野獣人形は、幹線道路に落ちたプラモデルのようになっていた。

 

わぁ!

 

と、歓声が上がった。

やんや、やんやという賞賛が向けられ、

尼さんは輪の形をした法具を構えたまま、一拍遅れて、わずかに目を丸くした。

――が、

 

「さすがは命蓮寺だ」

 

という言葉が飛んでからは、口元をわずかに緩めていた。

 

「やれやれ、肝心なところを一輪ちゃんに持っていかれてしまったでござるな」

 

そっちのけになってしまっていると、まましろが声をかけてきた。

 

「どうでもいい。それより、アリスって言ったっけ、あの人は?」

 

「ああ、鈴仙ちゃんが見てくれているでござる」

 

振り向くと、先ほど薬を買った薬屋八意の店主が、アリスの意識レベルの確認を行っていた。

結果を確認すると、小さな紙包みから薬を取り出し、アリスに飲ませようとする。

 

「ちょい、ちょい。脳震盪の相手に経口薬はまずいでござる!」

 

まましろが慌てて言うが、赤い目の店主 鈴仙は不機嫌そうに、まましろとこちらを一瞥した。

 

「これは脳圧安定剤よ。少しは知識があるようだけど……。

 素人は黙ってなさい」

 

そういって、店主はアリスに薬を飲ませてしまった。

 

「主人のバイタルサインがおかしくなったら、私か師匠を呼びに来なさい」

 

店主はアリスの人形の中で上質な服装をしている人形に向かって言った。

はた目から見ると、ジョークか奇行に見えるのだが、

レコードのハンドルを回していた人形が心得たといわんばかりに手を振って見せた。

 

「とりあえず、ひと段落かね」

 

騒動を見ていた里の者たちに持ち上げられ、

そのまま酒盛りの山車にされそうになっている尼さんを見ながら言う。

すると、慧音がこちらを睨んだ。

 

「おまえも腕を見てもらえ」

 

「いや、このくらいは…」

 

「…見てもらえ」

 

子供を叱る教師そのものの口調で詰められ、鈴仙の方を見ると、

教師の指示で仕方なく対応する保健委員といった様子。

ゆっくりとした深い瞬きをしてから、こちらに対して手を差し出した。

 

腕まくりをして、打たれた部分を差し出す。

腕を掴んで引き寄せた、鈴仙は眉を少しだけあげた。

 

「うまく三頭筋で受けたのね。これなら確かに大したことなさそう」

 

言いながら、小瓶に入った薬をハンカチサイズの布に含ませると、

打たれた患部に押し当て、三角巾を巻きつけた。

そして、再び手を差し出す。

 

「……ふう」

 

ため息をついて財布を出そうとすると、違う声が割り込んだ。

 

「私が払うわ」

 

耳心地の良い声が、わずかにこもっている。

自分の人形が暴走させたことを悔いているのか、自尊心が傷ついたのか……。

 

(両方だろうな……)

 

となると、遠慮なく奢られた方が向うも気が楽だろう。

薬の勘定をアリスに押し付けると、上等な人形が硬貨を鈴仙に渡した。

 

「……助かったわ」

 

アリスは鈴仙から視線を外さぬまま、短く言った。

続けてこちらに視線を向ける。

 

「私の人形が怪我をさせたこと、謝るわ」

 

「……気にするな。こっちもいい運動になった」

 

「そう。……次は、もっと『完成された』ものを見せてあげる」

 

アリスは上等の人形に手を引かれるようにして立ち上がった。

慧音がアリスに尋ねた。

 

「お前ほどの物が、人形を操り損ねるとはな…。原因は…?」

 

「あの子に施した自立制御に異常があったとしか……」

 

言いながら、アリスの視線が巨大な拳に潰された野獣人形に向けられた。

 

「あの子の復元するまでは、正確にはわからないわ」

 

「…ふむ、では申し訳ないがそれができるまでは、人形劇の興行を自粛しておいてくれ…」

 

「ええ、こちらもそのつもりよ」

 

二人の会話に被った笠の位置をしきりに直しながら、鈴仙が上ずった声で口を開いた。

 

「……アリス…さん、できれば……三日は静養してほしいのですけど……」

 

「人形たちに指示を出すだけよ。それなら問題ないでしょ」

 

「ああ、はは、それなら問題ないですね~」

 

愛想笑いを浮かべたまま、それではこれでと自分の店へ引き返していく。

 

(……態度違うな。偉い人と話すのは苦手なタイプか?)

 

逃げるように引き返す鈴仙を見て、そう思っていると、

 

「さあ、ひとがはける前にいくでござるよ。玄ちゃん」

 

「げ、ほんとにやるのかよ」

 

「さて、荒事はここまで! 命蓮寺の一輪殿による豪快な厄落としの後は……」

 

まましろが、まるで最初から台本があったかのような調子で、まだ煙が漂う広場の中央に躍り出た。

 

「皆さん、火を熾すのに苦労したことはございませぬか?

  腕が痛くなるまで仰ぎ、煙に巻かれ、結局付かない……。

 そんな悩み、この『次世代型燃焼促進器(チャコスタ)』が解決するでござる!」

 

 

 

実演販売という名目でチャコスタとの火おこし勝負をさせられ、

暇つぶしはできたが、休暇にはならない一日だった。

 

 

 

……チャコスタはそこそこ売れ、勧工場でも販売することが決まったらしい。

 

 

 




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