犬とお姫様   作:DICEK
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だからこそ、鶴見留美は目をつけられる

「一応、言うだけ言っておきますが、小学生に手を出すってのはどうなんですかね」

「珍しいね。八幡がいきなり私に意見するなんて」

「一番最初じゃないと意見できないということを学んだもので……」

 

 視線を逸らしながら八幡は言うが、自分の抵抗が形だけのものであることは本人が一番理解していた。陽乃がやると言えば、大抵のことはそのまま受け入れてしまう自負があるし、陽乃も、何か言われた程度では自分の行動を曲げたりはしない。

 

 八幡としては行動に移す前に飽きてくれるのが一番平和で良いのだが、キャンプの合間に小学生に目につくように集合をかけたあたり、相当ヤル気になっているのは間違いない。今さら一言二言言われた程度では、陽乃の気持ちは変わらないだろう。

 

「まぁ、八幡が何と言ってもやるけどね。無駄だって解ってるのに意見して……かわいい」

「褒め言葉と解釈します。それで、ぼっちになってた女の子をどうこうしようってことで良いんですよね?」

「そうだね。クラスの人気者は無理でも孤立しないようにしてあげたいの」

「それはまた優しいことで」

 

 八幡の言葉には、少なくない驚きも込められていた。

 

 陽乃はその他大勢の人間のことなど、路傍の石程の関心も持たない。大事な人間とそうでない人間の区別が、常人よりもはっきりと付いているのだ。今日会ったばかりの小学生など、人間と認識しているかも怪しい。件の少女が孤立して見えたのは事実だろうが、あの陽乃が態々時間を割くような事例にも思えない。

 

 理解の色が浮かばない八幡を見て、陽乃は笑みを浮かべた。出来の悪い生徒を前にして教師のようなその顔は、実に嗜虐的な雰囲気に満ちている。

 

「あれー、本当に解らない?」

「恥ずかしながら。答えを教えてくれると助かります」

 

 ポーズで降参の意を示す八幡に、陽乃は顎に指を当てて考えた。大抵の場合、自分で考えろと突き放された挙句、かなり勿体ぶられた末に答えを教えられるのだが、

 

「そう? なら教えてあげる」

 

 今回は違った。言いたくて仕方がないという顔をしている。陽乃がこういう顔をする時、出る話題は一つである。

 

 陽乃はスマホを操作して、画面を八幡に見せた。昔の写真をデータ化したものだ。どこかのパーティだろうか。中央には着飾った二人の少女がいる。片方は陽乃だ。周囲の大人と比較して、おそらく小学生くらいだろう。目も覚めるような華のある美少女で、写真ごしでも解る圧倒的な存在感は健在である。

 

 そして隣にいるのは、写真の状況を推測するに雪乃なのだろう。隣の陽乃に顔立ちも似ているし、今の雪乃と比べても十分に面影があるが、その雪乃を見て、八幡は別のことを考えていた。

 

「あぁ、雪乃に似てるんですね。あの子」

 

 孤立していた少女は、幼い頃の雪乃によく似た面差しをしていた。無論、瓜二つという訳でもない。度合で言えば陽乃の方が近いが、他人でここまで似ているのならば十分そっくりと言える。この雪乃と並んでいれば、あの少女も姉妹と勘違いされたに違いない。

 

「雪乃と似てるから助けるんですか?」

「それが一番の理由かな。私が他人を助けるなんて、そんなものだよ」

 

 あの陽乃が世界一かわいいと公言して憚らない愛する妹だ。それに似ているというだけで、陽乃からすれば十分に救うに値する。これだけでも陽乃にとってはかなりの特別対応だが、当然のことながらあの少女は雪乃本人ではない。特別対応と言っても最後まで面倒を見るつもりはないだろう。

 

 手を差し伸べるのはきっと、このキャンプの間に一度だけだ。

 

 それでどうにもならなければ、陽乃は何のためらいもなくあの少女を切り捨てる。陽乃が手を貸すのだ。どうにかする自信があるからそれを口にしたのだろうが、仮に失敗したとしても彼女は気にも留めないだろう。愛する妹に容姿が似ている程度では、少し手を貸す以上の関心を得ることは難しい。

 

「さて、あの娘の情報ね。名前は鶴見留美。小学校六年生で家族構成は両親と本人。一人っ子みたいね。最近は特に仲良くしてる友達はなし。というか、軽いいじめにあってるみたい。隼人の班だったかな。女の子が三人いたでしょ? あのグループがやってるみたいよ」

「いつの間にそんな……」

「信頼されるってのはこういうことだよ? 私には簡単。でもさ、皆本当に口が軽いと思わない? 特殊詐欺がなくならない訳だねー」

「その時は俺を受け取り役とかにしないでくださいね?」

「使うならもっと重要で大変な役回りで使うから安心して? 受け取り役なら、今日あった中では戸部くんとか良いんじゃないかな? あの子がやることなら、裏があるとは誰も思わないだろうし。それで、留美ちゃんの話だけど、八幡みたいに最初からぼっちだったらこんなに情報は広まらないね。どの辺りまでかは解らないけど、途中までは普通に過ごしてたみたいよ」

「人間、些細な切っ掛けで関係も環境もがらりと変わるもんですからね。俺も経験があります」

 

 八幡の場合、人生最大の転換点は些細でも何でもなかった。振り返ってみれば、よくプレッシャーに負けずに登校拒否にならなかったものである。そうならないように陽乃が誘導していたのかもしれないが、それにしても、中学までの自分を振返ってみると、陽乃に喰らいついていけたのは、奇跡とさえ言える。

 

「私のことを考えてる顔してる。ねぇ、あの時私に声をかけられて、何て思った?」

「運命は感じませんでしたね、残念ながら」

「ここは嘘でも運命でしたって言うところじゃないの?」

「俺が運命でしたとか言ったら、どうしてました?」

「キモいって笑ってた。八幡にはそういうかっこつけは似合わないよ」

「俺だって、たまにはかっこつけたいと思う時くらいはあるんですよ。一生に一度くらいだと思いますが」

「プロポーズの時くらい?」

 

 陽乃にとって、それは何気ない問いだった。一生に一度という言葉から連想した言葉を、何も考えずに口にした結果、しかし彼女は思わぬ羞恥を味わうことになった。ここにいるのは年頃の一組の男女で、恋仲である。結婚するなどお互いに、まだまだ先のことだと思っていたが、陽乃はいずれ確実に、八幡の方はそのうち何となく結婚することもあるだろうと考えていた。

 

 男女の間のことである。将来、隣に立っている人間が今隣にいる人間とは限らない訳だが、現状、特に問題を抱えていない間柄ならば、順当にこの関係が続けばいずれそうなる、というイメージを何となく想像することくらいはあるものだ。

 

 八幡の方は将来像と一緒で漠然と、何となく想像したことがある程度だったが、陽乃の方はそうではない。他の人間の関心のなさから言えば、八幡と妹雪乃に対する執着は狂的とさえ言える。その狂的な感性から言えば、女の子が生まれたら名前は陽華にしたいと希望を持っているくらい、当然過ぎるくらい当然のことだったが、眼前にいる男性は、この世で最もそれを秘密にしなければならない存在だった。

 

 雪ノ下陽乃は、自分が他人にとってどの程度価値があるのかを良く理解していた。その明晰な頭脳によれば、恋人は自分の『完全で完璧なところ』に最も好意を持っていると分析していた。年頃の少女のような反応というのは隙でしかない。

 

 実は年頃の少女のように照れているのだということを顔に出さないように、笑顔の裏に努めてその羞恥を隠す。

 

「もし私にプロポーズをする時は、膝をついてかっこつけたりしないでね? 真面目な場面で笑ったりしたら、八幡が傷ついちゃうから」

「その時は、よくよくセリフを考えて求婚させていただきます」

「うん。期待しないで待ってる……で、何の話だっけ? 今度一緒に行く旅行の話?」

「あの女の子をどうにかするんでしょう?」

 

 八幡は呆れた様子で、小さく溜息を漏らした。陽乃は既に飽き始めている。やらないで済むならそれで良いような気もするが、察するに、ここで先に手を打っておかないと不味いことになる。どっちの場合も不味いに違いないが、より被害が少ない方はどちらかを考えるなら、陽乃が一人でやる方がまだマシに思えた。

 

「自分で言い出したこと、忘れないでくださいよ」

「ああ、そうだったね。八幡と話してたら、どうでも良くなっちゃった。実は八幡が一人でやりたいなら、私はそれでも良いけど、どうする?」

「小学生とは言え女子ですからね。俺一人だと手に余ります。もたもたしてる内に、俺を含めた高校生連中で何とかすることになるでしょう。それは陽乃も、好ましくないと思うんですが?」

「雪乃ちゃんたちの手腕を見てみたい気もするけど、今この時に限って言うなら、あの子のことは私の方が上手く面倒みられると思うんだよね……」

「どうします? 明日の朝には作戦会議が開かれると思いますよ?」

 

 高校生組の内、敏い連中は留美の扱いに気づく。集団の中で少女が孤立しているのだ。姫菜以外はきっと、何とかしてやりたいと思うに違いない。また、集団の主導的立場である隼人と雪乃は、その考えを実行に移そうと提案するタイプだ。実際、留美の状況を改善するに有効な手段を思いつくかは別にして、行動することそのものは、高校生組の間で前向きに考えられることになるだろう。

 

 その場合の成功する確率は未知数であるが、相手を慮った案が採用されるに違いない。

 

 だが、相手のことを考えた案が相手にとって最も良い結果を生み出すとは限らない。陽乃は相手のことなど考えもしないだろうが、その手段を問わないというのであれば、不特定多数が含まれた人間関係を操作することにおいて、陽乃の右に出るものはいない。

 

 孤立している今の状況を楽しめるようなら別に手を出す必要はないが、八幡の目から見ても、留美は寂しさを感じているように思えた。

 

 孤独に慣れるには時間が必要で、留美はまだ小学生。孤立したばかりというのなら、余計に寂しさを感じている時期だ。人間には友達が必ず必要だと言うつもりはないが、孤独を愛することができないならば、それを埋める手段はどうしても必要になる。

 

 問題は、終わり良ければ全てよしとする陽乃と、結果は当然として手段にも拘る雪乃の確執だ。陽乃と雪乃。八幡から見てどちらを取るのかなど考えるべくもないが、陽乃にとって雪乃は最愛の妹だ。あれで仲は悪くないようだし、姉妹仲に恋人とは言え口を挟むべきではないのかもしれないが、姉妹喧嘩の要因になりそうなことは、聊か看過しにくい。

 

 これが原因で仲がこじれるようなことがあったとしても、陽乃は恨んだりはしないだろう。むしろ、その状況を楽しむくらいの余裕はあるが、雪乃はそうではない。一人暮らしを勝ち取り、普段は大学に行っている陽乃は、雪乃と顔を合わせる機会は以前ほど多くはないだろうが、八幡は基本、毎日学校で顔を合わせる。

 

 部室にいる間、ちくちくと嫌味を言われるようになったら……実を言えば、それはそれで望むところではあるのだが、腐った精神をお持ちの同僚に、ネタを提供することもない。小説の中とはいえ、TSした雪乃とあれやこれやというのも抵抗がある。今後の安定した学校生活のためにも、問題はできるだけ早く片づけた方が良い。 

 

「一人でいるところを狙って、声をかけてくるね。すぐには効果は出ないと思うけど、雪乃ちゃんたちが動くようなことにはならないと思うけど」

「目につくように陽乃が動けば、あっちはあっちで動くような気もしますが」

「即座に邪魔はしてこないと思うよ。様子見してる間に効果が出れば、文句も言ってこないんじゃないかな」

 

 外堀は全て埋められている。後は行動に移し、結果を出すだけだ。実行役の陽乃は既にやる気になっているし、八幡にはもう止める手段はない。

 

 

 

 

「……お手並みを拝見させていただきます」

「たまにはご主人さまらしいこともしないとね?」

「陽乃がご主人様らしくなかったことなんてありませんよ」




タイトルに名前が入っていたのに登場しないとは初めてかもしれませんごめんなさい




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