転生したら博麗霊夢(自殺未遂)だった件   作:敵ゆん

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第6話 夜の出来事

 数日が経った。

 

 正確に言えば、そう感じるだけの時間が流れた、というべきかもしれない。

 永遠亭での生活は、日付や曜日といった概念を必要としない。

 朝になれば起こされ、決められた時間に食事を摂り、体調を確認され、軽い雑務をこなし、夜になれば布団に入る。

 それが、淡々と、滞りなく繰り返される。

 

 変化はない。

 あるとすれば、『治療戦線異状なし』という事実のみである。

 

 廊下の掃除に、薬草の仕分け、あとは簡単な配膳の手伝い。

 最初の頃は、それら一つ一つが新鮮だった。

 体をガッツリ動かすこと自体が久しぶりで、役割を与えられている感覚が、少しだけ気を紛らわせてくれた。

 

 だが、人は慣れる。

 箒を動かす手は迷わなくなり、薬草の札も自然と目に入る。

 間違えない。

 躓かない。

 問題を起こさない。

 

――良い兆候だ。

 

 そう評価されているであろうことは、なんとなく分かる。

 誰かが明言したわけではない。

 だが、検査の"圧"が減り、視線の緊張が僅かに緩んだのを、俺は見逃していなかった。

 

 代わりに、退屈が戻ってきた。

 

 何も考えなくても手が動く時間。

 先の見える一日。

 今日と明日の違いが、ほとんど存在しない感覚。

 

 ぼんやりと廊下を拭きながら、思う。

 

――この生活は、いつまで続くのだろう。

 

 いや、違う。

 本当はこうだ。

 

――"終わる"とは、誰が決めるのだろう。

 

 その疑問は、すぐに意識の底へ沈めた。

 考えすぎは良くない。

 そう教えられてきたし、実際その通りなのだろう。

 

 今は回復に専念する時期だ。

 余計なことを考えず、今日をきちんと終わらせる。

 それが最善だと、皆が言う。

 俺も、そう振る舞っている。

 

 箒の先が、畳の隅で小さく止まる。

 埃は、もうほとんど残っていなかった。

 

 俺は一度だけ深呼吸をしてから、何事もなかったように作業を続ける。

 今日もまた、問題のない一日が始まっていた。

 

 一通り清掃を終えると、今度は鈴仙と共に薬庫へ向かう。

 今日は鈴仙が里へ薬を卸しに行くため、調薬を整理するのだ。

 

 必要な材料を揃え、分量を確認し、箱に詰める。

 何度も繰り返してきた流れだった。

 

 永遠亭の薬庫は広い。

 されど雑然としている印象はない。

 

 棚の前に立ち、木箱を引き寄せ、札を確認し瓶を並べ替える。

 淡々とした作業の中で、薬が放つ独特の臭気に囲まれながら、意識だけが別の方向へ逸れていく。

 

 棚の奥に手を伸ばした時、指先に紙の感触が触れた。

 

 瓶でも、布でもない。

 明らかに書類の束だ。

 

 俺は一瞬動きを止め、鈴仙の位置を視界の端で確認する。

 彼女は別の棚で作業をしていて、こちらを見てはいない。

 

 そっと、紙束を引き抜く。

 

 それはなかなか薄い冊子で、表紙には簡素な文字で何かが記されていた。

 内容までは分からないが、いつもの薬品の札とは違う。

 格子状に線が引かれてて、枠組みの中に所狭しと文字が詰め込まれているそれはまるで――

 

――名簿?

 

 心臓が、わずかに跳ねた。

 

 直感だった。

 確証はない。

 だが、これは"見せたくない類のもの"だと、身体が先に理解している。

 

 俺は反射的にそれを細かく折り、さらしの内側へ滑り込ませた。

 

 作業はそのまま続行された。

 何事もなかったかのように、いつも通りに振る舞った。

 

 だが、心の内では別の時間が流れていた。

 

 早く、夜になれ。

 それだけを考えていた。

 

 

――

 

 

――

 

 

 

 そして迎えた夜、部屋は静かだった。

 

 障子越しに、淡い月明かりが差し込んでいる。

 

 布団に入ってから、どれくらい経っただろうか。

 呼吸を整え、眠っているふりをする時間が、やけに長く感じられた。

 

 鈴仙の寝息が隣から聞こえる。

 規則正しく、穏やかで、乱れがない。

 

――寝ている。

 

 そう判断して、ゆっくりと体を動かす。

 

 布団の脇に置いてある巫女服。

 そこに、昼間忍ばせた紙束がある。

 

 音を立てないように、慎重に手を伸ばす。

 指先が布に触れ、内側を探る。

 

 あった。

 

 名簿を引き抜き、そろりそろりと布団の中に引き入れる。

 紙の感触が、やけに生々しい。

 

 だが、すぐに問題に気づく。

 

――暗すぎかぁ……!

 

 灯りはもうとっくのとうに消している。

 かといって、今火を点ける訳にもいかない。

 

 仕方なく、月明かりを頼ることにした。

 障子の方へ体を向けようとして、寝返りを打つ。

 

 その動きで、自然と鈴仙の方を向く形になる。

 

 そして。

 

 目が合った。

 

 鈴仙は、起きていた。

 

 赤い、完全に覚醒した目で、一切の揺れなくこちらを見ていた。

 驚きはない。

 寝起き特有の曖昧さもない。

 最初から、そうであったかのように。

 

 

「……霊夢さん」

 

 

 小さな声。

 だが、逃げ場を完全に塞ぐ響きだった。

 

 俺は咄嗟に名簿を襟の下へ押し込む。

 

 

「それを、どうするつもりでしたか?」

 

 

 責める口調ではない。

 問い詰めてもいない。

 ただ、確認するような声音。

 

 

「な、なんのこ――」

 

 

 鈴仙視点から見れば、俺は掛け布団の下でもぞもぞやってただけだから、ここはしらばっくれて乗り越えようと判断した。

 

 だが予想に反し、言葉を言い終えるよりも前に鈴仙は起き上がり、俺の掛け布団を勢いよく引っ剥がす。

 そして勢いそのまま俺の上に馬乗りすると、寝間着の襟元を掴んではだけさせ、露わになった名簿を手に取った。

 

 

「波長がずっと違っていましたから、もしかしたらと思ったら……」

 

 

 鈴仙は片手で俺の胸元を抑え、もう片手で名簿をゆらゆらと見せつける。

 

 逃れられない!

 

 

「……勝手なことをしてしまって、すみませんでした」

 

 

 捻りだした声は、あまりにもか細かった。

 俺は布団の中で身動きもせず、ただ目の前の鈴仙を見つめる。

 逃げ場も、誤魔化しもない。

 ここまで来て、取り繕う意味もなかった。

 

 

「……全部、共有されてるんですよね」

 

 

 静かに問う。

 問いというより、確認だった。

 

 

「私の行動も、言動も。今日どの棚を触ったかとか、誰とどれだけ話したかとか。全部」

 

 

 鈴仙はすぐには答えなかった。

 名簿を俺の胸の上に置き、指先で縁をなぞる。

 

 

「……全部、ではありません」

 

 

 慎重な言い方だった。

 

 

「でも、"必要だと判断されたこと"は、共有されます」

 

 

 必要。

 その言葉が、やけに重い。

 

 

「それなら、私は今、どのように判断されてますか?」

 

 

 鈴仙の指が止まる。

 視線が、一瞬だけ伏せられた。

 

 

「……警戒、ですね」

 

 

 正直な答えだった。

 

 

「回復傾向にはある。でも、不安定。予測不能な行動を取る可能性がある」

 

 

 淡々とした口調。

 まるで、診断結果の読み上げだ。

 

 

「誰が敵で、誰が味方か分からない」

 

 

 ぽつりと、思わず漏れる。

 

 

「紫さんも、華扇さんも、永琳さんも……あなたも」

 

 

 いざ言葉にしてみると、想像以上に冷たい響きだった。

 

 

「私が何かしようとすれば、誰かが止める。止められなかったら、別の誰かが来る。そういう仕組みなんでしょう?」

 

 

 鈴仙は、しばらく黙っていた。

 そして、ゆっくりと頷く。

 

 

「……はい」

 

 

 否定はなかった。

 

 

「それでも」

 

 

 鈴仙は名簿を布団の脇に置き、自分の布団の上に帰る。

 

 

「私は、霊夢さんの味方です」

 

 

 はっきりとした声だった。

 揺らぎはない。

 だが、覚悟の重さが滲んでいる。

 

 

「こうやって監視していることも、追い詰めていることも、分かっています」

 

 

 目を逸らさない。

 

 

「でも、それでも。霊夢さんが壊れないようにするために、私はここにいます」

 

 

 俺は唇を噛む。

 反論も、皮肉も、何も浮かばなかった。

 

 

「……なら、教えてください。それは、いったい何の名簿なのかを」

 

 

 鈴仙は、一瞬だけ視線を落とす。

 

 

「今は、見ない方がいいものです」

 

 

 断定だった。

 

 

「少なくとも、霊夢さんがここにいる間は」

 

 

 ここにいる間。

 その言葉に、わずかな救いと、確かな期限を感じる。

 

 

「もう少しで、この生活は終わります」

 

 

 鈴仙は静かに言う。

 

 

「だから、どうか、こういうことはもうしないでください。私も、これ以上、霊夢さんを"止める側"にはなりたくないんです」

 

 

 その一言で胸の奥が軋んだ。

 鈴仙は名簿を手に取り、立ち上がる。

 

 

「気を取り直して、今日はもう寝ましょう」

 

 

 そう言って、障子の方へ向かう。

 

 

「これは元あったところに戻しておきます。おやすみなさい、霊夢さん」

 

 

 いつも通りの挨拶。

 だが、その背中は、ほんの少しだけ重く見えた。

 

 障子が閉まり、部屋に再び静寂が戻った。




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