短編小説です。
原作の裏でこんなことがあったらいいなーっていう、作者の妄想に溢れています。
俺ガイルを読んでいたら、どうしてもいろはすの短編が書きたくなって、普段投稿している作品の裏で、せこせこと書いていました。
ホントはもう少し長くしようかなーって思っていたんですけど、思いのほか短くなってしまいました。
それでは、ご覧下さい。
「いろはさー、最近何か変わった?」
いろはが色とりどりの弁当を広げて食べていると、真横に座る岸田綾香からそう指摘される。
すると同じように机をくっつけていた友人も、似たようなことを口にする。
「あ、分かる、分かる」「生徒会長になったから?」
たちまち話題はいろはが生徒会長になったことへと移り、校則のスカート丈の長さを短くして欲しいだの、ひざ掛けを許可して欲しいだの好き勝手に注文してくる。
そもそも生徒会長にそこまでの権限はない。決議案くらいなら出すことが可能かもしれないが、いろは単独で校則を変えられるほど民主主義は独裁を許していない。
「すけすけになった?」「バカ違う、あけすけになった。透けてどうすんの?」「あざとさが変わった?」「それだっ!」
思ったことをそのまま口に出すのが、彼女たちの良いところであり、悪いところであると、いろはは思っている。
こうやって言われると、ちょっと不貞腐れたくなるが、その分裏表なく付き合えて気が楽だ。
「別に、あざとくないし」
そう言って、セーターの袖を伸ばした手を頬にやり、物憂げに肘をつく。見るからに不機嫌そうするのではなく、ちょっと傷ついている風にするのがポイントだ。
ちょうど近くの男子と目が合うが、興味がないのでそのままスルーする。
「ほら、あざとい」「でも可愛いよりも、ちょっと守りたくなる感じ?」「どうしたん、葉山先輩ってそういう子がタイプなの?」
けらけらと笑う友人に、しっぺをお見舞いして黙らせる。
この中に葉山隼人のことを狙っているのは、いろはしかいない。
基本的に葉山隼人は学年問わず人気が高いが、一年生の間だけならば競走倍率はそこまで高くない。どちらかといえば、遠くから眺めて楽しむアイドルみたいなものだ。
ただ最近、葉山隼人のことがそこまで好きではない自分がいる。反応が悪いというか、誰にでも優しいせいで、会話をしていても向き合っている感じがしないので、少しつまらないのだ。
「ま、頑張りなさいや。葉山先輩と付き合えたら、全力で呪ってあげるから」
そう締めくくられて、話題が数学の栗林がやたらと綾香を指すことへと移っていく。
「……変わった、かなあ?」
黄身と白身がいい塩梅に混じり合った卵焼きを眺めて、一人グチると、すぐに口に放り込んでいろはの昼食は終了した。
―――――――
書類の詰まった段ボール箱を二箱まとめて持ち上げると、二の腕が悲鳴を上げた。
思わず降ろして一箱づつ運びたくなるが、一階の倉庫から三階の生徒開室へ二往復することを考え、すぐに思い直す。
放課後、いろはが生徒会室でだらだらしていたら、顧問に仕事を押しつけられた。
何でも過去の生徒会の資料を電子化するそうで、その打ち込みをして欲しいらしい。
「ぶっちゃけそれって、お金出して外注に出す仕事ですよねー」という、いろはの抗議を意に介することなく、書式と資料の場所を伝えた顧問は、よろしくの一言を置き土産にして、立ち去ってしまった。
そんな顧問への恨み言を考えつつ、埃っぽい倉庫から脱出をする。廊下の空気は倉庫よりも大分澄んでいて気持ちがいい。
何人かの学友とすれ違い様に挨拶を交わしながら、生徒会室へと足を進める。
「一色、何やってるんだ?」
足下が見えず、恐る恐る足を踏み出しながら階段を上っていると、声を掛けられる。
顔を上げると、ちょうど比企谷八幡が降りてくるところだった。
「これを生徒会室に運んでるんですよー。なんか打ち込みをしないといけなくて……」
これからの作業量を考えて、思わずため息が出てしまう。二箱分を入力するのに二日か三日はかかりそうなのに、同じ大きさの段ボール箱があと五箱は残っている。
「ん、ほれ」
八幡が無造作に手を伸ばしてくるので、甘えさせてもらうことにする。腕にかかる重みが一つ分減るだけで、大分楽になるだろう。
上の段ボール箱を傾けて、八幡が持ちやすいように持ち方を変えようと思っていると、二箱まとめて強引に持って行かれる。
「あ、ありがとうございますー」
……時折出てくる年上の顔に少しどきりとしてしまう。
妹がいるからなのか、比企谷八幡はこういう動作が恐ろしく自然に出てくる。甘える前に甘やかされるというか、そんな感じだ。
当の八幡は「うおっ、結構重いな」と呟いているが、その言葉とは裏腹にがっしりと持ち上げて階段を上り始める。
日頃運動している様子は見られないが、こういう所を見ると、腐っても男の人だなと思ってしまう。
「というか、副会長とかはどうした?」
「最近は仕事が薄いんで、自主参加なんですよ。だから今日は私しかいなくってー」
「それでちょうど、仕事を任されたわけか」
「タイミング悪いですよねー」
他愛のない話をしながら、歩いているとすぐに生徒会室へと辿りついた。
とりあえず、生徒会室の隅に段ボールを降ろしてもらうと、何故か八幡が空いている席に座り込む。
ここまで運んだ分、少し休むのかなー、なんて呑気に思っていると、八幡が不思議そうな顔して尋ねてくる。
「ついでに入力を手伝えって、ことじゃないのか?」
「いや、さすがにそこま……、そうです! 手伝って欲しいです!」
八幡が嬉しそうに腰を浮かしかけるので、慌てて否定をする。
いろはも自分の席に座り、密に持参している膝掛け(校則違反)を二枚取り出して、八幡に手渡すと、自分の腿に掛けて暖を取る。
この寒い生徒会室で一人きりで仕事をすると思っていた分、一緒にやってくれる人がいることは素直に嬉しい。それに八幡が相手ならば退屈しないので仕事ができるかもしれない。
「あ、飲み物買ってこようと思うんですけど、先輩何がいいですか?」
暖かい飲み物が欲しくなったので、お礼がてらに聞いてみる。
「おー、ありがとな。ならMAXコーヒーを頼む。MAXでいいからな。絶対だぞ!」
「何でそんな、振りかどうか分かりづらい頼み方をするんですか……?」
一階まで戻り、購買の側まで向かうと、夕焼けが映し出された廊下の中で人工的な輝きを見せる自販機の前に立つ。
少し迷って、MAXコーヒーを二つ買うことを決め、硬貨を投入して、商品を取り出す。コーヒーはそこまで飲むわけではないが、なんなく背伸びをしてみたくなった。
缶コーヒー二つをほっぺたに当ててカイロ代わりにすると、ぬくぬくとした暖かさが広がってきて、気持ちがいい。
そのまま上機嫌で生徒会室へ戻ると、八幡が真面目な顔で書類とにらめっこをしていた。
そうしていると、いつもは濁っている瞳が鳴りを潜めて、八幡本来の端整な顔立ちが浮かび上がる。夕陽に照らされた八幡の黒髪がいろはの髪と同じ亜麻色に輝き、なんだか別人のように思えてくる。
そんな八幡を見ていると、胸の奥から良く分からない感情が沸いてきて、思わず笑ってしまう。
「お待たせしましたー。いやー、やっぱ寒いですねー」
とりあえず生徒会のことを相談する所から始めようといろはは思った。
自分の生徒会長にしたのは彼なのだし、それを使ってアピールしろと言ったのも八幡だ。だったら可愛い後輩として、思い切り甘えさせてもらおう。
軽やかな足取りで席について、買ってきたMAXコーヒーに口をつける。
『いろはさー、最近何か変わった?』
ふと、昼休みに友人に言われた言葉を思い出す。
ああ、確かにそうなのかもしれない。
だって、甘すぎてあまり好きではなかったMAXコーヒーが、ちょっとだけ美味しく感じるのだから。
ご覧いただき、ありがとうございます。
ちょっと真面目な話ですが、『俺ガイル』最新刊を読んだときに、いろはすのイラストを見て、可愛い高校一年生だなと思いました。
文章だけだと、年下感が強かったのですが、イラストを見てなんだかイメージが少し変わりました。
今回はその辺りの、一人の女子高生としてのいろはすが書くことを意識して書かせてもらいました。
最後にもう一度、ご覧いただきありがとうございます。