メロンパン「私は、天使を見た」 作:さかは
そうで無い回は……閲覧注意という事です。
高評価と感想よろしくお願いします。
歩けば視線が刺さり、声を上げればひそひそと囁きが生まれる。
名前を呼ばれるより先に、形容が貼り付けられた。
『この子は
少女が生まれた土地は、時代だけは確かに進んでいた。だが、インターネットが普及し、外の世界と容易に繋がれるようになっても、排斥のやり方だけは古いままだった。
土地に馴染めない者は、理由を問われることなく弾かれる。まして、生まれつき様々な両親と違う、異様な在り方をしていた少女は、最初から“普通”の枠に入っていなかった。
例えば、両親と全く違うピンク色の髪の毛。
例えば、生まれつき生えていた犬歯。
例えば、左右で違う瞳の色。
そのまるでこの世にデザインされて生まれてきたかのような、
少女にとっては生まれついての自分の身体に文句を言われた所でたまったところではないが、そんな少女の事情など知ったことではないと、村の老人達の少女への否定の目は、閉じられることは決して無かった。
それだけで…異様の目だけで済めば、まだ少女は幸福だったのだろうか。
……だが、少女には見えていたのだ。
人の目に映ることの無い。“
異端。
不吉。
関わると良くない。
『なんだ!?この小娘はッ!!』
『見えない物を見ているッ!そして、少女が見た先では決まって、必ず不幸が起こるッ!!』
『お、お爺ちゃん。何もそんな決まったわけじゃ……』
『黙れッ!!この小娘は、村に災いをもたらす。“悪魔”だッ!!』
そう囁かれる理由を、少女は知らない。
ただ、見られるだけで空気が変わることだけは、幼いながらに理解していた。
けれど——
それだけが、少女を不安にさせていたわけではない。
もっと単純で、どうしようもないことだった。
『アレが”鬼子”?』
『ただのガキじゃん。』
『ねえ。いっしょに…。』
『貴方達ッ!!何をしてるのッ!!こっちに来なさいッ!!』
『え!?でも……』
『良いから早くッ!!』
誰にも、手を伸ばしてもらえない。
それが、いちばん怖かった。
何処までも見渡せる
逃げ場はなかった。
振り返っても、前を向いても、横を見ても。
どの方向にも、同じ目があった。
誰一人として、目を逸らしてはくれない。
誰一人として、呼び止めてはくれない。
その沈黙が、答えだった。
そんな答えが前後、左右。全ての道に続いている。
それが、前後、左右。
この意味が分かるか?何処にも行けないということだ。
そんな環境の中で少女が選んだ自衛の道は、一つだけだった。
嫌うこと。
ただひたすらに嫌い、全てを拒絶すること。
前にも後ろにも右にも左にも上にも下にも何処にも行かない。
ただその場所で座り込んで自分の心だけを守る。故に拒絶する。
親が嫌い。隣人が嫌い。
友人が嫌い。怪異が嫌い。家が嫌い。道が嫌い。自分が嫌い。目が嫌い。花が嫌い。空が嫌い。彼が嫌い。彼女が嫌い。畦道が嫌い。嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い……
どうしようも無いまでに、少女は全てを恨んだ。
自分は全てを
だから、
だって、
それが少女が暗示の果てに辿り着いた、歪み切った正解/現実であった。
『ピーマ……こすな……よ』
『うるさいッ!!』
こういう時、自分だけに見える“ソレ”が味方になってくれる……なんて三文小説は星屑のように存在するが、安心して欲しい。
私は、自分だけが見える“コレ”も勿論嫌いだ。
初めて見た時に親に牙を剥き、それをどうにかして伝えようとした結果、それが見えているのは自分だけだと理解した。
殴っても、殺しても、消しても。
ウジのように、次が湧いて出る。
……嫌い。
不快で、不快で、堪らなかった。
少女のそんな不快と嫌いに満ちた生活は、
ーーー15の夏まで続いた。
*
その年には、自分にだけ見える“ソレ”は異常に湧いた。その時には分からなかったが、当時起こった世界的なテロ事件の影響だったらしい。
見えていない人間にも気が付かれる程に“ソレ”は活発に動き回り、被害を起こした。
皆が彼女に後ろ指を刺してきたが、彼女はそれを無視した。
……嫌い。
呪術高専から術師が一人派遣されてきた。
『凄いッ!!貴女ッ!ヘイローが出てるッ!!見えてるんだよね?』
その女は自分を見て、真っ先にそう告げてきた。自分が“ソレ”を目で追っている所から勘づかれたらしい。
馬鹿なようで存外人を見ている。
『ねえ。私は梔子ユメ。
貴女の名前を、教えてくれない?』
初めて出会った時から、嫌いだった/嫌いじゃなかった。
分からない。
この感情を私はどう説明したら良い?
*
ガタガタと揺れる自身の身体によって目を覚ました。
目を覚ました先は真っ暗で、自身の状況を教えてくれる物は何も無い。
ただ、理解出来るのはその場所は生活するには極端に天井が低く、細やかに振動していること。
機械が稼働している音が、遠くから聞こえる。
そこは、恐らく何かの乗り物の中。
多分車のトランクの中であった。
「なんで、私こんなところに……?」
頭の中に生まれた疑問とそれに伴って生じた混乱を無理矢理整理する。
呪術高専で何度も叩き込まれた、自分を遠くに観察する……そんな精神性。
それを必死に取り行う。
この状態でいられるのは呪術師の中でも数限りない人間だそうだが、小鳥遊ホシノにはそれが簡単にできた。
だからこそ、状況を客観的に見つめるのは簡単。混乱の先にある、地獄のような現実を見つめるまでに至るのも簡単。
……そして、まもなく彼女は緩やかに地獄を理解する。
「……あ。」
ああ、そうだ。
自分は確かに呪術高専で何者かと戦闘を行い、そしてその先で。
「ーーー。」
そこから先は、考えたくなかった。
尊敬する先輩が自身の為に命を投げ打って、その果てに殺されてしまったのだ。考えただけで体の芯から冷たくなっている感覚があり、内側から込み上げてくる物がある。
良い意味ではなく、悪い意味で。
「ゲボッ、ウ゛、ェ……ゲボゲボッ!……ハァ、ハァッ」
右手の指を喉の奥へ突っ込むと、すぐに腹の筋肉が痙攣して生暖い液体が出てくる。胸や腹が波を打つたびに、喉と口に酸っぱい塊が溜まり、舌で押すと、歯茎を痺れさせて身体の先へボトボト落ちていく。
自分の身体から抜け落ちた物が、自分の身体の目の前に存在し、ツンと鼻を刺す強いエグ味の強い匂いが、身体中を駆け抜けて再び吐き気が呼び起こされる。
最悪の悪循環だった。
自分でも抑えなければならないというのは理解しているのにも関わらず、涙が止まらずにポタポタと流れ落ちる。
多分、場所的に自分の吐瀉物の上に落ちているのだろう。何もできない役立たずの涙としてはこれ以上無い。
「………?」
そんな中、ふと身体を動かすと何かが身体に当たった。
冷たくて、そして柔らかい
/幻想だ。それは硬い。
自分の背中の部分に、押し込まれるようにして置かれている。
こんな状況なのにも関わらず、何かの手掛かりを求めたか。それとも何も関係のない、純然とした興味か。小鳥遊ホシノは首をそちらへと
曲げようとする。
「………。」
……曲げようとする。
「…………………ッ!!」
…………曲げようとする!
だが出来なかった。
『振り向いてはいけない』
心の中の拭い切れぬ、直感にも似た
振り返ってはいけない。
その感覚が、小鳥遊ホシノの身体を麻薬のように支配していた。ピリピリとした切迫感。手足が細やかに振動し、歯はカチカチと音を立てる。
怖かった。
まるで、これ以上進んではいけないと暗に告げている看板のように。彼女の身体は、そこから先へ、彼女を振り返らせることを許さない。
でも、これは必要なことだから。
背後に自分の銃火器があるかもしれないから。
そうじゃ無くても手掛かりがあるかもしれない。
そう言い訳を重ねて、愚かにも無謀にも、彼女は振り返ってしまった。
「あ……ああ……あ…………」
どうして、どうしてなんだ。
彼女はそう、問わずにはいられなかった。
彼女が振り返った先にあったのは、ただの物体だった。正確には、物体になった生物。
梔子ユメの死体が、折り畳まれるように、押し込まれるようにして、そこに転がっていた。
何と言えばいいかわからない、それ以前に声が出ない。
悪夢でなければなんだというのだ、答えは浮かぶけれど、その可能性を信じたくない。
彼女はそうして、現実から逃れるようにしてその
彼女の手をとった瞬間、ホシノは理解し、絶句した。絶対的な冷たさ、脈拍を取るまでもない、死体の証。それでも信じたくなくて、倒れ込んだ梔子ユメだった物の顔を覗き込む。思わず小さく悲鳴が漏れた。
死骸はそれがかつて、生きていた人間だという事実さえ疑われるほど、土を捏こねて造った人形のように、口をあんぐりと開いてその瞳を見開いていた。その瞳は恐らく襲撃の結果として片方は完全に潰れ、逆に潰されていない方も、一方も光が無く、覗き込んでいる自身の顔も映らない。ただ、虚無。
否が応でも認識させられた。
そこにあるのは死体だと。お前が目にしている物は、お前が尊敬していた者は、死んだのだと。
……嫌い。
どうしようもない程に重々しい
*
《羂サ朽?縺ョ譛?險? 583繧医j》
「ハハハッ!!」
それは、その男にしては本当に珍しいことに、男は上機嫌だった。
彼にとって長年の悲願である星漿体と六眼、そして天元という、決して崩すことのできない因果。
それが今日一日で、一気に破壊されたのだ。
六眼がありながら、星漿体が死んだ。
コレによって同化を失った天元は、暴走するのか。それとも別の方法で自我を保つのか。
そのことについては検討が付かないが、確実なことが一つある。
星漿体との同化によって老化をやり直すことが出来なくなった天元。
彼女は必ず進化し、暴走しようともそうでなかろうとも、その果てに呪霊に限りなく近い存在へと
そうなれば天元はコチラの物だ。
無論、ここから先にも幾つも困難が存在する。
特級術師、“夏油傑”と“五条悟”。
この男の計画を実行するには、この二人という大きな壁を乗り越えなければならない。
だが、それに対するアンサーもまた、男は既に手元に引き込んでいた。
バックミラー越しに後部座席……その先に存在する梔子ユメの死体を見つめる。
何とも完璧な存在だ。
他の誰かにとっては、なんてことなのない、路肩の小石程度にしか思われていない、無能同然の彼女。だが、夏油傑と五条悟の二人だけは例外となる。
彼女の同級生として少なからず関係を持ち、心を許してしまう存在。
少しでもそんな態度を取らせる事が出来れば、既に付け入る隙は幾らでも存在する。
彼女の人生は空気同然のなんて事のない無駄だらけの物だったが、同時に、夏油傑と五条悟に対する最強の矛としての意味を齎す人生でもあった。
最初は、小鳥遊ホシノという今現在、興味が向いて仕方のない神秘の最上級のサンプルを手に入れる為の暗躍だったが、そのおまけがコレほどの物とは。
上機嫌になるのも、仕方のないことだった。
このまま男は天元からの逃走と、手に入れたい物を探す為に海外に向かう。
既に船は予約済み。
天元に僅かながらでも存在が気づかれた可能性がある以上、なるべく目立たない可能性を取った。天元でも追い切れないのならそれ即ち、他の呪術師も同様であるということだ。
その坂を登り切れば、港が見える。
それを考えるだけで、男は高揚した。
申し分なく快適なドライブだった。男はカー・ラジオを大きな音でかけ、窓を開けっぱなしにし、海岸沿いのハイウェイを時速一二〇キロで飛ばした。あらゆる場所に光と潮風と花の香りが満ちていた。
誰も阻む事の叶わない逃避行。
だが、それは一つの音によって、崩れ去った。
ガチャリ。
その、獣の唸り声のような低い音は。
異常なまでに高音で溢れた車内の中でも、一瞬で男の元に届いた。
「…………………ッ!!」
男は咄嗟にドアを蹴り破り、外へと転がり落ちた。
パン。
その一瞬にも満たない刹那の後、発泡音が鳴り響き、後部座席を食い破った弾丸は先ほどまで男の眉間が存在していた場所に命中した。
「いやはや。まさか、こんなにも早く目が覚めるとは。
というか、一応貼っておいた結界を簡単に破いてくるとは。
私の計算では、貴女がソレを破る事は不可能の筈なのですが……」
黒服は考える素ぶりを見せながらも、冷静に小鳥遊ホシノの様子を観察した。
間違いなく、小鳥遊ホシノでは破ることの出来なかった結界だ。
それにも関わらず、この女はそれをアッサリと食い破って見せた。
「一体、何が貴女をそこまで変えたのですか?」
「……まえ、が……を……のか」
「……ハイ?何でしょうか?」
小鳥遊ホシノの下を向きながら発した声に、黒服がほんの少しだけ苛ついて聞き返す。
言葉を交わすなら、せめて聞こえる程度にはして欲しい。まあ、聞く気は無いのだが。
そんな、心の中に残り続けていた余裕は、小鳥遊ホシノが顔を上げ、その視線とぶつかり合った瞬間、胡散して雲のようにどこかに消えていった。
その瞳は、陰鬱だった。
陰鬱そのものだった。
どんなに強い悪感情を誰かに向ける者がいたとしても、その瞳に宿るのはそれだけでは無い。
ゴミのように小さな、相手を労る心。
自身の足を引っ張る、自身の道の懐疑。
そう言った余分な感情は人間である以上、必ず持っている筈なのに。
小鳥遊ホシノには、それが無かった。
ただ陰鬱なだけ。一切の躊躇い無く、目の前の男を殺すと誓った、鋼の殺意。
それが、小鳥遊ホシノの小さな相貌に、虫詰めのように詰め込まれていた。
「お前が、それを言うのかッ!!!」
小鳥遊ホシノは雷のように叫ぶと、ヘイローと共に立ち上がった。
パチリ、パチリと音が鳴り響き、彼女の身体から幾つものエネルギーが立ち昇る。
それは、深海のように深く。そしてどこか濁った色をしていた。
男はそれを知っている。
と言うより、知らないわけが無かった。
それは男が何度も探求し、そして何度も使用し続けた人間の可能性。
そして、現在の研究では。
それは、決してヘイローを持った少女には生まれない物。
「………呪力」
男は、確かな自信と共に断言した。
間違いなく、小鳥遊ホシノが纏っている力は、呪力だった。
ヘイローを持った少女はそれを持つことは無かった筈……
にも関わらず少女の身体に存在する“ソレ”は、間違いなく呪力であった。
「何故、それが君の身体に?まさか、神秘が変質して……」
そう考えたところで、それを否定した。
少女の頭上には今も尚、ヘイローが浮かんでいる。
それは即ち、少女が今も神秘を持ち続けているという、確かな証拠。
神秘と呪力。
共存する筈も無い二つの力は混ざり合い、絵の具のように、全く違う色に姿を変え、小鳥遊ホシノの身体を変化させる。
彼女の全身が赤い影のような見た目に変わり、常に凄まじい高熱のオーラを撒き散らし、その胸には手帳のような、長方形のノイズが走る。
「ハハハハハハッ!!
何だい?その姿は?見た事がない。見た事がない。成程、呪力と神秘、この二つの可能性は未だ、進化の途中だったか」
高揚し、達したように男は言葉を撒き散らす。
ああ、この可能性を何と呼ぶべきだろう。
呪力でも神秘でも無い。
二つが混じり合って生まれた
全ての物体にも現象にも、名前は必要だ。
それは人間の適応の証であり、そして研究の成果だ。
ああ。この可能性を何と呼ぶべきだろうか。
「………色彩。」
ああ。それも良いかもしれない。
「………ぶっ殺してやるッ!!」
小鳥遊ホシノは、そんな男の在り方を否定するかのように、強く叫んだ。