SCP-001-MHA『個性』の特別収容プロトコルについて 作:○5-00
「………で」
目の前で静かにノートに何かを書き込み続ける男二人に、僕は声を掛ける。
「ひと段落したわけだ。これからについて話そう」
「…それもそうだな。貴様も同意で構わんな?」
「うん。俺はそれで大丈夫」
僕とは違う、冷徹な星の輝きにも似た、長い銀髪の男。
黒髪で、前髪を不快にならない程度に伸ばしているが、その顔立ち全てを覚えられない、あやふやな男。
そして、僕。
旧知の仲のように言葉を交わし、机を囲んでいたものの__僕らは今日が初対面だった。
「僕は白銀弾。世界オカルト連合所属…早い話が、silver-wolfだ。宜しく頼む」
「僕は編薬癒だ。ディア大学の卒業生で、ハンドルネームはDoctor-GROLY」
「…俺は名乗っても忘れちゃうから、そのままジョン・ドゥでいいよ。一応、財団職員。宜しくね」
しろがねうつ。あみやゆう。そして、ジョン・ドゥ。
邂逅より三時間後、初めて互いの名前を知った。ハンドルネームは前々から知っていたのだが。
「お前か、Doctor-GROLY……まあ口調的にそうだろうとは思ったが…」
「随分と上から口を叩く、とはよく言われるよ。つい癖でな。不快か?」
「俺としては気になってないよ。Dr.Anomalyもそんな感じだし」
「アイツはアイツで例外だろ」
本人に聞かれたらミーム系アノマリーを拡散されそうなことを言い合いながら、互いの顔をまじまじと見た。
画面…じゃなかった、脳内掲示板の向こうには、本当に人がいたんだな。
たまにこれは総て自分の妄想じゃないかと疑う日があったから、こうして確認できたことは有り難い。
「勉強、進んでるか?」
「愚問だな。人生二周目を舐めるなよ」
「同じく。楽勝だよ」
試しに振った話題は速攻で撃ち落とされた。まあ、だろうな。
さて、次に振る話題と言えば……なんだろう。僕らはゲームもやっていなければ、近頃の中学生が好む遊びも知らない。これが人生二周目でなければ中々に虚しいな。
ぱたんと参考書を閉じた編薬が、鋭い翡翠色の瞳をこちらに向ける。
「僕達にできる話と言えば、あとは『個性』のことしかあるまい。
貴様らの『個性』はなんだ?表向きはどうしている?」
「単刀直入でいいね、俺はそういうの嫌いじゃない。じゃあまず俺から言わせて」
ジョン・ドゥが顔を上げる。
確かに目が見えたはずなのに、どんな目付きだったか、どんな色だったか、全く分からない。
コイツは男だと認識しているのに、時々その認識すらあやふやになる。それどころか、気を抜けばコイツが今この場にいることすら忘れそうになってしまう。
「俺の個性は『アナンタシェーシャ』。知ってるかな。SCP-3000、って言うんだけど」
「あれか。記憶処理剤の原料の粘液を分泌する……という。
3000番台までいくと量が多くて見切れていないが、これは報告書を見た記憶があるな」
「そうそう、それそれ。因みに若干『人狼』…488-JPも混ざってるみたい」
「あー………確か、自分に関連する情報を改竄するオブジェクトだったな?
なるほど、それと3000の異常性が個性となって合わさったことで、お前の外見が認識しづらくなっているわけか」
いや実際にその二つのオブジェクトの異常性を組み合わせたらそうなるのかは知らんが。というか僕はどっちのオブジェクトも報告書でしか知らんのだが。
Thaumielクラスのオブジェクトの異常性が個性か、と考えると、少々その有用性には注目すべきところがある。記憶処理剤は財団にとって必須だ。
「では次は僕だ。『パッチワークのハートがあるクマ』と『万能薬』は知っているな?」
「びっくりするほど有能な回復要員が来たな……………」
「有名どころできたねえ。君にはお世話になりそうだよ、癒」
察するに、身体の損傷を綺麗さっぱり後遺症なしに治せる上に、如何なる病も治せる………という個性だろうか。
何かしらの制限がないわけではないとは思うが、それを抜きにしても強力かつ有能だ。
そこまで考えたところで、二人の目が僕に向いていることに気づいた。
「………僕の個性は『銀の弾丸』」
僕こそがシルバーブレッドであり__この世の凡そすべてへの、絶対的な解決策。
それは、あるketerのオブジェクトに。正確には、その報告書に由来する。
「『先の無い扉』でアノマリーを終了させた、【祈りを込めた銀の弾丸】に由来する個性だ。
僕が銃を構える動作をした時に、無条件に僕の前にある凡ゆる難題を解決する。いわゆる現実改変系に近いな」
「チートか?」
「絶対に俺たちが言うべきじゃ無いよ、その一言は」
ジョン・ドゥがどうかは知らないが、少なくとも僕は僕よりもずっとチートを使っている奴を知っている。
『ビルダー・ベアー』、『不死身の爬虫類』、『取り憑くマスク』、『アベル』………
特に『取り憑くマスク』は、僕らにとってはいい意味でひどい。あれを持っているのは第五協会の代表だ。
彼、或いは彼女は、自らの個性である『取り憑くマスク』を使用して、政府中枢………ヒーロー公安委員会に手を出せるまでには巨大な勢力となった。お陰で雄英ヒーロー科の枠は増え、僕らは全く何の心配もしないまま受験に挑むことができる。
やってることは盛大に犯罪だが。
「公安にも、政府にも、ヒーローにも、ヴィランにも、僕らのお仲間はいる。
あとは号令のその日を待つだけ………だが、Dr.Anomalyは一体どこまで予知してるんだろうな」
「さあな。幼女の姿をした化け物の考えることなど、僕は知らんよ」
グラスの中の麦茶に浮かぶ氷が、カランと音を立てて溶けていく。
僕らの小さな会議は、ゆっくりと終末に近づいていく。
女は『電脳空間フラクタ』にいた。
女は男と対峙していた。
女の名は仮面五憑。個性を『取り憑くマスク』__第五協会の代表にして、政府中枢やヒーロー公安委員会に潜入している人間だ。
「お疲れ様です、【ビルダー】。その後、ヴィラン連合とやらはどうでしょう?」
「変わらず陳腐なことを続けているよ。構成員の個性も割れた。
『転移』に『崩壊』だ。俺が潜り込めたのはブローカーの仲介あってこそだな」
【ビルダー】と呼ばれた男は、笑った。
その笑みは、紙よりも薄っぺらく、詐欺師の笑みよりも嘘に濡れていた。
彼はヴィランだ。大勢殺した。
「『ビルダー・ベアー』。いざこの手で扱うとなれば、コイツは便利だよ。
ガラクタで俺と同じ戦闘力を持つ分身も出せるし、俺自身の戦闘力も高い。
テディベアに変装して人目も逃れられる。全く、便利な個性だよ。つくづく助かるね」
男の名前は、熊野創建。個性は『ビルダー・ベアー』。
カオス・インサージェンシーの代表の男。
ヴィラン連合に潜入している、正真正銘のヴィランだ。
大勢殺した。元の世界で。
そして今は、まだ誰も殺してはいない。
死ぬより酷い目には遭ってもらっているだろうが__法で裁かれるようなことは、今はまだ、していない。
「で?誰かを殺してほしいのかい、【5】?」
「何を面倒な。貴方に依頼するなら私が自分で個性を使ったほうが早いですよ」
五憑の個性は『取り憑くマスク』。
その名の通り、SCP-035の異常性を引き継いだ『個性』だ。
だがその異常性には、どうも若干『不死の首飾り』が含まれているような節もある。
本気で個性を使用した対象は即座に脳死。そこに五憑の人格が入り込み、五憑が増える。
しかし本体の五憑は本体で別にいるので、その増えた五憑を自殺させてしまえば、ほら。完全犯罪は、こうも簡単に成し遂げられる。
確かに、『ビルダー・ベアー』を出すまでも無い。
「インサージェンシーの人間の中に、一人、有用なオブジェクトの『個性』持ちがいるでしょう。
ええと………なんでしたっけ?『おおこわいこわい』だった気がするのですが」
「あー、アイツね。ハンドルネームは…【B級ホラーこそ正義】だったか?」
「恐らくは。彼、或いは彼女にひとつ、頼み事がありまして。お貸し頂けますか?」
『ビルダー・ベアー』……改め、【利用者】のアバターが、その顔を笑みで歪ませた。
人としての、純粋な、楽しみに打ち震えるような笑顔。
「お前がそう言うんなら、さぞ楽しくなるんだろうよ………任せる。
アイツは勝手に使え、人を驚かすことが三度の飯より好きな奴だ。リアクションは忘れるなよ」
「ええ、感謝します」
背後で話を聞いていた【FACTORY HEAD】と【デウス・エクス・マキナ】が苦笑を溢す。
【5】と【利用者】の趣味がよろしくないことは周知の事実であるからだ。
というか、この世界の財団所属者なんて基本的に趣味はよろしくないが。倫理と理性がちょっぴりあって柔軟さがめちゃくちゃあるだけで、基本的にやべーやつらであることは変わっていない。怪物と対峙できるものは、また怪物であるのだ。
「何の企みでしょウ?ロクでもないことになるのに二万円賭けますヨ」
「賭博は違法ですよ、【デウス・エクス・マキナ】。ましてや貴方は未成年でしょう。
いずれわたしの会社で下積みをして頂く為には、その経歴はクリーンでなければなりません」
「ハーイ、工場長」
オブジェクト作りまくってるお前の経歴はクリーンなのか?とは言えず。【デウス・エクス・マキナ】は静かに敗北した。
それはそれとしてこの恨みは忘れまい。いつかお前んち産のオブジェクトブッ壊してやるからな、と思いつつ。
「さて。ウチの優秀なるエンジニアたちの準備は、順調ですかねェ?」
「まあ、『ぜんまい仕掛け』に『世界最高の歯プラシ』です。後者はともかく、前者は確実に受かるでしょうね」
前者はともかく後者はどうした。
本人曰く、部品を磨くことでびっくりするくらい滑らかに歯車が動くらしい。ほんとか?
「先程の【5】と【利用者】の会話ですが、わたしは意外と上手くいくことに五万賭けましょう」
「アナタも賭けるんですねェ……?」
「わたしは大人ですから」
よくない大人である。
そう思いながら、【デウス・エクス・マキナ】は、自分の向かいの席に座るはずの男を思い浮かべた。
Golの中では穏健かつ無害な団体の代表だ。というか、彼以外に同Gol出身者がいるのか誰も知らない。
そもそもあいつは男だったか?いや、もしかしたら女だったかもしれない。【デウス・エクス・マキナ】はそのあたりのことを覚えていない。
忘れる。それは『アナンタシェーシャ』のように恐怖を含む忘却ではない。
忘れ、酔い、ぼんやりと生きる。それを望んだ成れの果て。
【デウス・エクス・マキナ】は、一通の手紙に目を落とした。
__酩酊街より、愛を込めて。
そう結ばれた、一通の手紙に。
「酒は控えてるんでしょうかねェ、あのヒト………」
ワタシと一緒で未成年のはずですが、と小さく呟きながら。
『電脳空間フラクタ』の中では、静かに時が流れ続けている。
崩落へのカウントダウンを湛えながら。
・ 【silver-wolf】、白銀 弾
世界オカルト連合所属の青年。こちらの世界では◯5も務めている世界オカルト連合の代表。
個性は『銀の弾丸』。恐らく『先の無い扉』もその気になれば使える。
・ 【Doctor-GROLY】、編薬 癒
ディア大学の卒業生の青年。こちらの世界では◯5も務めているディア大学の代表。
個性は『パッチワークのハートがあるクマ』。『万能薬』もブレンドされている。
・ ジョン・ドゥ
財団のエージェントである青年。
個性は『アナンタシェーシャ』。『人狼』もブレンドされている。