恋愛アンチ女の敗北   作:百合書くぞ!

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結:恋愛アンチ女の敗北

 白戸第一高校は、本校舎と第二、第三校舎がコの字型に並んでいる。コの内部は石畳と植え込みのある中庭になっており、生徒たちの憩いの場になっている。

 

 そんな中庭の一画に、三人の少女の姿があった。木陰のベンチに並んで座り、お弁当を広げる彼女らは、二人は二年、一人は一年の組み合わせだ。

 

「白戸さん、あーん」

「あーん! もぐもぐ、おいしいです!」

 

 そのうち二人──イツミとヒナはイチャイチャしていた。イツミが作ってきたおかずをヒナに食べさせ、幸せそうに笑い合っている。仲睦まじい恋人めいた甘い雰囲気が示す通り、二人は一週間前から正式に付き合うことになった。

 

「何なの君ら……」

 

 げんなりしている残り一人は、二人の共通の友人である友莉だ。なぜか逢瀬に同席を頼まれ、やって来てみれば目の前で甘いやり取りを見せつけられている。これなら教室でぼっち飯をした方がマシだ。

 

 気まずい顔の友莉に気付き、イツミはおかずを一つ差し出す。

 

「ごめんごめん。はい、友莉の大好きなインゲンよ。あーん」

「だぁからインゲン別に好きじゃねーっつってんでしょーが! いただきます!」

 

 半ギレになりながらインゲンに食いつく。ごまの風味とインゲンの苦みが口いっぱいに広がり、なんなら少し好きになりそうだった。

 

 やけ気味にお弁当をかき込んでいると、イツミが改まった調子で友莉に向き合う。

 

「報告はしたけど、お礼がまだだったでしょ。ありがとう、友莉。貴女が背中を押してくれたから、私はヒナの気持ちに応えることができたわ」

「私からも、ありがとうございました! 先輩を元気づけてくれたんですよね! おかげでヒナと先輩、毎日とっても幸せですっ!」

「へいへい、どういたしまして」

 

 律儀なやつらである。照れ隠しにそっぽを向きつつ、友莉は春から夏にかけての出来事を思い返した。

 

 最初にイツミから話を聞いたときは、同情した。告白されるだけでも面倒くさがる彼女が、より厄介度の高いインテリの富裕な後輩に絡まれている。

 

 どうせすぐに決着が着くと考えていた。イツミの恋愛アレルギーは筋金入りだ。でなければ相手の恋愛感情をウソで冷めさせるなんてタチの悪いことはしない。おそらくその後輩も、遠からずイツミに愛想をつかすだろう。

 

 しかし予想に反し、後輩は食い下がった。イツミはどうにか期末テストまで告白の返事を引き延ばし、結局は後輩の本気に屈して、二人は両思いになった。一番の功労者は、返事を保留されながらもめげず凹まず行動し続けたヒナだ。

 

 それに比べれば、自分のしたことなど大したことはない、と友莉は自嘲する。もうとっくに癒えた恋愛の古傷(トラウマ)を引きずるイツミを、不器用に励ましただけだ。

 

「白戸さんはどのおかずが一番好き? 私としては、インゲンに自信があるんだけど」

「卵焼きです! インゲンもいいですけど、それは友莉さんの担当なので!」

「アンタらインゲンの妖精か何か? 私だって普通にハンバーグとか唐揚げとかレシオ高いの欲しいんだが?」

「「またまたー」」

「息合わせてんじゃねーよバカップル」

 

 嘆息して、友莉は思う。

 

 不器用でも頑張ってみたから、この二人がこうして笑っている。そう考えると、まあ悪くない。

 

「あ、やっちゃった」

 

 甘々な二人にいじられつつ食事を進めていると、ヒナがベンチを立った。

 

「お茶が切れちゃいました。自販機に行ってきますね。お二人は何かいります?」

「ううん、私は大丈夫」

「じゃあ、紅茶買ってきて。甘くないやつ。お金は──」

 

 財布を取り出そうとすると、ヒナが手で制した。

 

「いいえ、お礼の気持ちです。ここは奢らせてください」

「そう? ラッキー」

 

 ジュース代程度なら気は咎めない。厚意を遠慮なく受け入れると、ヒナはツインテールをぴょこぴょこ揺らし、購買の自販機へ向かう。

 

 小さな背中が校舎の陰に消え、中庭のベンチには友莉とイツミの二人きり。

 

 蝉がうるさく鳴いている。終業式を間近に控えた七月下旬だが、今日は比較的過ごしやすく、生ぬるい風が中庭を吹き抜ける。千切れた雲が太陽にかかり、中庭に影を落とした。

 

「あのね、友莉」

 

 ぽつりと、イツミが切り出した。

 

「私がウソをつき始めたのは、きっと八つ当たりだったんだと思う」

「恋愛嫌いな気持ちのはけ口ってこと?」

「ううん」

 

 イツミは首を振って、卑屈に背筋を丸めた。

 

「私には何もなかった。みんなみたいに恋愛に夢中になったり、貴女みたいに何か特別に打ち込めるものがあるわけでもない。たまたま外見に恵まれているだけのつまらない人間だった。だから、みんながはしゃいでる恋愛なんてくだらない、つまらないって決めつけて、人の好意に敵意で返すようになった。本当にくだらなくて、つまらないのは私の方なのに」

「……っ」

 

 とっさに否定しようとして、止める。

 

 後悔と自虐に満ちた言葉とは裏腹に、顔を上げたイツミの表情は、きらきらと輝いていたからだ。

 

「だからね、これから私、頑張る。ヒナのことが好きで好きでたまんないこの気持ちを、ずっと抱えて生きていく。貴女やヒナと一緒にいても恥ずかしくない、ちゃんとした人になる!」

 

 イツミにはずっと、劣等感があったのだろう。たまたま生まれ持っただけの外見を好かれ、恋愛感情を押し付けられることを嫌悪した。もっと中身を見て欲しいと考えた。だがしかし、イツミの中身には何もなかったのだ。熱中できるものも、恋愛感情を楽しむ感性も何もなく、あるのは空虚な倦怠感だけ。そのやるせなさを八つ当たりで発散していた。

 

 今のイツミは違う。陽光を紡いだようなプラチナブロンド、澄んだスカイブルーの瞳、日本人離れした整った顔立ちに、汗で潤う白磁のような肌。人形のようにきれいな外見。けれどもう、彼女はガワだけの人形ではない。

 

 溌剌とした目には光が灯り、磨かれた宝玉のようにきらめいて、体中に今にも走り出しそうな活力が満ちている。ヒナのことが大好きな気持ちが、イツミを『ちゃんとした人』にしたのだ。

 

 ふんすと鼻息荒く気合を入れるイツミの頭を、友莉は優しく撫でた。

 

 無防備にその手を受け入れ、くすぐったそうに目を細めるイツミに、友莉は息が詰まった。

 

(本当に、バカなやつ)

 

 胸に満ちるのは、どうしようもない喪失感。

 

(私はゲームが好きなだけの友だちだよ。でも、それ以上の関係になりたいって、思わないはずないじゃない)

 

 クラスでは目立たない地味な女子だった。最低限の勉強以外はすべてゲームに費やす毎日だった。

 

 そんな自分に声をかけてくれた。友だちになり、二人で同じ時間を過ごし、同じお風呂に入り、同じベッドで寝た。自分だけに見せてくれる気安い態度が、表情が、ぞんざいな声音が気持ち良かった。

 

 恋愛沙汰を嫌悪し、人付き合いが苦手であること。話すたびに親愛と共感が高まり、いつしか彼女の特別になりたい想いへと変じていった。

 

 けれど友莉は何も行動しなかった。

 

 恋愛のトラウマを抱えるイツミを慮ったために──ではない。

 

(私は、最初から戦うのを諦めていたんだ)

 

 友莉は怖かった。勇気を振り絞った『パナ』しが通らず、イツミに拒絶されたら? 自分よりもずっと素敵なヒナと同じ土俵で競い、勝てる見込みは? 尻込みしてくよくよしている間にもイツミとヒナは前に進もうとあがき、そして一人だけ置いて行かれてしまった。

 

(『パナ』さなきゃ対戦になんないなんて……対戦の席にすらつかなかった癖にさ)

 

 友莉は力なく笑う。すべてを諦めた虚しい笑みだ。

 

 せめて虚勢を貫きたいと思った。彼女の隣にいられるなら、望んだ特別じゃなくとも構わないと、思い込もうとした。

 

 けれどダメだった。鼻先がツンとして、視界が滲む。虚しさと寂しさが溢れて止まらない。イツミの頭を撫でていた手がぱたりと落ちた。

 

「えっ、泣いてる? なんで? お腹痛い?」

 

 イツミがハンカチをあてがってくれた。その優しさも素直には受け取れない。

 

「……君の能天気な顔見てたら眠くなっちゃって、ついあくびがね」

「なんでケンカ売ったの?」

 

 ローキックかましたろか、と額に青筋を浮かべるイツミ。

 

 友莉はハンカチで目元を拭い、深呼吸して、イツミと改めて向き合う。

 

「イツミ。私は君が好きだよ」

 

 イツミはきょとんとして、はにかむ。

 

「私も好きよ。大切な親友だもの」

 

 ああ、と声にならない呻きが漏れる。彼女と出会ってから今までが走馬灯のように頭を巡る。内心の後悔を示すように、蘇る情景の多くは今年の春から夏にかけてのものだ。

 

 最大限の負け惜しみと親友への祝福を込めて、友莉は呟いた。

 

「神アプデ、きたこれ」

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