片腕ニーナと戻らぬ日々に。片目のエリカと明日への日々に。 作:furu6272
『ニーナは片腕を失ったのです。』
カチューシャ達がニーナのいる病室に入る前、クラーラはニーナが受けた措置を一言で伝えた。
その言葉を聞いたカチューシャは反射的に、何か声を発しようと口を開く。だが、それよりも早くクラーラが言葉を続けた。
「加えるなら、奇跡的にも、片腕を失うだけで済んだそうです。」
静かなクラーラの言葉にカチューシャは言葉を失う。
(片腕を失う事が幸運だなんてありえない。それほどニーナは危険な状況だったの?)
クラーラはショックを隠せない様子のカチューシャを心配そうに見つめ、カチューシャの傍に立つノンナに視線を向ける。
ノンナはカチューシャと同じようにショックを受けていたようだが、クラーラと目が合うと先を促すように目配せをした。
ノンナはカチューシャなら大丈夫と信じているのだろう。クラーラはそう判断すると、カチューシャ達への報告を再開する。
「最初は発熱などもあったらしく、最悪の事態も考えられたそうです。ですが、意識も無事に戻り、ここからニーナの体調が悪化する見込みは少ないとのことです。」
クラーラは一息にニーナの状況を説明した。
体調が悪化する見込みがないということまで言ったのは、カチューシャのショックを抑えようとしたためだろう。
実際、その言葉はカチューシャの心を大分落ち着かせた。
もしも最悪の事態という言葉だけを聞いていたら、カチューシャはさらに激しく動揺していたはずだ。
「その、意識が戻ったっていうのはどういうことなの?」
ショックは抑えられていたが、不穏な言葉が並んでいたことが気になったカチューシャはクラーラに質問する。
それに対して、クラーラは一瞬考えるような間を置いてから、言葉少なくこたえる。
「ニーナは入院した当初熱などがあり、意識がはっきりとしない状態だったそうです。」
「そう……そうなのね。」
(昨日意識が戻ったということは、ニーナは二日間くらい意識を失っていたことになる。)
意識が戻らなかったら、ニーナはどうなってしまっていたのだろうか。
クラーラからニーナの体調が良くなってきているという話を聞いたにもかかわらず、カチューシャはぞっとするような心持ちがした。それでも、
ニーナは生きてくれていた。その事実に感謝するべきだろう。
カチューシャはそう判断すると、何度か大きく深呼吸をした。
そして、カチューシャを心配そうに見つめるノンナとクラーラに対して大きく頷いた。
「私は大丈夫よ。行きましょう。」
そう、私は大丈夫なのだ。心配なのはニーナだ。
クラーラのおかげで事前の情報は手に入った。
そのおかげで、ニーナの体を見て悲鳴を上げたりして、ニーナにショックを与えるような事はしないですむだろう。
(まずはきちんと謝ろう。許してもらえる事ではないけれど。そして許してもらえなくても、ニーナを支えていかないといけないわ。)
そう覚悟を決めると、カチューシャはニーナのいる病室の前に立ったのだった。
カチューシャ達が病室の扉を開けると、そこには1人の女の子がベッドに横たわっていた。
それはプラウダ高校の生徒であるニーナであった。
ニーナは目をあけて天井を見ているようだったが、その表情はまるで眠っているかのように無表情だった。
そして、扉が開いたことに気づいたのか、ニーナは顔だけを扉の方に向けた。
「あれまぁ、カチューシャ様でねぇか。どうしたんですか、こんなところへ?」
無表情な表情から、生気が戻ったように目に光を取り戻したニーナは、のんきな声でカチューシャ達に言う。
ニーナがあまりに普通の様子だったため、カチューシャは病室に入る前に緊張していた程度を少し緩めることができた。
「どうしたじゃないわ。あなたのお見舞いに来たのよ。」
カチューシャはゆっくりとした足取りで横たわるニーナに近づいて行く。
そして、ニーナはカチューシャが近づいて来るのに合わせて上体を起こした。
「へぇ!?わだすのお見舞いですか!!?それはありがとうございます。」
隊長であるカチューシャがわざわざ自分のお見舞いに来たことに緊張したのか、ニーナはベッドの上で背筋を伸ばす。
(ばか!こんなときにまで礼儀を重んじてるんじゃないわよ。)
カチューシャは思わずニーナに文句を言いそうになったが、即座に口をつぐんだ。それは、カチューシャがニーナの上半身を見てしまったからだった。
ニーナは寝ているときに掛布団を掛けていたが、上体を起こしたことで掛布団がめくられて、ニーナの上半身があらわになる。
そして、ニーナは長袖のパジャマを着ていたが、その左袖は肘のあたりから平たくなっており、下に垂れ落ちていた。
本来、腕があり膨らみがあるはずの袖の部分が潰れてしまっている。
それはクラーラから知らされていたはずの事だった。
ニーナは左腕を失っていたのだ。
それを見たカチューシャは瞬間的に体中の血流が激しくなるのを感じる。
「っ……」
声が詰まり、カチューシャの目に涙がにじむ。
それに対してニーナは、突然泣きそうになっているカチューシャを見て、驚きの声をあげた。
「カ、カチューシャ様!?どうしたんだべ、大丈夫だか!?」
ニーナはわたわたと右腕を動かす。本当なら左腕も動かそうとしていたのかもしれないが、ニーナの左腕は袖をわずかに揺らすだけだった。
腕のない袖が揺れるのを見て、カチューシャの目から涙が溢れるように流れ出てくる。胸が締め付けられるように痛み、カチューシャは思わず胸を片手で押さえる。
(大丈夫じゃないのはあなたでしょ。)
「アッ……カッ……。」
カチューシャは必至に声を出そうとするが、声を上手く出すことができない。
そもそもそんな事が言いたいのではない。
カチューシャは顔をうつむかせると、声が出せないまま半歩ずつ足を動かすようにして、少しずつニーナのベッドへ歩いていく。
カチューシャがニーナに近づくにつれて、カチューシャの目から落ちた涙が床に落ち、さらに近づくとニーナのいるベッドに涙のシミが滲んでいった。
そしてついに、ニーナに触れることが出来るほどの位置へ辿り着く。だが、カチューシャの動きはそこで止まってしまった。
「ヒック……ヒック……。」
顔をうつむかせたまま、嗚咽のような声が病室に響く。
その様子にニーナはどう対応すればよいかわからず、動かしていた腕を止めて困った表情をした。
そして、ニーナは右腕を動かすと、おそるおそるといった動作でカチューシャの肩に手を掛けようとする。
だが、ニーナの手が肩に触れた瞬間、カチューシャは弾かれたように顔を上げた。
「ごめんなさいっ!ニーナ、本当にごめんなさい。」
堰を切ったように謝罪の言葉を出したカチューシャは、その場で「ううぅ~。」としゃくり上げるようにして泣きだしてしまう。
ニーナは、そんなカチューシャを困り顔でしばらく見ていたが、泣いている子供を泣き止ませようとするように微笑むと、おそるおそるではなく、やさしくカチューシャの肩に手を置いた。
「大丈夫、大丈夫ですだ。カチューシャ様。」
ニーナが声を掛けながら優しくカチューシャを抱き寄せると、カチューシャは嗚咽しながらニーナの胸に顔をうずめた。
「ヒック……ううぅ……」
「大丈夫。大丈夫ですだ。」
泣き続けるカチューシャをニーナは片腕で抱きしめ続けていた。