魔王を倒したあとの、後日譚(?) 北側諸国を旅するフリーレン一行が出会ったのは、七崩賢よりも、魔王よりも、何より「話が通じない」最悪の三魔族だった。

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黄金のアフロと鼻毛の勇者、時々ところてん

 北側諸国、シュヴェーア地方。 のどかなはずの村の入り口で、私は足を止めた。

 

「……フリーレン様。これは、何かの封印魔法の残滓でしょうか」

 

 フェルンが杖を構え、震える指先で村の中央を指差す。 そこには、かつてこの村を襲撃したはずの軍勢――クヴァール直系の魔族たちが、無残な姿で転がっていた。

 

 ただし、死んではいない。 一体の魔族は、頭部が「ちくわ」に置換され、道端で「俺は、練り物として生きる……」と虚ろな目で呟いている。

 

 また別の魔族は、全身に「ぬ」という文字を刻まれ、地面と会話をしていた。 魔族としての誇りも知性も、完膚なきまでに破壊されている。

 

「違うよ、フェルン。これは魔法じゃない。もっと……純粋で、救いようのない『何か』だ」

 

 私は古い記憶を辿る。 ヒンメルたちと旅をしていた頃、一度だけ噂に聞いたことがあった。

 

 魔族でありながら魔族を狩り、人間を助けるわけでもなく、ただただ周囲のIQを著しく低下させる三柱の魔物がいると。 その名は――。

 

「あー! ここのおでん、大根が入ってねーぞコラァ!!」

 

 村の広場から、鼓膜を突き破るような絶叫が響いた。 私たちが広場に踏み込むと、そこには地獄を煮詰めたような光景が広がっていた。

 

 黄金のアフロヘアーをした巨漢、ボーボボ。 オレンジ色のトゲトゲした、太陽とも金平糖ともつかない謎の生物、ドンパッチ。 そして、透明な青い体をした、プルプル震える不定形の塊、ところ天の助。

 

 彼らは、倒れた魔族の背中をテーブル代わりにして、優雅に(?)お茶会を開いていた。

 

「おい、天の助! お前がさっき自分を『こんにゃく』だと言い張ったせいで、出汁のバランスが崩れたじゃねーか!」

 

「理不尽だよ! 僕はところてんとして生まれたけど、魂はこんにゃくになりたかったんだよ!」

 

 ドンパッチが、天の助の顔面に凄まじい勢いで大根(本物)を叩きつける。 飛び散る青いゼリー。

 

 それを見て、シュタルクが真っ青な顔で後ずさりした。

 

「……なぁ、フリーレン。あれ、本当に魔族なのか? プレッシャーが、アウラとかいう奴よりよっぽどキツいんだけど」

 

「うん。ある意味では最強の魔族だよ。彼らに関わった魔族は、二度と戦線に復帰できない。精神が『ハジケ』に汚染されて、存在そのものがギャグに上書きされるから」

 

 私は杖を握り直す。 かつて、魔王軍の幹部たちが「あいつらだけは、封印するより放置したほうが被害が少ない」と結論づけた歩く天災。

 

 ボーボボが、ゆっくりとこちらを振り返った。 サングラスがキラリと光り、その鼻から一本の毛が、まるで意志を持つ蛇のように伸びる。

 

「……ほう。新しいゲストか。お前ら、おでんの具になりに来たのか? それとも、俺の鼻毛の一部になりに来たのか?」

 

「いえ、私たちはただ通りがかっただけで……」

 

 私が言い終わる前に、ドンパッチが私の目の前に瞬間移動してきた。 速い。 フェルンの防御魔法が間に合わないほどの速度。

 

「おい、ババァ! その杖、ちょっと貸せ! これで焼き芋を刺して焼くと美味いんだよ!」

 

「バ……ババァ……」

 

 フェルンの目が、急速に冷たくなっていく。

 

「フリーレン様。殺しましょう。このオレンジ色のトゲトゲ、今すぐ粉砕してコンクリートの材料にします」

 

「待ってフェルン! それに触れたら、君の服も『ネギ』とかに変えられるよ!」

 

 カオスな三魔族。 人類の敵でもあり、魔族の敵でもある「ハジケ」の象徴が、今、私たちの旅路に立ち塞がった。

 

 ***

 

「粉砕……して……コンクリートに……」

 

 フェルンの声が、怒りのあまり地鳴りのように低く響く。 彼女の周囲の空気がピりつき、展開された魔法陣から放たれた「人を殺す魔法」が、ドンパッチの眉間を目掛けて一直線に突き刺さった。

 

 ドゴォォォォン! と爆炎が上がる。

 

「やったか!?」

 

 シュタルクが叫ぶけど、私は首を振った。 爆煙の中から現れたのは、ボロボロのウェディングドレスを着て、なぜか血を流しながら(ケチャップの匂いがする)倒れているドンパッチだった。

 

「……あぁ、私としたことが。結婚式当日に、まさか見知らぬ紫髪の女に撃たれるなんて……。お父様、お母様、お先に天国でハジケてきます……」

 

「何の茶番ですか。早く死んでください」

 

 フェルンが追撃の魔法を放とうとするが、なぜか魔法が発動しない。 ドンパッチが発する「あまりにも理不尽な悲劇のオーラ」が、魔法の構成式を「お涙頂戴の脚本」に書き換えてしまっている。

 

「ダメだよフェルン。彼らの前では、シリアスな感情はすべてエネルギーとして吸収される」

 

 私が忠告する横で、今度はシュタルクが悲鳴を上げた。

 

「うわあああ! 来るな! そのプルプルしたのを俺に擦り付けるな!」

 

 ところ天の助が、涙を流しながらシュタルクの足にしがみついていた。

 

「若者よ……君には才能がある。その『自分、不幸です』みたいな顔……まさに『ぬ』の心を理解できる逸材だ! さあ、この『ぬ』と書かれた百パーセントポリエステル製のシャツを着て、僕と一緒に賞味期限の向こう側へ行こう!」

 

「嫌だよ! 俺の斧を返せよ! なんでさっきから斧が『ちくわぶ』になってんだよ!」

 

 シュタルクの武器は、いつの間にか出汁の染みた練り物に姿を変えていた。 重厚な鉄の感触はどこへやら、今はしっとりとした弾力しかない。

 

 そんな喧騒を、黄金のアフロ――ボーボボが腕組みをして見守っていた。

 

「フッ……いいハジケだ。だが物足りねぇ。おい、銀髪の小娘」

 

 ボーボボが私を指差す。

 

「お前、さっきから冷静なツラして見てるが、心の中では『このアフロの中に、実は炊き立てのササニシキが入ってるんじゃないか』って疑ってるだろ?」

 

「……一ミリも思ってないけど」

 

「隠しても無駄だ! その証拠に、俺の鼻毛がお前の心の声をキャッチしたぜ!」

 

 ボーボボが鼻の穴を大きく広げると、そこから小型の拡声器が飛び出してきた。

 

『あー、メロンパン食べたい。あと、あのアフロに火をつけたらどんな音がするかなー』

 

「……私の声じゃない。それ、たぶん君の願望だよね?」

 

 私が指摘する間もなく、ボーボボは突然、自分自身の胸板を太鼓のように叩き始めた。

 

「祭りの時間だぁぁ! 鼻毛真拳奥義・『聖蹟桜ヶ丘駅前再開発プロジェクト』!!」

 

 地響きと共に、村の広場から巨大な鉄骨が次々と生えてくる。 魔族を倒すための魔法ではなく、ただひたすらに周囲を「意味不明な工事現場」へと変貌させる理不尽な光景。

 

「フリーレン様、もう限界です……。耳から脳みそが溶け出してきました……」

 

 フェルンが杖を杖としてではなく、鈍器としてドンパッチに叩きつけ始めた。 私は大きく溜息をつき、記憶の引き出しをひっくり返す。

 

 確か、フランメの師匠の、そのまた師匠が残した魔導書に、「話の通じないバカを黙らせるための、さらに知能の低い魔法」があったはずだ。

 

「……あった。これだ」

 

 私は脳内の魔導書ライブラリから、最も見たくなかったページを開く。 神話時代、あまりに支離滅裂な神々と対話するために生み出されたとされる、精神汚染系魔法。

 

「フリーレン様、まさか……あんな連中と真面目に戦うつもりですか?」

 

 フェルンがドンパッチの頭を何度も地面に叩きつけながら、血走った目で私を見る。 ドンパッチは叩かれるたびに「あぁっ! もっと! もっと私を、高級なマロングラッセのように扱って!」と悶えていた。

 

「真面目に戦ったら負けるんだよ、フェルン. 彼らの土俵に上がり、かつ、彼らよりIQを下げる。……いくよ」

 

 私が杖を掲げようとした瞬間。

 

「遅いぜ、おばあちゃん! 俺たちのハジケは、既に第33回・全国チキチキ猛レースの予選を通過している!」

 

 ボーボボが叫ぶと、天の助とドンパッチが磁石に吸い寄せられるように、ボーボボの背中に激突した。

 

「合体だぁぁぁ! 聖・鼻毛領域(ボーボボ・ワールド)!!」

 

 パァァァン! という景気のいい破裂音と共に、周囲の景色が書き換わる。 そこは、果てしなく続く「工事現場の朝礼広場」だった。

 

「なっ……なんだこれ!? 俺、なんでヘルメット被らされてんの!?」

 

 シュタルクが叫ぶ。 彼はいつの間にか、反射ベストを着せられ、両手に光る赤い誘導灯を持たされていた。 しかも、彼の目の前には、巨大な重機を操縦する鼻毛の塊が鎮座している。

 

「よし、バイト君! そこ、ダンプ通るからしっかり誘導しろよ! 報酬は『ちくわぶの芯』3本だ!」

 

「安すぎるだろ! っていうか、なんで魔族と戦ってんのに俺は交通整理してんだよ!」

 

 シュタルクが半べそをかきながら棒を振る。 その横で、合体したボーボボ(のような何か)は、なぜか巨大なランドセルを背負い、鼻からタワシを出しながら踊り始めた。

 

「……フリーレン様、もういいです。私がやります」

 

 フェルンの瞳から完全にハイライトが消えた。 彼女は杖をポイと地面に捨てると、無言で袖をまくり、拳を固める。

 

「フェルン、それは……」

 

「魔法ではありません。これは、実家の掃除を手伝わなかった弟を正座させた時の『拳』です」

 

 フェルンの拳から、ドロドロとした黒いオーラ(殺意)が立ち昇る。 彼女は超高速でボーボボの懐に潜り込むと、その黄金のアフロに向かって、正確無比な正拳突きを叩き込んだ。

 

 ドゴォォォォォン!!

 

 衝撃波で、シュタルクのヘルメットが遥か彼方へと吹き飛ぶ。

 

「ぐはぁっ!? なんだこの威力は……! 物理攻撃の中に、言い知れぬ『家庭の事情』が混じってやがる!」

 

 ボーボボが数メートル後退するが、即座にアフロの中から「卒業生代表」と書かれたリボンをつけた校長先生を取り出し、盾にした。

 

「甘いぜ! 俺にはこの『感動の卒業式(教育委員会公認)』という最強の盾がある!」 「……教育委員会ごと、消し飛ばします」

 

 フェルンの次の拳が、空気を切り裂く。 私は悟った。 この戦い、魔法の知識なんて何の役にも立たない。 一番強いのは、たぶん「一番キレている奴」だ。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 フェルンの肩が激しく上下している。 彼女の拳は、ボーボボが盾にした「校長先生」を貫通し、その背後の「卒業生一同」まで粉砕していた。

 

「……おいおい、マジかよ。教育の現場をここまで私情で破壊する女は初めてだぜ」

 

 ボーボボがサングラスを指で直し、アフロの中から一本の瑞々しい長ネギを取り出した。泥付きだ。

 

「致し方ねぇ。抜かせてやるよ……この、伝説の聖剣『首領パッチソード』をな!」

 

「それ、さっきのオレンジ色のトゲトゲですよね? というか、どう見ても野菜です」

 

「黙れ! これはな、一晩中味噌汁に浸かって英気を養った、最高にスパイシーな剣なんだよ!」

 

 ボーボボがネギを構えると、周囲に「鍋の匂い」という名の強力な魔力領域が展開される。

 

 一方、工事現場の隅では、シュタルクが絶望の淵にいた。

 

「ほら、そこ! 誘導灯の振り方が甘いよ! もっとこう、魂の叫びを『ぬ』の形に描くように振って!」

 

 天の助が、青いゼリー状の指でシュタルクの尻をパシパシと叩いている。

 

「無茶言うなよ! 俺は戦士なんだぞ! なんで『ぬ』の形に交通整理しなきゃいけないんだ!」

 

「うるさーい! 君にはこれが、ただの交通整理に見えるのか!? これは、全宇宙の『ぬ』を繋ぎ止める神聖な儀式なんだよ!」

 

「知らないよ! もう嫌だ、アイゼン……俺、戦士やめて交通整理のプロとして生きていくよ……」

 

 シュタルクの瞳から完全に戦士の矜持が消え失せていく。 その時だった。

 

「……あ、あの。葬送のフリーレン様……でしょうか」

 

 足元から、消え入りそうな声がした。 見ると、さっきまで「ちくわ」にされていた魔族の生き残りが、涙を流しながら私のローブの裾を掴んでいた。

 

「……何? まだ戦う元気があるの?」 「い、いえ! 滅相もない! お願いです……今すぐ、私たちを殺してください! あの黄金のアフロと一緒にいるくらいなら、ゾルトラークで塵にされた方が、魔族としてどれだけ救われるか……!」

 

「俺もだ! 俺も、もう『ぬ』という文字を見るだけで吐き気がするんだ! 早く、早く地獄へ送ってくれ!」

 

 別の魔族も這い寄ってくる。 魔族が人間に、自らの死を請い願う。 千年の歴史の中でも、こんなに悲劇的で滑稽な光景は見たことがない。

 

「……ごめんね。今はそれどころじゃないんだ」

 

 私は彼らを軽くあしらい、ボーボボと向き合うフェルンを見守る。 ボーボボはネギを天高く掲げ、叫んだ。

 

「食らえ! 鼻毛真拳・最終奥義・『明日から本気出す(結局出さない)』!!」

 

 ネギが光り輝き、放たれたのは……ただの「コタツ」だった。 戦場のど真ん中に、唐突に現れた一台のコタツ。

 

「……何ですか、これ」

 

 フェルンが冷ややかに問いかける。

 

「フフフ、これに入ったが最後、お前はもう二度と冒険に出る気力を失い、一日中みかんを食べて過ごす廃人となるのだ!」

 

 ボーボボが勝ち誇ったように笑う。 ……確かに、ある意味ではどんな攻撃魔法よりも恐ろしいかもしれない。

 

「フリーレン様! 騙されないでください、それは敵の罠……」

 

 フェルンの制止の声は、虚空に消えた。 私が気づいた時には、体は吸い寄せられるように、その四角いブラックホール――コタツへと滑り込んでいた。

 

 ぬくぬくとした、適度な温度。 足先が天国の雲に触れたような錯覚。

 

「……あ、これダメなやつだ。千年修行しても、これには勝てない」 「フリーレン様ぁぁぁ!!」

 

 フェルンの絶叫が響くが、私の意識はすでに、コタツの上にいつの間にか用意されていた完熟のみかんに集中している。

 

 横ではボーボボが、当然のような顔をして同じコタツに入り、真剣な表情でみかんを選別していた。

 

「へっ、わかってんじゃねーか銀髪。戦いの中にある、一瞬の安らぎ……これこそがハジケの真髄よ。おい天の助、茶を淹れろ!」

 

「はい、ただいま! ……って誰が茶柱だよ! 僕はところてんだよ!」

 

 天の助が自分を絞って出した(?)謎の青い液体を湯呑みに注ぐ。 シュタルクは、その茶(?)を工事現場の誘導灯でかき混ぜながら、うつろな目で呟いた。

 

「……なぁ、フェルン。俺、わかったんだ。魔族とか人間とか、どうでもいいじゃないか。みんな等しく『ぬ』なんだよ……。このちくわぶの斧で、世界を『ぬ』の海にするんだ」

 

「シュタルク様まで……. どいつもこいつも、バカなのですか!?」

 

 フェルンが杖を掲げ、至近距離からコタツごと吹き飛ばそうとしたその時。 ボーボボが、鋭い手つきでみかんを手に取った。

 

「待て、紫髪の小娘。お前の師匠と俺で、今から『みかんの皮アート・世界選手権』を開催する。もしお前が手を出せば、この村の地下に眠る『巨大なイカの塩辛』が爆発するぜ」

 

「……そんなもの、眠っているはずがありません」

 

「信じるか信じないかは、お前のハジケ次第だ!」

 

 ボーボボの指先が、目にも留まらぬ速さで動く。 剥かれた皮が宙を舞い、一瞬で「法隆寺・五重塔」の形に組み上がった。

 

「どうだ! これが俺の、芸術的ハジケ剥きだ!」

 

 私は負けじと、歴史の知識を総動員して、皮を「魔王城」の形に剥き上げる。

 

「甘いね。私の剥き方は、ハイター地方の伝統的な様式だよ」

 

「おぉぉ! やるじゃねーかババァ! だが俺にはこれがある! 鼻毛真拳奥義・『皮だと思ったら全部ドンパッチだった』!」

 

 ボーボボが指し示したみかんの山が、一斉に目を開け、オレンジ色のトゲトゲに変形した。

 

「ギニャーッ! 俺を剥くんじゃねぇぇ!!」

 

 数百のドンパッチがコタツから溢れ出し、周囲の魔族たちを襲い始める。

 

「ぎゃああ! 痛い! トゲが刺さる! 助けてくれ、フリーレン様!」

 

 魔族たちが泣き叫び、ドンパッチを振り払おうとするが、ドンパッチたちは「お父さーん!」「養育費を払えー!」と口々に叫びながら、魔族の顔面に吸着していく。 もはやどっちが侵略者かわからない。

 

「……フリーレン様、もういいです。私も、混ぜてください」

 

 ついにフェルンが、冷徹な仮面を脱ぎ捨て、コタツの反対側に座り込んだ。 彼女は、無言で一番大きいみかんを手に取ると、凄まじい魔力を込めて皮を剥き始めた。

 

 剥かれた皮が、精密な「ボーボボを絞首刑にするための処刑台」を形作っていく。

 

「……勝負だ、アフロ」 「受けて立つぜ、お嬢ちゃん!!」

 

 極北の静かな村は、今や魔族の悲鳴と、みかんの匂いと、意味不明なハジケの熱気に包まれていた。

 

「……もう、耐えられない」

 

 ちくわの頭にされた魔族の指揮官が、虚空を見つめて震える声で呟いた。 彼の周囲では、無数のドンパッチたちが「俺、実は君の生き別れたおばあちゃんなんだ」と交互に耳元で囁き続けている。

 

「この世に、神も魔王もいない……。あるのはただ、黄金のアフロと、プルプルした青い絶望だけだ……!」

 

 魔族たちの魔力が、急速に不安定な赤黒い輝きを帯び始める。 それは、自身の存在のすべてを魔力に変換し、周囲数キロメートルを塵にする禁忌の自爆魔法。

 

「フリーレン様、魔族たちが自爆を……。この規模だと、コタツごと吹き飛びます!」

 

 フェルンがみかんの皮で作った処刑台の手を止め、鋭く警告した。 だが、私はコタツの魔力(暖かさ)に抗えず、みかんを食べながらぼんやりと答える。

 

「大丈夫だよ、フェルン。……たぶん、あの男がなんとかする」

 

「ハッハッハ! 景気がいいじゃねーか! 野郎ども、フィナーレの時間だ!」

 

 ボーボボがコタツを跳ね除けて立ち上がった。 その瞬間、魔族たちの自爆エネルギーが極限まで凝縮され、世界が白光に包まれようとした――。

 

 しかし、ボーボボが鼻の穴から取り出した一本の「導火線」を、その爆発のエネルギーに直接突き刺した。

 

「鼻毛真拳奥義・『たまやーっ! って言わないと死ぬ病気』!!」

 

 ドォォォォォン!!

 

 轟音と共に放たれたのは、破滅の光ではなかった。 夜空に打ち上がったのは、巨大なドンパッチの顔をした花火と、なぜか「就職希望」という文字を象った七色の光芒。

 

 降り注ぐ火花はすべて金平糖に変わり、村の屋根を優しく叩く。

 

「……綺麗ですね」

 

 いつの間にかコタツから出ていたフェルンが、呆然と夜空を見上げて呟く。

 

「ああ。……でも、よく見ると花火の中にシュタルクが混ざってるよ」

 

「たまやーっ! 助けてくれーっ! 俺、今、高度三千メートルで時速二百キロで回転してるーっ!」

 

 光の尾を引きながら空を舞うシュタルク。 その下では、自爆に失敗した魔族たちが、自分たちが花火の一部(火薬役)にされた事実に打ちひしがれ、地面に「ハジケ」と文字を書く作業に戻されていた。

 

「おい、天の助! お前も何か打ち上げろ!」

 

「えっ、僕!? じゃあ、僕の秘蔵の……『ぬ』の歴史絵巻を!」

 

 天の助が自分の体を薄くスライスして夜空に投げつけると、月光に透けた彼の断面に、古代の文字でびっしりと書かれた「ところてんのレシピ」が浮かび上がる。

 

「……フリーレン様。私たちは、何のために旅をしているんでしょうか」

 

 フェルンが、真剣な、あまりにも切実な目で私に問いかけてきた。 私は、空から降ってきた金平糖を一つ拾って口に入れる。

 

「わからない。でも、ヒンメルならこう言ったと思うよ」

 

『フリーレン、アフロの中に住むリスに餌をあげるのも、意外と楽しい旅の思い出になるんじゃないかな』……って。

 

「ヒンメル様はそんなこと言いません」

 

 フェルンの即答を聞きながら、私は、黄金に輝くアフロの男が、空中でシュタルクとプロレスごっこを始めているのを眺めていた。

 

 魔王を倒した後の世界は、思っていたよりもずっと、救いようがないほどにハジケている。




フリーレン「自害しろ、天の助」

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