有馬かなは告らせたい~3期からの再スタート~ 作:ルオン
原作はルビーの活躍が主軸となる時期とはいえ……MEMちょの優しさがもう少し欲しい時期であった……
今日も、癖で早く目覚めてしまう。
でも久しぶりに身体が素直に起きてくれた。とりあえずジャージに着替えて何も考えないくらい走ってやった。シャワーを浴びて、軽い朝食を食べて、制服に着替えて学校に通った。
いつも通り授業は真面目に受ける。
ほどほどの成績だけど、万が一の時の選択肢は持っておきたいから。
休み時間とか、昨日のことをふと思い出してしまう。
帰りに泣いて、泣いて、泣きまくった。
メムに撫でられて、部屋まで付いてきてくれて、そのまま眠ってしまった。
最悪だ、外であんなに大泣きした。
泣き虫にもほどがある。
もし動画でも取られていたら、『10秒で泣けるB小町のセンター(笑)』とか、ネットのオモチャにされるところだったわね。
授業が終わり、最近は通知がとても少ないスマホにメッセージが入っていた。
『放課後に時間ある?
かなちゃんと2人で話したい』
それはメムからだった。
とても忙しい人なのに。
編集も、配信も、あるはずなのに。
迷惑はかけるけど、もうあの人の親切を断りたくない。自分のためにも、メムのためにも。
『ある。行く』
送信してから、少しだけ後悔したことはある。
確か設定的にはもう私は同級生だけど、ホントは年上だし、敬語とか使ったほうがいいのかしら。でも急に態度を変えると迷惑かもしれないし。
なんだか昨日のことで、自然とメムのことを頼れる大人だと思い始めていた。
布マスクをつけながら、学校を出る。
今日はアイツやルビーは来ているのかしらね。
振り返ると、たぶんまた泣いてしまう。
もう外では、泣かないようにしよう。
「よしっ」
今日から決めよう。
泣き虫な有馬かなとは、さよなら。
泣くなら、大事な演技の時か、自分の部屋だけにしよう。
メムのマンションは、もう何度も来ているところだった。
B小町ちゃんねるの撮影で使う部屋で、たくさんの撮影機器があって、3人掛けの大きなソファによく座っている。そこまでは見慣れた景色だった。
でも今日は、案内されてそこを通り過ぎる。
「こっちね、かなちゃん」
そう言って案内されたのは、奥の部屋だった。
ピンクの絨毯に、水色の壁だ。
机と椅子が2つ並んでいて、キャビネットと本棚が1つずつだけだ。片方には黄色のデスクトップPCが主張するように置かれている。
物は、驚くほど少なかった。
ましてベッドなんてない。
「配信と動画編集、まあMEMちょの仕事部屋だねぇ」
ここも配信で使う部屋と言っても、デスクトップPC周りにもほとんど物がない。
「意外ね。もっとごちゃごちゃしてると思ってた」
「よく言われる。でもね、散らかすと集中力が落ちるんだよぉ私」
へらへら笑って、メムは頭をかいた。
ほんと愉快で楽しい人だ。
ふと薄紫色のキャビネットが、大きくて目立っていた。
他の物は、飾られているように綺麗なのに。
「あぁゲーム機もあるけどさ、趣味っていうより動画ネタだねぇ」
きっと中身も整理されているんでしょうけど、いろいろなゲームで溢れていそうだ。私やルビーも、配信者コラボでゲームする時はあるけど、スマホゲーくらいなのよね。
「最近のゲーム界隈の、コンテンツ消費量は超爆速だからねぇ。ソフトが増えるのなんの」
「へぇ……」
どうやら芸能界以外も、なかなかに大変らしい。
天才子役として数年売れてただけ、私はマシなんだろうか。
B小町としての人気も、この一瞬だけなんだろうか。
「これがさぁ、最近はレトロゲーの方がウケ良かったりするんだよぉ。弟たちと昔やってたやつとかねぇ」
そんな話を聞きながら、絨毯に座らせてもらう。
メムも隣に腰を下ろしてくれた。距離は近くて安心する。
「……今日ルビーは?」
「今日は来ないよ」
そう言われて、胸の奥がちくっとする。
あの子はとても売れてる。わかってる。わかってるけど。
「んー、なんかオフの日でも、外によく出かけてるらしいよ?」
「去年は、もっと暇さえあれば事務所にいたわよね?」
とはいえ2人で悩んでも答えは出ない。
あの子は去年までの天真爛漫っぽさだけじゃなくて、ダーク路線みたいなのを感じさせる時がある。宮崎の厄介な事件を見たと聞いた。そこで何かしら心境の変化があったんだろうか。
まさか男に会ってるなんてないわよね。
いや、シスコンなアイツが、ちゃんと妹の面倒も見てるはず。
「ルビーちゃんが心配?」
「同じB小町なんだから当然よ。ヘンなことされたら私たちも困るわよ」
アイツに任せられたからじゃない。
とてもいい子だから、芸能界のヘンなことに巻き込まれてほしくない。
「そっか。でも今日の話は、かなちゃんのことだよ?」
叱りつけるような声だった。
無意識に、考えないようにしてた。
あんなに泣くまで、『アクアと仲直りしたい』、その気持ちがある。でもどうすればいいかわからない。こちらから踏み込んでしまって、ますます嫌われるのが怖い。
「かなちゃん、まださ……しんどいでしょ?」
「……別に」
もう少しはマシになろうと思ってたのに。
もう外では泣かないと思ってたのに。
「せめて友達の前でね。泣くまで溜め込む癖は、治したほうがいいよぉ」
「……友達…ね…」
メムに撫でてもらうと、もう涙が溢れる。
昨日泣きまくって、まだまだ枯れやしない。
「かなちゃんもさ、ちゃんと頑張ってるよ。それは私がよく見てるから」
もうダメだった。
私は昨日の泣き虫なままだ。
メムに、もたれかかってしまう。甘えてしまう。
「それでね、昨日のうちにアクたんに聞いてきたよ」
驚くしかない。
とても行動が早い人だ。私が半年間できなかったことを、あっという間にやってくれた。
「聞きたい?」
「……聞きたい」
私が頷くことをしなければ、教えてくれなかったんだろう。
嫌われてる覚悟は、もう半年間もしてる。
身体は震えてしまう。
「……んー、約束したから、全部は話せない」
そんな前置きが、胸に刺さる。
私が知らないことを、メムは知ってる。
きっと黒川あかねも知ってる。
「でもね」
頬を手のひらで挟んで、顔を上げさせてきた。
涙で前はよく見えないけど、カラコンの瞳は綺麗だった。
「1つだけ、はっきり言えることがあるよ」
どうかまだ希望がありますように。
そう願うしかない。
「アクたんはね。かなちゃんのこと、嫌いになったわけじゃない」
それを聞けてまた涙が溢れ出す。
この半年間、ずっとずっと求め続けてきた答えだ。
嘘じゃないと信じたい真実だ。
「……ほんと?」
「ん、そこは断言できる」
涙は止まらなくて、でもこれは嬉しさの感情だ。
まるで罪から解放されたかのような感じがする。
だからこそ疑問にも思う。
「……じゃあ、なんで」
声が震えた。
抑えたつもりなのに、情けない。
「……黒川あかねと、付き合ってるから?」
「まあそれも理由の1つだとは思うなぁ」
否定しなかった。
ヘンに希望を持たせてはくれない。
でもそんなちょっぴりの厳しさが、今の私には欲しかった。
「…応援するから……ちゃんと距離守るから……」
声が、かすれる。
「…そこまで避けなくても…いいでしょ……」
「ごめんねぇ、絶対的な理由だけは言えないんだ。そうあの子と約束したからさ」
私のことが嫌いじゃなくて。
黒川あかねの配慮だけじゃなくて。
じゃあ、一体なんなのよ。
ハッキリ言いなさいよ。
こんなにもメムに、つらそうな声を出させて。
そこまで重い事情を自分1人で抱えてるの?
「かなちゃんはさ」
そう呼びかけてくれた。
「アクたんに恋してる自分を、もう否定しないでいいんだよ。だって、嫌われてないんだもん」
「……いいの?」
まだ恋してていいの?
カノジョのいるアイツが迷惑に思わない?
「だって無理に略奪とか、そーゆーのしないでしょ。ならアクたんのことを好きなままでいいよ。だってアクたんに隠してればバレないじゃん」
けらけらと朗らかに笑ってくれる。
そうだったわね。
私がどう思おうが、私の勝手かもしれない。
ちょうどよく、こんなにも距離を取られてるし。
「私はアクたんの味方もするけどさ。それよりも、かなちゃんの味方なんだよ?」
「……ありがと」
しばらく、そのまま泣いた。
何度も鼻をすすって、情けない音を立てながら。
あと少しで、ちゃんと立てるから。
ちゃんと少しは前を向けると思うから。
「……決めたわ」
「ん?」
言葉を選ぶ。
まだ震えてるけど、逃げない。
「このままじゃ終わりたくない」
ふらつきながら、ゆっくりと立ち上がれる。
「避けられても……付き合ってくれなくても…ずるずると…勝手に引きずるわよ……」
胸に手を当てる。
この初恋は、本物だから。
「アンタが目を離せないくらい有名になってみせる」
あの時の自分の感情を思い出す。
B小町としてのファーストライブだ。
私がアイドルやってる間に、必ずアイツのサイリウムを真っ白に染め上げてると決めた。
「アンタの推しの子になってやる!!」
そんな誓いを改めて、自分に刻み込む。
「あーもう!」
どん底からの再スタートなんて、慣れっ子だけど。
気づけば、ルビーとメムのお荷物アイドルで。
黒川あかねとの実力差は広がりすぎてて。
もう役者としての仕事なんて、すっからかん。
「アイツの好感度はさっぱりピーマン!
世間の評判はスカスカのピーマン!
有馬かなの1番の栄光はピーマン体操!」
アンタのせいで無茶苦茶よ。
なんとまあ笑える。
半年間もほとんど無駄に過ごしてしまったわ。
でも、今までもこれからも、アンタのおかげで、芸能界で生き続けられると思う。
「初恋、引きずってやる~!」
「かなちゃんは、それでこそだよ」
メムは隣に立ってくれて、トンと背中を叩いてくれる。
ホントはまだつらい。
まだまだ泣きたい。
でも前だけは向いてみせる。
もう『私を見て』なんて頼まない。
どれだけ離れようと、世界のどこにいたって、テレビに映るビッグな女になってみせる。
B小町としてはドームまで行く。それでメムや苺プロに恩を返す。
役者もがんばって、いつかはハリウッド女優とか、令和の大女優とか、とにかくそれくらい。
とりあえず役者としての目標はそんな感じだ。
「まあもしもアクアの気が変わったら!?
ぜったい向こうから! 告らせてやる!!」
いつかこの私と付き合えなかったことを後悔させてやる。