変わらないやり取りと、変わってしまった立場。
一緒に帰れないと分かっていても、確かにそこにあった時間が、静かに胸に残っていく。
※制作補助としてAIツールを使用しています。
もうそろそろ夕陽が沈む時間だった。
校庭から聞こえていた騒がしい声も、いつの間にか消えている。
俺は左手の腕時計に目を落とした。
そのまま机に突っ伏した。
一番前で、窓から二番目の席。
昔から、俺の場所だった。
「懐かしいな。この席で、よく寝てたっけ」
「“よく寝てたっけ”じゃないよ。トモちゃん、寝たら全然起きないんだから」
声がして、俺は体を起こした。
隣の、窓際の席。
そこに、幼馴染の少女が座っていた。
「おぉ。何してるんだ?」
「何って、トモちゃん待ってたんでしょ。早く帰ろうよ」
「それは悪かったな」
「うわ、その言い方。全然謝ってない」
「まあな」
「もう。怒ったからね」
彼女は頬を膨らませて、俺の左肩を軽く叩いた。
叩く、というより触れているだけだ。
俺は笑った。
彼女も笑う。
しばらく、教室に二人分の笑い声が残った。
ふと、彼女が俺をじっと見てくる。
「……なに見てるんだよ」
「だってさ。トモちゃん、スーツなんて着てるし。制服じゃないし」
「当たり前だろ。俺は先生なんだから」
「先生……あっ」
彼女は何か思い出したみたいに、手を叩いた。
「そういえば、今日ここで授業してたね。ちょっと堅かったけど」
「新任一年目だぞ。緊張くらいする」
俺はまた腕時計を見た。
「やばいな。もうこんな時間か」
席を立って、教室のドアへ向かう。
途中で足を止め、振り返った。
彼女は、まだ席に座ったままだった。
「一緒に帰るんじゃなかったのか?」
「え?本気にしてたの?」
「違うのかよ」
彼女は、ゆっくり首を横に振った。
「じゃあ帰るぞ」
俺は手を差し出した。
彼女は立ち上がり、近づいてきて、その手に自分の手を重ねようとした。
けれど、触れることはなかった。
すり抜ける。
彼女は一瞬、視線を落とし、それから笑った。
「……始めから、わかってるくせに」
「意地悪か?」
「うん。でもいいよ。しょうがないもん」
「ありがとな」
「ううん。話せて楽しかった」
また、笑い声が教室に残る。
彼女は、急に指を二本立てた。
昔から変わらない、あのピースだった。
「それじゃあ、相沢先生。頑張ってね」
「おう。寄り道しないで帰れよ」
「もう子どもじゃないもん」
「そうだな」
俺はドアの方へ向かった。
「あ、トモちゃん」
振り返らずに、声だけ聞く。
「先生になれて、おめでとう。夢、叶ったね」
「ああ。ありがとう」
それだけ言って、俺は歩き出した。
背後で、泣き声がした。
俺は振り返らなかった。
校舎の外に出ると、空はもう暗かった。
昼と夜の境目は、いつの間にか越えていた。
あの時間は、確かに俺の中にある。
それだけで、今は十分だった。
ネクタイを少し緩めて、俺は帰路につく。
教室の窓に、灯りは残っていなかった。