ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う 作:拓拓
太后救出から数日後。
城内は偽太后の息がかかった勢力の粛清と、本物の太后の復帰で大忙しだった。
そんな中、父王はパパス殿と俺、そしてリュカを公式な場に呼び出した。
だが、謁見の間に現れた一行を見て、城内にいた全員の時が止まった。
「……え」
俺は、思わず持っていた扇子を落としそうになった。
そこには、いつもの旅装束ではない、金糸の刺繍が施された豪奢な紫のガウンを纏ったパパスが立っていた。
その佇まいは、もはや一人の戦士ではない。
並ぶ者なき威厳を放つ、真の「王」の姿だった。
「ラインハット国王陛下。……これまで身分を隠していた無礼をお許しいただきたい」
パパスが懐から取り出したのは、黄金に輝く王家の紋章。
グランバニア王国の国章。
「私は、グランバニア王パパス……。伝説の勇者、そして行方不明の妻マーサを探すため、旅を続けていた者です」
「な、なんと……! あの東の果ての強国、グランバニアの王であったか!」
父王が驚愕に目を見開く。だが、俺の衝撃はパパスの正体(知ってた)にはなかった。
パパスの隣に立つ、もう一人の人物。
「……は?」
そこにいたのは、いつもの旅装束を脱ぎ捨て、清楚な白いドレスに身を包んだ「少女」だった。
ターバンの下に隠されていた黒の髪は美しく整えられ、その艶やかな質感が彼女の
華奢な鎖骨、膨らみかけた胸元のライン。どこをどう見ても、俺が知る「勇者の父」のシルエットではない。
恥ずかしそうに頬を赤らめて俯くその姿。
長い睫毛。透き通るような肌。
「あ……あのごめんね、ヘンリー王子。……ずっと、隠してたわけじゃないんだけど……」
鈴を転がすような声。
リュカ「君」ではない。どう見てもリュカ「ちゃん」だ。
(……待て待て待ってくれ。男の娘じゃなかったのか!? 中性的な美少年だと思ってたからこそ、俺はノンケとしての理性を保てていたのに……!)
俺のメタ知識が、音を立てて崩壊していく。
原作の主人公は男だ。それは間違いない。だが、目の前にいるのは、ビアンカやフローラをも凌駕しかねない、とんでもないポテンシャルを秘めた美少女ではないか。
いや、それだけじゃない。
もしリュカが女の子なら、これから出会うはずのビアンカ、フローラ、デボラ……本来なら「主人公の妻」となって伝説の勇者を産むはずの彼女たちの立ち位置はどうなるんだ?
俺が呆然と固まっていると、パパス王が父王に向かって、朗々と声を上げた。
「陛下。……この度の事件で、ヘンリー王子の高潔な魂と、我が子リュカを守り抜いてくださった勇姿に、私は魂を揺さぶられました。王子とリュカは、既に互いの背中を預け、命を懸けて戦った仲……」
パパスがリュカの肩を抱き、俺を真っ直ぐに見つめた。
その目は、完全に「娘を嫁にやる父親」の目だった。
「ラインハットとグランバニア。この二つの王家が永遠の絆で結ばれるため、私は、我が愛娘リュカをヘンリー王子の伴侶として差し出したい。陛下、この婚約、お認めいただけますかな?」
パパスの言葉が爆弾のように脳内で爆発した。婚約!? 俺とリュカが!?
その瞬間、俺の脳内ゲーマーが冷徹なシミュレーションを開始する。
(待てよ、俺がリュカを愛して結婚しても、俺は『勇者の血筋』じゃない。……このままだと、勇者が生まれないまま世界が滅ぶぞ!?)
勇者の誕生には、グランバニア王家の血筋と、天空の血を引く勇者の血脈(ビアンカ、フローラ、デボラ)の交配が必要不可欠なはずだ。
かつてのプレイ経験が脳内で警鐘を鳴らす。この「異変」は世界の法則を根底から覆している。
だが、俺の中に宿る「狂気」のレベリング精神が、即座に別の結論を導き出した。
(いや、待てよ……。そもそも俺が伝説の武器さえねじ伏せられるレベル99にまで到達すれば、勇者なんてシステムに頼る必要すらないんじゃないか? パパス殿が生存し、俺がカンストする。そんなイレギュラーが揃えば、ミルドラースなんて物理で完封できるはずだ)
つまり、俺自身が『勇者(物理)』として世界を救うルート。あるいは、俺が勇者の父親になるのではなく、俺が伝説そのものを上書きする展開。
「パパス……いや、グランバニア王、パパス陛下。それは……」
「ははは! ヘンリー王子、お主も嫌いではないのであろう? むしろ、お主ほどリュカのことを理解し、その命を預け合える者は他におらん。リュカがこれほどまでに心を開き、安らぎを見せるのは、後にも先にも貴方だけなのだ!」
パパスが豪快に笑いながら、俺の肩を力強く叩く。その掌から伝わる熱量は、父親としての喜びと、一国の王としての絶対的な信頼が混じり合ったものだった。
(……嫌いなわけないだろ! むしろ、ドレス姿の破壊力が凄まじすぎて、今この瞬間に恋に落ちそうなんだよ! だが、俺の中の『既プレイ知識』がブレーキをかけようとして……いや、もうそんなもの、今の状況には何の役にも立たない!)
俺の混乱をよそに、父王は大喜びで「名案だ! ラインハットとグランバニア、これ以上の同盟はあるまい!」と立ち上がって拍手を送っている。
運命は、文字通り劇的に変わった。
暗い洞窟の中で奴隷として朽ち果てるはずだった悲惨な運命は完全に消え去り、今、俺の目の前には、最強に可愛らしく、そして守り抜きたいと心から思える「婚約者(予定)」が、羞恥に震えながら立っている。
俺は、真っ赤になってドレスの裾を強く握りしめ、俯くリュカを盗み見た。
その白く華奢な左手の薬指には、決戦の前に俺が『最強の防具』として渡したはずの【水のリング】が、ドレスに似合う蒼い輝きを放っている。
無自覚に贈った指輪が、図らずもこの婚約を裏付ける「既成事実」となって輝いていることに気づき、俺は顔が熱くなるのを感じた。
気配を察したのか、彼女がゆっくりと顔を上げる。
一瞬、視線が絡み合った。
潤んだ瞳に、揺れる期待と不安。リュカは震える唇を噛み、消え入りそうな、けれど確かな熱を帯びた声で呟いた。
「……やっぱり……ボクじゃ、だめ……かな、王子さま?」
(……勝てるか、こんなもん!)
俺は天を仰ぎ、内心で白旗を揚げた。
世界平和か、目の前の美少女か。天秤にかけるまでもない。両方取ればいいだけだ。
どうやら、俺の持っていた「既プレイ知識」という名の攻略本には一文字も記されていない、とんでもなく甘美で、そしてどんな魔王戦よりも過酷な戦いが、ここから始まるらしい。
(幼少期編・完)
♢
運命が大きく書き換えられたその頃。
ラインハットから遠く離れた場所でも、少女たちの物語は続いていた。
♢
【アルカパの町】
まだ朝霧が立ち込める、早朝の森。
静寂を切り裂くように、鋭い風切り音が響き渡る。
──バシィッ!!
鞭の先端が音速を超え、木の枝に吊るされた丸太を正確に打ち据えた。
硬い樹皮が弾け飛び、木屑が舞う。
「よしっ! いい感じ!」
金髪を二つに結った少女、ビアンカが汗を拭いながらガッツポーズを決める。
その手には、かつて「彼」から贈られた『いばらのムチ』が握られていた。使い込まれた革のグリップは、彼女の手にしっかりと馴染んでいる。
足元では、少し大きくなったキラーパンサーの子供、ボロンゴが「ガウッ!」と誇らしげに喉を鳴らしていた。
「見てた? ボロンゴ。今のスナップ、あいつに教わった通りだったでしょ?」
ビアンカは空──ヘンリーが去った方角を見上げた。
雲の切れ間から差し込む朝日が、彼女の意志の強い瞳を照らす。
「ヘンリー……まだかなぁ。もう半年も経っちゃったよ」
寂しさがないと言えば嘘になる。
宿屋の仕事を手伝い、父を支える毎日は充実しているけれど、ふとした瞬間に思い出してしまうのだ。
突然現れて、自分たちを救い、魔法を教えてくれた不思議な少年のことを。
彼は「また会いに来る」と言った。その言葉だけが、今の彼女を支える原動力だ。
「……でも、ただ待ってるだけのお姫様なんて柄じゃないもんね」
ビアンカはニカっと笑い、再びムチを構えた。
守られるだけの存在じゃない。隣に立って、背中を預け合えるようなパートナーになりたい。
「次に会った時、絶対に驚かせてやるんだから。……待っててよね、ヘンリー!」
おてんば姫の掛け声と共に、再び森に鋭い音が響く。
彼女はまだ知らない。
彼女の「王子様」が、今まさに別の「お姫様」にロックオンされていることを。
♢
【サラボナの町】
花の香りに包まれたルドマンの屋敷。
その一室で、青い髪の少女フローラは、窓辺に座って静かに手仕事をしていた。
机の上に広げられているのは、色とりどりの押し花。
「……ふふ。これも綺麗にできました」
彼女は出来上がったしおりを、大切そうに小箱にしまった。
その箱には、すでに数十枚のしおりが収められている。いつか、「あの方」が戻ってきた時に渡すために。
修道院への入りが決まっている彼女にとって、この屋敷で過ごす時間は残りわずかだ。けれど、彼女の心は穏やかだった。
「お元気でしょうか……お兄様」
フローラは手を止め、窓の外に広がる海を見つめた。
脳裏に蘇るのは、船旅の記憶。
嵐のような魔物の襲撃の中、誰よりも頼もしく、優しく自分を守ってくれた少年の背中。船酔いで苦しむ自分を介抱してくれた、温かな手のひらの感触。
あの日芽生えた淡い憧れは、時と共に色褪せるどころか、静かに、けれど確かに根を張り始めていた。
「私、信じています。貴方様が約束通り、もっと強くなって戻ってきてくださることを」
聖女のような微笑み。
だがその奥には、ルドマン家の令嬢らしい、一度決めたら梃子でも動かない一途な情熱が燃えていた。
たとえ修道院に入ろうとも、この想いだけは神に捧げるつもりはない。いつか必ず、彼と再会するその日のために。
♢
【サラボナ沖・豪華客船】
一方、同じ海を見つめるもう一人の少女がいた。
黒髪の美少女、デボラ。
彼女は甲板のデッキチェアに優雅に寝そべり、不機嫌そうにカクテルグラス(フルーツジュース)を回していた。
氷がカラン、と涼やかな音を立てる。
「……遅い」
ぽつりと漏らす。
退屈だ。あの生意気な小魚がいなくなってから、毎日がつまらない。
海に飛び込むような度胸のある男も、私のわがままを涼しい顔で受け流す男も、この屋敷にはいない。周りにいるのは、ご機嫌取りの腰抜けばかり。
「あの小魚、まさか野垂れ死んでないでしょうね」
デボラは海に向かって悪態をついた。
だが、その指先は無意識に、耳元のルビーのイヤリング──あの日、彼が海から拾ってきた宝石──を弄っていた。
冷たい宝石の感触が、なぜか彼の手の熱を思い出させる。
「フン。もし生きて戻ってきたら、今度こそ私の下僕として一生こき使ってあげるわ。……だから、さっさと顔を見せなさいよ」
ツンと澄ました顔の下で、彼女もまた、水平線の彼方を待ちわびていた。
その「退屈しのぎ」が、いつしか自分の中で大きなウェイトを占めていることに、彼女自身はまだ気づいていないふりをしていた。
♢
【光の教団・大神殿建設現場】
そして、もう一人。
本来の歴史において、彼を支え、最も近くでその心を癒やすはずだった女性。
土埃が舞う建設現場の片隅。
粗末な衣服を纏った少女、マリアは、疲れ果てた労働者たちに炊き出しのスープを配っていた。
光の教団の熱心な信者であり、この現場で奴隷たちを監視する衛兵となった兄。
人々を苦しめる側に立つ兄とは対照的に、妹である彼女は労働者たちの身の回りの世話をする下働きとして、過酷な環境にある人々を献身的に支えていた。
重労働ではないとはいえ、その手は荒れ、頬には煤がついている。
けれど、労働者に向ける慈愛に満ちた眼差しは、どんな宝石よりも美しく輝いていた。
「……兄さん」
監視台の上から、奴隷たちに厳しい視線を向ける兄の姿を見つめ、彼女は胸を痛める。
かつての優しかった兄は、人々を鞭打つ側へと回ってしまった。
だが、絶望だけではない。
風の噂で聞いた、遠い国の王子の話。
魔物を討ち、悪しき太后を退けたという英雄譚を聞くたびに、なぜか彼女の魂が震えるのだ。
まるで、かつて同じ鎖に繋がれ、共に地獄を歩んだ記憶があるかのような――存在しないはずの既視感。
「ヘンリー……王子……?」
その名を口にした瞬間、彼女の目から一筋の涙が零れ落ちた。
理由は分からない。
だが、彼女の「聖女」としての本能が告げていた。
いつか必ず、その人と巡り会う運命にあると。
♢
ビアンカ、フローラ、デボラ。
そして、まだ見ぬ聖女マリア。
四人の花嫁候補たちは、それぞれの想いを胸に、運命の再会を信じていた。
だが、彼女たちは知らない。
その運命の相手が、すでに「第一の
そして、世界を救うための戦いよりも、もっと激しく、もっと華やかな「愛の争奪戦」が、数年後に幕を開けることを。
狂気の王子ヘンリー。
彼の本当の試練は、魔王討伐などではなく、この
(第一章・完)
最後までお読みいただきありがとうございました。第二章は未定です。