決して負けない七星剣王 作:」(UWU)「
また一つ置いて行かれた。
七星剣王に憧れを持ち、またその背中を追いかけた者たちは皆一同にその感情を抱いた。
先の破軍学園襲撃事件。
その事件でまた名をあげた七星剣王。彼は数多の強者と戦い、たった一人でどうにかしてしまったのだ。
高くそびえるだけだった壁は、とうとう空を飛ぶ壁となってしまった。どうあがいたって凡人の強さしか持ちえない自分たちには、彼に追い縋る資格すらも与えられなくなってしまった。
特に彼――黒鉄一輝はその側面が強い。
最初に彼を己の至るべき姿だと思った。例え人の一生をかけたとしても辿り着くことができないような惚れ惚れするような美しい剣を持った高潔な騎士。その道がどれだけ険しいのか理解している。それでも、険しいだけの道は今に始まった訳じゃない。だからいつかは彼に追いつき、追い越せると努力を続けてきた。
その結果がコレだった。
彼に追いつく者は現れない。
決して負けない救世の英雄となった彼は何処までも行ってしまうのだろう。
……黒鉄一輝は今日も夢を見る。
自分の夢じゃない。
恐らくこれは、他人の夢だ。
彼を理解してしまった事で発生したイレギュラー。あるいはただ通り過ぎてしまった残滓を観測しているだけ。
直視できなかった烈火を乗り越えて、一輝はそれを見た。
最初に死屍累々と積みあがった戦地、地獄のような荒野、あるいはどこかの墓標の前で老齢の男性はため息一つ零した。
『これを、知りたくは無かった』
最初の願いはそれだけだった。
この世界にどれだけのハッピーエンドが待ち受けていたとしても、その裏で流れる血を止めることはできない。できたとしても、それはきっと人間の為せる技じゃないからだ。神か英雄か、あるいは物語の主人公か。どちらにしても自分ではないと知っている。人間であれば発生してしかるべき犠牲がそこにはあった。
だから「世界から争いが無くなれば良い」と実現不可能な夢を抱いた。
それができないのならせめて、こんな景色を知りたくはないと思った。
でも彼は知ってしまった。
『だが今の年老いた自分では、この光景をどうにかすることはできない』
しかし老人は死者蘇生の脱法を持たず、死者を弔う方法しか知りえない。
力はない。所詮は、己が持ちえる力しか持ちえない。
知恵はない。結局、己は未来を知ることはできない。
だから、過去の自分へ託す事にした。
少なくともこんな老い先短い己よりは、こんなにも役立たずの己よりかは、物の道理を知っているはずだと。
老人の力は「理想」を司る因果干渉系の力。
その本質は過去視の力。いいや、正確には過去の己のみを観測する能力。
そんな老人には魔人に至ったことである一つの力が与えられた。
《理想実現》。
理屈は簡単だ。己が観測した過去にたった一個の命令を残す力。過去の己に対する因果すら歪める絶対命令権。己が因果干渉系の能力だと言える最低限の過去改変の力。
全てのターニングポイントとなった破軍学園に入学したばかりの己に下した命令は、必ず理想の騎士になる事だった。
手の届く範囲以上のものを救える騎士になれと、老人はその願いを託した。
それによって今の己が消え去っても良いと、呪いを残した。
『きっと、お前ならできる。……苦しむ人を救ってやってくれ』
……場面は変わり、老人の少年期に時が
ほとんど実現不可能な理想を背負った少年はどうしたものかと頭を悩ませた。
最初は逃げることも視野に入れていた。しかし《理想実現》の力は理想の騎士から一歩踏み出した者を容赦なく消し去った。
理想の騎士から離れた己を殺し、延々と過去に巻き戻す、それがこの呪いの詳細だった。
そこからは苦難の旅がひたすらに続いた。
ただただ、ひたすらに長い徒労の道を歩み出した。
同じことの繰り返し。負けて負けて負けて負けて、最後に勝つ。
何度も何度も何度も、同じことを繰り返して彼は決して負けない七星剣王に至った。
『ああ。公正公平で優しく、勇敢でカッコいい。誰も寄せ付けない程の圧倒的な力を持つ、誇り高き白亜の騎士。それが理想の騎士なんだな』
決して負けない七星剣王でいる事。強者であり続ける事が誰かを救うのだと信じて戦った。
それがやがて、世界を救うのだと祈ってひたすらに戦った。
そして今、彼は
呆然と夢を見ていた一輝は彼が持っていた大剣に目を向けた。
杖のように地面に突き刺し、彼を支えている騎士としての誇りの姿は見るも無惨なモノだった。
刃は朽ち、装飾は剥がれ、持ち手には
それは彼自身を映す鏡だ。
そこに栄光は無く、罪もない。ただ過ぎ去った心だけが映っている。そうして信念が今にも砕けそうな事を示している。
『――でも、まだ遠い。理想の騎士は遥か彼方にある』
どれだけの栄誉を手に入れたとしても足りない。
たったそれだけでは理想の騎士になり得ない。
彼は理想に生涯辿り着けない。
そんな酷く不出来な夢を一輝は見た。
◆
『それ以上見るのは、君にとって苦痛だと思うよ』
ふと、声が聞こえた。
彼の心に宿る理想の騎士が背後に立っていた。
「うん。でも、僕は彼を知らないといけない。そうしないと彼の旅を見届ける者が居なくなってしまう」
『……君は優しい騎士なんだね』
「いいや。こんなものはただの同情だよ」
一輝は言葉と共に首を振って否定した。
たまたまこの光景に思うところがある。ただそれだけで一輝は見続けた。
『浅草再蔵は既に擦り切れて死んだ。残された信念の灯はやがて潰える。残された
「それは……。それは間違っているとすら僕は思う」
このループで幾千万もの己を殺した事にも、これだけ頑張った彼が理想の騎士に到達できない不条理にもだった。
理想の為に命を些事とする。
それは言葉だけは美しい心構えだと思う。でも生命体としては決定的に間違っていると思うから。
その果てに理想の騎士にたどり着けない。
それはなんて悲しい事なのだろうか。全てを捧げてなお届かない頂はきっと人間が持つべき理想じゃないんだと思うから。
『そうかもね。最初は強制されたものだった。でも、やって行く内に彼は思い至ったんだ。老人の己と同じ境地に。だからやめられなくなった』
何十、何百と同じことを繰り返して、彼は老人と同じ結論に至ったのだ。せめて世界から争いが消し去れなくとも、何かの裏で苦しむ人を見たくないと。
手の届く範囲以上のものを救える騎士になりたいと誓った。
だけど、それは詭弁だ。
人間はそこまで正当には生きることはできない。
だから浅草再蔵という学生は死んだ。
その体を信念は動かし続けている。
なぜ他人を助けたいのかすらも忘れて、ただ理想を目指す。
『浅草再蔵はそこまで器用な人間じゃなかったんだ。誰かと一緒に、そんな考えを最後の時まで持てなかった。その隣にいる誰かをも救ってしまいたいとさえ考えたからだ』
「それが最初に犯してしまった罪なんだね」
『ああ。我ながら酷い話だと思う』
頬をかいた理想の騎士は苦笑いを浮かべた。
『これから戦うであろう君に教えておこう。
絶句は、
きっとその数が億に行っていたとしても一輝は驚かなかっただろう。それだけ彼は途方もない旅を歩んでいると心で確信していたからだった。
『それを聞いてなお、君は立ち向かうのかい?』
「ああ。勿論だよ」
一輝が破軍学園を卒業するには七星剣舞祭で優勝することだった。だからどちらにしても七星剣王は打倒しなければならない。
例え相手が途方も無く強かったとしても、それが諦める理由にはなりえない。
だって、それはいつも彼が乗り越えてきた事なのだから。
「――でも、それ以上に彼を倒さなくてはならないと思うことができた」
一輝自身も相当辛い目にあってきた。
魔導騎士の才能が無いとして親に見放され、家族から半ば追放処分を受けた。唯一、自分を対等に扱ってくれたのは妹の珠雫ぐらいのものだった。
だからとは言わない。でも、その強さに理解できる物を感じた。
その「誰かを助けたい」という理想は尊い物だ。自分にだって多少はその感情の持ち合わせはある。ただ彼はその感情が人一倍強かった。それを表現できる方法を彼は偶然持っていただけに過ぎない。
黒鉄一輝の最初は曾祖父・黒鉄龍馬だった。
彼の言葉と生き様に救われた。だから一度は挫折した騎士の道に再び舞い戻った。
それが例え実父の妨害を受けようが何が何でも騎士になると誓ったからだ。
七星剣王には、その誰かが居なかった。
どこまでも彼は孤独だ。最初は自分、受け取り手も自分、最後に燃え尽きるのも自分だ。
そこに他人が介在する余地はない。
だから彼は何処までも行ってしまう。
だから彼は
「理想以外を忘れてしまった七星剣王は、多くの物を失ったと見える」
今、彼を突き動かし続けているのは信念だけだ。
その信念はただ理想に向かって歩み続ける機構と化している。
だからその理想以外を彼が見ることは自然と無くなった。
――でもその過程に救われた者も確かにいたのだ。
「これが彼の失ってしまったものだ」
人を救うために理想の騎士を目指したのに、理想の騎士になることが最初に来ていた。
手段と目的の逆転。人間ならよくある話だ。
だが、理想の騎士だけが人を救う手段じゃない。その強さに縋った者、その気高さに憧れた者、その背中を目指して追いかけた者。もっと多くの彼に影響された人がいる。
それはある種の救いに違いない。形がどうあれ、結果がどうあれ、受け取った本人がその力強さに救われ気高くあろうとしている。
だとするならば、決して負けない七星剣王は既に手の届く範囲以上の物を救っているのではないかと。
だって人の救いは一つだけじゃない。手を差し伸べるだけが救いの方法じゃない。
「僕が彼を倒す。そうしなければならないのだと思う。こうしてあの時抱いたチャンスが七星剣舞祭という形でやってくる。なら、そこに遠慮する必要はどこにもない。そこに憂う理由は無くなった」
『……もしも彼を止められる人間が居るとするならば、それはきっと君しか居ないのだろう。積み上げた徒労を最後まで見届けると言った君しか』
『だから、この理想の騎士は黒鉄一輝に託すよ。彼の明日を……』
◆
今回の破軍学園襲撃事件は世間よりも学生騎士たちの間で大きな波紋を広げてた。
国主導で《国際魔導騎士連盟》に歯向かい、国立・暁学園なんてものを結成。その上で破軍学園に襲撃をかけたのだ。七星剣舞祭出場者に対して出場自体躊躇わせるような大きなニュースとなった。
現に破軍学園は離脱者を出していた。
冷徹なスパイとして忍び込み、情に敗北した有栖院凪は自罰として棄権した。
相手にあの黒鉄王馬をはじめとした学園を半壊に持ち込んだ暁学園が居ることで、心が折れた貴徳院と葉暮桔梗は戦う前に棄権した。
その計三人。
それどころか他学園でも数人の辞退者を出した。
あろうことか、それは七星剣王の存在によるものが大きかった。
どの参加者も現七星剣王に勝てるなんて思ってもいなかったが暁学園の出場者レベルの六人がかりで行った奇襲すら容易くいなし、難なく屠った彼にその「もしかしたら」すらも潰された。圧倒的な個の前に出場者の心は勝手に折れ、自ら辞退するのは仕方のない事だった。
「……だから、なんだ。今回の約束は保留にしてもらっても構わん。何せ状況が状況だ。また別の形でも――――」
新宮寺黒乃理事長は一輝に向かって同情交じりに言った。時期が悪かった、と言い聞かせるように。
「いえ、何の問題もありません」
きっぱりとそれを断った。
一輝は諦めなかった。
そしてそれに感化され、元から負けず嫌いの性格も影響してステラもまた棄権は行わなかった。
今年度の七星剣舞祭。
事前棄権者を除いた参加人数は――二六名。本来の出場者数が四二名だったのだから相当数減っている。
破軍学園からの出場者は七星剣王、一輝、ステラの三人、そこに珠雫が棄権者三名から参加枠を譲られての四人だ。
「僕は七星剣舞祭で優勝します。なので卒業の約束もそのままで結構です」
「……教師として言うべきではないが、浅草に勝てるのか?」
「はい」
力強く頷いた。
いつも自分は弱者で「負ける、勝てない」は何度だって言われて来た。
でも彼は勝ち続けてきた。それは何よりも一輝に期待してきた黒乃自身も知っている。
だが、今の七星剣王は元とは言え、かつて世界リーグで三位まで登った黒乃の全盛期ですら勝てるか分からない。その次元に彼は達した。
「もしかしたらこれが私から与えられる最後のチャンスかもしれないんだぞ? だったらもっと実現性のある課題に賭けた方がいいんじゃないか?」
「ありがとうございます。でも、合理性だけで僕は生きたくない」
一輝の決断は変わらなかった。
その上で彼は言った。
「必ず勝ちます。
宣戦布告だった。
それ以上に、少し前までの黒鉄一輝が言う事のない強い言葉でだった。
その言葉を訝しんだ黒乃は問う。
「一体浅草から何を見た……?」
「ほんの少しだけ彼の強さの原点を見ました。それと同時に彼が忘れてしまった物も」
《完全掌握》はとうとう七星剣王すらも理解した。
元々、自分の身を顧みなければできていた物だ。だからこれは時間の問題だった。
そして、その時が来た。七星剣王を理解した上で負けないと一輝は判断した。
理屈でも、理性でもない。そう誓ったから。
言うなればただの精神論だ。そこに明確な根拠はない。
でも。
一輝は彼を倒すことを再び誓った。一片の余地もない完璧なる敗北を与えると。
「……わかった。今回の敵は浅草だけではない。そのことを頭にしっかり刻んでおけよ?」
「はい。勿論です」
一輝の言葉を聞いて黒乃はどこか嬉しそうに言った。
「七星剣舞祭の主役は大人の陰謀などではない。お前たち学生騎士が死力を尽くして戦う舞台だ。だから、そんな些事は気にせずぶつかれば良い。何かあった時こそ我々教師の出番なのだからな。それに《解放軍》によって派遣された暁学園の生徒だって見方を変えれば普通は戦うような相手では無い手強い強者なのかもしれない。だったら、表と裏関係なしに純粋な強者だけが集う七星剣舞祭で胸を張って戦ってこい」
「はい! ありがとうございます!!」
後日、配られたトーナメント表を見て一輝は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
まさか、こんなにも早くチャンスが回ってくるなんて夢にも思っていなかったからだ。
その二六名の内、黒鉄一輝の初戦の相手は――――。
《七星剣王》浅草再蔵。
運命の一戦がまもなく始まる。
一輝くんにオリ主打倒フラグが立ちました。