「二枚貝って、変だよな」

居酒屋で飲み交わす村田は、対面に座る柳にそういった。
二人の男が二枚貝について話すだけの、くだらない短編会話特化小説。

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二枚貝は変である。

「二枚貝って、変だよな」

 

 柳がホタテの蒸し焼きを食べるのを眺めながら、村田はそう言った。

 

「そう? 僕は美味しいと思うけど。まぁ、貝が苦手な人も少なくないか」

「違う。名前だ」

「今どき『二枚貝』って名前に物申す人を僕は見たことがない。感動したよ」

 

 居酒屋の隅で、まるで感動もしていなさそうに柳は吐き捨てた。

 

「二枚貝って、当たり前だろ。貝は二枚だ。一枚貝とか三枚貝とか、いるわけがない。二枚貝とわざわざ言わずに、貝、だけで通じるはずだ」

「村田、アルゼンチンがあるからナイゼンチンもあるって言うタイプ?」

「ナイジェリアとアルジェリアはあるぞ」

「賢いやつは嫌いだ」

 

 柳がビールを飲み干す。立て続けに追加を注文し始めた。もう、三杯は飲んでいるのだが、まるでペースが落ちる気配がない。

 

「まぁ、一枚貝はあるだろう」と柳が諭す。

 

「一枚貝? あるのか」

「巻き貝だよ、巻き貝。あれを二枚貝とは言えないだろう。ある意味じゃ、一枚だ」

「いや……確かに一枚かもしれないが……ううむ」

 

「じゃあ三枚貝は?」と村田が素朴に投げかけるが、柳は華麗に無視をした。それこそ、風になびく柳のように。彼は、机に備え付けられていた紙ナプキンのうち一枚を取り出す。

 

「これは何枚?」

「一枚」

 

 くしゃくしゃと、柳がそれを巻いていく。巻き貝、とは言い難いが、それが巻き貝を模して作った物体であることは村田にも自明だった。

 

「これは?」

「一枚……というよりも、一つ、と言いたくなるな。立体的だし」

「面倒だな、お前は」

「よくいわれる」

 

 また、柳が一枚の紙ナプキンを取り出して、二つ折りにする。ペラペラと、仰ぐように村田に見せつける。

 

「これ、何枚?」

「一枚」

「へぇ」

 

 ニマニマと、柳は笑っている。

 

「じゃあ、二枚貝は一枚貝だな?」

「は?」

「おいおい、このホタテを見てみろよ」

 

 柳がつまみ上げると、さながら数字の8のように貝が大きく開かれた。

 

「どうみても、これは一枚だろう」

「……確かに」

「これを折ると二枚ってか。違うよな。さっき、お前が自分で一枚って言ったんだぜ。この紙ナプキンを、一枚って。本質は同じだ」

「賢いやつは面倒だな」

「僕が賢いんじゃなくて、村田が少し幸せなんじゃないのか」

 

 遠回しに村田を罵りながら、柳は垂れるバターを一舐めして、運ばれてきたビールをまた飲む。一気に半分。

 

「なら、二枚貝ってなんだ。巻き貝は一枚貝。俺が今まで二枚貝だと思っていたものは一枚貝。二枚貝って、本当はどこにもないのか?」

「何でもかんでも名前の通りだと思ってるのか? 相変わらず頑固だな。カラスは空っぽか? 猫は寝込むのか? 鮭は酒なのか?」

「それとは大分話が違ってくる気がするが。酔ってるのか? お前らしくないたとえだな」

「いいや、僕は酔ってない」

 

 そう言いながら、柳は残りのビールを飲み干した。また、追加で注文をする。村田はまだ二杯目だ。

 

「まぁ、でも、名前の通りじゃないってのはそうなのかもな」

「そうそう。法螺貝はホラを吹かないし、オウム貝は僕の言葉をオウム返ししない」

「ホラを吹く、という言葉は法螺貝の音の大きさからくるものだから因果関係が逆だし、オウム貝に関してはあの、オウムガイだろ。適当言うなよ」

「賢いやつは嫌いだ」

 

 また、柳はそう吐き捨てる。

 

「でも、赤貝は身が赤いし、一概に名前の通りにならない、というわけじゃなさそうだけどな」

「アカガイ? 初めて聞いたな。でもまぁ、わかりやすくて良い。美味しいのか? 食べてみたい」

「お前は何でも食べたがるな」

「ウマイ貝、なんてのがあればよかったんだけどな」

「何でもかんでも名前の通りにならない、と言ったのは誰だったか」

「あー、僕だったかもな。多分、きっと」

 

 村田の前に、遅れて唐揚げが到着した。村田が頼んだものにもかかわらず、柳が「それ、食ってもいいか?」と真っ先に言った。支払いは割り勘であるのに、いちいちこういう確認をしてくるところは律儀な男だ。

 

「ん」

 

 村田がスマホをつつきながら、声を上げた。

 

「一枚貝、ってのはあるらしいな」

「サザエとかかな」

「巻き貝じゃないらしい。アワビとか、そういうあたりらしい」

「あぁ、そういえばそうだ……ん? アワビって、巻き貝の仲間じゃなかったか」

「そうなのか? 巻いているようには見えないが」

 

 村田がさらに調べてみると、どうやら柳の言っていることが本当らしいことが分かった。写真を見てみると、ほんの少しだが貝が渦巻いているのがわかる。

 

「よく見ると、アワビも巻き貝なんだな。まじまじと貝殻を見ることがなかったから知らなかった」

「だから何だって感じだけどな。食べれば二枚貝も一枚貝も巻き貝も法螺貝もオウムガイも変わらないだろ」

「オウムガイって食べられるのか?」

「カンブリア紀からの年代物だぜ。そりゃあ、極上の旨味が凝縮されてるに決まってる」

「店で見かけることもないし、よほど美味しくないか希少性が高いんだろうな」

 

 ふと、村田が酒を一気に飲み干した。柳が対面で「おー」と興味なさげに声をあげている。 

 

「……よく考えたら、この世の貝って全部一枚貝じゃないのか」村田が言った。

 

「その心は?」

「柳の説明で二枚貝は実質的な一枚貝だと分かった。そして、現在一枚貝に分類されるものは大抵が巻き貝だ。法螺貝も、もちろん巻き貝だしな」

「オウムガイは?」

「貝の仲間なのか? アレ。思い起こす限りはイカなんかの方が近そうだが」

「”イカ”も”カイ”も似たようなもんだろ」

 

 柳の身体が揺れ始めた。かなり酔いが回ってきた合図だ。気心知れた仲である村田は、それを見て会計の準備を始める。

 

「もう出るのか?」

「ああ、どうやら、お前も酔いが回ってきたようだしな」

「一枚貝しかいない、何ていうお前の方がよっぽど酔っぱらいの妄言らしいけどな」

 

 おもむろに柳が立ち上がる。ふらついた様子もあまりない。

 

「先に支払っといてくれ。一人、二千円くらいだろ。後で渡す。僕はお手洗いに行ってくるよ」

「ああ」

 

 そう言って、村田はレジへ。そのまま二人分の会計を終え、店の外で柳を待つ。少しして、柳が眠たそうに店から出てきた。そのまま駅へ向かおうとするので、村田が引き止める。

 

「おい、二千円」

「記憶にないな」

「この二枚舌男が」

「僕は一枚舌だぜ。嘘は吐かない。そもそもこの世は一枚しかないって言ったのは、お前だ」

「だったら払え」

「いいや、無理だね」

 

 柳は今日一番の笑顔を村田に向けた。悪意たっぷりの、卑しい笑みだったが。

 

「”後で渡す”って僕はちゃんと言ったぜ。ほら、一枚舌だろう」

「……ツケってことだな。この野郎。いつか奢らせるぞ」

 

 呆れたように、村田は笑った。




会話主体のお話をどうしても書きたくてコレを作りました。

男女・男男のどちらにするか悩みましたが、男男のペアに。男女なら、ネームドキャラにしなくても区別ができたんですけど、あえて名前アリにしました。気分。

最近、お酒を飲むことが増えたのでこういう飲み友ができたら楽しいだろうな~と思いながら書いてたんですけど、少しさみしくなりましたね。多分、私にはこういう相手ができないな。
今後もお酒は程々に投稿をほそぼそと続けたいと思います。よしなに。

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