【完結】仲正イチカは悪い大人についていく   作:曇りのち晴れ男

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☆注意☆

このおまけエピソードはブルーアーカイブ本編『エデン条約編』の重要なネタバレが入っています。

まだ閲覧していない方はご注意ください。

































おまけ2 その姫にティアラは無い

 

 紅茶の香りが、俺の肺をじっとりと湿らせていた。トリニティ総合学園、ティーパーティー・サロン。選ばれた者しか入室を許されないこの豪奢な空間で、俺は場違いなパイプ椅子に座らされていた。

 

 目の前には、広いテーブルを挟んで二人の少女。優雅にカップを傾ける桐藤ナギサと、フォークでロールケーキを無邪気に突き回している聖園ミカ。そしてもう一席──主のいない空席が一つ。

 

 重苦しい沈黙。まるで、処刑台の上にいるような居心地の悪さだ。

 

「……来ていただき感謝します、佐倉さん」

 

「……こんな俺に何の用だ。トリニティの自治区とはいえ、端っこでひっそりと過ごしてたつもりなんだがな」

 

 ナギサがカップをソーサーに置く硬質な音が静寂を裂いた。彼女の瞳は冷徹だ。だが、その奥には隠しきれない疲労と、神経質なまでの猜疑心が渦巻いているのが見て取れる。

 

「単刀直入に言いましょう。貴方には、トリニティにおける『ゴミ処理係』になっていただきたいのです」

 

「ゴミ処理、とは随分な言い草だな……」

 

 俺が肩をすくめて見せると、ナギサは表情一つ変えずにテーブルへ書類を滑らせてきた。そこに記されていたのは、トリニティ自治区内で膿のように溜まっているトラブルのリストだ。スケバンたちの小規模な抗争、ブラックマーケットからの違法ルート、表沙汰にできない生徒間の金銭トラブル……。

 

「現在、トリニティは非常にデリケートな時期にあります。私は『ある重要な案件』の対処に注力しなければなりません」

 

 ナギサの声は淡々としていたが、焦りが滲んでいた。今の彼女にとって、正規の戦力である正義実現委員会は、その「重要な案件」のために温存しておきたい手駒なのだろう。だが、その隙を突いて治安が悪化すれば、彼女の政治的立場は危うくなる。

 

「そこで貴方です。シャーレの先生の手が回らないような生徒たちの些事を片付ける『非正規の戦力』が必要なのです」

 

「……なるほど。俺に、正義実現委員会の真似事をしろと? ……過去は調べてあるんだろうな?」

 

「いいえ。彼女たちのような『正義』は求めていません。貴方に求めるのは、『目立たず、迅速に、手段を選ばずトラブルを解決すること』です」

 

 ナギサの論理は明快で、そして残酷だった。シャーレの元先生であれば、そういったトラブルの解決スピードも迅速……そうナギサは考えているらしい。

 

 成功すれば治安維持。失敗すれば「元先生の暴走再来」として切り捨てる。俺を、誰もやりたくない仕事の使い捨ての掃除屋として雇いたいわけだ。

 

 しかもこのキヴォトスで重役の奴らは、大人の力を相当重要視している。いざと言うときの戦力として俺を確保しておきたいのもあるのだろう。

 

 食えない女だ。

 

「……で、そっちのお姫様はどうなんだ?」

 

 俺が視線を向けると、それまで黙っていたミカが顔を上げ、花が咲くような笑みを浮かべた。

 

「あはは☆ ナギちゃんってば怖い顔しちゃって。……私はねー、単純に面白そうだから『賛成』しただけだよ?」

 

 嘘だ。その無邪気な笑顔の裏で、この少女は何かもっと別の絵を描いている。彼女の瞳は笑っていない。退屈と、破壊衝動と、そしてどこか俺と同じような「壊れたもの」特有の暗い光を宿していた。

 

「むぅ、そんな怪しむ目で見ないでよ。あぶれちゃった悪い子たちの相手をしてくれる『悪い大人』も必要かなーって思っただけだって!」

 

 ナギサの管理下にない「異物」を招き入れること。それが、今の均衡を崩すジョーカーになると踏んでいるのか。あるいは単に、この状況を掻き回したいだけなのか。

 

「……ミカさん、言葉を慎みなさい。ですが、結論は同じです」

 

 ナギサは咳払いを一つして、契約書をテーブルに置いた。

 

「全会一致で、貴方の採用を決定します。『思春期相談窓口』……。そういった窓口を後日発表いたします。あなたはそこで働く生徒の補助員として動くようにしてください。予算はこちらで出しますから、存分に働いてくださいね」

 

「……休日と給料は?」

 

「完全二日です。給与は……こちらの額で」

 

「悪くない」

 

「あは☆」

 

 俺はニヤリと笑い、契約書にサインをした。今の俺には地位も名誉もない。だが、場所が必要だった。たとえそれが、政治的思惑にまみれた泥臭い場所であったとしても、そこでしか救えない生徒がいるかもしれない。

 

 ……救うだなんて。何を、今更。

 

「契約成立ですね。……ああ、それと」

 

 立ち上がる俺に対し、ナギサは最後に一つだけ釘を刺した。

 

「貴方を完全に野放しにするのは、私たちティーパーティーの情けと言うことを忘れないでください。窓口で何かあれば……ロールケーキでは済みませんので。ふふ」

 

 その顔は笑顔を張り付けてあるが、心の奥底はドロドロに黒ずんでいるだろう。まるで俺を絞め殺すかのような圧力で言葉をかけられる。

 

「せいぜい、羽目を外しすぎないように。それと私生活も大変でしょうから、こちらが『前金』です」

 

「へいへい。お手柔らかに頼むよ」

 

 俺はヒラヒラと手を振り、重苦しいサロンを後にした。背中で扉が閉まる音を聞きながら、ポケットの中の冷たい鍵を握りしめる。

 

 もう『先生』という立場は失ったはずなのに。

 

 過去に先生だったというだけで俺は利用される運命なのか。

 

 自治区の治安維持に使われ、政治的な戦力に使い、そして好きな時に切り捨てられるトカゲのしっぽ。

 

 それが俺なのだろう。

 

「……くそくらえだ」

 

 ――これが、『思春期相談窓口』の始まり。まだ相棒と出会う前の、俺がただ一人で窓口に足を踏み入れた日のことだ。

 

 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

「……そういえば、そんなんだったな」

 

 冷たい石造りの廊下に、俺の足音だけが虚しく響いていた。トリニティ総合学園の矯正施設。華やかな学園の片隅に広がるこの場所は、表とは隔絶された静寂に満ちている。そこで過去の出来事を思い出していると、どこか感傷に浸った気分になってしまう。

 

「……」

 

 鉄格子の向こう。簡素なベッドに腰掛け、翼を力なく畳んでいる少女がいた。聖園ミカ。かつてティーパーティーの一角として俺を嘲笑い、そして今は──「裏切り者(魔女)」としてここに繋がれている。

 

「……よう。差し入れのチャーシューだ。ロールケーキばっか食べてて塩気が必要な頃だろ?」

 

 俺が鉄格子の隙間から箱を差し出すと、ミカはゆっくりと顔を上げた。その表情は、かつてのサロンで見せた無邪気なそれとは違い、どこか憑き物が落ちたように透明で、そして壊れていた。

 

「……ナギサから色々聞いたぞ。……前々から違和感があると思っていたが、まさかこうなるとはな。……あの調印式も、お前の指示なのか?」

 

 俺が静かに告げると、ミカはふっと口元を緩めた。いつものように、けれどどこか空虚な響きで。

 

「あは☆ シャーレの先生もあなたも、どうして大人はそう心配しすぎるのかな」

 

 彼女は、まるで自分に向けられる同情や心配を拒絶するかのように茶化して見せた。自分が犯した罪の重さを理解しているからこそ、優しさが痛いのかもしれない。だが、俺は肩をすくめて言い返す。

 

「シャーレの先生は知らないが、俺は違う。俺は『思春期相談窓口』の顧問だからだ」

 

「どうして? その窓口はナギちゃんが急遽与えた掃き溜めの立場なのに」

 

 ミカは小首を傾げた。当然だ。あのサロンで、俺という人間に「ゴミ処理係」という役割を与えたのは、他ならぬ彼女たちなのだから。政治的な思惑で作られた、ただの捨て駒。それが俺たちの始まりだったはずだ。

 

「掃き溜めとは、ひどい言われ方をするもんだな」

 

 俺は苦笑しながら、鉄格子越しに彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。あの時とは違う。今の俺には、イチカという最高の相棒がいて、ウタハという頭いいくせにバカな生徒がいて、くだらないが愛おしい日常がある。

 

「俺はこの仕事が好きだ。だからこそ、お前みたいな思春期の奴を救わなきゃならん」

 

「……」

 

 ミカの瞳がわずかに揺れた。「救う」という言葉。それは今の彼女にとって、最も遠く、そして最も残酷に響く言葉かもしれない。だが、俺は撤回しなかった。どれだけ泥にまみれようが、誰に指をさされようが、こじれたガキの話を聞いてやるのが俺の仕事だ。

 

 沈黙が落ちる。これ以上の言葉は、今の彼女にはまだ届かないだろう。

 

「今日は帰る。またそのうち来るからな」

 

 俺は短く告げて、背を向けた。背後からは何の返答もなかったが、拒絶の気配もまた、感じられなかった。

 

 重い鉄扉を開け、長い廊下を戻り、出口へと向かっている途中だった。後方からついてくるように、数人の生徒に囲まれて歩いてくるミカの姿が見えた。先ほどまで俺が話していた檻から出され、どこかへ連れていかれるようだ。

 

 俺は建物を出てから足を止め、壁際に寄って道を空ける。ミカはうつむいたまま、俺の存在になど気づいていないかのように通り過ぎていった。

 

「……どこへ連れて行くの?」

 

「セイア様がお呼びです」

 

 その言葉に、俺は思わず眉を跳ねさせた。百合園セイア。意識不明だったはずの彼女が、ミカを呼んでいる? 

 

 ミカの足が、一瞬だけ止まる。だが、彼女は何も言わず、再び小さく足を動かし始めた。その背中は、断罪の場へ向かう囚人のようでもあり、あるいは救いを求める巡礼者のようにも見えた。

 

「……セイアは起きてたのか」

 

 俺は生徒達の足音が遠ざかるのを背中で聞きながら、独りごちた。かつて殺そうとした相手と、殺されかけた相手。その二人が再び相まみえる時、何が起きるのか。

 

 俺には何もできないかもしれない。もしかしたらシャーレの先生でなければ解決できないかもしれない。

 

 ……それでも、話を聞くくらいはできるはずだ。これからも顔を出してやろう。

 

「(……何か、すごく嫌な感じってやつだな)」

 

 俺はポケットからタバコを取り出し、火をつけないまま口にくわえた。まだ、この学園のトラブルは終わっていないらしい。

 スマホを取り出し、電話をかける。相手はもちろん相棒だ。

 

「よぉイチカ。今暇か? ……ちげぇって。ラーメン奢ってやるってんだ」

 





おまけ1に比べて短いですが、これでおまけも終わりです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

せんアカ当選時にはまたおまけ3を執筆して、そこのあとがきでご報告したいと思います。


良ければ評価・感想等よろしくお願いします。
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