先手を取ったのは象熊。
二人を突き刺そうと長い鼻を槍のように鋭く伸ばす。
それをトリコと天花は左に跳んでそれを回避。
トリコはそのままぐるりと走り出す。
そう、トリコ『のみ』が。
『グ……?』
そこで象熊は一瞬にいた筈の天花がいなくなってる事に気がついた。
左右を見渡すも視界には映らない。
(ちゃっかりしてやがるぜ……!)
同時に回避をしたあの一瞬、天花は大柄なトリコを隠れ蓑にして転移をしていた。
彼女も決して小柄では無いが2mを超えるトリコであれば隠れるのには十分。
そして天花が転移した先は、死角である首の裏。
彼女が狙うは大抵の生物の弱点である頸椎。
「はあっ!!」
彼女の蹴りが首の裏へと炸裂。
しかし、その分厚い皮膚と体毛によって覆われている象熊はビクともしない。
(硬っ!? 私もステゴロにはそれなりの自信があったんだけどなぁ)
彼女とて能力にかまけずしっかりと鍛錬を積み、高い基礎戦闘力がある。
この結果は少なからずショックだった。
だが、天花には別の狙いもあった。
「なら、これはどうかな?」
『グ……?』
気がつけば象熊は空中に投げ出されていた。
彼女が転移出来る対象や場所に制限はなく、このように敵を上空に飛ばして
ズドォォォォォン
爆音のような音を出して受け身も取れずそのまま地面に叩きつけられた象熊。
突然の事態に困惑しながらも何とか起き上がろうと体を起こそうとする。
「隙だらけだぜ、ナーイフ!!」
その絶好の機会を見逃すほどトリコは甘くない。
まずは垂れた鼻を掴み、ナイフによって切断。
『グォッ!?』
「ナイフ!! ナイフ!!」
続いて二本ある鋭い牙を切り落とす。
自信の象徴とも言える鼻と牙を失い、その屈辱で怒り狂いトリコに強襲をかける象熊だが……。
『グ……?』
トリコに叩きつけようと振り上げた筈の右腕がない。
「熊ってさ、手が一番美味しいって言うよね? 後で優希君に調理してもらおっと」
消えた筈の右腕、天花はそれを見せびらかすようにもたれかかっていた。
あれだけ大きければ振り上げた腕を捥ぐくらいは容易いだろう。
だとしてもそれをノータイムでやってのける天花の能力とその練度には舌を巻く他ない。
トリコも内心で敵にはしたくないなと思いながらシームレスに次へと移る。
「フォーク!!」
象熊の硬い腹にトリコの左手が突き刺さる。
その際に肌に伝わる肉質の何とも形容し難い重厚感。
読み切りや映画でも絶賛されていたこいつの肉を是が非でも食してみたい。
「この全ての食材に感謝を込めて……いただきます」
既に右腕は力を溜め終えて倍近く膨れ上がっている。
そして足から腰、腰から腕にそのパワーを伝えて、渾身の一撃を解放した。
「10連━━釘パンチ!!」
腹部、先程フォークによって貫かれた部位にその右拳が突き刺さる。
一撃、二撃、三撃、四撃。
それは炸裂する毎に威力を増し、より肉体の深くまで叩き込まれていく。
「ああ、成程! 釘みたいに連続で打ち込むから釘パンチなんだ……」
ポンと手を叩き、まんまだなぁと感心する天花。
なお、クラッシュもしないしパッパッパとふりかけもしないぞ。
五撃目で象熊の巨体が宙に浮いた。
それを見ていた天花も体験している象熊も同様に目を限界まで見開いている。
『グガァ!?』
そこから六撃、七撃、八撃、九撃と更に高く打ち上げられて象熊は血反吐を吐きながら苦悶の表情を浮かべている。
生まれてから自分以上の捕食者を目にしたことが無かった象熊は今まで喰らってきた獣たちの気持ちを今初めて理解した。
━━十撃目。
最後の一撃を受けた象熊はまた落下していく。
二度目の自由落下だが、今度は起き上がって来なかった。
それを視認したトリコは象熊に感謝の気持ちを込めて手を合わせるのだ。
「ご馳走様でした」
天花からしたらまさに圧巻の一言。
自分の組に若狭サハラというパワータイプの部下がいるが、トリコのパワーは彼女の時間無制限バージョンとでもいうべきだろうか。
もしもあの神を自称する連中の側でいたらと思うとゾッとするような実力。
「さあ、持って帰って皆で食おうぜ!」
「ふふっ、そうね」
少年のような屈託の無い笑顔。
一人で独占するのでは無く他人と分け合おうとするその精神。
魔防隊の味方とまでは言い切れずとも、きっと人類に仇をなす事はないだろう。
「ワープホール作るからちょっと待ってて」
「それめちゃくちゃ便利だな」
アカシアのフルコースの肉料理であるニュースを食べることで可能になるワープキッチンやワープロードにも引けを取らない利便性。
トリコも欲しい。
「そういやそれの消費カロリーはどんくらいなんだ?」
「?? 別にそんなに疲れるような事じゃないけど……」
一度に大勢を運ぶならまだしも自分だけでのショートワープくらいなら連続で666回のワープが可能。
しかも一呼吸置くだけでまた666回ワープ出来るときたもんだ。
ちょっと無法過ぎやしませんかね?
(……移動するだけでこんなに大穴開けるのって初めてかも)
「象熊の肉、楽しみだなぁ」
「そんなに美味しいんだ?」
「味もそうだが、象熊の肉は特別だからな」
果たして何が特別なのか、天花はワクワクしながら耳を傾けた。
「コピルアクって知ってっか?」
「……何となく想像ついたからもう言わなくていいよ。というか食欲失せそうだから言語化しないで」
説明しよう。
象熊の肉は栄養価が高過ぎて一度排泄されたくらいでは味や栄養価が落ちないのだ!
2〜3回は繰り返し同じ味が楽しめるぞ。
「よっしゃ、まずは象熊から運ぶぜ!」
「あっ、手の方は私に持ってかせて!」
優希君ただいまー! はいこれお土産!
お帰りなさ……うわっ!? 何ですかそれ!? というかそんなに大きいの玄関から入らないですよ!
じゃあ京香、これ解体するから刀貸して。
私の刀をそんな事に使うな!!
「おーい小松ゥーっ! ロックドラムと象熊調理してくれー!!」
うわーっ!! デカい岩と熊の化け物ーッ!?
ここが
そこにいるのは人類の秩序を護らんとする第0ビオトープの職員たちか。
それとも全ての美食を独占しようと企む美食會の幹部たちか。
または惑星そのものを調理しようと別の宇宙から飛来したブルーニトロたちか。
否、ここにいるのは母イザナミの命じるままに人類を滅さんとする八体の神、その名も【八雷神】。
「あの人間……人間? ……一先ず人間と仮定しておくが、やつは一体何なのだ?」
機嫌悪そうに口火を切ったのは八雷神が一柱、雷煉。
「そんなのこっちが聞きたいよ。そもそもあれは人間扱いしていいの?」
雷煉に対してやれやれと肩を竦めているのは同じく八雷神の一柱である紫黒。
「……我々と同じ神の一柱だという可能性はないのか?」
その二人の会話に割って入ったのは壌竜。
彼女もまた八雷神の一柱。
「えーもう八雷神が揃ってるのに? あれ入れたら九雷神になっちゃうケド」
困惑しているのはこの中で最も弱く、そして最も将来性のある八雷神、空折。
あの
八雷神なのに会合に半分しか集まらなかったのはそれが原因でもある。
決して美食會みたいに一部の連中が面倒臭がって遅れたり行かなかったりしてる訳ではない。
異常事態とは、今まで存在したことがなかったよく分からない植物が発見されたりしている事。
そして人だけでなく醜鬼も喰らう謎の猛獣がどんどん確認されている事。
最初八雷神誰かが作ったのかと思いきや擦り合わせをすると違った。
逆算するとそれらは全てあのトリコという謎の人物が出現されてからを皮切りに、だ。
少し前、八雷神の一柱に若雲という研究者タイプなのが突如出現した動植物たちに興味を持って人類滅亡に使えないかと採集しようと色々と回収していたのだが、とある木の実を見つけた。
そう、あの木の実を見つけてしまった。
あの禍々しい形状の木の実を人間界にある首都にでも放り込めれば被害は甚大だろうと強い興味を惹かれたのだが……それは臭かった。
装備をぶち抜くレベルで臭かった。
神である自分の鼻が曲がりそうになるくらい臭かった。
あまりの臭さに鎧の内側に着ていた服が朽ち果てた(なんで?)。
それでも我慢して回収しようとした。
若雲の不幸は三つ。
一つ目は、その木の実を見つけてしまった事。
二つ目は、その木の実を食材ではなく兵器に転用する事しか考えなかった事。
そして栄えある三つ目は━━若雲が発見した時にはもう木の実が熟し切っていた事。
若雲の第六感が警告した時にはもう遅い。
木の実の重さに耐えられなくなった木の先端がプツンと千切れ、ぶっひゅぅぅあああという効果音と共に木の実が落下して地面に激突。
その瞬間について若雲は後に「死ぬかと思った」と語る。
結局は昏倒しただけで済んだのだが、ここからが本当の地獄だ。
地面に激突した後も臭いが変わらず、あまりの臭さに目を覚ましてはその強烈な臭いのせいで気絶するを繰り返すという負のループを経験。
記念すべき50回目で神としての意地を見せたのか、何とか気合いで気を失わずに逃亡する事に成功した。
そんな命からがら真っ裸で帰って来た七柱は一言。
『臭ッ!?』
若雲は泣いた。
泣いて研究室に引き籠った。
現在は研究室に閉じ籠もって悪臭の除去に勤しんでいる。
ちなみに彼女たちは知らないが、この木の実の正式名称は【ドドリアンボム】といい、その悪臭を除去する一番手っ取り早い方法が『ドドリアンボムを食す事』だったりする。
兎にも角にも、末っ子とはいえ八雷神の一角があの有様という事態に残りのメンバーも無視出来なくなったのだったとさ。
それにしてもこいつら、会議してるというのに何も食べてないのである。
ダイニングプラネットに集まっていたブルーニトロの食卓の上にだって軽食っぽいのがあったというのに、八雷神たちはコップ一杯の水すら用意していないのである。
「ねーねー紫黒姉、トリコって美味しいのかな?」
「えぇ……アレ食べる気なの……?」
「腹を壊しても知らんぞ」
「フンッ、吞気なことだな」
チラッと顔を見たところソコソコ整った顔立ちだし大柄で食い甲斐がありそうだと思っている空折、それに対して止めろとまではいかずとも若干引いている紫黒と壌竜、話が全く進展せずに苛立ちを隠せない雷煉と反応も様々だが、この中でトリコと積極的に接触しようとしているのは自らの糧にするため食べようとしている空折のみで他の三柱は何処か及び腰にも見える。
「改造醜鬼でも向かわせようか?」
「中途半端なのを使わせたところで喰われるのがオチだろう。それなら猛獣との共倒れでも狙った方がまだマシだ」
ぶっちゃけあれに近寄りたくないというのが本音だった。
そんな食事会ですらない不毛な会議に隕石くらい大きな一石を投じる者がいた。
「情けない! 八雷神としての誇りは一体何処へいったのよ!!」
帰って来た途端に大声で叱咤するのは八雷神の一柱、鳴姫。
声がうるさ過ぎて紫黒は耳を塞いでいる。
何と勇ましい事だろうか。
きっとボンバーヘッドでさえ無ければもっと様になっていただろうに。
「……その頭はどうした?」
「木の実を齧ったら爆発した」
「そ、そうか……(若雲が酷い目にあったのによく食う気になったな)」
ドドリアンボムといい
「トリコだか何だか知らないけど、余が徹底的に屈服させて連れて帰る! 処遇なんてそれから考えればいいでしょ!」
果たして鳴姫はトリコを屈服させる事が出来るのか……?
Q.空折がトリコを食べたらどうなるの?
A. 美食屋になって神生のフルコースを完成させる旅に出ます