時は流れて一年が経った。
アパートの玄関を開けると、台所から味噌汁の匂いが漂ってきた。懐かしいような新しいような、それでいて当たり前のようになった匂い。
「おかえりなさい、結城くん」
つる子先輩がエプロン姿で振り返った。湯気の向こうに眼鏡の奥の赤紫色の瞳。髪は後ろで一つに結ばれ長い三つ編みが揺れている。
「ただいま戻りました」
俺は靴を脱ぎリビングへ入る。机の上には勉強机の代わりに並んだ二人分の資料とノートパソコン。あかつき号の調査記録。木野雅人の調査報告書。それらが日常の風景に溶け込んでいる。
あの日から一年。戦いが終わった後、俺たちは少しの間距離を測っていた。互いに何を感じていたのか、言葉にするには時間がかかった。だが、ある日俺は気づいた。この日常を守りたい。つる子先輩と共にいるこの時間を、これからも続けていきたい。それが俺の戦う理由だったのだと。
「今日はどうでした?大学」
「平和ですよ。授業もレポートも。アンノウンの気配もありません」
「よかったです。平和で何よりです」
つる子先輩は味噌汁を椀に注ぎながら言った。その仕草が当たり前のようになっている。一年前には想像もできなかった光景だ。
「結城くん、今日のお夕飯はカレーにしました。カレーの国の歴史を調べていて、本格的なスパイスを使いたくなったのです」
「また新しいことを調べたんですね」
「ええ。食文化も文化人類学の重要な分野ですもの」
彼女は誇らしげに言った。その姿を見て、俺は胸の奥が温かくなる。
戦いが終わったあの日、俺は告白した。自分がどうしたいのか、どう生きたいのか。言葉にするのは難しかった。だが、つる子先輩は待ってくれた。俺が言葉を選ぶまで。
「先輩と一緒にいたいです」
それだけだった。だがそれで十分だった。彼女は微笑んで頷いた。
それから一年。俺たちは一緒に暮らしている。狭いアパートの二階。家具も本棚も本で溢れている。つる子先輩は大学院へ進み、俺は大学四年生になった。来年は卒業だ。卒業後のことはまだ決めていない。だが、一つだけ決めていることがある。
「結城くん」
つる子先輩がカレーの皿を並べながら、ふと思い出したように言った。
「来月、国立国会図書館に行きませんか。木野雅人さんの資料を改めて確認したいのです」
「ああ、あの約束ですね」
一年前、戦いの前に交わした約束。卒業後も一緒に調査を続けるという約束。それは果たされた。つる子先輩が卒業した後も、俺たちは月に一度は図書館へ通い、資料を調べ続けている。
「はい。あの時の約束です」
つる子先輩は、少し照れたように微笑んだ。
「博覧強記の力、まだまだ足りませんけど。結城くんと一緒なら、どこまでも調べられそうです」
「俺もです。先輩がいたから、ここまで来られた」
俺は、自分の手を見た。人間の手。傷跡は残っている。だが、震えてはいない。
「結城くん」
「はい」
「あなたの力のこと、まだ答えは出ていませんよね」
つる子先輩の声は穏やかだった。責めるような響きではない。ただ、事実を確認するように。
「はい。アギトの力もアマダムの力も、まだ全部は分かっていません。でも」
俺は窓の外を見た。夕暮れの街。街灯が点き始め人々が家路につく姿が見える。平和な光景。
「いつか答えを見つけたいです。その時も、隣にいてくれますか」
「もちろんですわ」
つる子先輩は即答した。
「不束者ですが、最善を尽くします」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
カレーを一口食べる。スパイスが舌を刺激する。新しい味。だが心地よい。
こうした日常を守りたい。
戦いが終わっても、力を持っていても、それが変わらない。つる子先輩と一緒にいるこの時間を守りたい。それが俺の答えだ。
そしていつか、この力の答えを見つける。光と闇。アギトとクウガ。それらが何を意味するのか。俺自身が何者なのか。その答えを探し続ける。
「結城くん、おかわりは?」
「はい。お願いします」
つる子先輩が皿にカレーを注いでくれる。その手を見ながら、俺は思った。
これからも、この日常を続けていこう。答えが見つかるまで。そしてその先も。
これにて『仮面ライダーアルタ』は完結となります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
クウガとアギト。二つの力が一人の人間に宿ったら、どのような仮面ライダーになるのか。その発想から始まった本作ですが、書き進めるうちに、結城が何のために戦い、戦いの後にどのような人生を選ぶのかも、大切な部分になっていきました。
力を使わなければ守れない。けれど、使えば自分自身が変わってしまうかもしれない。そんな迷いを抱えた結城が最後に帰り着いたのは、つる子先輩と食卓を囲む暮らしでした。
卒業後も一緒に調査を続けるという約束。そして一年後、二人分の資料が並ぶ部屋で交わす「おかえり」と「ただいま」。結城が戦いの中で守ろうとしていたものを、最後はこうした場面で描きたいと考えていました。
アギトの種も、アマダムの欠片も、すべての謎が解けたわけではありません。それでも、これから誰と生き、何を大切にしていきたいのか。結城は自分なりの答えを見つけられたと思います。残された謎を二人で調べていく時間も、これからの人生の一部なのでしょう。
連載中、読んでくださった皆様、感想やご指摘を寄せてくださった皆様に、改めて感謝いたします。設定や描写を見直す機会をいただき、物語を最後まで進める支えになりました。
結城の戦いは、ここで一区切りです。
けれど、つる子先輩との暮らしも、二人の調査も続いていきます。
『仮面ライダーアルタ』を最後まで見届けてくださり、ありがとうございました。
そして、次回作もお楽しみ二次創作!